外部環境の急速な悪化が南西アジアの一角を苦境に

2022年10月19日

新型コロナウイルス、米中対立の先鋭化、世界的なインフレ率の上昇と政治・経済的な問題が頻発する中、これまでの好景気で矛盾が覆い隠されていた国の脆弱(ぜいじゃく)性があぶりだされてきた。南西アジアの主要国は通貨安に見舞われ、先行き不安が鮮明になっている。外部環境の前例ない悪化・急速な変化が物価・債務に負荷をかけ、経済危機が連鎖する可能性も、ここにきて否定できなくなっている。

進行する自国通貨安

南西アジアでは、スリランカが5月にデフォルトを宣言し、経済危機下にある。宣言には至らないまでも、パキスタンもIMFに支援を求め、経済状態は苦境にある。図は、南西アジア主要国のインド、バングラデシュ、パキスタン、スリランカ各国通貨の対ドルレートの推移について、2020年初頭を基準に示している。為替レートは、経済の基礎的条件(ファンダメンタルズ)を反映する側面を持つ。新型コロナ感染拡大が本格化した2020年前半は、各国は都市封鎖(ロックダウン)を導入したことで、経済は大きく落ち込んだ。インド、パキスタンを中心に為替レートは減価したものの、2020年後半には厳格なロックダウン規制をはじめ事業制限措置が段階的に緩和されたことなどから、各国の通貨はおおむね増価に転じた。

図:南西アジア主要国の対ドル為替レートの推移
すべての国の通貨は2020年初頭比では下落している。インドは緩やかながら、下落傾向にあり、バングラデシュは2022年以降、落ち込みが顕著だ。パキスタンは9月末時点では2020年比32.1%、スリランカは同50.1%下落した。なお、インド、バングラデシュは、それぞれ12.6%、16.2%下落した

注:データ取得期間は2020年初頭から2022年9月30日。
出所:Refinitivから作成

2021年に入ると、スリランカの為替レートの落ち込みが明確に目立ち始めた。新型コロナ感染抑止のために各国が導入する水際措置による観光客数の大幅減や、景気低迷に伴った財政支出による赤字拡大を投資家は懸念するようになった(2022年5月13日付地域・分析レポート参照)。スリランカの2021年の外貨準備高は前年比46.5%減少し、2021年の名目GDPに占める財政赤字は11.6%と、新型コロナ前から大幅に悪化した。2022年に入ると、3月に中央銀行が通貨スリランカ・ルピーを切り下げたことで、為替レートの落ち込みは一気に加速した。スリランカだけでなく、パキスタン・ルピーも、インフレ率の急上昇やエネルギー価格高騰に伴う経常収支の悪化などから、大きく売り込まれた(2022年8月29日付ビジネス短信参照)。バングラデシュについても、緩やかな下落が続いている。為替レートから見る限り、南西アジア各国のファンダメンタルズは、スリランカ、パキスタンが特に弱く、バングラデシュも楽観できない状況といえる。バングラデシュは9月13日に、中央銀行が介入しない変動相場制に移行した結果、これまでよりも売り圧力が強くなるとみられる(2022年9月27日付ビジネス短信参照)。

債務、物価面が危機の導火線に

南西アジア主要国が抱えるリスクについて、取得可能な直近のデータと2010年のデータを比較することで確認してみる。表は国別に危機への耐性の数値を示している。GDPのうち個人消費が占める割合は、総じて高い水準にあるといえる。この割合が高いことは、外需が弱含みでも、内需が経済を支えること、つまり外生的ショックに対する強さを持つ指標とも言える。ネパールやパキスタンは9割を越える。また、南西アジア各国の同比率は過去との比較でも、高い比率を維持している点も特徴的だ。外国の経済が低迷した際にも、個人消費が成長の下支え役として期待できるといえよう。

表:南西アジア主要国のリスク指標 (単位:%、倍)(△はマイナス値、-は値なし)
国名 個人消費/
GDP
総債務残高/
GDP
外貨準備高/
短期対外
債務残高
消費者物価
上昇率
失業率
2010年 2020年 2010年 2022年 2010年 2022年 2010年 2022年 2010年 2022年
インド 65.7 70.7 66.4 83.4 2.8 7.8 10.5 6.9 5.5 6.0
スリランカ 76.9 81.1 68.7 130.5 3.6 1.4 6.3 48.2 5.0 5.3
ネパール 94.8 93.7 35.4 49.1 41.4 16.5 9.6 6.3 1.8 5.1
バングラデシュ 79.2 74.7 29.6 37.5 3.5 2.8 7.3 6.2 3.4 5.2
パキスタン 90.0 91.6 54.5 77.8 6.1 3.2 10.1 12.1 5.6 6.2
(参考)タイ 68.0 70.6 39.8 61.5 10.8 8.8 3.3 6.3 1.1 1.0
(参考)日本 76.1 74.5 205.7 263.9 4.1 3.6 △ 0.7 2.0 5.1 2.6

注1:2022年の「総債務残高/GDP」「消費者物価上昇率」とスリランカ、パキスタン、タイ、日本の「失業率」はIMF予測値。「2022年」の「外貨準備高/短期対外債務残高」は第1四半期。スリランカについては、データ取得の関係上、「2022年」は「2020年」。ネパールの「2022年」は「2021年」。「失業率」について、「インド」「ネパール」「バングラデシュ」の「2022年」は2021年度。
注2:「外貨準備高/短期対外債務残高」を除いたスリランカ以外の南西アジア各国は年度。各国の年度は、インド(2022年4月~2023年3月)、バングラデシュ、およびパキスタン(2022年7月~2023年6月)、ネパール(2022年7月中旬~2023年7月中旬)。
注3:「-」はデータなし。
出所:「国民経済計算」(国連)、「World Economic Outlook Database, October 2022」(IMF)、International Financial Statistics(IMF)、「国際与信残高統計」〔国際決済銀行(BIS)〕、世界銀行、各国統計局等から作成

債務については、潜在的な通貨安リスクをはらむだけに、その持続可能性に注意を払う必要がある。南西アジア主要国のGDPに占める総債務残高比率は、2010年と比較すると、全ての国で比率が上昇している。米中貿易摩擦や、新型コロナ、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻などに伴う世界経済の混乱を受けて、各国ともに景気下支えの財政支出もあって、借り入れを増やしている。南西アジア主要国の中でも、経済危機にあるスリランカの比率が130.5%と特に大きい。以下、インドの83.4%、パキスタンの77.8%も注意すべき水準といえる。返済力の指標として、1年以内に返済すべき短期対外債務と外貨準備の割合をみると、インドを除く南西アジア主要国の全てで、2010年時よりも比率は低下し、各国の支払い能力が落ちている。特に、表中のスリランカはデータ取得の関係上、2020年の数値となっているものの、現地統計による外貨準備高の減少を基に計算すると、足元の水準は流動性確保の観点から望ましい水準とされる1を下回っている。

南西アジア主要国では中低所得者層の割合が多いので、物価上昇は個人消費の減退だけでなく、社会不安をもたらしかねない。実際、スリランカやパキスタンでは、物価の急上昇に耐え切れなくなった国民が政権に批判の矛先を向けた結果、政権交代にまで至った。新型コロナによる各国での事業制限措置によるサプライチェーンの寸断に加えて、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻に伴うエネルギー・穀物の供給減少がインフレ率を引き上げた。特にスリランカ、パキスタンで上昇率が顕著だ。経済環境の悪化は雇用市場にも影響を及ぼす。失業率をみると、全ての国で2010年から悪化している。こうしたインフレ率や失業率の継続的な悪化は、政府の経済対策による歳出増を通じて、政府の財政健全化をさらに損なうことになる。

内需の強さ上回る外部環境の悪化

各国の指標を点検する限り、総じて各指標は10年前から悪化している。これは、現在、経済危機が起こった場合、経済危機に対する耐性が脆弱になっていることを意味する。足元では経済の厳しさが増している。アジア開発銀行(ADB)が9月に発表した経済見通しは、2022年の南アジア地域の経済成長率は4月時点の7.0%から6.5%に引き下げた。特に2023年については、インド、スリランカ、バングラデシュ、パキスタンの経済成長率を引き下げ、先行きの経済は一気に不透明感が高まっている。

各国はASEANと比較して内需依存型の経済構造を有する。その意味では、外部危機への耐性はある程度あるものの、複合的な外部環境の悪化は徐々に各国経済の持続力を奪う。今後の経済状況を見る上では、特に以下の3点がリスクと考えられる。

第1は、米国の利上げだ。米国連邦準備制度理事会(FRB)は景気への配慮よりもインフレ抑止に軸足を置き、金融引き締め政策を続けている。そのスピードも速く、6月のFRBの利上げ幅は30年ぶりの水準だった。同政策はドル高・南西アジア通貨安を招き、南西アジア主要国のドル建て債務の負担を重くする。そのため、南西アジア主要国も通貨防衛の観点から、経済成長に不透明感がある中でも、景気を下押しする利上げに踏み切らざるを得なくなっている。

第2に、天然ガスや小麦などエネルギーや食糧の国際商品市況の高騰が挙げられる。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻に伴って、これら商品の供給が不足していることに起因する。南西アジア主要国はエネルギーや食糧を外国に依存しているために、その影響は輸入物価の高騰を通じて家計に及ぶ。例えば、スリランカのインフレ率は2022年8月には70.2%に上昇するなど、近年では例をみない水準となっている。物価高は、消費が牽引する経済にとっては、痛手となる。また、輸入物価の上昇は、経常収支赤字拡大懸念を招き、通貨がより売られやすい素地を形成する。

第3に、政治的混乱がある。南西アジアのような新興・途上国の場合、経済的困窮から国民が暴徒化し、既存政権の転覆にまで事態が進行することも起こり得る。実際に、スリランカやパキスタンでは、民衆の不満から政権交代が起きた。政権交代までいかなくとも、政治の混乱が起きれば、政府の迅速な経済危機対応に支障を来し、経済的な苦境が一層深まる恐れがある。バングラデシュやネパールでも、物価の高騰を背景に、デモが起きている状況が政治的混乱にまで飛び火しないか、懸念要因といえる。

危機の連鎖が現実に

南西アジア主要国の経済は、外部経済に揺さぶられにくい元来の経済構造にある。しかし、現在の外部環境はその頑健さをしのぐほどに、混乱・悪化している。特に通貨安に伴う輸入物価の高騰が各国の強みの個人消費を弱め、各国の通貨安ドル高は債務負担を膨らませる。この点が最大の課題だ。一部の国では、気候変動の結果とみられる災害も経済悪化に拍車をかけている。南西アジアでは既にスリランカに端を発した経済危機の連鎖の兆候がみられるものの、現状の外部環境が続けば、さらなる本格的な危機の拡大が予想され、各国政府は危機への対処も、事前に意識・準備する段階に来ているかもしれない。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課課長代理
新田 浩之(にった ひろゆき)
2001年、ジェトロ入構。海外調査部北米課(2008年~2011年)、同国際経済研究課(2011年~2013年)を経て、ジェトロ・クアラルンプール事務所(2013~2017年)勤務。その後、知的財産・イノベーション部イノベーション促進課(2017~2018年)を経て2018年7月より現職。