新型コロナ禍で自動車販売・生産ともに不調(フィリピン)
コンテナ不足により部品在庫逼迫などの問題も

2021年8月27日

2020年のフィリピンの自動車産業は、タール山の噴火や新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受け、販売・生産ともに大きなダメージを受けた。販売面に関しては、新型コロナの感染拡大防止を目的とした経済・移動制限措置により、販売活動に大きな制約が課された。生産面では、コンテナ不足および海上運賃の高騰といった問題が発生している。

2020年の新車販売台数、前年比大幅減

2020年は、フィリピンでの新車販売台数が大きく落ち込んだ。フィリピン自動車工業会(CAMPI)と自動車輸入流通業者協会(AVID)の発表を基に2020年の新車販売台数を推計すると、前年比40.5%減の24万5,222台となった(図1参照)。

図1:フィリピンの新車販売台数
005年から2017年まで年々増加しており、2017年には、47万3,943台と過去最高を記録した。2018年は、40万1,624台と減少、2019年に41万2,106台と微増したが、2020年は24万5,222台と激減した。

"出所:フィリピン自動車工業会(CAMPI)と自動車輸入流通業者協会(AVID)の発表データを基に、ジェトロが推計・作成 "

これまでの自動車市場の状況を振り返ってみる。経済成長に伴う自動車需要の拡大を背景に、近年、フィリピンの自動車市場は拡大傾向にあった。CAMPIとAVIDのデータから推計したところ、2005年から2019年までの新車販売台数の伸び率は年平均10.8%。その14年間で、4.2倍に伸びたことになる。特に2010年代に入ってから、急速に販売台数が上昇。2016年以降は、年間販売台数40万台を超える水準にあった。

しかし、2020年に入り、状況は一変した。まず、2020年1月に、タール山(マニラ首都圏南方約60キロ)の噴火活動が活発化。その影響を受け、マニラ首都圏やカラバルソン地域では販売代理店の営業や工場の稼働が一時的に停止した(「ビジネス・ワールド」紙2020年1月15日)。その結果、2020年1月の新車販売台数は前年比で約1割落ち込んだ(2020年3月16日付ビジネス短信参照)。

さらに、フィリピン政府は新型コロナの感染拡大を防ぐため、2020年3月中旬から厳格な経済・移動制限措置を実施した。フィリピンの人口の半数以上を占めるルソン島全体(マニラ首都圏が立地する島)に、(1)外出禁止や、(2)公共交通機関の運行停止、(3)必要不可欠な産業以外の操業停止を命じる「強化されたコミュニティー隔離措置(ECQ)」を課した(注)。その後、セブ市やダバオ市などを加え、対象範囲を拡大していった。2020年3月中旬から4月にかけてが、最も厳しく制限された時期だ。その後2020年5月中旬から現時点まで、国内外の新型コロナの感染状況などを踏まえて、厳格化と緩和を繰り返していく。

これら経済・移動制限措置は、2020年の自動車の販売活動に大きな影響を与えた。厳格な経済・移動制限措置の導入によって、2020年3月中旬から4月中旬にかけて自動車代理店は休業を余儀なくされた。2020年5月中旬以降、制限措置の緩和を受け、一部の販売代理店は営業を再開した。そのため、2020年4月を底として、市場は回復基調にはある。しかし、2019年比で販売台数が低調な状況が続いた。

デジタル技術を駆使した販売手法導入の動きも

新型コロナ禍による経済・移動制限措置により、販売代理店を拠点とした対面での自動車販売はハードルが高い状況にある。そうした中で、日系自動車各社ではオンライン店舗やバーチャル・ショールームを相次ぎ開設。デジタルマーケティングを強化する動きがみられた。その一例として、フィリピン日産自動車会社(NMPI)の「バーチャル・ショールーム」がある。同社は2020年8月、同社の販売車種をオンライン上で詳細に確認できる仕組みを構築した。その利用により、消費者は車種の外観や内装を360度確認できるとともに、車種について充実した情報を得ることができる。

輸入完成車へのセーフガード暫定措置発動もマイナス要因に

2021年に入ってからは、新型コロナに加えて、完成車に対する輸入制限措置も懸念材料となった。フィリピン貿易産業省(DTI)は2021年1月4日、輸入完成車に対するセーフガード暫定措置を発動すると発表した(2021年1月6日付ビジネス短信参照)。DTIは、調査対象期間の2014~2018年に、乗用車・小型商用車ともに国内生産に比べて海外からの輸入が大きく増加。そのために国内自動車産業の保護が必要と判断し、セーフガード暫定措置の発動に踏み切った。同発表に基づき、2021年2月1日から、乗用車に対して1台につき7万ペソ(約15万4,000円、1ペソ=約2.2円)、小型商用車に対して1台につき11万ペソの関税を、仮徴収のかたちで賦課した。その後、関税委員会(TC)が正式なセーフガード発動に関して調査し、2021年7月23日付で、「輸入の増加が国内産業に重大な損害を与えている、または与える恐れがあるとされない」との報告を発表した。同報告に従い、TCは正式なセーフガードの発動を行う明確な根拠はないとの勧告を出した。TCの勧告に従い、DTIは2021年8月6日、決定により正式にセーフガード発動を見送った。

仮に正式なセーフガードが導入された場合、新型コロナ禍でダメージを受けた自動車産業に対して、大きなマイナスの影響を与えるとの懸念があった。CAMPIは「輸入車に対するセーフガードが課されることで、新型コロナ禍に苦しむ自動車産業は追加的な打撃を受け、自動車販売の減少や、同産業で雇用されている従業員の失業につながる可能性がある」と指摘した(「フィルスター」紙2021年7月30日)。正式なセーフガード発動が見送られたことで、暫定措置による関税引き上げ分(仮徴収のかたちで付加された関税分)は払い戻されることとなった。しかし、暫定措置の導入そのものが、フィリピンで自動車販売を行う環境についての不確実性を高め、市況にマイナスの影響を与えた可能性がある。

生産面でもさまざまな課題が噴出

生産面でも、2020年は大きく落ち込んだ。前年比で29.2%減の6万7,297台となった(図2参照)。

図2:フィリピンの自動車生産台数
2008年から2017年まで多少の増減はあるものの年々増加しており、2017年に過去最高の14万1,252台を記録した。2018年は7万9,763台と激減し、2019年は9万5,094台と増加したが、2020年は6万7,297台と再び減少した。

出所:ASEAN自動車連盟の発表を基にジェトロ作成

新型コロナ禍による経済・移動制限措置の導入後、多くの企業が事業を再開した。しかし、大企業・中堅企業はその際、従業員に通勤シャトルサービスを提供し、感染の徴候が見られる従業員を一時隔離する部屋を設置することが求められた。また、職場外で感染した従業員の隔離措置や夜間外出禁止による残業制限などで、製造業企業にとっては工場での出勤シフトが組みづらくもなった。経済・移動制限措置は、フィリピンでの自動車生産活動にも大きな負担をもたらしたことになる。

コンテナ不足により海上輸送運賃が急上昇

自動車関連企業を含む製造業にとって、フィリピンでの事業運営上、大きな問題となっているのが、コンテナや船便の供給不足だ。

新型コロナ禍で、北米や欧州の消費者の支出が旅行・サービスから製造業品に大きくシフトし、アジアからの製造業品の輸出が急増した(「ポート・コールズ」2021年1月2日)。また、北米や欧州で新型コロナの感染拡大防止を目的に導入されている活動制限により、これら地域の港湾での処理能力が低下。コンテナの滞留が発生した。それによって、世界的にコンテナや船便の供給が不足し、海上輸送運賃が高騰している。フィリピン国内で自動車などを生産するにあたっても、他国からの調達部品について輸送費の負担が増大した。ジェトロのヒアリングによると、船便の確保自体が困難になり、生産に投入する部品の在庫が逼迫するといった事態も発生している。


注:
最も厳格な隔離措置から順に、(1)ECQ(コミュニティー隔離強化措置)、MECQ(修正を加えたコミュニティー隔離強化措置)、(2)GCQ(コミュニティー隔離一般措置)、(3)MGCQ(修正を加えたコミュニティー隔離一般措置)。
執筆者紹介
ジェトロ・マニラ事務所
吉田 暁彦(よしだあきひこ)
2015年、ジェトロ入構。本部、ジェトロ名古屋を経て、2020年9月から現職。