1日700万本販売:ヤクルト
巨大市場インドネシアに挑む日本企業(2)

2022年10月5日

本シリーズでは、成長するインドネシア市場で成功を収める日本企業の販売戦略について、分野や領域(小売り・飲食、製造業など)ごとに取り上げる。

第2回は「ヤクルト」の製造・販売を行うインドネシア・ヤクルトだ。同社はインドネシアで30年以上事業を続けており、1日の販売本数は、約700万本に達する。市場シェア獲得のためのアプローチなどについて、社長の川口博史氏に聞いた(インタビュー日:2022年8月26日)。


インドネシア・ヤクルトの川口社長(ジェトロ撮影)

2度の困難を乗り越えて

質問:
インドネシア事業の概要について。
答え:
インドネシアでは1991年に営業を開始した。日本では「ヤクルト」のほかにさまざまな乳製品を製造・販売しているが、当地では「ヤクルト」のみに集中している。製造は、西ジャワ州のスカブミ工場(1997年稼働)と、東ジャワ州のモジョケルト工場(2014年稼働)の2つの工場で行っている。1日当たりの生産能力は、前者が364万本、後者が564万本で、全てインドネシア国内で販売している。2021年の1日平均販売本数は732万本となっている。他の乳製品を含めた販売本数(2021年)では、日本がトップだが、その次に多いのはインドネシアで、当社にとって重要なマーケットだ。販売チャネルは日本同様に、ヤクルトレディ(YL、注1)による訪問販売と、ミニマーケットやショッピングモールなどでの店舗販売があるが、販売比率は前者が全体の52%程度を占めており、YLが果たす役割が非常に大きい。地域別には、全体の売り上げの半分をジャワ島が占めている。
質問:
1991年の営業開始以来、販売は順調に伸びているか。
答え:
重要なタイミングが2度あった。最初は1997年に始まったアジア通貨危機だ。当地での売り上げが大きく減少し、経営状況が悪化した。経費を切り詰めた結果、2000年代前半から売り上げは回復してきた。2つ目は2007年。特に外的要因がないにもかかわらず、前年比で販売数量が落ち込んだ。このことに危機感を持ち、社内で要因分析を行った結果、その中でも特にYLのコミュニケーション能力や商品知識に課題が見つかり、再度トレーニングを実施した。また、インドネシアの1人当たりGDPが2,000ドルを超えて購買力も向上したことも相まって、翌年以降は売り上げを伸ばすことができた。

YLによる地道で徹底した営業活動

質問:
当地での販売拡大に注力していることは何か。
答え:
他社と比較して、当社は地道な価値普及に努めている。マーケティングやブランディングも意識しているが、当社商品の良さを理解してもらった上で消費者に当社商品を購入してもらうことを優先している。そのため、YLが商品の良さをアピールしながら訪問販売することは非常に重要だ。1991年当初からYLが訪問販売を行っているが、創業当初はこの点を定着させることが難しかった。

YLによる訪問販売の様子(ヤクルト提供)
質問:
YLの教育やフォローはどのように行っているか。
答え:
現在、インドネシア国内のYLは約1万1,000人。YLのためのセンターが全国に800カ所あり、1カ所につき常駐社員1人と約10人のYLが配置されている。そこでYLへの教育をはじめ、商品の仕入れなども行っている。
「ヤクルト」の効果を伝えるための標準トーク例を、まずはYLに覚えてもらっている。覚えられなければ、一人前のYLとして認められない。また、消費者との円滑なコミュニケーションの取り方のコツも共有している。例えば、生活のノウハウをまとめた紙を用意し、消費者宅に訪問した際、商品以外の会話もできるようになっている。YLの教育マニュアルは、共通部分もあるものの、各国で独自に作成している。インドネシアのマニュアルが世界のロールモデルになっている場合もある。YLと当社は代理店契約を結んでおり、完全なインセンティブ契約となっている。そのため、売れた分だけYLの給料は上がる仕組みだ。2021年12月のYL平均月収は409万7,921ルピア(約3万8,930円、1ルピア=約0.0095円)。YLとして働くことで、子どもを大学まで通わせることができたという報告を聞くこともあり、うれしく感じている。
インドネシアでは、特に地方で女性が積極的に就労することが難しい状況にある。家庭と仕事を両立できるよう、YLの担当エリアを自宅近辺に割り当てたり、センターに常駐する社員が家庭の悩みにも答えたりするなど、きめ細かくフォローしている。そうした取り組みにより、同国では過去10年でYL数が約3.5倍となった。
質問:
さらなる販売拡大のためにどのような取り組みを行っているか。
答え:
YLの活動を通して全土に「ヤクルト」が健康に良いことを理解してもらいたい。幸いにも、インドネシア人は他人との接点を持つことを嫌がらないため、訪問販売を行いやすい環境にある。また、各地の婦人会などに効果的にアピールするため、「ヤクルト」の良さを映像で訴える「フィルムショーイング」活動を行っている。各家庭で家計の主導権を握っているのは主婦であり、女性へのアプローチは常に意識している。
他方、課題の1つはインスタグラムなどSNSでの情報発信だ。他社と比較すると少ない予算だが、広告宣伝費を出している。新型コロナウイルス禍ではメッセージアプリ「ワッツアップ」(注2)を使って消費者に情報発信した。その結果、新型コロナ禍で顧客と対面でコミュニケーションを行うのが難しい中、「ワッツアップ」を通したデジタルコミュニケーションで顧客との関係を深め、販売を拡大することができた。
質問:
CSRへの貴社の取り組みについて。
答え:
植樹などさまざまな活動を行ってきたが、2019年12月にインドネシア環境林業大臣令第75号「生産者における廃棄物の削減に向けたロードマップに係る規制」(インドネシア語)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(465KB)(注3)が施行されたこともあり、最近はプラスチックの取り扱いに注意している。当社商品の容器はプラスチックを利用しているが、現在はトライアルで容器やふたなどの回収を始めた。
質問:
インドネシアでのビジネスの魅力は何か。
答え:
毎日約700万人が「ヤクルト」を飲んでいるとはいえ、人口2億7,000万人ということは、人口の2%強にしかまだリーチできていないことを指している。まだまだ拡大できる余地があると考えており、1人でも多くの人に健康になってもらいたい。このように考えられることこそ、巨大市場インドネシアの魅力だ。

注1:
消費者の自宅やオフィスに訪問し、同社商品を販売する。インドネシアでは個人事業主と代理店契約を締結する形式を採用している。
注2:
世界的に利用されているメッセージアプリ。SNS利用者数などのデータを毎年公表しているデータサイト「データリポータル外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」によると、インドネシアでは16歳から64歳までのインターネット利用者のうち、約9割が同アプリを使用しており、仕事でもよく利用されている。
注3:
同令では関係する事業者に対し、2029年までに30%の廃棄物削減に向けたロードマップ作成を求めている。

巨大市場インドネシアに挑む日本企業

執筆者紹介
ジェトロ・ジャカルタ事務所
上野 渉(うえの わたる)
2012年、ジェトロ入構。総務課(2012年~2014年)、ジェトロ・ムンバイ事務所(2014年~2015年)、企画部企画課海外地域戦略班(ASEAN)(2015年~2019年)を経て現職。ASEANへの各種政策提言活動、インドネシアにおける日系中小企業支援を行う。