英国における日本産酒類普及の可能性
30代を中心に高所得者層の飲食店消費がターゲット

2022年6月9日

本稿では、スコットランド公衆衛生局(Public Health Scotland)の「2021 Monitoring and Evaluating Scotland’s Alcohol Strategy (以下MESAS) 」調査結果報告書と財務省貿易統計を基に、英国市場における日本産酒類の消費傾向を考察する。また、年収と飲酒頻度の関係から、一般に価格が高い日本産酒類の適切なターゲット消費者層を特定する。これらを基に、英国における日本産酒類のさらなる可能性を探る。

コロナ禍で飲酒機会は変化するも、消費量は同水準

初めに、MESAS調査について説明する。MESASはMonitoring and Evaluating Scotland’s Alcohol Strategy(和訳:スコットランドのアルコール戦略の監視と評価) の略で、スコットランド公衆衛生局が毎年発行する、英国(北アイルランドを除く)を対象とした主要なアルコール指標(消費・価格など)に関する、入手可能な最新のデータを多く紹介しているレポートである。対象酒類はビール・サイダー(注1)・その他(以下「ビール等」とする)、ワインおよびスピリッツであり、オン・トレード(パブ、レストランなど)とオフ・トレード(小売店など)の売り上げ分析なども含まれている。

2020年のMESASデータから、ジェトロのロンドン事務所が推計した2019年(新型コロナ禍以前)の市場状況は以下の図1のとおりである(注2)。

図1:英国(北アイルランド除く)におけるアルコール飲料の売上高 2019年
(単位:10億ポンド)

2019年の英国のアルコール飲料の売上は約479億ポンドで、その内訳はビール・サイダーほかが約4割、ワインとスピリッツがそれぞれ約3割であった。
オン・トレード での売上は約261億ポンドで、その内訳はビール・サイダーほかが約6割、ワインが約2割、スピリッツが約3割であった。
オフ・トレードでの売上は約218億ポンドで、その内訳はワインが約4割、ビール・サイダーほかとスピリッツがそれぞれ約3割であった。

出所:スコットランド公衆衛生局「MESAS Monitoring Report 2020」を基にジェトロ作成

2019年の市場全体の売上高は約479億ポンド(約7兆6,161億円、1ポンド=約159円)で、オン・トレード (約261億ポンド) の額がオフ・トレード (約218億ポンド) よりも若干大きかった。また、MESAS2021から同様に推計した、コロナ蔓延(まんえん)期だった2020年の売上高は図2のとおり(注3)。2019年と比較すると、合計額が462億ポンドとなり、著しい減少とはならなかった。一方、オン・トレードとオフ・トレードの構成比を見ると、大幅に変化していることが明確に分かる。オン・トレードが2019年に比べて153億ポンド減少したことに対し、オフ・トレードは136億ポンド増加した。これは新型コロナウイルス感染拡大によるロックダウン措置の一部であった飲食店休業指示などにより飲食店における消費が減少した一方、自宅などでの消費のため小売店での販売が伸びたためと考えられる。また、ビール等、ワイン、スピリッツの構成比については、合計、そしてオン・トレードとオフ・トレードいずれにおいてもそれほど大きな変化は見られなかった。

図2:英国(北アイルランド除く)におけるアルコール飲料の売上高 2020年
(単位:10億ポンド)

2020年の英国のアルコール飲料の売上は約461億ポンドで、その内訳はビール・サイダーほかが約4割、ワインとスピリッツがそれぞれ約3割であった。
オン・トレード での売上は約108億ポンドで、その内訳はビール・サイダーほかが約6割、ワインが約2割、スピリッツが約3割であった。
オフ・トレードでの売上は約353億ポンドで、その内訳はワインが約4割、ビール・サイダーほかとスピリッツがそれぞれ約3割であった。

出所:スコットランド公衆衛生局「MESAS Monitoring Report 2021」を基にジェトロ作成

日本の財務省貿易統計によると、英国における主要輸入日本産酒類である日本酒、焼酎、ジン、ウイスキーの2011年から2021年にかけての日本から英国への輸出実績は図3のとおり。

図3:主要日本産酒類の日本から英国への輸出量の推移
日本酒の輸出量は過去10年間、概ね増加傾向にあり、2020年は減少に転じたが、2021年は再び増加し、過去10年間で最大の輸出量となっている。焼酎の輸出量は数量が小さいものの、ほぼ横ばいで推移している。ジンの輸出量は2018年3万7,000リットルから2020年の39万2,000リットルに急増し、2021年に37万リットルに 減少した。ウイスキーは2015年に急激に減少したが2017年から少しずつ増加し、2019 年以降さらに大きく増加している。

出所:財務省貿易統計を基にジェトロ作成

日本酒の輸出量は過去10年間、おおむね増加傾向にあり、2020年は減少に転じたが、2021年は再び増加し、過去10年間で最大の輸出量となっている。これは、飲食店の営業再開によるものと考えられ、後述するように、日本酒が主に飲食店で消費されていることを裏付けている。一方、ここ数年、焼酎の輸出量は数量が小さいため分かりづらいものの、ほぼ横ばいで推移している。近年の英国における「ジンブーム」を受け、日本から英国への輸出額(輸出量)が2018年の1億1,600万円(3万7,000リットル)から2020年の2億9,400万円(39万2,000リットル)に急増したジンは、2021年になって1億6,700万円(37万リットル)に減少した。この減少の要因は様々考えられるが、「ジンブーム」のトレンドが国外からの輸入から「英国現地生産」に変化したことが要因の1つと考えられる。ウイスキーは2015年に急激に減少したが、2017年から少しずつ増加し、2019 年以降さらに大きく増加しており、認知度と人気が高まっていると思われる。

日本酒シェア拡大の可能性

次に、MESASによる消費実態の統計と日本産酒類に関する財務省貿易統計から、日本産酒類の市場シェアの推計を行う。現在、MESASから入手できる最新データは2020年のものであるが、上述のように、コロナの影響により2020年のデータは市場の一般的な傾向としては特異値とみなされる。日本産酒類の市場シェアをより適切に把握するため、コロナ以前の2019年の数値により推計する。また、図3に示されているように、日本酒の輸入量がほかの酒類に比べ最も多いことから、市場シェアの推計例として日本酒に着目する。

日本の国税庁の調査によると、英国における日本酒販売の8割はレストランである。また、ジェトロが行った関係事業者からのヒアリングを基にしたオン・トレード価格はオフ・トレード価格の2倍、また2015年のジェトロの調査(注4)によれば、英国内小売価格はFOB価格の約5.4倍である。財務省統計によれば、2019年の日本酒の輸入量は35万2,059リットル、FOB平均単価が1,059円/リットルであることから、これらを踏まえて日本酒の市場シェアを推計すると、オン・トレード市場では約32億円(1ポンド=160円で試算すると、約2,000万ポンド)、オフ・トレード市場では約4億円(約250万ポンド)、両者を合わせた末端市場規模は約36億円(約2,250万ポンド)と推計される。これは、英国のアルコール飲料のオン・トレード市場全体の約261億ポンド(約4兆2,000億円、図1参照)に対して0.08%、オフ・トレード市場全体の約218億ポンド(約3兆5,000億円)に対して0.01%のシェアとなる。このことから、日本酒は英国のアルコール市場全体においてわずかなシェアと推測されるが、そのことは、今後シェアを伸ばす余地が十分にあるとも考えられる。

高所得者層ほど高い飲酒の傾向

一般的に、日本産食品・酒類の英国での販売価格は高い傾向にあるため、英国市場において高所得者層がターゲット消費者層の1つと考えられる。このため、英国における年収と飲酒頻度に関わる統計に着目し、高所得者層への日本産酒類の普及の可能性について考察する。

英国国家統計局が2017年に実施した調査「グレートブリテン島の成人(注5)の飲酒習慣:2017年」によると、年収が高い層ほど1週間以内に飲酒した人の割合が高く、また、1週間以内に5日以上飲酒した人の割合も高い(図4参照)。また、1週間で最も多く飲酒した日におけるアルコール摂取量についても、年収が高い層ほど多くなる傾向がみられる(図5参照)。同調査では、最も高い所得層に加えて、管理職や専門職で働いている人々は、過去1週間にアルコールを飲んだと回答する割合が最も高かったとしている。これらのことは、高所得者層が低所得者層よりもアルコールをより定期的に、より多く消費する傾向にあることを示唆している。

図4:年収と1週間以内の飲酒日
「全く飲酒しない」の割合は、9,999.99ポンドまでの層の30%弱から年収が高いほど減少し、40,000ポンド以上の層で10%弱となっている。「1週間以内に飲酒した」の割合は、9,999.99ポンドまでの層の50%弱から年収が高いほど増加し、40,000ポンド以上の層で80%弱となっている。「1週間以内に5日以上飲酒した」の割合は、9,999.99ポンドまでの層の10%弱から年収が高いほど増加し、40,000ポンド以上の層では約15%となっている。

出所:英国統計局「Opinion and Lifestyle Survey」を基にジェトロ作成

図5:年収と最も多く飲酒した日のアルコール摂取量
最も飲酒が多かった日の飲酒量について、「4ユニット(男性)/3ユニット(女性)以上」の割合は、9,999.99ポンドまでの層の20%強から年収が高いほど増加し、40,000ポンド以上の層で40%強となっている。「8ユニット(男性)/6ユニット(女性)以上」の割合は、9,999.99ポンドまでの層の10%強から年収が高いほど増加し、40,000ポンド以上の層で20%強となっている。「12ユニット(男性)/9ユニット(女性)以上」の割合は、9,999.99ポンドまでの層の5%強から年収が高いほど増加し、40,000ポンド以上の層で10%強となっている。

注:「ユニット」とは、アルコール度数の異なる様々な酒類を摂取した際の飲酒量を把握できるよう取り入れられている単位で、含有するアルコール量10ミリリットルまたは8グラムが1ユニットに相当する。英国では、1週間の適切な摂取量は14ユニットとされている。
出所:英国統計局「Opinion and Lifestyle Survey」を基にジェトロ作成

また、年齢と1週間以内に飲酒した人の割合について、男女別、全体のいずれにおいても、16歳から64歳へと年齢が高くなるととともにその割合が増加し、65歳以上ではその割合が減少する傾向がみられる(図6参照)。飲酒が可能となる若い年齢から退職年齢までは、年齢とともに飲酒量が徐々に増加しているように見えるが、これは、多くの人が年齢とともに昇給し、退職後に年収が徐々に減少することと関連している可能性がある。

図6:年齢と1週間以内に飲酒した人の割合(性別別および全体)
年齢と1週間以内に飲酒した人の割合について、男性では「16~24歳」の層の50%弱から、「25~44歳」の層で60%弱、「45~64歳」の層で70%弱と増加したのち、「65歳以上」の層で60%強と減少している。女性では「16~24歳」と「25~44歳」の層の50%弱から、「45~64歳」の層で60%と増加したのち、「65歳以上」の層で50%弱と減少している。全体では「16~24歳」の層の50%弱から、「25~44歳」の層で50%半ば、「45~64歳」の層で60%半ばと増加したのち、「65歳以上」の層で50%半ばと減少している。

出所:英国統計局「Opinion and Lifestyle Survey」を基にジェトロ作成

英国においては、高所得者層や管理職、専門職で働く層は飲酒頻度が高く、その消費量が多い傾向にあることから、比較的高価な日本産酒類を売り込むターゲットの1つとなると考えられる。また、英国では、日本酒の市場シェアの低さから消費者の理解度が低い一方で、ミレニアル世代(注6)は、新しく革新的な考え方をより柔軟に受け入れ、年上の世代に比べ若い頃から異なる国の文化や商品に触れる機会が多いといった調査分析などがあることも踏まえると、30代を中心とする世代で所得が高い層への売り込みが効果的と考えられる。

30代を中心とする高所得者層の飲食店消費をターゲットに

本稿では、統計データおよびそれらに基づく推計になどより、英国における日本産酒類の消費傾向を考察するとともに、年収と飲酒頻度に関する統計などから、日本産酒類の適切なターゲット層を特定した。英国における日本産酒類の消費傾向については、新型コロナ感染拡大によってオフ・トレードの消費が増加し、その落ち着きとともにオン・トレード消費が回復したこと、2020年に比べて2021年の日本酒の輸入量が増加していることから、日本産酒類の多くが飲食店(オン・トレード)で消費されている可能性がある。さらに、英国における日本酒の市場シェアの推計に基づけば、日本産酒類は依然としてニッチ市場であるといえる。また、年収と飲酒頻度の関係などから、新しい商品に敏感な30代を中心とする世代で所得が高い層が、価格の高い日本産酒類のターゲットとして適切であることが示唆された。これらのことから、今後、日本産酒類をさらに普及させるためには、飲食店 (オン・トレード) を中心に、また、30代を中心とする世代で所得の高い層に力点を置いてアプローチすることがより効果的と考えられる。


注1:
英国において、サイダー(cider)はリンゴを原料とする発泡酒を指す。
注2:
MESAS2020の人口データと飲酒者1人当たりのアルコール種類別の購入額データより推計。
注3:
MESAS2021の人口データと飲酒者1人当たりのアルコール種類別の購入額データより推計。
注4:
ジェトロ調査レポート「流通構造調査(英国)清酒(2015年)PDFファイル (311.67KB)」。
注5:
16歳以上を対象としている。
注6:
様々な定義があるが、おおむね1980年代序盤から1990年代中盤までに生まれた世代を指す。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
フラナガン・シオン
2022年1月~3月、ジェトロ・ロンドン事務所にインターン研修生として在籍。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
飯田 俊平(いいだ しゅんぺい)
2006年、農林水産省入省。2020年9月からジェトロ・ロンドン事務所に在籍。