韓国政府による自国企業の国内回帰支援政策、道半ば

2022年3月8日

世界各国では、新型コロナウイルス禍や米中対立をきっかけに、サプライチェーン(供給網)強化に対する関心が高まっている。そのための手段の1つが企業の国内回帰(「リショアリング」ともいい、企業が国外の生産などの拠点を国内に戻すこと)の支援だ。韓国も例外ではなく、政府は海外に進出した韓国企業の国内回帰支援に注力している。ただし、今までのところその成果は必ずしも十分なものとは言えないだろう。

本稿では、韓国企業の国内回帰の現状、政府の国内回帰支援政策の変遷、今後に向けた課題などを整理する。

増加するも依然少ない韓国の国内回帰企業数

産業通商資源部(日本の経済産業省に相当)は2022年1月11日、「2021年海外進出企業の国内回帰動向」を発表した。それによると、2021年に政府が認定した国内回帰企業数は、統計を取り始めた2014年以降で最多の26社を記録、累計で108社に達した(表参照)。同部は増加の理由として、内外の環境変化(海外の事業環境の悪化、韓国市場の拡大など)や、国内回帰支援制度の改善(認定要件の緩和、支援対象業種の拡大、支援比率・金額の調整)、政府の積極的な誘致活動を挙げた。

表:韓国企業の国内回帰(リショアリング)の推移(単位:社、億ウォン、人)
企業数 国内
投資額
国内
雇用者数
2014 17 1,078 765
2015 2 55 65
2016 11 504 408
2017 4 556 143
2018 8 414 276
2019 16 4,767 334
2020 24 5,559 1,169
2021 26 6,815 1,820
2014~21年計 108 19,748 4,980

注:2022年2月末時点で、1ウォン=約0.1円。
出所:産業通商資源部

累計の108社がどの国から韓国に回帰したかをみると、中国が81%(87社)で圧倒的に多く、次いで、ベトナム11%(12社)、米国3%(3社)、フィリピン2%(2社)の順となっている。業種別では、電気・電子19%(20社)、自動車17%(18社)、金属11%(12社)、ジュエリー11%(12社)など、比較的分散している。時系列的には、当初は繊維や製靴、ジュエリーなど労働集約型の業種に集中したが、最近は自動車や電気・電子、金属、機械など、業種の幅が広がっている。

国内回帰企業数が増加したとはいえ、韓国企業の国内回帰が大きな流れになっているとは言い難いだろう。ちなみに、2014年1月から2021年9月までに韓国企業が海外に新規に設立した現地法人数(実行ベース)は2万3,273社で、国内回帰企業数はその0.5%の水準にすぎない。累計の雇用者数も、2021年の韓国の製造業就業者数437万人の0.1%の水準だ。

雇用創出、地域経済活性化に加え、コロナ禍以降はサプライチェーン安定化も狙う

次いで、韓国政府の国内回帰支援策を振り返る。

政府が企業の国内回帰支援政策を初めて打ち出したのは、2006年9月に発表した「企業環境改善総合対策」だった。当時、韓国から中国に進出した中小製造企業の中で、人件費上昇などで経営難に陥っている企業が少なくなかった。こうした企業の韓国への回帰を支援すべく、国内回帰時に外国人雇用の条件緩和や低廉な工場用地の提供といったインセンティブを供与するものだった。実際、後述するジュエリー企業のように、この枠組みで中国から韓国に生産拠点を戻した企業もあった。

国内回帰支援政策をさらに進める契機になったのが、「海外進出企業の国内回帰支援に関する法律(Uターン法)」の施行(2013年12月)だ。狙いは「国内回帰企業に対して統合的な支援体制を整えることで、国内の雇用創出と地域経済活性化を図ること」(産業通商資源部、2013年6月27日発表)だった。対象企業は「海外で2年以上製造事業場(生産拠点)を運営」「海外事業場の規模を一定以上縮小」「国内回帰時に海外事業場と同一の業種を運営」といった条件を満たす企業で、国内回帰企業と認定されれば、立地・設備補助金の支給、法人税・所得税・関税の減免、雇用創出奨励金の支給、外国人労働者ビザの発給といったインセンティブを受けられる仕組みだった。しかし、認定条件が厳しい、インセンティブが少ないといった批判もあり、国内回帰企業数は少なかった。そこで、政府は2018年11月に「Uターン企業総合支援対策」を発表し、海外事業場の縮小度合いなどの認定条件の緩和、雇用補助金支給期間の延長などのインセンティブ強化を行った。また、それまでは中小・中堅企業を対象としていたが、大企業も対象に加えた。こうした政策の修正が奏功したのか、2019年に国内回帰企業数が増加した。

このような中、2020年に入ると外部環境が大きく変化した。きっかけは、中国で新型コロナウイルス禍の初期局面に、自動車部品の一種のワイヤーハーネスの生産が中断した事態だった。そのため、中国からのワイヤーハーネスの輸入がストップ、韓国国内のワイヤーハーネスの在庫が底を突いた同年2月上旬に韓国の自動車メーカーが一斉に操業中断に追い込まれた。韓国はワイヤーハーネスの国内需要の多くを在中韓国系企業の生産品に依存していた。これら企業はかつて、韓国のコスト上昇や求人難のために生産拠点を韓国から中国に移管した企業だった。こうしたサプライチェーンの問題がコロナ禍や米中対立により大きな問題として浮上した。その結果、韓国政府は国内回帰支援政策の目的として、従来の地域経済活性化、雇用創出とともに、サプライチェーン強化を掲げるようになった。政府は2020年6月、「2020年下半期経済政策方向」の一環として「Uターン企業誘致のための総合パッケージ」を発表し、認定条件緩和やインセンティブ強化をさらに進めた。さらに、同年7月に発表した「素材・部品・装備2.0戦略」でサプライチェーン強化を掲げたが、その方策の1つとして「戦略的国内回帰支援の強化」を盛り込んだ。足元でも、例えば、2021年6月の改正「Uターン法」施行により、先端産業、サプライチェーン強化につながるコア部品については、海外事業場の縮小なしに国内回帰企業の認定を可能にするなど、認定条件の一層の緩和やインセンティブの強化を進めている。

大企業の国内回帰支援の強化が課題

以上のように、韓国政府の国内回帰政策はこれまで制度見直しが行われてきたものの、依然として課題が残されている。これに関連して、国会所属の研究機関の国会予算政策処が2021年5月に発行した報告書では、政策の改善のために次の5点を提言している。(1)大企業の国内回帰支援に注力すること、(2)国内回帰支援とともに事業の高付加価値化支援を行うこと、(3)認定条件として海外事業場の縮小よりも国内投資・雇用拡大に焦点を置くこと、(4)成果目標を設定し、管理すること、(5)認定過程で地方自治体の役割を強化すること。

このうち、特にポイントとなるのが(1)だろう。国会予算政策処の報告書では、(1)について、大企業が国内回帰すれば系列の中堅・中小企業の国内回帰が見込まれること、国内での投資や雇用の規模を考えると、大企業の国内回帰の方が中堅・中小企業に比べ波及効果が大きいことに言及している。2021年までに国内回帰企業の認定を受けた108社のうち107社が中堅・中小企業で、大企業は2019年の現代モービス(中国の事業場を縮小し、蔚山市に車載電池モジュール工場を新設)の1社のみだった。大企業が極めて少なかった理由は、従来の「Uターン法」が中小・中堅企業を主な対象としていたため、大企業にとって国内回帰企業の認定を受けるインセンティブに乏しかったためだ。そのため、国内回帰企業の認定を受けずに国内回帰した大企業の事例も存在するほどだった。

ただし、前述のように、大企業もようやく支援対象の視野に入るようになった。実際、2022年に入ってからLG化学が生分解性材料工場建設(海外での工場新増設を見送り、韓国国内に工場を新設)で国内回帰企業の認定を受けている(産業通商資源部、2022年1月19日発表)。これは、政府の国内回帰支援政策の軌道修正の証左ともいえよう。

国内回帰後に苦戦する企業も

企業が国内回帰した後の課題も残されている。国内回帰した全ての企業の事業運営が順調というわけではないからだ。例えば、国内回帰支援政策の初期局面の2012年8月に、知識経済部(現・産業通商資源部)は「中国・山東省青島市に進出していたジュエリー企業14社が全羅北道益山市に集団で国内回帰した」と発表した。続けて、国内回帰した理由として、人件費上昇など中国の経営環境が悪化、自由貿易協定(FTA)ネットワークなど韓国の事業環境が改善、バイヤーが「メード・イン・チャイナ」より「メード・イン・コリア」を選好といった点を挙げた。しかし、各種メディア報道によると、国内回帰後に倒産したり、再度、中国に生産拠点を移管したり、国内雇用者数が十分でなく政府から受けた補助金を返納したりした企業も少なくなかったようだ。政府の優遇策のみでは、人件費をはじめとした韓国の高い生産コストを相殺できなかったわけだ。「毎日経済新聞」(2019年10月7日、電子版)は「2019年8月末までに国内回帰企業の認定を受けた64社のうち、現在操業中の企業は38社」「韓国の賃金水準は中国より2~3倍高く、国内回帰企業は苦戦している」と報じていた。

サプライチェーン安定化を目的とした場合、国内回帰ともに、生産コストが相対的に安い東南アジア諸国へのニアショアリング(近隣諸国への移転)の推進も積極化すべきだろう。前述のワイヤーハーネスの場合、コロナ禍前の2019年の国別輸入額をみると、全体の86.7%が中国だったが、中国以外ではベトナム(6.9%)、フィリピン(3.1%)、カンボジア(1.5%)の順で多かった。他方、韓国のワイヤーハーネス企業4社の生産拠点をみると、中国を中心としつつも、ベトナム、フィリピン、カンボジアにも拠点があることから、中国以外からの輸入も主に現地の韓国系企業の生産品と考えられる。韓国政府としては、これら諸国での生産を拡大し、生産の分散化が進展するように支援を進めていくことも必要だろう。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 主査
百本 和弘(もももと かずひろ)
2003年、民間企業勤務を経てジェトロ入構。2007年7月~2011年3月、ジェトロ・ソウル事務所次長。現在ジェトロ海外調査部主査として韓国経済・通商政策・企業動向などをウォッチ。