国内自動車生産を支えるトヨタ工業技術学校(インド)
モノづくりは人づくり

2022年10月21日

インド南部のカルナータカ州。その州都ベンガルールで、キルロスカグループと合弁で自動車を現地生産しているのがトヨタ自動車だ。その歴史は長い。1997年にトヨタ・キルロスカ・モーター(TKM)として設立して以降、四半世紀を迎える。2022年4月には、TKMの国内累計販売台数(卸売り)が200万台に到達。事業規模は着実に拡大してきた。インドの自動車生産でTKMが果たす役割は、ますます高まっているが、トヨタ生産方式の現場を縁の下で支えているのが、トヨタ工業技術学校(Toyota Technical Training Institute)だ。

体力作りと人間形成に重きを

トヨタ工業技術学校は日本のモノづくりの根幹を教育する場として、TKMが2007年にベンガルール(注1)に開校した。同校が対象とするのは、高い能力を持ちながら、経済的な理由で高校進学を断念した中学卒業生。トヨタ方式の専門技術を教育し、国内製造業の未来を担う若者を育成するのがその狙いだ。愛知県豊田市に設置したトヨタ工業学園(注2)の、まさにインド版といったところだ。当校の履修期間は3年間。概要は以下のとおりだ(表参照)。

表:トヨタ工業技術学校の概要
項目 摘要
所在地 ベンガルール市(TKM敷地内)
設立年 2007年
履修期間 3年または2年
授業時間 6,500時間
定員 3年コース:1学年64人、2年コース:1学年200人
カリキュラム
  • 50% 体力作りと人間性形成
  • 34% 技術習得
  • 16% 学科
授業内容 数学、理科、英語、生産技術、電気基礎、機械力学、コンピュータ、設計技術など

出所:トヨタ工業技術学校提供資料を基にジェトロ作成

入学金や授業料は無料。TKMが全額補助している。毎年64人の定員に数千人規模の応募があると、同校のローシャン・R校長は語る。受験者に課されるのは、(1)筆記試験、(2)技術試験、(3)体力テスト、(4)個別面接、(5)健康診断など。できる限り優秀な学生を集めるため、トヨタ工業技術学校の担当者が州内各地に自ら足を運び、入学説明会などを開催している。同校のカリキュラムで特徴的なのは、溶接や塗装などの技術習得と学科の合計と同じだけの時間を、体力作りと人間性の形成に割いていることだ。体力維持・向上に関しては、ヨガや朝の団体運動なども取り入れている。筆者が2022年9月上旬に訪問した際も、体育館から生徒たちの元気な掛け声が聞こえてきた。

最上級生の3年生から選ばれた22人(男性18人、女性4人)のメンターがそれぞれ3人の下級生たちの相談に乗る体制も整えている。これを、同校は日本式に「Mendomi(面倒見)」と呼んでいる。メンターは学科や実技だけでなく、日々の生活の困りごとなど、あらゆる相談に乗っているという。全ての学生が親元を離れて寮生活を送るため、こうしたシステムが有効だ。Mendomiを通じて互いに助け合う精神を育むと同時に、生徒自らの力で課題を解決し克服する力を養っているという。その一環として牛の面倒を見るというのも、いかにもインドらしい。

昨今、世界の自動車業界を巡る環境は大きく変化している。そのため、同校のカリキュラムにも、その時々の最新技術を取り上げている(この数年間では、例えば電気自動車(EV)やコネクテッドカー、3Dプリンティングなど)。このような新たな知識を生徒たちに伝授することにも力を注いでいる。

こうした教育は、実際に成果を上げている。例えば、ワールドスキルズ(worldskills外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)という職業技能に関する各種事業を運営する団体が主催する職業能力の大会(注3)参加結果にも表れている。2022年9月7~10日にスイスで開催された「国際技能大会特別編(WorldSkill Competition 2022 Special Edition)」では、プロトタイプモデル(Prototype Modeling)部門で、同校からの出場者が銅メダルを受賞。また、10月4~7日にドイツで開催されたメカトロニクス(Mechatronics)部門でも、やはり銅メダルを獲得した。同大会のメダル常連は、中国や韓国、台湾、ロシア、スイスなど、歴史的にものづくりに定評のある国・地域だ。「トヨタ工業技術学校で学んだインドの若者が国際大会でメダルを獲得したことは、生徒にとって大きなモチベーションにつながった」と、ローシャン・R校長はうれしそうに語った。


生徒たちが提出した課題(ジェトロ撮影)

学校規模拡充に向けて

こうしてみると、トヨタ工業技術学校が果たす役割は、TKMに対してだけではない。むしろ、インド国内の生産技術向上ということでもますます重要性を増しているといえる。そうした認識の下、同校は生徒数の大幅増に向け動き出した。2023年をめどに、生徒の定員数を現在の2倍規模(1,200人)に拡充する方針だ(注4)。そのために生徒たちが住む新たな寮の敷地も、既にTKM内に確保している。

TKMで人事を担当する米家敦典氏(エグゼクティブアドバイザー)は「TKMはこれまで、『モノづくりは人づくり』の基本理念に基づき、人材育成に愚直に取り組んできた。その人材育成にかける意識・能力レベルは高いと感じている」と言及。その上で、「学園の規模拡大をわれわれのさらなる成長のきっかけとして、インド政府が掲げるスキルミッションにもしっかり貢献していきたい」と語っている。

カルナータカ州政府は、現在世界各国・地域からの投資獲得に向け、誘致活動に積極的に取り組んでいる。事実、2022年11月には、大規模な投資誘致イベントを開催する予定だ(注5)。同州政府高官は「日系企業による製造業のさらなる進出に大いに期待している」と話す(注6)。

また、TKMは2022年8月、スズキが開発した新型スポーツ用多目的車(SUV)の生産を開始した。インド国内の自動車業界で、同社への期待はますます高まっている。こうしたことからも、トヨタ工業技術学校の若者たちは今後も日々の生産現場を支え、さらに活躍していくことになるだろう。そうした今後にも、大いに注目していきたい。


注1:
ベンガルールは、2007年当時、「バンガロール」が正式表記だった。本稿では、余計な混乱を避けるため、ベンガルールで統一する。
注2:
トヨタは設立の翌年に、膝元の愛知県豊田市にトヨタ工業学園を設置した。
注3:
ワールドスキルズは、職業技能に関する各種事業を運営する団体。現在、85カ国・地域が加盟している。
この団体は、2年に1度、若年者を対象に世界選手権大会を開催することでも知られる。大会には、原則として、開催年内に満22歳以下(製造チームチャレンジ職種とメカトロニクス職種については、満25歳以下)の者が参加できる。毎回異なる開催地(世界各地)で、機械工学や電子工学、溶接などの各種技術(skill)を競う。
注4:
同校では現在、約600人が学んでいる。内訳は、3年コースで約200人(64人×3年)が、2年コースで400人(200人×2年)だ。
注5:
具体的には、インベスト・カルナータカ 2022(Invest Karnataka 2022)やベンガルール・テック・サミット 2022(Bengaluru Tech Summit 2022)などを予定している。
注6:
2022年8月には、カルナータカ州のニラニ産業相を団長とする一行が訪日。日本のメーカーを中心に大臣自ら招致活動(roadshow)を実施したことも、記憶に新しい(2022年8月19日付ビジネス短信参照)。
執筆者紹介
ジェトロ・ベンガルール事務所長
水谷 俊博(みずたに としひろ)
2000年、ブラザー工業入社。2006年、ジェトロ入構。ジェトロ・ヤンゴン事務所、海外調査部、アジア経済研究所を経て、現職。

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