学生実習用の「寿司バー」がオープン(スイス)
世界トップのホスピタリティー教育機関の新たな挑戦

2022年7月12日

エコール・オテリエール・ド・ローザンヌ(通称EHL)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます は、ホテルをはじめとするホスピタリティー産業経営の基幹人材を育成するための高等教育機関(大学)だ(2020年5月15日付地域・分析レポート参照)。スイスのローザンヌに所在し、取り扱う分野は、宿泊、飲食、観光、健康サービス産業など幅広い。ホスピタリティーマネジメントスクールとしては、世界最古だ。英国の大学評価機関「クアクアレリ・シモンズ(QS)」による世界大学ランキング(ホスピタリティー&レジャー経営大学部門)で、2019年以降、世界1位を獲得し続けている。

EHLでは、座学だけでなく、学生が実践を通じて学ぶことが重視されている。学内には、バーラウンジ、カフェ、フードコート、テイクアウト専門の売店、星付きレストランがある。学生はシフト制でそれぞれの場所で調理、販売、接客を担当する。

 2021年9月、ここに新たな実習用レストランとして、初の「寿司(すし)バー」がオープンした。ジェトロは、同プロジェクトの中心人物である今井浩二氏に、寿司バーの開店の経緯などについてインタビューした(2022年3月22日)。今井氏は、EHLで和食指導も担っている。併せて、日本出身の留学生2人にもインタビューし、同校で学んでいる内容や、将来の展望について話を聞いた。

寿司の高い人気を背景にオープン

今井浩二氏インタビュー

質問:
寿司バーが学内にオープンした経緯は。
答え:
2021年初頭に、本校の食品・飲料部門のマネージャーから開店の話が持ち掛けられた。
以前から、教育課程の一環として、学生向けに寿司づくりの実習を指導してきた。毎日、学生とともに寿司弁当を1日200セット(平均1,500貫)作っていた。できあがった寿司弁当は、昼食時に学内のフードコートで販売。非常に人気があり、お昼前から正午にかけて行列ができ、毎日14時には完売という状況がここ数年続いていた。その様子を見ていた前述のマネージャーが、カウンター形式の寿司店開店を思いついた。
その結果、和食の指導者だった私が運営指揮者になった。その後、開店した2021年9月までに何度も会議を行い、新型コロナ禍ではあったもののオープンが決定した。
質問:
店名の由来は。
答え:
いくつかの候補の中で、「NoriNori」に決定した。フランス語で発音しやすく、楽しげな雰囲気を感じられる響きだと思う。寿司の「海苔(のり)」にも掛け合わせている。
質問:
寿司バーで実習をする学生の一日の流れは。
答え:
実習の受講生は1年生。学生は午前8時にバーに到着後、午前11時半の開店に向けて準備する。炊飯や、魚や野菜を切る工程は、あらかじめ私が行う。学生は巻き、握り、トッピング、お客様への提供を担当する。
野菜や肉、魚の切り方を学ぶ専門の授業は、別にある。寿司材料の切り方などはそちらで学ぶことができる。この授業では、寿司を実際に自分で巻いたり、握ったりといった工程を経験できることが人気の理由の1つのようだ。また、学生は、実習とは別の日に、事前に寿司の歴史や、日本の職人の哲学、東京の高級な寿司屋のトレンドなどについて講義を受ける。
質問:
運営上、心掛けていることは?
答え:
「学生が主役」ということ。これは、運営方針を議論する会議でも強く提案していた。学生が完成された寿司をポンとお皿に載せるだけではなく、自主的かつ情熱をもって、寿司をお客様の前で作り、提供できるオペレーションを意識している。
そのための効果的な講義の仕方や仕込みの方法を何度も考えた。 以前は、講義室の厨房(ちゅうぼう)で学生が寿司を作り、フードコートに運んでいた。運ぶ途中で寿司が売れることがよくあり、学生は自分の作った作品の人気ぶりを感じることができ、うれしかったようだ。今は、学生がカウンターで、お客様の目の前で1つずつ寿司を作って提供し、反応を直に見ることができる。授業の参加者は1年生で、レストランで働いた経験がない人がほとんど。ましてや、カウンターで働いた経験がある人はほとんどいない。お客様の反応を直に見られることは、ホスピタリティー提供の原点を体験できる貴重な機会となると思う。
質問:
メニューで工夫していることは?
答え:
早い、簡単、美味(おい)しい、そして「インスタ映え」すること。自分が作った寿司を写真に撮ってインスタグラム(Instagram)に掲載することは、学生にとって大きなモチベーションになる。 トッピングの美しさは特に意識している。 盛り付けの仕方は、フランスのパティスリーからインスピレーションを得ている。

寿司の写真(今井氏提供)
質問:
スイスでの寿司の受け入れられ方の変化について。
答え:
寿司の認知度自体は高く、学生の9割程度は知っている。しかし、寿司を作った経験はない、あるいは作ったことはあってもご飯がうまく炊けないという話をよく聞く。授業を受けた生徒が、家でご飯を炊いて寿司を握って家族に振る舞ったという話を聞くとうれしい。
最近は、以前に比べてコメそのものにこだわる方がずいぶん増えたと感じる。欧州のコメは冷えると美味しくないので、炊き方や保存方法に留意する必要がある。もっとも日本のコメも、炊く前に浸水させたり、炊きあがってから蒸らしたりと、美味しく炊くのに手間がかかる。その点も引き合いに、取り扱い方の重要性も学生に伝えている。
質問:
今後の目標は。
答え:
お客様から、人気過ぎて予約できないという苦情をいただく。毎日満席でありがたいことでもある。
現在の営業スタイルは、ランチだけで1日60人。週に何回も来てくれる学生もいる。これからも上質な魚を求めながら、レベルの高いお酒や日本のワインもメニューに取り入れ、フードメニューも少しずつ増やしていきたい。この夏には、「一見マグロに見えるが、実はスイカ」というベジタリアンメニューを追加する予定だ。夏らしく、目に涼しい盛り付けにする。
追加予定のベジタリアンメニュー(今井氏提供)
実習の様子(今井氏提供)
学生との写真(前方が今井氏)(今井氏提供)


今後のホスピタリティー産業に大きな期待

EHLは、学部課程と修士課程、合わせて現在3,766人の学生が在籍しており、127カ国から学生が集う国際色豊かなキャンパスだ。この大学で学ぶ日本出身の留学生2人にインタビューし、今後の展望などについて聞いた。

長塚公仁さん(4年生/インタビュー当時)

質問:
EHLを目指した理由は。
答え:
10歳まで上海で育ち、その後、日本に移った。旅行が好きで、日本の旅先で受けたサービスに感動した。幼いころから、ホテルに関連する職業に就きたいと考えていた。中学生の時にEHLの存在を知り、それ以降、目指すようになった。
質問:
印象的だった授業は。
答え:
1年生の時に受講したR&D(研究開発)という料理の実践授業。週ごとに「鶏のメイン料理」「ビストロ」「ファインダイニング」「機内食」などのコンセプトが与えられ、それに沿った料理を考案し、作る。例えば「機内食」の場合は、機内で再加熱しても食感が悪くならないようにし、機内では塩分を感じにくいため塩分量を調整する必要がある。これらを考慮して、メニューを考えなくてはいけない。このような視点は将来、レストランの管理者としての立場に立つ場合に役立つと思う。
1年時と3年時にはインターンシップも経験した。外資系、日系両方の複数のホテルで勤務した。それぞれの違いも感じ、貴重な体験ができた。
質問:
将来の目標は。
答え:
日本の旅館の経営に携わること。日本には地方に所在するものや、家族経営のものも含めて、たくさんの素晴らしい旅館がある。旅館の素晴らしい点は、お客様一人ひとりに対して、画一化されたものではなく、パーソナライズされたサービスを提供しているところ。日本は、観光先として最近人気だ。実際、コロナ禍さえ収まったら、行きたいと考えている外国人がたくさんいる。日本の文化を残しつつ、必要に応じて予約システムやマーケティングの手法を改善し、外国人もより宿泊しやすい環境をつくりたい。

三浦佑馬さん(2年生/インタビュー当時)

質問:
EHLを目指した理由は。
答え:
16歳まで日本の高校に通い、その後、コスタリカの高校に入学した。料理が好きで、日本でもコスタリカでも料理クラブに所属していた。進路を決める際にインターネットで料理に関わる大学を探していた際に、EHLを見つけた。料理だけでなく観光に携わる事柄を幅広く学ぶことができ、卒業後の選択肢も多様であることにひかれた。
質問:
EHLの魅力は。
答え:
様々な気づきを得られる機会がたくさんあるところ。1年生の時に、サステナビリティに配慮したレストランづくりに関する授業を受講し、刺激を受けた。学内のフードコートでは、ビーガンフードのコーナーが拡張される予定。また、学内にはコンポストがある。EHLには、環境や食のサステナビリティについて意識する機会が多くある。また、起業を目指す学生に対する大学のサポートも大きい。学内にはイノベーションビレッジ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (注)があり、学生の起業精神は高い。自身も起業家クラブに所属している。
質問:
インターンシップの経験は。
答え:
経験した。(本来なら)英国に行く予定だった。しかし、新型コロナウイルス感染拡大の影響で海外渡航が困難に。そこで、地元ローザンヌの多国籍料理レストランに研修先が変更になった。期間も6カ月から3カ月に短縮されてしまった。それでも、良い経験ができた。日本の食材の紹介にも力を入れた。お好み焼きソースを提案したところ、採用してもらえ、鴨(カモ)料理のソースとして使われることになった。
質問:
今後の予定は?
答え:
夏には、地元の知り合いのグループと共に、学外活動として「餅カフェ」をオープンする予定。また週末は、お好み焼きや寿司などの日本食を広める活動に取り組みたい。将来は料理関係で起業したい。

EHLでは、観光業をはじめ日本のホスピタリティー産業の持つ大きな可能性を信じ、実践や勉学に励む日本の学生も活躍している。新型コロナ禍によって、世界の観光業は大きな影響を受けた。しかし、各国の水際対策の緩和とともに再開・回復方向に進みつつある。今後のさらなる発展が期待される。


注1:
学内の起業支援や、食品業界に関連する新たなアイディアの実現を促進するために、2009年にEHLが立ち上げたインキュベーションセンター。スイスホテル協会やスイス食品大手ネスレなど複数のパートナー企業をもつ。
執筆者紹介
ジェトロ・ジュネーブ事務所
城倉 ふみ(じょうくら ふみ)
2011年、ジェトロ入構。進出企業支援・知的財産部知的財産課、ジェトロ鹿児島の勤務を経て、2018年9月から現職。