スイスで初のプロ向け日本酒トレーニング開催

2022年1月21日

スイス最大のホテル・外食産業の業界団体ガストロ・スイス(ドイツ語、フランス語、イタリア語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(注1)は、シェフやソムリエを対象に、飲食に関する各種トレーニングを実施している。その内容は、チーズやワイン、スピリッツなど特定の食品や飲料に関する知識の向上を図るものから、ホテルのレセプション対応の実務的な研修、飲食産業のマネジメント層が心得るべきスキル向上を目的としたものまで、多岐にわたる。このうち、ワインの知識の向上を図る「ワインソムリエ」プログラムは、毎年春と秋の2回実施されるが、2021年秋季からこのプログラムに日本酒の授業が追加された。スイスで初めての取り組みだ。

2021年秋季のワインソムリエプログラム(ドイツ語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますは10月から11月にかけて15日間にわたって開催された。参加者は主に各国のワインの特徴や、ペアリングの方法、マーケティング、畑の土壌などについて学んだ中、10月22日と11月15日には日本酒に関する授業が行われた。講師は、酒ソムリエ協会(Sake Sommelier Association、SSA)認定のマスター酒ソムリエのチャーリー・イテン氏(2021年4月27日付地域・分析レポート参照)が務めた。ジェトロは11月15日、チューリッヒで開催されたこの授業に特別参加し、講師のイテン氏を取材した。


日本酒の講義の様子 左端は講師のチャーリー・イテン氏(ジェトロ撮影)

製造工程や飲み方を丁寧に解説

イテン氏は午前中の講義で日本文化を紹介し、その中で日本酒の位置づけについて解説した。フランスの細菌学者ルイ・パスツールが低温殺菌法を開発する約300年前から、日本酒造りの工程では低温殺菌(火入れ)が行われていた例などを交え、日本酒の製造工程や歴史について説明した。また、米や水といった原料の重要性、磨きや発酵のプロセス、酒造りに関する用語(酒母、もろみ、精米歩合など)についても説明した。午後は試飲による講義で、以下の日本酒が提供された。

  • 浦霞外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 純米 精米歩合65%(宮城県、佐浦)
  • 天吹外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 大吟醸 精米歩合40%(佐賀県、天吹酒造)
  • 獺祭外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 純米大吟醸45 精米歩合45%(山口県、旭酒造)
  • 雪の茅舎外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 山廃本醸造 精米歩合65%(秋田県、齋彌酒造店)

参加者はそれぞれの銘柄の味わいや、精米歩合がもたらす香りの違いについて確認した。加えて、イテン氏は日本酒は異なる温度帯で楽しむことができる希少なアルコール飲料であることを説明し、参加者に冷酒とかん酒の両方を試飲、その風味の違いを体験してもらった。


日本酒の試飲の様子(ジェトロ撮影)

また、同プログラムが飲食の現場で働くプロフェッショナル向けであることを考慮し、顧客への効果的な日本酒の紹介の仕方や、相性の良い料理の提案の仕方、酒と同じ発酵食品でありスイスの名産品でもあるチーズとの相性の良さなどについても解説した。最後に参加者は「SSA Introductory Sake Professional®」(日本酒入門コース)修了試験を受験した。

スイスの飲食シーンでの日本酒取り扱い増加を期待

授業終了後、ジェトロはイテン氏に今回の授業を終えての感想を聞いた。

質問:
試飲用の4種類の酒は、どのような基準で選んだのか。
答え:
日本酒もワインと同じように、豊かなバラエティーを持っていることを参加者に知ってほしかった。そのため、生産地、酒米、種類(純米大吟醸、大吟醸、本醸造など)が異なるものを選び、その違いが酒の味わいにどのような変化をもたらしているか感じてもらうことを意識した。
質問:
授業の参加者はどのような人だったか。
答え:
ワインなどに関する実務経験を持つ飲食業界のプロフェッショナル37人だった。日本酒に興味があったものの、これまで詳細な知識を得る機会がなかった人がほとんどだ。予想を上回る申し込みがあったため、急きょクラスを2回に分けて実施することになったのはうれしい驚きだった。
質問:
日本酒を試飲した参加者の反応は。
答え:
温度が変わることで味わいも変わることを伝えたかったので、「雪の茅舎」をまずは10度の冷酒で試飲してもらい、その後に35度に燗(かん)したものを試飲して、風味の違いを感じてもらった。参加者は、同じ酒でも温度の変化によって香りやアルコールの感じ方が大きく変わることに驚いていた。ワインにもホットワインの文化はあるが、これにはスパイスが入っており、ストレートの酒を温度変化させて飲むのは日本酒ならではだ。
質問:
終了後の参加者の反応は。
答え:
授業後に実施したアンケートによると、多くの参加者が非常に満足しており、ワインだけでなく新たに日本酒について学ぶことを楽しいと感じてくれたようだ。
質問:
ガストロ・スイスで日本酒に関する講義が開催されたことには、どんな意味があると思うか。
答え:
スイスのガストロノミー(注2)の専門家が日本酒に対する理解を深めるために非常に重要な機会になると確信している。彼らが日本酒について知識を身に着け、その魅力を知ることは、スイスの飲食シーンで日本酒が登場する可能性が高まるということだ。来年(2022年)以降、参加者がさらに増えて、プロ向けに日本酒の魅力を伝える機会が拡大していくことを期待している。

注1:
約2,500軒のホテルを含む約2万人の会員を有するスイスのホテル・外食業界団体。
注2:
フランス語で「美食術」を意味し、料理そのものだけでなく、その背景にある芸術、歴史、自然科学などさまざまな文化的要素も併せて食について考察すること。
執筆者紹介
ジェトロ・ジュネーブ事務所
城倉 ふみ(じょうくら ふみ)
2011年、ジェトロ入構。進出企業支援・知的財産部知的財産課、ジェトロ鹿児島の勤務を経て、2018年9月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ジュネーブ事務所
マリオ・マルケジニ
ジュネーブ大学政策科学修士課程修了。スイス連邦経済省経済局(SECO)二国間協定担当部署での勤務を経て、2017年より現職。