デジタル化や脱炭素に、日系企業は(タイ)
最新の日系企業実態調査から

2022年3月25日

タイ政府が産業高度化に向けて打ち出した国家ビジョンが、「タイランド4.0」だ。ターゲット産業12分野について、育成を促進し、タイ投資委員会(BOI)が法人税免除などの投資優遇措置を提供することが示された。その12分野の中でも、昨今は、デジタル、自動化・ロボットなど、「新Sカーブ産業」と呼ばれる7分野が重点投資誘致分野として位置付けられている(注1)。

また、プラユット首相は2021年1月、バイオ・循環型・グリーン(BCG)経済を国家戦略モデルに据えると表明。脱炭素に向けた取り組みが世界的な潮流となる中、BOIが投資優遇措置を付与する対象に環境関連事業を加えた。具体的に対象とされるのは、バイオマスプラスチック製造や、再生可能エネルギー(再エネ)生産、温室効果ガス削減、などだ。

本稿では、在タイ日系企業が直面するデジタル化や脱炭素などの課題に関し、自動化・省人化(ロボットを含む)の動きなどを交えて読み解く。その手法として、主にジェトロが2021年8~9月に実施した「2021年度海外進出日系企業実態調査」(以下、日系企業調査、注2)から分析する。また、その背景にある新型コロナ禍の影響や投資環境の変化、新たな投資機会の可能性についても考察する。

今後の事業展開、「拡大」「現状維持」を合わせて9割以上

まず、日系企業調査から、在タイ日系企業の今後1~2年の事業展開の方向性について見てみよう。

当該設問では、「現状維持」と回答した企業が最多だった(有効回答の55.1%)。次に「拡大」(40.4%)が続く。新型コロナウイルス禍にあっても、両者あわせて全体の9割以上に達したことになる。「拡大」とした企業は、「販売会社」「金融・保険」「化学・医療」「電気電子」「食料品」の分野で過半だった。拡大理由として、対象企業の約8割が「現地市場での売り上げ増加」を挙げた。拡大する機能については、製造業で「汎用(はんよう)品の生産」(60.2%)と「高付加価値品の生産」(56.8%)がともに上位回答に入った。片や非製造業では「販売機能」(78.1%)が圧倒的に多かった。汎用品・高付加価値品ともに、現地市場拡大への期待の高さがうかがえる。

経営課題の克服、デジタル化を模索

2020年以来、タイでは新型コロナウイルスの流行が継続している。こうした状況が日系企業のマーケティング戦略に与えた影響もある。例えば、新型コロナウイルス禍で対面の営業活動が困難になったことなどを理由に、販売戦略見直しの一環として「バーチャル展示会・商談会」を活用すると回答した企業が約2割あった。「デジタルマーケティング・人工知能(AI)」を活用する企業は、約3割に上る。

「バーチャル展示会・商談会」については、回答企業の約6割が調査時点で既に「活用済み」だった。特に製造業で、は約7割に達した。調査時点で未活用だった企業も、予定が判明している場合は2022年上半期までの活用を予定しているようだ。この傾向は、製造業・非製造業の別を問わない。

一方「デジタルマーケティング・AI」は、まだ足踏み状態だ。調査時点で「活用済み」の企業は、製造業・非製造業ともに約4割にとどまった。今後の導入時期についても、「2021年内」から「2023年以降」まで、回答にばらつきが見られた。ーチャル展示会や商談会の参加に比べ、デジタルマーケティングやAIの活用には、時間がかかる。そのほか、企業により導入時期が異なるのが、その原因と言えるだろう。

しかし、在タイ日系企業のデジタル活用は、マーケティング分野にとどまらない。デジタル技術全般の活用状況を問う設問では、日系企業の4割近くがデジタル技術を「活用済み」、2割以上が「今後活用予定」と回答した。活用する理由として、「製品・サービスの品質の安定・向上」「賃金上昇や労働力不足に対処できる」「業務の効率化・最適化」などが挙げられた(表1参照)。

なおデジタル技術を既に「活用済み」の企業は、具体的には「クラウド」(50.8%)、「電子商取引」(42.3%)、「ロボット」(28.9%)、「IoT(モノのインターネット)」(23.5%)の順に多く活用している(表2参照)。

表1:デジタル技術を活用する理由(業種共通)(単位:%)
順位 理由 回答率
1 製品・サービスの品質の安定・向上(135社) 44.4
2 賃金上昇や労働力不足に対処できる(130社) 42.8
3 業務の効率化・最適化(117社) 38.5
4 マーケティング強化・販売拡大(115社) 37.8

注:複数回答あり、上位回答のみ抜粋。
出所:ジェトロ日系企業調査

表2:現在活用しているデジタル技術(業種共通)(単位:%)
順位 デジタル技術 回答率
1 クラウド(95社) 50.8
2 電子商取引(79社) 42.3
3 ロボット(54社) 28.9
4 IoT(44社) 23.5

注:複数回答あり、上位回答のみ抜粋。
出所:ジェトロ日系企業調査

製造業だけに絞ると、電気電子や自動車を中心に製造業の4割以上が既に「ロボット」を活用していることが判明した。ちなみに、国際ロボット連盟(IFR)の「世界ロボティクスレポート2021外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」によると、世界的に産業用ロボットの導入台数(累計)が特に目立つのは、自動車(30万8,000台)と電気電子(30万3,000台)の両分野だ(2018~2020年、図参照)。タイでは、日系企業を中心に両産業が集積している。一定程度のロボット導入が進んでいるのは、そのためとみられる。実際、同レポートによると、タイでの2020年の産業用ロボットの新規設置台数は2,900台。世界で13番目に多く、ASEAN加盟国内ではトップだ。

タイ政府も投資優遇措置を講じて、国内のロボット導入需要を喚起してきた。具体的には、企業が生産性向上のため自動化機械・ロボット導入や機械の入れ替えなどに取り組んだ場合、BOIは法人税を3年間免除する。当該免税措置に対する2021年の申請件数は53件(前年比17.8%増)。投資金額が約79億1,000万バーツ(約284億7,600万円、1バーツ=約3.6円)だった。金額ベースで前年比83.1%増と、大きく申請が増加したかたちだ(注3)。

図:世界の主要分野のロボット導入台数 (2018 - 2020年、単位:1,000台)
自動車は308、電気電子は303、金属機械は131、プラスチック製品等は57、食品は35.

出所:IFRからジェトロ作成

今後についても、在タイ日系製造業のうち、生産体制の見直しの一環として「自動化・省人化を推進する」と回答した企業が約4割あった。生産コスト適正化が主な理由として挙げられる。この中には、調査時点で既に開始している企業も含まれる。一方で、未対応の企業も、約4割は2022年内に自動化・省人化を実施する予定で、約1割は2023年以降に実施とした。BOIは、前出の生産性向上にかかる投資優遇措置の申請期限を2022年末としている(本稿執筆時点)。申請期限が迫る中、2022年は駆け込みでさらに自動化・省人化やロボット導入の投資申請が増加する可能性がある。

脱炭素では本社・取引先の意向重視

日系企業調査では、前段のデジタル化の動きに加え、各国日系企業の脱炭素化に向けた取り組み状況についても聞いた。在タイ日系企業については、(1)何らかの脱炭素化(温室効果ガス排出削減)に既に取り組んでいる企業、(2)今後取り組む予定の企業が、それぞれ約3割だった。脱炭素に取り組む理由としては、「本社からの指示・推奨」(52.3%)、「進出国・地域の規制や優遇措置」(31.8%)、「取引先(日系)からの指示・要望」(28.8%)が上位を占めた(表3参照)。

脱炭素に向けた具体的な取り組みとしては、「省エネ・省資源化」(62.3%)や「再エネ・新エネ電力の調達」(36.3%)などを挙げた企業の割合が多い(表4参照)。実際ジェトロにも、タイの工場や集合住宅に太陽光パネルを設置して電力を提供する計画について、企業から投資相談が複数寄せられている。新興国で再エネ事業に取り組む日本企業からは、タイでの太陽光発電のメリットとして「豊富な日射量により、太陽光発電が日本より3割ほど効率が良い」とのコメントも得た。

政策的な支援も講じられている。タイ政府は、2019年に決定した電源開発計画(PDP)(タイ語)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.43MB)で、2037年までに全電源に占める再エネの割合を20%に高める目標に掲げる。またBOIは、再エネ発電に投資優遇措置を付与している。こうした政策的配慮が、日本企業の太陽光発電への取り組みを後押ししている可能性がある。実際、BOIが公表する投資認可企業リストを見ると、2020~2021年上半期の間、BCG経済分野で認可された日系企業の事業の中で、太陽光パネル設置による発電事業が多く見られる(2021年12月14日付ビジネス短信参照)。

表3:脱炭素化に取り組む理由(業種共通)(単位:%)
順位 理由 回答率
1 本社からの指示・推奨(158社) 52.3
2 進出国・地域の規制や優遇措置(96社) 31.8
3 取引先(日系)からの指示・要望(87社) 28.8
4 取引先(非日系)からの指示・要望(29社) 9.6

注:複数回答あり、上位回答のみ抜粋。
出所:ジェトロ日系企業調査

表4:具体的な脱炭素への取り組み内容
(業種共通)(単位:%)
順位 内容 回答率
1 省エネ・省資源化(187社) 62.3
2 再エネ・新エネ電力の調達(109社) 36.3
3 環境に配慮した新製品の開発(81社) 27.0
4 社会貢献活動(環境活動)の実施(77社) 25.7

注:複数回答あり、上位回答のみ抜粋。
出所:ジェトロ日系企業調査

バイオ分野にも投資機会あり

他方、BCG経済では、太陽光発電などに限らず、バイオマスプラスチック製造分野でも、ビジネスチャンスがあると考えられる。例えば、タイはバイオマスプラスチックの原料になる穀物が豊富に確保できる。国連食糧農業機関(FAO)によると、2020年のタイのキャッサバ生産量は約2,900万トンで世界3位、サトウキビは約7,497万トンで世界第5位だ(注4)。

タイのバイオマスプラスチック輸出額も、世界的な需要増を背景に近年増加してきた。例えば、ポリ乳酸(PLA、生分解性のバイオマスプラスチック)の輸出額は、2021年に約1億1,000万ドルに及んだ。前年比48.3%増で、5年前の2017年(約100万ドル)からは実に100倍近い(注5)。2021年6月には、PLA製造の世界大手ネイチャーワークス社が、BOI認可の下、タイのナコンサワン県に大規模工場を設立すると発表。2024年の工場開設を見込む(注6)。同社は、米国の穀物大手カーギルとタイ石油公社(PTT)による合弁企業だ。こうしてみると、今後さらにタイでのバイオマスプラスチックの製造・輸出が拡大する可能性がある。

また、タイ政府は2019年4月に承認した「プラスチックゴミ管理ロードマップ(2018~2030年)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(3.38MB)」の下、2022年中に特定種類のプラスチック製の飲料カップやストロー、食品容器の使用を禁止する方針だ。従来型の石油由来のプラスチックに対する利用規制の導入は、タイ国内でもバイオマスプラスチックの需要拡大を後押しする可能性がある。

さらに、バイオマスプラスチック以外でも、バイオ分野企業のタイ進出が見られる。日本の協和発酵バイオは、2022年からタイのラヨーン県で、ヒトミルクオリゴ糖(HMO)の製造を開始する予定だ。その進出にあたっては、世界での需要増加を見据えているという。HMOは人の母乳に多く含まれ、免疫の復活や脳機能の発達・維持に有効とされている。タイに製造拠点を置く理由は、主原料となる糖を十分に確保できることや、将来的に成長が見込める中国や東南アジア市場へ供給する際にコスト競争力を確保できることなどだ(注7)。

現場課題解決に重要なデジタル化

既述のとおり、在タイ日系企業にとって、ロボット導入や自動化・省人化などのデジタル化は、製品・サービスの品質向上や、現地従業員の賃金上昇、業務の効率化などが主な目的であることがわかった。また、タイの気候や豊富な原材料などから、太陽光発電やバイオマスプラスチック製造などの分野でもビジネスチャンスが期待される。

しかし、脱炭素に向けた取り組みが日本の親会社の指示や、日系の取引先の意向による影響が大きい点と比較すると、デジタル化は、現地法人が抱える課題の解決にとって、より重要と考えられる。それだけに、タイのデジタル化に向けた課題の克服は、喫緊の課題と言えそうだ。

この点、日系企業調査からは、デジタル技術の活用に向けた課題として、「デジタル人材不足」(54%)、「導入・運営コストが高い」(51.7%)、「投資に見合う売り上げが見込めない」(26.7%)などの回答が多く挙げられた。多くの企業が具体的な導入時期を示しつつデジタル技術の導入を計画する中、これらの課題の早期解決がデジタル化推進のカギになる。


注1:
「新Sカーブ産業」は、タイ政府による用語。新たな育成対象になる産業を意味している。対象業種は、「医療」「バイオテクノロジー」「デジタル」「航空」「自動システム・ロボット」「防衛」「人材開発・教育」。
注2 :
2021年度海外進出日系企業実態調査(アジア編)」は、2021年8~9月に実施された。タイについては、進出日系企業2,678社を対象とし、564社から回答を得た(有効回答率21.1%)。回答企業の内訳は、製造業314社、非製造業250社だった。
「 なお、当該調査の各設問では原則として、無回答や「わからない」「不明」とみなされる回答を無効として扱った。すなわち、とくに断りのない限り、それらを除いた有効な回答を分母として回答率を計上した。
注3:
BOIによると、生産性向上のための措置は、(1)法人所得税を3年間免除、(2)投資金額の50%を上限(自動化機械の国内調達率が30%以上の場合100%)、などと規定されていた。適用されるためには、2022年のBOI最終営業日までに申請が必要とされる。その申請実績は、BOI投資レポート(タイ語)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(737.37KB)から確認可能だ。
注4:
キャッサバとサトウキビの生産量はFAOのデータベース(FAOSTAT)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます参照。
注5:
貿易統計データベースの「グローバル・トレード・アトラス」から、ポリ乳酸(HSコード:3907.70)で抽出。
注6:
ネイチャーワークス社のタイ工場設立については、同社プレスリリース(2021年6月2日)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます参照。
注7:
協和発酵バイオのタイでのヒトミルクオリゴ糖(HMO)製造については、同社プレスリリース(2020年11月4日)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(616.02KB)参照。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課リサーチ・マネジャー
田口 裕介(たぐち ゆうすけ)
2007年、ジェトロ入構。アジア大洋州課、ジェトロ・バンコク事務所を経て現職。