自動車販売・生産とも前年比増、物流混乱は継続(フィリピン)
電気自動車導入支援に「EV産業育成法」が成立

2022年9月7日

本稿では、フィリピンの自動車産業について追う。

2021年販売台数が、前年比で17.4%増になった。新型コロナ禍によるダメージを大きく受けた2020年から回復を見せたかたちだ。もっとも生産面では、物流の混乱や原材料の高騰といった問題に引き続き直面している。また、中国からの部品到着の遅延を指摘する自動車メーカーもあった。この問題は、2022年3月末から約2カ月間続いた中国での都市封鎖がもたらした結果だ。

また2022年5月には、フィリピンでの電気自動車(EV)導入を強力に推進することを目的に、「EV産業育成法」が成立した。

2021年の新車販売台数は前年比17.4%増

フィリピンの新車販売台数は2021年、新型コロナ禍による落ち込みからの回復を見せた。フィリピン自動車工業会(CAMPI)と自動車輸入流通業者協会(AVID)の発表を基に 2021年の新車販売台数を推計すると、前年比17.4%増の28万8,006台となった(図1参照)。

2021年を通して、自動車の需要や販売環境は改善していった。フィリピン政府は2021年2月末からワクチン接種プログラムを推進。並行して、新型コロナ対策として課してきた移動・経済活動制限措置を緩和した。経済成長と公衆衛生との両立を目指したわけだ。「アラート・レベル・システム」(注1)も、一層の移動・経済活動制限の緩和を図る上で有効だった。これは新型コロナ禍下の新しい活動制限措置で、2021年9月以降、政府が各地で導入した。その結果、2021年の民間最終消費支出は、前年比4.2%増だった。

図1:フィリピンの新車販売台数
2005年から2017年まで年々増加しており、2017年には、47万3,943台と過去最高を記録した。2018年は、40万1,624台と減少、2019年に41万2,106台と微増したが、2020年は24万5,222台と激減した。2021年は28万8,006台とやや回復した。

出所:フィリピン自動車工業会(CAMPI)と自動車輸入流通業者協会(AVID)の発表データを基に、ジェトロが推計・作成

ただし、2016年から2019年にかけて、年間新車販売台数は40万台を超えていた。2021年に販売台数が回復したとはいえ、新型コロナ禍前の水準には戻っていないのが実情だ。

フィリピンの自動車情報サイト、オートインダストリア・ドット・コムによると、2021年のブランド別の販売台数は、トヨタが首位で12万9,101台(市場シェア43.9%)。以下、三菱自動車(同13.1%)、フォード(同6.8%)と続く。また、前年比でみると、中国の自動車大手メーカーである吉利汽車(ブランド名:ジーリー)の伸びが大きい(2.8倍)。なおジーリーについては、双日が2019年7月、フィリピンでの販売代理権を取得した。そのため、双日100%出資の「双日ジーオートフィリピン」が、同ブランドを輸入販売している。

表:フィリピンの新車販売台数(ブランド別)(△はマイナス値)
順位 ブランド 販売台数 市場シェア 対前年比
1 トヨタ 129,101 43.9% 29.7%
2 三菱 38,436 13.1% 2.9%
3 フォード 20,004 6.8% 35.4%
4 日産 19,603 6.7% △9.9%
5 スズキ 19,391 6.6% 25.0%
6 いすゞ 14,424 4.9% 28.3%
7 ホンダ 12,680 4.3% 8.3%
8 現代(ヒョンデ) 9,061 3.1% △44.6%
9 エム・ジー 6,343 2.2% 84.8%
10 ジーリー 6,104 2.1% 182.9%

出所:「オートインダストリア・ドット・コム」2022年1月31日付を基にジェトロ作成

輸入完成車セーフガード、正式導入は見送り

2021年は、完成車に対する輸入制限措置が懸念材料になった。

フィリピン貿易産業省(DTI)は 2021 年1月4日、輸入完成車に対するセーフガード暫定措置を発動すると発表した(2021年1月6日付ビジネス短信参照)。DTI が発動に踏み切ったのは、調査対象期間の2014~2018 年、乗用車・小型商用車ともに、海外からの輸入が国内生産に比べて大きく増加したためだ。その結果、国内自動車産業の保護が必要と判断した。この措置に基づき、2021年2月1日から、関税が仮徴収のかたちで賦課されることになった〔乗用車に対しては 1 台につき 7 万ペソ(約16万8,000円、1 ペソ=約 2.4 円)、小型商用車は 1 台11 万ペソ〕。しかし、その後、関税委員会(TC)が正式なセーフガード発動に関して調査。2021 年7月23日付で、「輸入の増加が国内産業に重大な損害を与えている、または与える恐れがあるとされない」との報告を発表した。この報告に基づき、TC は「正式なセーフガードの発動を行う明確な根拠はない」と勧告した。TCの勧告に従い、DTI は 2021年8月6 日、セーフガードの正式発動を見送った(2021年8月20日付ビジネス短信参照)。

セーフガードの正式発動に対しては、産業界の懸念もあった。実際にセーフガードが正式導入された場合、ただでさえ新型コロナ禍でダメージを受けている自動車産業にとって足かせになりかねない。CAMPI は「輸入車に対するセーフガードが発動されることで、新型コロナ禍に苦しむ自動車産業は追加的な打撃を受ける可能性がある。自動車販売台数の減少や、雇用されている従業員の失業につながるかもしれない」と指摘していた(「フィルスター」紙 2021年7月30日)。

セーフガード正式発動が見送られたことで、暫定措置による関税引き上げ分(仮徴収のかたちで賦課された関税分)は払い戻されることになった。もっとも、暫定措置導入そのものが、フィリピンで自動車販売を行う環境の不確実性を高め、市況にマイナスの影響を与えた可能性がある。

物流の混乱が継続

2021年の自動車生産台数は、前年比24.6%増の8万3,846台だった。2019年(新型コロナ前)の9万5,094台を下回ったものの、コロナ禍からの回復を確認することができる。

図2:フィリピンの自動車生産台数
2008年から2017年まで多少の増減はあるものの年々増加しており、2017年に過去最高の14万1,252台を記録した。2018年は7万9,763台と激減し、2019年は9万5,094台と増加したが、2020年は6万7,297台と再び減少した。2021年は8万3,846台と増加した。

出所:ASEAN自動車連盟の発表を基にジェトロ作成

一方で、生産にあたっての課題も発生している。例えば、フィリピン企業の多くが、新型コロナ禍下で生じた物流混乱の影響を受けている(貨物船の運航スケジュール遅延、物流コストの上昇など)。さらに2022年に入ってからは、ロシアのウクライナ軍事侵攻に起因した燃料価格の高騰が、さらなる物流コストの上昇をもたらした。これが、物流混乱を悪化させている(「インクワイヤラー」紙2022年6月14日付)。

この関連で、ジェトロは2022年6月、在フィリピンの自動車・同部品メーカーにヒアリングした。その結果、「物流費高騰の勢いが増している」「他国からフィリピンに部品を調達する際、サプライヤーから値上げの申し入れが多く発生している」などのコメントを受けた。また、「2022年3月末から約2カ月間、中国が厳しい新型コロナ対策を実施した。このことによって、同国での経済活動が大きく制限され、中国からの部品調達に遅延が見られる」との指摘もあった。

EV産業育成法が成立、政府支援本格化

ドゥテルテ大統領(当時)は2022年4月15日、「EV産業育成法案PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(864KB)」(共和国法第11697号)に署名。5月11日に成立した(2022年5月11日付ビジネス短信参照)。この法律は、フィリピンでEV(注2)を生産・導入するにあたって、制度的なフレームワークとなる。その狙いは、EVを「化石燃料への依存を低減させる適切な輸送手段」と位置づけ、EV産業を振興させることだ(2022年4月22日付地域・分析レポート参照)。

EV産業育成法の概要は以下の通り。

  • EV産業の振興や、EVの商用化および導入を目的とした国家的な産業開発計画として、「包括的なEV産業ロードマップ」(CREVI)の策定を規定する。
  • 貨物物流会社、食品宅配会社、旅行業者、ホテル、電気事業者、水道事業者などの企業は、保有またはリースする車両のうち最低5%をEVにする必要がある。EV車両導入にあたっての具体的なタイムスケジュールは、CREVIにおいて定める。
  • 公共交通機関を運営する事業者や政府機関も、保有またはリースする車両のうち最低5%をEVにする必要がある。
  • 本法案の成立以降に建設される建物や施設には、EV専用の駐車スペースを設置しなければならない。加えて、20台以上の車両を収容可能な駐車スペースを有する場合、最低5%の駐車スペースはEV専用にする必要がある。
  • EVの製造・組み立てや充電スタンド、バッテリー、部品の製造およびEVの研究開発などついて、戦略的投資優先計画(SIPP、注3)における各種優遇措置の対象とするかどうかは今後決定する。

なお、EVについて現時点で利用可能なデータは、新規登録台数(電動バイクなどを含む)くらいだ。これによると、2020年は1,015台、市場全体に占める割合はごくわずかにとどまる。一方、民間企業ではEVへの関心が徐々に高まりつつある。エム・ピー・ティー・モビリティー(注4)は2021年10月、自社が2022年から運営する高速道路に充電スタンドを設置する計画を明らかにした。また、英国系石油大手のピリピナス・シェル・ペトロリアムも2022年7月、同社としてフィリピンで初めてEVの充電ステーションを設置した(「フィルスター」紙2022年7月8日付)。


注1:
地域の感染水準を5段階に区分けし、段階的にビジネス活動を制限・緩和していくシステム。従来は、制限措置を産業・分野ごとに細分化した上で、厳格な措置を定めていた。そうした手法から、簡素化が図られた。
注2:
本稿でいう「EV」は、「車両の推進にあたって少なくとも1つの電気駆動を搭載する車」を意味する。
注3:
2021年4月に発効した「CREATE(法人のための復興と税制優遇の見直し)法」では、SIPPに該当する新規事業に一定期間の法人所得税免税などの各種優遇措置を付与することが規定された。
なお、その後、SIPPが発表され、EV関連事業が優遇措置対象になった(2022年6月10日付ビジネス短信参照)。
注4:
エム・ピー・ティー・モビリティーは、フィリピンのインフラ投資大手メトロパシフィック・インベストメンツの傘下企業。
執筆者紹介
ジェトロ・マニラ事務所
吉田 暁彦(よしだあきひこ)
2015年、ジェトロ入構。本部、ジェトロ名古屋を経て、2020年9月から現職。