世界トップのホスピタリティーマネジメント教育とは(スイス)
実践の場が豊富なエコール・オテリエール・ド・ローザンヌ(EHL)

2020年5月15日

ホスピタリティーマネジメントスクールとは、ホテルをはじめとするホスピタリティー産業(観光、宿泊、健康産業などの総称)経営の基幹となる人材を育成するための高等教育機関(大学)だ。スイスは、アルプスや氷河といった豊かな自然を求めて年間2,000万人超が宿泊する観光地だが(2019年3月11日付ビジネス短信参照)、ホスピタリティーマネジメント教育発祥の地でもあり、伝統ある教育を受けるために世界中の学生がスイスを訪れている。

英国の大学評価機関「クアクアレリ・シモンズ(QS)」による2020年世界大学ランキング(ホスピタリティー&レジャー経営大学部門)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます では、スイス国内の4校のホテルマネジメントスクールが10位以内にランクインした。中でも、ローザンヌに位置するエコール・オテリエール・ド・ローザンヌ(通称EHL)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます は、同ランキングで世界1位を獲得した。ジェトロは2月7日に同校を取材し、その教育システムについて聞いた。


EHLキャンパス(EHL提供)

マネジメントに必要な視点を多様な実践トレーニングで養う

EHLは、世界初のホスピタリティーマネジメントスクールとして1893年に設立された。この時期は、スイスが「観光地」として認識され始めたころである。もともとスイスは、欧州を横断する際の厳しい交通の難所としての認識しか持たれていなかったが、アルプス登山の流行や、空気の美しさに着目したサナトリウム(療養所)の需要などからホテル産業が発展し、次第に美しい自然を有する観光地として評価されるようになった。このような歴史的背景の下で、観光業が発展し、ホテルやホスピタリティー業を支える人材を育てる場が求められるようになった。

EHLには、学部課程、修士課程、合わせて3,400人余りの学生が在籍しており、120人の教職員がいる。72%が留学生で、学生の国籍は121カ国、教員も6割が外国籍という国際色豊かなキャンパスだ。高校卒業資格が学部課程の入学要件となっている。

学部課程は、基礎から応用までを幅広く学ぶ「アカデミックコース」(表参照)と、より実務的な「プロフェッショナルコース」に分かれている。

アカデミックコースでは、入学後、4年間8学期(セメスター、注1)を通して、ホテル運営、コスト管理、マーケティング、ビジネス戦略立案、財務、人材管理など、多様なカリキュラムを履修する。希望する学生は、卒業前にスタートアップを起業し、その経営によって単位認定されることも可能だ。座学のみならず、学内に設置されたバーラウンジ、カフェ、レストランでの実践トレーニングも積む。加えて、第1学期が修了すると、スイス国外のホテルでインターシップを行う。日本は人気の研修先の1つだという。理由は、和食が身近になっているとともに、日本は観光客が多いにもかかわらず英語ができる人材が少ないため戦力になれると認識されているためとのこと。

表:EHLアカデミックコースの教育課程概要
学年 セメスター
(学期)
概要
1年目 1 校内のレストラン、カフェなどでの各種トレーニング
2 世界各地のホスピタリティー業界でのインターシップ(受け入れ先は、学校の支援を得て学生が決定)
2〜3年目 3 財務会計、コスト管理、ミクロ経済学、ホスピタリティーマーケティング、情報、ビジネスコミュニケーションなど
4 マーケティングオペレーション、サービス品質とデザイン、ホスピタリティー経済、客室管理、マクロ経済学、統計など
5 収益管理、人材管理、顧客情報・流通チャネル管理、国際サービスマーケティング、法律など
6 ホテルまた他の業界(金融、ラグジュアリーなど)でのインターンシップ(受け入れ先を自ら探し、応募)。自身でスタートアップを起業し、教員の指導の下でその経営を行うこともできる。
4年目 7 企業戦略、不動産金融、コーポレートファイナンス、ホテル資産管理、研究方法論、プロジェクト管理、市場調査など
8 自らの関心に基づいて科目を選択。課題解決コンサルタント実習。国際ホスピタリティーマネジメントの学位を取得。

注:EHLはアジア地域への進出を目指し、2021年秋に初の海外校としてシンガポールキャンパスを開校の予定。開校後は、3学期以後のカリキュラムをシンガポールで受講することも可能になる。
出所:EHLへの聞き取りを基にジェトロ作成

プロフェッショナルコースでは、2つの学位の取得が可能だ。EHL傘下のトレーニングセンター「スイスツーリズムアンドホスピタリティースクール(SSTH)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」でのカリキュラムを受講し、スイス連邦認可の専門職学位を取得する(2年間の実務経験が必要)。その後、アカデミックコースの第5~8学期と同内容を履修し、国際ホスピタリティーマネジメントの学位を取得する。

EHLの教育方針は、「基本を知らなければ、マネジメントはできない」というもの。そのため、アカデミックコース1年目の学生は、日々の教育課程でホスピタリティーマネジメントに関するさまざまな役割を経験する。学内には、バーラウンジ、複数のカフェ、フードコート、テイクアウト専門の売店、レストランがあり、学生はシフト制でそれぞれの調理、販売、接客を担当する。カフェはアジアン、フレンチなどメニューが毎週変わるが、それぞれシェフが担当しており、指導を受けながら、1年生がキッチンや会計係を経験する。中でも、フレンチレストラン「ル・ベルソー・デ・サンス外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」は、学生のトレーニング用レストランでありながら、2年連続でミシュランの星を取得、グルメガイド「ゴ・エ・ミヨ」でも20点中16点を取得している。総料理長のセドリック・ブラッサン氏やプロのソムリエの指導の下、学生自身がテーブルコーディネート、料理やワインの説明、配膳を行う。ブラッサン氏はウィンザーホテル洞爺(北海道虻田郡)に勤めていた経験があり、メニューにうま味やユズなど、日本のエッセンスが加えられている。

このように、食事を提供するまでの速さを意識するフードコートから、洗練された高度なホスピタリティーが必要とされる星付きレストランまで、それぞれ異なるスキルが求められる多様な実践の場がある。


キャンパス内のフードコート、売店、レストラン。学生自身が接客や調理を行っている(ジェトロ撮影)

また、EHLは学生の多様性を大切にしながらも、一方ではその多様性を収斂(しゅうれん)させるための規律も重視している。例えば、ドレスコードが明確に決められており、守らない学生は指導を受ける。


キャンパス内に掲示されているドレスコード(ジェトロ撮影)

EHLでは、サステナビリティー(持続性)にも配慮している。校舎内で野菜を栽培し、食品廃棄物は地下に設置してあるコンポストで有機肥料にしてリサイクルしている。同校が2021年に新設予定のキャンパスには、4,000平方メートルの太陽光発電パネル、地下400メートルからの43カ所の地熱発電ポイントを設ける。これにより、同校が必要とする電力の80%を再生可能エネルギーで賄うことができ、エネルギー消費の少ない建物が取得できる「ミネルギーP(注2)」基準を満たしている。

EHLにおける和食教育

ここEHLでは、教育課程の一環として、寿司(すし)作りの実習も行われている。指導を担当する和食料理人の今井浩二氏は、もともとローザンヌの寿司店に勤務していたが、2016年からEHLの教員となった。授業では1日平均1,500貫、卒業式などのイベントでは1日4,500貫を、学生と一緒になってつくる。使用する魚は主にサーモン。年間1トンのフィレを輸入し、寄生虫による食中毒防止のためマイナス20度以下で24時間冷凍(あるいはマイナス35度で15時間冷凍)する、養殖魚にはワクチンを打つなど、欧州の食品基準を順守しているという。


寿司作りの実習の様子(EHL今井氏提供)

今井氏は、10年暮らすローザンヌに愛着を持っているため、例えばスイスで栽培されたユズを使用したり、和食の魚料理のテクニックをスイスの魚料理に応用するなど、スイスの食材と和食のテクニックをうまく融合させていきたいと考えている。今井氏は「海外で寿司を教える意義は、海外の人々の生活に幸せを加えること。レストランの存在意義はおなかや目を満たすことは言うまでもなく、最終的には心を温めること。和食が海外で受け入れられたのは、ヘルシーという特徴もあるが、家族だんらんの維持に貢献したからだと思う。子供が成長した後に家族が集まる場所として和食レストランは最適で、寿司には流行の最先端のようなイメージもある。寿司は、昔からある家族の形を違った角度から温めている」と語る。国際色豊かな学生が持つ和食へのイメージに刺激を受けながらも、時には誤解を解くことも必要で、日々のコミュニケーションを楽しみながら授業を行っているという。

世界ランキングにおいてEHLは、このような豊富で実践的な教育の実施が評価された。同校の学生は、卒業後は世界中のホスピタリティー業界で活躍している。


注1:
セメスター:欧米の大学などで、1年間の教育過程を前期と後期に分ける場合の1つの学期を指す。
注2:
ミネルギーP:省エネルギー建築に関するスイスの認証制度「ミネルギー」の1つ。1998年に導入された。認証を得るには、高い断熱性、効果的な室内換気、再生可能エネルギーの利用、自家発電の実施など、快適さと省エネを兼ね備えた複数の基準を満たすことが求められる。
執筆者紹介
ジェトロ・ジュネーブ事務所
城倉 ふみ(じょうくら ふみ)
2011年、ジェトロ入構。進出企業支援・知的財産部知的財産課、ジェトロ鹿児島の勤務を経て、2018年9月から現職。