インフルエンサー・マーケティング活用の手引(インドネシア)
新型コロナ禍で巨大市場のインターネット利用が増加

2021年5月10日

インドネシアでは、新型コロナウイルス禍により、在宅勤務が奨励され、顧客への訪問、商談会や展示会までもがオンラインで行われるようになった。日系企業による事業戦略の見直しにおいても、デジタル技術を活用したマーケティングを取り入れる意向が一定数みられている。こうした中、ビジネスチャンスを積極的に訴求するために、デジタルマーケティングの効果的な活用が重要になってきている。本稿では、インドネシアにおけるインターネット利用の状況や、マーケティング手法の1つである「インフルエンサー・マーケティング」(注1)に関するヒアリング結果から、現状と留意点を解説する。

オンライン上の滞在時間が3割増加

インドネシア政府統計庁(BPS)の発表外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによると、2020年9月時点での同国の人口は2億7,020万人である。世代別に見ると生まれた時からインターネットが存在し、スマートフォンなどデジタル機器の中で育ったZ世代(1997~2012年生まれ)が全体の27.9%を占め、それに続くのがデジタル技術の発展の中で生まれ育ち、インターネットに精通しているミレニアル世代(1981年~1996年生まれ)の25.9%と、この2つの世代で半分以上を占めている。若者が多いことに比例し、インドネシアではソーシャルネットワークサービス(SNS)の利用者も多く、その人数は1億7,000万人と言われている(「コンパス紙」2021年2月23日)。

さて、新型コロナ禍において、インドネシアではジャカルタ特別州などで「大規模社会制限(PSBB)」などの経済活動制限が、2020年4月から現在まで、厳格化と緩和を繰り返しながら長期にわたり実施されている。PSBBのようないわゆる「ロックダウン措置」が、インターネット利用者にどのような影響を与えたのか。米国のグーグルと、シンガポール政府系投資会社テマセク・ホールディングス、米国のコンサル会社ベイン・アンド・カンパニーの共同調査「e-Conomy SEA 2020」(2020年11月10日発表)(注2)によると、東南アジア各国(注3)においてロックダウン措置により、従来よりも多くの人がインターネットを新たに利用し始め、さらに人々のインターネット上での滞在時間が長くなったことが明らかになった。まず、同地域では2019年のインターネット利用者は3億6,000万人だったのに対し、2020年は4億人と利用者が4,000万人増加した。次に、オンライン上の滞在時間は、コロナ禍以前に3.7時間だったが、ロックダウン期間中に4.7時間と、1時間増加した。インドネシアでは、3.6時間から4.7時間へと、約1.3倍になっている(図参照)。

図:オンライン上の滞在時間の変化(単位:時間)
ロックダウン以前とロックダウン中の順に、インドネシアは3.6、4.7、マレーシアは3.7、4.8、フィリピンは4.0、5.2、シンガポールは3.6、4.5、タイは3.7、4.6、ベトナムは3.1、4.2、6カ国平均は3.7、4.7と、それぞれロックダウン中の方が増加している。同時間に、仕事上での利用時間は含まれていない。

注1:仕事上での利用時間は含まれていない。
注2:母数は、インドネシア(1,376)、マレーシア(1,042)、フィリピン(1,104)、シンガポール(1,122)、タイ(1,025)、ベトナム(1,335)。
出所:「e-Conomy SEA 2020」よりジェトロ作成

多数のインフルエンサーが存在、ターゲット層へのリーチのために適切な利用を

このように、インターネット利用者数やそのオンライン滞在時間が増加する中、企業の販売戦略上、デジタルマーケティングが果たす役割が大きくなると考えられる。特に、SNS利用者が多いインドネシアでは、インフルエンサーを使ったマーケティングが重要となる。インドネシアにおける同産業について、デジタルマーケティングサービスを提供する地場企業「Thrive外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(スライブ)」のエディ・ヤンセン最高経営責任者(CEO)・ファウンダーに、ヒアリングを実施した(3月29日)。


エディ・ヤンセン氏(同氏提供)
質問:
貴社のビジネスについて。
答え:
2007年の創業。デジタル広告主、広告代理店、メディア向けにマーケティング商品の開発と販売を行っており、自社開発製品を用いたデータマーケティングを強みとしている。また、企業からの依頼でウェブサイトやアプリケーションの制作代行、インスタグラムなどのSNSの広告運用も行っており、弊社の顧客には日系の大手製造業もいる。また、インドネシアにおいて最多のインフルエンサーを擁するオンラインプラットフォーム、「sociabuzz外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(ソシアバズ)」も提供している(運営元は同氏が共同創始者であるPT Komunika Lintas Maya)。当社は、日本のフリークアウト・ホールディングス外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます、sociabuzz(ソシアバズ)は、インドネシアの通信会社であるIndosat外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(インドサット)などから出資を受けている。
質問:
日系企業がインフルエンサー・マーケティングを行う方法は。
答え:
インフルエンサーを探す方法は、大きく分けて3つある。代理店経由、プラットフォーム経由、そしてインフルエンサーに直接アプローチする方法だ。大企業は、代理店を利用するケースが多い。代理店を利用する場合、法的なトラブルを未然に防ぐことができる一方、インフルエンサーの選択肢が限られている。一方、中小企業は、価格の手頃さからプラットフォームを経由するケースが多い。ただし、最近は、プラットフォームを利用する大企業も増えてきた印象だ。プラットフォーム経由では、多くの選択肢の中から、他のユーザーの評価やエンゲージメント率(ER)(注4)を確認しつつ、利用者自身がインフルエンサーを選ぶことができる。この際、企業はコストパフォーマンスを重視し、フォロワー数は多くはないがERの高い「マイクロインフルエンサー」を利用する傾向にある。インフルエンサーの利用価格は、SNSにおけるフォロワー数やERを基に設定される。なお、当社のプラットフォームには約30万人が登録されており、自動車や家電大手メーカーなどの日系企業が利用している。

プラットフォーム上のインフルエンサー。
写真、氏名のほか、SNS上でのフォロワー数やERも確認できる(ソシアバズ提供)
質問:
日系企業がインドネシアでデジタルマーケティングを行う際に留意する点は。
答え:
インターネット・SNS利用者が多い当地では、デジタルマーケティングは有効なマーケティング手段となる。一方、自社がターゲットとする層にリーチするのが難しいとも言われている。例えば、マーケティングで重要な指標として、ERのほかにコンバージョン率(CVR)(注5)があるが、インフルエンサー・マーケティングにおけるCVRは平均1%前後と、高くないのが実態だ。また、SNSに関しても利用者が多く、多種多様な人が存在するので、適切な手法を取らなければ、ターゲットにリーチするのは難しい。また、法律により、ギャンブルに関する情報、または宗教や特定の民族を誹謗(ひぼう)中傷する情報発信などは禁止されているので、発信内容にも留意する必要がある(注6)。従って、デジタルマーケティングを行う前に、正確な情報収集を行うことが重要だ。

重要性を増すデジタルマーケティング、発信内容には注意を

ジェトロが実施した「2020年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)PDFファイル(2.83MB)」によると、新型コロナの影響で販売先を見直す企業は、回答総数(2,955社)の42.4%、デジタルマーケティング、AI(人工知能)利用などデジタル化の推進を行う企業は23.8%となっている。このうち、在インドネシア日系企業(同341社)では前者が41.9%、後者が19.1%であり、デジタルマーケティングの利用はまだ一部にとどまるのが実態だ。しかしながら、売上高に占める輸出額の割合は26.8%(平均値)に過ぎず、大半の企業がインドネシアの国内市場をターゲットにしている中、新型コロナ禍によって、国内の販売先をこれまでと異なる企業や消費者層に拡大する重要性が増していると考えられる。さらに、インターネット利用者が増加する中、アフターコロナの世界でもオンラインが引き続き重要な役割を担うことも想定される。より多くの顧客にリーチするため、デジタルマーケティングを検討する日系企業も増えていくのではないか。

一方、デジタルマーケティング利用の際は、エディ氏が指摘するように、発信する情報の内容には注意が必要だ。良くも悪くも、インドネシアではSNSの影響力が強く、誤った情報が一瞬にして広まってしまうこともある。例えば、インドネシアでは2021年1月から新型コロナウイルスのワクチン接種が始まったが、ワクチンに関する誤った情報がSNS上で出回り、人々の間に不信感が広まった(「ジャカルタ・ポスト」2020年12月7日、「アナドル通信社」2021年1月27日)。これに対し、インドネシア政府は、正しい情報が国民に伝わるようインフルエンサーを活用している。ジョコ・ウィドド大統領は、テレビパーソナリティで、インスタグラム上で約5,200万人のフォロワーを有するインフルエンサーのラフィ・アフマッド氏外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますとともに、ワクチンを接種する様子をSNSに投稿し、その安全性をアピールした。インフルエンサーを使った正しい情報発信が重要であることを示唆する例といえる。

このように、メリット・デメリットは十分に検討される必要があるが、インドネシアの消費者に自社の商品・サービスをアピールする際、インフルエンサー・マーケティングも検討してみてはいかがだろうか。


注1:
俳優など、世間に与える影響力が大きい人物をインフルエンサーと呼び、インフルエンサーがSNS上で発信する情報を、企業がマーケティングとして活用することをインフルエンサー・マーケティングという。
注2:
同調査「e-Conomy SEA 2020」はベイン・アンド・カンパニーのウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますからダウンロード可能。
注3:
シンガポール、インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ、ベトナムの6カ国
注4:
ここでは、あるインフルエンサーのSNSにおけるフォロワー数を母数とし、そのインフルエンサーのSNS上への投稿に対するコメントなど何かしらの反応(リアクション)の数の割合を指す。
注5:
ウェブサイトなどを訪れたユーザーのうち、どの程度、商品の購入や申し込みなどに至っているかの割合を示す、マーケティングの成果指標の1つ。
注6:
法律2008年第11号外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(電子情報および取引に関する法律)、および同改正法2016年第19号PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(253.74KB)第27条。
執筆者紹介
ジェトロ・ジャカルタ事務所
上野 渉(うえの わたる)
2012年、ジェトロ入構。総務課(2012年~2014年)、ジェトロ・ムンバイ事務所(2014年~2015年)、企画部企画課海外地域戦略班(ASEAN)(2015年~2019年)を経て現職。ASEANへの各種政策提言活動、インドネシアにおける日系中小企業支援を行う。
執筆者紹介
ジェトロ・ジャカルタ事務所
シファ・ファウジア
2019年からジェトロ・ジャカルタ事務所で勤務。日系中小企業支援や、調査業務などを担当。