山東省、日本酒市場のフロンティアとなり得るか?(中国)
日本酒普及の現状とその可能性を探る

2022年5月10日

山東省は酒類生産が盛んであり、中国国内におけるビールやワインの生産量の多くを担っている。山東省における日本酒(清酒)市場は未成熟ではあるが、中国の他地域における「日本酒ブーム」に牽引される形で、日本酒普及の動きも見え始めている。本稿では、山東省における酒類生産の状況を概観するとともに、日本料理店店長へのインタビューを通して、同省における日本酒普及の現状や、山東省に限らない「日本酒普及のヒント」を探る。

山東省を代表する酒類

国家統計局によると、山東省の2020年のビール生産量は45億7,960万リットル(全国生産量の13.4%)を占めており、2位の広東省に約10億リットルの差をつけて、引き続き地域別で中国国内生産量1位だった(表1参照)。直近の20年間では、生産量1位の座を譲ったことはない。

山東省が「ビール省」としてのイメージを持たれるのは、山東省や全中国、さらには海外でも流通している、青島ビールの存在だ。青島市内には「青島ビール博物館」もあり、毎年開催される青島国際ビール祭りとともに、観光資源としての役割も果たしている。中国国内における2021年の青島ビールの売上量は79億3,000万リットル、売上額は8.7%増の301億7,000万元(約6,034億円、1元=約20円)となった。

表1: 各省・市・自治区のビール生産量(2020年、上位10位)
順位 省級行政区 生産量
(単位:千万リットル)
1 山東省 457.96
2 広東省 357.46
3 浙江省 259.64
4 四川省 217.97
5 河南省 192.9
6 河北省 178.2
7 江蘇省 173.75
8 遼寧省 171.39
9 福建省 156.94
10 黒竜江省 128.53

出所:国家統計局

また、山東省はワインの産地としても名高く、山東省統計年鑑(2021年)によると2020年のワイン生産量(同年の主な業務による売上高が2,000万元以上の工業企業を対象とした統計)は約7,300万リットル(全国生産量の約18%)を占めている。山東半島の東部に位置する煙台市(2019年4月19日付2021年1月28日付地域・分析レポート参照)には、著名ブランドメーカーの煙台張裕葡萄醸酒を筆頭に、ワイン生産企業が多数立地している。煙台市人民代表大会常務委員会は2020年11月、「煙台ワイン産区保護条例」を可決。2021年1月から施行された。同条例は、同市において生産されるワインの質とブランド信用力の確保を目的としており、官民一体となったワイン産業の発展の促進に力を入れている。

加えて、山東省では、中国発祥の蒸留酒である白酒の人気も根強い。生産量こそ約2億900万リットルと全国の生産量(約74億リットル)に占める割合は大きくないものの、宴席で飲まれることが多い。白酒は、小さなグラスに入れて、乾杯のたびに飲み干すのが定番の飲み方である。

以上の通り、山東省は全国でも有数の酒類の産地および消費地となっており、なかでもビール、ワイン、白酒の存在感が強い。

山東省には未到達の「日本酒ブーム」

一方、山東省における日本酒の存在感はどうだろうか。中国全体を概観すると、日本の中国への日本酒輸出金額および輸出量は、近年、飛躍的に増加している。2021年に、日本から中国に輸出された日本酒の総額は100億円を超えており、米国や香港を抜き、国・地域別で1位となっている(表2参照)。

また、過去10年間の輸出額推移をみると、2011年の約2億1,000万円から2021年には約102億7,900万円と、約49倍となっている(図参照)。特に、2017年前後からの輸出額増加が著しく、中国における「日本酒ブーム」が始まったのもこのころと言えるだろう。

表2:2021年の世界各国・地域への日本酒輸出額および輸出量
順位 国・地域名 輸出金額
(単位:1,000円)
輸出量
(単位:リットル)
1 中華人民共和国 10,279,213 7,268,421
2 米国 9,591,392 8,826,392
3 香港 9,308,171 3,243,176
4 シンガポール 1,802,014 919,228
5 台湾 1,725,656 2,648,186
6 大韓民国 1,503,055 2,418,495
7 オーストラリア 730,205 747,034
8 カナダ 675,954 749,502
9 マカオ 563,136 111,096
10 フランス 489,578 438,363

注:輸出金額の上位10カ国・地域。
出所:財務省貿易統計を基にジェトロ作成

図:中国への過去10年間の日本酒輸出額および輸出量の推移
日本から中国への日本酒輸出金額(千円)、2011年は212,037(千円)、2021年は10,279,213(千円)。日本酒輸出量(リットル)も2011年から2021年まで増加

出所:財務省貿易統計を基にジェトロ作成

前述データを裏付けるように、北京市、上海市、広州市、成都市といった1線都市(注)には、日本酒を取り扱う日本料理店はもちろん、日本酒を中心に扱うバーも存在している。日本酒を含めた日本産の酒類を扱う輸入卸業者も多数存在しており、地場系小売店にも日本酒が並んでいる。

成都市内の日本酒を扱うバー(ジェトロ撮影)

一方、山東省内では、青島市を中心に、日本料理店は存在するものの、日本酒を扱うバーとなると数が限られる。「大衆点評」(中国のレストランや小売店情報などを集めたアプリ)上で、地域(青島市)を指定のうえ「日本酒」と入力して検索すると、ヒット件数は北京市(950件)、上海市(1,137件)、広州市(1,072件)に対して、青島市は197件と少ない。また、青島市のスーパーマーケットなどの小売店を訪れても、ビールやワインが売り場の大部分を占めており、日本酒を見かけることは決して多くない。

日本料理店店長が見る「日本酒の普及」

前述のとおり、山東省での日本酒市場は、中国の1線級都市と比較すると未成熟である。しかしながら、日本酒を取り扱い、その普及を試みる事業者も存在する。今回は青島市内の日本料理店「一休ちゃん」の店長である劉乃成氏に、日本酒の取り扱い状況、日本酒を飲む客層、日本酒普及のためのネックや工夫について話を聞いた(2022年2月23日)。

青島市出身の劉氏は、日本で約16年間、飲食関連業務に携わった後、2018年に青島市に同店を開店した。「少しでも多くの人に日本酒を知ってもらいたい」という思いから、開店当初から日本酒を取り扱っており、中国国内の日本酒事情にも詳しい。

質問:
日本酒の取り扱い状況および調達について。
答え:
2018年の開店から徐々に取り扱いを増やしており、現在は20種類以上の日本酒を取り扱っている。産地や味にはこだわらず、日本全国各地の様々な味覚の日本酒を取り扱うようにしている。調達については、品ぞろえが良い(獺祭などの有名銘柄以外も扱っている)という理由から、大連市や上海市の輸入卸業者を主に利用している。廃棄リスク軽減のため、1銘柄あたり1~2本の少量調達が主となっている。
質問:
価格設定について。
答え:
なるべく多くの人に試してもらえるよう、可能な限りリーズナブルに設定している。720ミリリットル(4合)で300~500元(約6,000~約10,000円、1元=約20円)が主な価格帯。グラス単位での提供はほとんどしておらず、基本的にはボトルで販売している。日本酒を提供するにあたって、価格は最も重要な要素と考えている。
質問:
日本酒を注文する客層について。
答え:
お店全体の客層は中国人8割、その他(日本人を含む)2割といったところ。日本酒を注文するのは日本人客が多いが、中国人客からの注文も少しずつ増えている。中国人客で日本酒を注文する人の主な特徴としては、(1)30代以降 (2)会社員風 (3)男女差はそれほどなし。実際に日本酒を注文した中国人客の話を聞くと、日本に(旅行や留学で)行ったことがあり、日本酒を飲んだことがある人が注文する割合(=リピート率)が高いと思われる。一方で、初めて日本酒を注文する人の割合(=トライアル率)はそれほど高くない。
質問:
日本酒を提供するうえでのボトルネックは。
答え:
(1)文化・慣習、(2)認知度・流通量の2点。
(1)については、特に山東省では、お酒を飲むとなると、ビールや白酒が先に選択肢に挙がることが多い。また、中国国内では、南方地域と比較して(山東省が位置する)北方地域の方が料理の味付けが濃い傾向がある。料理との相性を考えた時、繊細な味の日本酒より、ビールや白酒が選ばれやすいのではないか。
(2)については、そもそも日本酒を飲んだことがある人が圧倒的に少ない。SNSの普及により、日本酒自体を知っている人は増えている。しかし、いざ飲もうとなっても、山東省内で日本酒の取り扱いが少なく、結果としてトライアルに至らないという状況が生じている。
質問:
日本酒を普及するためにはどのような取り組みが必要か。
答え:
(1)日本酒のトライアル率向上、(2)日本酒と合う料理の提供、(3)「日本産酒類」というカテゴリーでの提供、の3点が必要と考えられる。
(1)については、試飲イベントなど無料もしくは比較的安価に日本酒を飲んでもらい、「日本酒を飲んだことがある層」を増やす必要がある。日本酒のトライアル率を向上させたうえで、興味を持ってもらい、リピート率を向上させていくことが大切。
(2)については、日本の各酒蔵から「味の特徴」「料理との相性」について積極的に提案をしてもらえれば、現地販売側としても料理とセットで宣伝・提供できるようになる。日本料理や中国料理との組み合わせを紹介できれば、ビールや白酒に加えて、日本酒という選択肢も出てくるようになるだろう。
(3)については、日本酒単体での提供が難しければ、(日本酒と同様に輸出額が伸びている)ウイスキーや焼酎などと抱き合わせで「日本産酒類」としてブランディングすることで、日本酒の知名度向上に効果が見込まれる。

劉氏によれば、ビールや白酒といった酒類の存在、および日本酒に対する認知度の低さや流通度の少なさが、日本酒普及のネックになっているとのことであった。一方で、日本酒を注文する来店客は、開店当初から比べると着実に増えているとの指摘もあった。劉氏の店舗では、日本酒のトライアル率向上のため、「日本酒3種飲み比べ」というメニューを提供して、日本酒を初めて試す客への敷居を下げている。また、日本酒と合うメニューの導入を積極的に行っており、日本酒注文客に併せて紹介するなど、日本酒と料理の組み合わせを広めている。


日本酒飲み比べ (ジェトロ撮影)

日本酒と合うつまみとしてエイヒレなどの
メニューも提供 (ジェトロ撮影)

日本酒市場のフロンティア

日本酒普及の可能性を考えた時、日本酒に対する認知度の低さや、地域特有の飲食に関する嗜好(しこう)性といった課題が挙げられる。これは山東省に限らず、日本酒が浸透していない中国の他地域にも当てはまることだろう。しかし、中国への日本酒輸出額が近年、飛躍的に増加していることに鑑みると、1億人の人口を抱える山東省や、その他の日本酒が未浸透の地域は、市場としての潜在性はあるが、まだ開拓されていない「日本酒市場のフロンティア」であると言っても過言ではない。今後、前述のような課題が徐々に緩和され、山東省を含む未開拓市場への日本酒ブーム到来が期待される。


注:
中国で権威のある経済誌「第一財経」は、毎年発表する都市の商業的魅力ランキングにおいて、都市レベルを1〜5線に区分している。「商業施設の充実度」「都市のハブとしての機能性」「市民の活性度」「生活様式の多様性」「将来の可能性」などの指標を基に、中国内の337都市を1線、新1線、2線、3線、4線、5線都市としてランク付けしている。山東省青島市は2線都市とされている。
執筆者紹介
ジェトロ・青島事務所
西島 和希(にしじま かずき)
2018年、ジェトロ入構。ビジネス展開・人材支援部新興国ビジネス開発課アジア支援班、対日投資部対日投資課DX推進チーム(ASEAN担当)を経て現職。