タミル・ナドゥ州で、電動スクーター工場の集積進む(インド)
ベンガルールに近い州北西部ホスールの動きが活発

2021年10月7日

インド南部に位置するタミル・ナドゥ(TN)州の西部ホスール(注1)とその近郊で、電動(EV)スクーター工場の設置が進む。既に生産を開始したのが、アザーエナジー(Ather Energy)とオラエレクトリックモビリティー(Ola Electric Mobility、以下、オラ)だ。また、シンプルエナジー(Simple Energy)とTVSモーター(TVS Motor、以下TVS)も、同じくホスールに電動スクーター工場を構える予定だ。今後、この4社の電動スクーター事業に関する投資総額の見込みは、430億ルピー(約645億円、1ルピー=約1.5円)以上。また、州内の他地域で別企業が電動スクーター開設する動きがある。それを含めTN州全体では、600億ルピー以上となっている。

ホスールをはじめとするTN州での電動スクーター産業への投資状況について、解説する。

ベンガルールに近い好立地

ホスールはTN州の中にある。しかしその中で位置するのは、カルナータカ(KA)州との州境。KA州都ベンガルールから約40キロ、車で約1時間の距離と近い(図1参照)。TN州都チェンナイからは約300キロで、車で約5時間かかる。

図1:ホスールを中心としたTN州と周辺地図
東から西にかけ、カルナータカ(KL)州、アンドラ・プラデシュ(AP)州、タミル・ナドゥ(TN)州が接している州境地域の地図。KL州ではTN州との州境に近い地域に州都ベンガルールがあり、それがTN州のホスールやクリシュナギリに近接している。TN州の北部、AP州との州境近くにヴェロールやラニペットなどがあり、州北東の沿岸部に州都チェンナイがある。

出所:ジェトロ作成

ホスールはベンガルールから近いにもかかわらず、ベンガルール近郊よりも地価が安い。すなわち、工場立地に有利であるとともに、KA州から優秀な人材を集めることが可能ということになる(注2)。

ベンガルールといえば、インド独立以降は防衛・宇宙産業を中心に、1990年代の経済開放後IT産業を中心に、発展してきた。スタートアップ企業も多い。ベンガルールの多様な人材が流れ込むホスールは、電動スクーター生産の一大拠点に発展する可能性を秘めている。実際、オラとシンプルエナジーはベンガルールに拠点がある。

加えて、ホスールの気候はベンガルールに近い。標高が高く、年間を通じて穏やか。比較的暮らしやすい点も魅力だ。

一方でTN州には、自動車産業が集積する。そのため、部品供給面で地の利がある。チェンナイからホスールまで片側2車線以上の国道が整備され、輸送に大きな支障はない(注3)。

電動自動車は特に二輪で先行普及か

インドの二輪車・三輪車・四輪車の2020年度(2020年4月~2021年3月)の販売台数は合計約1,861万台だ(図2参照)。そのうち二輪車が約1,512万台と、全体の8割を占める。インド二輪車市場はとても大きい(注4)。

価格面や購入層から見ると、電動自動車は価格が通常の乗用車より高い。すなわち、富裕層以外の購入は難しいとみざるを得ない。しかし、電動二輪車は10万ルピー以下の低価格車種も複数販売されている。そうしてみると、先行して普及しそうだ。

図2:インドの自動車販売台数、種類別構成比(2020年度)
インドの自動車販売台数、種類別構成比(2020年度)。単位は万台、%。二輪車は、1,512万台、81%、四輪車は、328万台、18%、三輪車は、22万台、1%

出所:インド自動車工業会(SIAM)

オラは2020年12月、ホスール近郊に電動スクーター工場設立を発表。TN州政府と覚書を締結した。同社は240億ルピーを投資、1万人を雇用する予定だ。TN州内のEV投資額としては最大規模になる(表参照)。オラは8月に電動スクーター「S1」「S1 Pro」の2車種を発表、9月に期間限定で予約販売した。10月以降に、購入者に届けられる見込みとなっている。既に総額110億ルピー以上の注文があったと公表されていることから、約10万台の申し込みがあったとみられる。

ホスールで生産開始が早かったのは、アザーエナジーだ。同社は2021年1月に電動スクーターの生産を開始した。また、シンプルエナジーは、35億ルピーを電動スクーター工場建設に投資。2023年7月までの生産開始・年間100万台生産を計画する。さらに、TVSが100億ルピー規模の電動スクーター工場建設を発表。年間10万台の生産を目指すという。

TN州での電動スクーター工場建設は、ホスールとその近郊にとどまらない。他の地域でも進んでおり、2社が工場設置予定だ。チェンナイから西に100キロ強、車で約2時間半のラニペットでは、アンプレ(Ampere)が70億ルピー規模の工場を建設し、2021年中に生産開始予定だ。州西部コインバットールでも、スリバルモータース(Srivaru Motors)が100億ルピー規模の工場建設を予定している。この2社は、2021年にTN州政府と投資に係る覚書を締結済みだ。

表:TN州への電動スクーター投資状況(—は値なし)
会社 生産開始/工事中 工場の
所在地
工場設置
公表時期
投資規模
(億ルピー)
年間生産
予定台数
(万台)
雇用
規模
(人)
オラエレクトリックモビリティー 生産開始 ホスール近郊 2020年12月 240 1,000 10,000
アザーエナジー 生産開始 ホスール 63.5 4,000
シンプルエナジー 工事中
(2023年7月までに生産開始予定)
ホスール 2021年8月 35 100 1,000
TVSモーター 工事中 ホスール 2021年7月 100 10
アンプレ 工事中
(2021年に生産開始予定)
ラニペット 2021年2月 70 100
スリバルモータース 工事中 コインバットール 2021年7月 100 4,500

出所:各社公表資料、報道情報を基にジェトロ作成

中央政府の支援に加え、TN州が独自に優遇

中央政府は「FAMEⅡ」(EV生産・普及促進政策第2期)を実施中だ。これにより、電動自動車や電動二輪車の車種ごとに一定の購入奨励金を支給する仕組みになっている。

さらに、化学電池(高度技術を要するもの)と自動車の各分野には、PLI(国内生産振興政策に基づく生産連動型インセンティブ制度)により生産を促進。その対象には、EVバッテリーや部品が含まれる。政府は、こうした政策がEV生産を大きく後押しすると表明している(2021年9月15日中央政府プレスリリース外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。

これに加え、TN州は2019年に州独自のEV政策を発表していた(2019年9月27日付ビジネス短信参照)。前述のオラは、この州政府のインセンティブが同州への投資の後押しとなったとみられている。

このように、TN州では電動スクーターに関連する投資が相次ぐ。自動車産業としての地の利や優遇措置の魅力もあり、産業の伸長に今後も目が離せない。


注1:
クリシュナギリ県ホスール市(英語表記:Hosur City)。 なお、TN州は、38の県(District)で構成される。その1つがクリシュナギリ県(Krishnagiri District)で、ホスール市はその一部だ。
注2:
州境の発展の例として、AP州の工業団地スリ・シティー(Sri City)が挙げられる。スリ・シティーはTN州との境に位置し、TN州内から出勤する労働者が多い。
注3:
TN州で自動車産業が集積している地域は、チェンナイ近郊のカーンチプラム県。
注4:
インドには、SIAMの統計に反映されない新興電動二輪メーカーも多い。この点には留意を要する。
執筆者紹介
ジェトロ・チェンナイ事務所
浜崎 翔太(はまさき しょうた)
2014年、財務省 関東財務局入局。金融(監督、監査)、広報、および財産管理処分に関する業務に幅広く従事した。ジェトロに出向し、2020年11月から現職。