自動車産業振興に向け新法案、電池製造に動き(アルゼンチン)
2021年の生産・輸出は急回復
2022年8月22日
アルゼンチンで自動車生産を担うのは、2021年末時点で完成車メーカー9社だ。生産されているのは、乗用車に加えて、ピックアップトラックと多目的車。後者は、国内の農業部門で一定の需要がある。完成車工場は、ブエノスアイレス州、コルドバ州、サンタフェ州の3州に集積している。
日本企業では、トヨタが1997年、ブエノスアイレス州にサラテ工場を建設したのが皮切りだ。ここで「ハイラックス」を生産している。ホンダは、2011年に同州のカンパナ工場で四輪車の生産を開始。しかし、2020年に四輪車の製造から撤退。現在は、二輪車製造に専念する。日産は2018年から、コルドバ州に立地するルノーのサンタ・イサベル工場で「フロンティア」を生産している。
自動車生産台数が急回復
アルゼンチン自動車製造業者協会(ADEFA)によると、2021年の自動車生産台数(トラック・バスを除く)は43万4,753台。大きく回復した。前年に当たる2020年には、2004年以来初めて30万台を下回った(図1参照)。生産台数の回復は、新型コロナ感染症拡大による操業制限がなくなったためだ。ただし、(1)世界的な半導体不足と(2)資本取引規制に伴う輸入上の制約が、生産拡大の足かせになった。 このうち(2)は、当地独特の事情だ。外貨不足を背景に、2021年10月以降、規制強化が続いている。特に2022年3月に導入された輸入代金の支払い制限により、原材料輸入が決定的に難しくなった。2022年後半の自動車生産にも影響が懸念されている。
2022年1月時点では、ADEFAは2022年の生産台数を前年比28.3%増の55万7,788台と見通している。しかし、2022年1~6月の累計生産台数は24万3,698台。このままでいくと、見通しには届かない水準だ。
輸出は、ブラジル向けが牽引
ADEFAによると、2021年のトラック・バスを除く輸出台数は、前年比88.0%増の25万9,287台だった。生産と同様、コロナ禍からの反動もあり、活動再開に伴って大幅に増加した。輸出台数の7割弱はブラジル向け。その他の主な輸出先は中米諸国、ペルー、チリ、コロンビア。中南米域内への輸出が中心となっていることがわかる(表1参照)。特にブラジル向け輸出台数の大幅な増加が、輸出台数全体を押し上げた。
国・地域名 |
輸出台数 (台) |
シェア (%) |
前年比 (台) |
伸び率 (%) |
寄与度 (ポイント) |
---|---|---|---|---|---|
ブラジル | 171,989 | 66.3 | 80,845 | 88.7 | 58.6 |
メキシコ | 5,158 | 2.0 | 2,270 | 78.6 | 1.6 |
ウルグアイ | 3,394 | 1.3 | 2,113 | 164.9 | 1.5 |
コロンビア | 13,200 | 5.1 | 6,469 | 96.1 | 4.7 |
その他米州 | 1,669 | 0.6 | 828 | 98.5 | 0.6 |
欧州 | 12 | 0.0 | 11 | 1,100.0 | 0.0 |
チリ | 16,988 | 6.6 | 10,089 | 146.2 | 7.3 |
アジア | 1 | 0.0 | 1 | — | 0.0 |
アフリカ | 1,809 | 0.7 | 422 | 30.4 | 0.3 |
中米 | 18,448 | 7.1 | 7,017 | 61.4 | 5.1 |
オセアニア | 6,485 | 2.5 | 1,678 | 34.9 | 1.2 |
ペルー | 14,082 | 5.4 | 6,146 | 77.4 | 4.5 |
エクアドル | 2,302 | 0.9 | 1,315 | 133.2 | 1.0 |
ベネズエラ | 469 | 0.2 | 288 | 159.1 | 0.2 |
パラグアイ | 3,281 | 1.3 | 1,904 | 138.3 | 1.4 |
合計 | 259,287 | 100.0 | 121,396 | 88.0 | 88.0 |
出所:アルゼンチン自動車製造業者協会(ADEFA)
2022年1月時点でADEFAは、2022年の輸出台数を、前年比34.3%増の34万8,222台と見通す。なお、2022年1~6月の累計輸出台数は14万49台だ。年央の時点では生産台数と同様、見通しを下回る水準になっている。
資本取引規制による換物需要から国産車販売増
ADEFAによると、2021年の自動車販売台数(自動車販売代理店への卸売り台数)は前年比6.9%増の33万4,389台だった(図2参照)。一方、アルゼンチン自動車販売代理店協会(ACARA)によると、2021年のトラック・バスを含む新車登録台数(速報値)は、前年比10.8%増の37万323台だった。
2021年のインフレ率は50.9%に上った。高インフレを背景とした換物需要の高まりにより、自動車販売台数が増加した。しかし、資本取引規制により自動車の輸入が制限され、供給が需要に追い付かない状態が続いた。そのため、販売台数実績の上位を国産車が占める形となっている。この点は、2020年も同様だった。しかし2021年に入って、その勢いは増している。ADEFAによると、2021年の販売台数に占める国産車の割合は52.2%。前年の38.7%から大幅に増加した。
ACARAによると、ブランド別では7万3,567台のトヨタが首位。車種別には3万7,449台のフィアット・クロノスの登録台数が最も多かった(表2、3参照)。その他の日本メーカー(ブランド)としては、日産が第8位に入った。
順位 | ブランド | 2020年 | 2021年 |
---|---|---|---|
1 | トヨタ | 43,631 | 73,567 |
2 | フォルクスワーゲン | 55,730 | 55,457 |
3 | フィアット | 37,688 | 50,377 |
4 | ルノー | 42,847 | 35,355 |
5 | フォード | 32,024 | 29,221 |
6 | シボレー | 35,289 | 27,304 |
7 | プジョー | 21,977 | 27,186 |
8 | 日産 | 12,496 | 15,770 |
9 | シトロエン | 11,517 | 12,436 |
10 | ジープ | 9,818 | 11,287 |
12 | ホンダ | 5,237 | 1,811 |
23 | レクサス | 174 | 220 |
31 | スバル | 202 | 137 |
33 | 三菱 | 156 | 109 |
35 | スズキ | 114 | 66 |
出所:アルゼンチン自動車販売代理店協会(ACARA)
順位 | ブランド | 車名 | 2020年 | 2021年 |
---|---|---|---|---|
1 | フィアット | クロノス | 16,560 | 37,449 |
2 | トヨタ | ハイラックス | 19,073 | 27,128 |
3 | フォルクスワーゲン | アマロック | 12,930 | 18,682 |
4 | プジョー | 208 | 10,495 | 15,812 |
5 | フォルクスワーゲン | ゴル トレンド | 14,574 | 15,232 |
6 | フォード | レンジャー | 11,347 | 14,925 |
7 | トヨタ | エティオス | 9,949 | 14,063 |
8 | トヨタ | ヤリス | 6,595 | 11,796 |
9 | トヨタ | カローラ | 4,336 | 9,134 |
10 | シボレー | オニキス | 16,569 | 8,724 |
15 | 日産 | フロンティア | 3,645 | 5,760 |
18 | 日産 | キックス | 4,938 | 5,529 |
21 | トヨタ | SW4 | 2,523 | 4,888 |
23 | トヨタ | カローラクロス | — | 4,636 |
30 | 日産 | ベルサ | 1,538 | 3,200 |
44 | ホンダ | HR-V | 3,743 | 1,068 |
45 | 日産 | セントラ | 445 | 1025 |
46 | トヨタ | ハイエース | 77 | 1021 |
出所:アルゼンチン自動車販売代理店協会(ACARA)
2022年に入ると、インフレがさらに加速している。資本取引規制も強化され、自動車の供給不足が続いている。ADEFAとACARAによると、2022年上半期の自動車販売台数は前年同期比5.1%増の18万1,233台。新車登録台数は1.1%減の19万5,441台だ。いずれも伸び悩んだ数字と言える。
電気・ハイブリッド自動車の販売動向
ACARAによると、2021年の電気・ハイブリッド自動車の新車登録台数は5,862台だった。新車登録台数全体に占める割合は、非常に小さい。しかし、2018年は516台、2019年1,527台、2020年2,367台と、少しずつ増えている。アルゼンチンでは、メルコスール域外から輸入される環境対応車について低関税枠が設けられている。当該枠は、マウリシオ・マクリ前政権下で導入された。2017年5月から2020年5月までの3年間は、6,000台とされた。この枠は、その後も続く。2021年も政令617/2021号により、同年9月14日から18カ月の間、4,500台が設定されている。
2022年上半期の電気・ハイブリッド自動車の新車登録台数は3,453台。ブランド別では、その8割以上をトヨタが占めている。車種別では、カローラクロス、カローラ、RAV4のハイブリッド仕様車が上位を占める。一方、電気自動車の新車登録台数はわずか82台にとどまる。
そのような状況下、政府は、「電動モビリティー推進法案」を、2022年1月に下院に提出した。当該法案の狙いは、持続可能なエネルギーを動力源とする乗用車、商用車、トラック・バス、超小型モビリティーなどの導入を推進するところにある。そのため、2041年1月1日以降は、ガソリン車の新車販売が原則として禁止される。あわせて、税制優遇措置を設ける。ただし、技術的な理由により持続可能なモビリティーに置き換えることができないと申請官庁が判断した車両は、2041年以降も継続販売が認められることになる。
自動車産業振興に向け法案審議が進む
アルゼンチンには、自動車産業の成長戦略として「アルゼンチン自動車部門の社会的・生産的合意2030」がある。これは、自動車機械労働組合(SMATA)とADEFAが中心となって、2019年に策定したものだ。それを受けて自動車業界と政府は、自動車産業とそのバリューチェーン振興のための法案を制定することで2020年12月に合意。当該法案は2021年8月、下院に提出された。
法案では、通商協定が当地自動車産業にもたらす脅威についても触れられている。特に、(1)アルゼンチンが、メキシコおよびブラジルと締結する自動車協定、(2) メルコスールがEUやその他の第三国・地域と締結する自由貿易協定、の2つが取り上げられた。(1)は、無関税輸入枠が撤廃され、その結果として輸入が無制限に自由化されることを懸念するものだ。なお、メキシコ原産の自動車は、2022年に枠が撤廃されることになっていた(現時点で、当面は枠を維持することで合意済み、注1)。また、ブラジル原産車は、現時点では2029年枠撤廃の予定とされている。また(2)では、締約国との間で関税撤廃される自動車が発生すること自体が問題になる。
こうした国際的な競争に対応するための施策として、(1)自動車産業の新規投資強化プログラムの導入と(2)モビリティー研究所の設置が、法案に盛り込まれた。
(1)の新規投資強化プログラムは、自動車・同部品製造会社が新たに生産プロジェクトを立ち上げる場合に、税制上優遇するのが骨子。対象となるのは、完成車または自動車部品に関する新たな生産プロジェクト。生産品目ごとに適用条件と最低国産化比率(CMN:Contenido Minimo Nacional)が設定されることになる。プロジェクトが承認されてから3年以内には、必要な投資を実行した上で生産を開始する必要がある。認可を受けた生産プロジェクトでは、a)付加価値税の還付期間短縮、b)加速度償却(資産の償却ペースの短縮)、c) 2031年12月31日まで輸出税免除、の待遇を受けることができる。
(2)のモビリティー研究所(Instituto de Mobilidad)が目指すのは、自動車産業の競争力強化・発展と雇用創出だ。公的組織として、国の自動車政策を立案し、自動車産業にとっての課題を分析する。 なお、法案は、2022年7月に下院で可決済み。なおも、上院で審議が続いている。
自動車電動化を推進し、リチウム電池製造に注力
2021年10月、「持続可能なモビリティー促進法案」が公表された。その後、その名称を「電動モビリティー推進法案」に変更され、2022年1月に国会提出に至った。
2021年10月に公表されていた段階の法案前文で、政府は環境面、経済面、戦略面から、3つの目的を挙げていた。環境面は、世界的な潮流となっている気候変動への取り組みだ。持続可能なモビリティーの推進により、2030年までに1,070万トン、二酸化炭素(CO2)を排出抑制できるという。経済面から指摘したのは、(1)輸入部品に依存している自動車産業の転換、(2)新市場への輸出拡大、(3)リチウム電池の用途拡大、(4)新技術の普及を通じた機会の創出(注2)。戦略面で狙うのは、中南米で持続可能なモビリティーのプラットフォームにアルゼンチンを位置付けることだ。いち早く方針を打ち出すことで、その芽が出てくることになる。
また、政府は、電動モビリティー生産に欠かせないリチウムの産業化に注力する。米国地質調査所(USGS)によると、アルゼンチンは世界第3位の豊富なリチウムの埋蔵量を有する。2021年1月には、工業生産・開発省と中国の江蘇建康汽車(Jiankang Automobile、注3)が、覚書を締結した。この覚書には、(1)同社がアルゼンチンで電気バスとリチウムイオン電池を製造すること、(2)そのための工場設立を推進していくこと、が盛り込まれた。さらに2021年7月、国家科学技術研究会議(CONICET)やY-TECなど政府関係機関(注4)が、リチウム電池生産工場の建設に向け覚書を締結した。実際、CONICET、Y-TECなどのプロジェクトは進展し、ブエノスアイレス州のラ・プラタ市に建設中だった生産工場が建屋まで完成済み。今後、生産設備を搬入すると、アルゼンチン初のリチウム電池生産工場になる。
- 注1:
-
2022年3月18日、「メキシコ-アルゼンチン自動車協定」の第7次追加議定書が締結された。これにより、メキシコとアルゼンチンの間で、完成車の無関税輸入割当も3年間維持されることが決まった(2022年4月7日付ビジネス短信参照)。
なお、当該協定は、正式にはラテンアメリカ統合連合(ALADI)の一部。「メキシコ-アルゼンチン自動車協定」は、通称に過ぎない。ALADIの経済補完協定(ACE)第55号付属書Iが、そのように呼ばれている。 - 注2:
- ここでいう「新技術」としては、ビッグデータや人工知能(AI)を活用した輸送管理などが挙げられた。
- 注3:
- 江蘇建康汽車は、国軒高科(Gotion High Tech)の関係会社。国軒高科は、中国でリチウムイオン電池製造事業者の大手として知られる。
- 注4:
- CONICETは、科学技術・イノベーション省が監督する機関。また、Y-TECは、国有石油会社YPF傘下にある。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ブエノスアイレス事務所
西澤 裕介(にしざわ ゆうすけ) - 2000年、ジェトロ入構。ジェトロ静岡、経済分析部日本経済情報課、ジェトロ・サンホセ事務所、ジェトロ・メキシコ事務所、海外調査部米州課、ジェトロ沖縄事務所長などを経て現職。