新型コロナで打撃も、政府の後押しで観光産業の成長に期待(サウジアラビア)

2021年3月16日

サウジアラビアでは、政府が観光産業を新たな国づくりの重要な柱と位置付け、積極的に施策や投資を実施している。このことから、将来に向けた成長が期待できる。日本企業にも、デジタル技術の活用なども含め、参入のチャンスはあるとみられる。もっとも、現在は新型コロナウイルスによる打撃に見舞われ、国が閉ざされていることからも、事態を慎重に見極める必要がある。

ジェトロでは、日本とサウジアラビアの政策協力枠組み「日・サウジ・ビジョン2030」に基づき、2020年度にサウジアラビア観光産業のビジネス可能性について調査。その成果をウェビナーで情報発信した。これらの活動を通じて得られたポイントについて、以下のとおり紹介する。

「ビジョン2030」の目玉の1つとなる観光産業

サウジアラビア政府は観光産業の振興を、脱石油依存を目指す新たな国づくり計画「ビジョン2030」での重要な柱の1つとして位置付けた。政府はこのビジョンの下での目標として、将来的に世界トップ5レベルの観光地に入ることを目指し、2030年に(1)年間訪問者数1億人、(2)観光業のGDP貢献を10%に向上、(3)観光業による雇用創出160万人、を達成する予定としている。

政府はその目標達成に向けて、「Visit Saudi」という旗印の下、意欲的に政策を実施してきた。これまで実施した政策として、2019年9月には日本を含む49カ国に観光ビザを解禁。また、観光省やサウジアラビア観光局(STA)、サウジアラビア観光開発基金といった支援組織を新たに設立した。さらに、季節に応じて各種イベントを開催する「サウジ・シーズンズ」と呼ばれる観光促進イニシアチブも実施している。

政府は同時に、国内の観光名所の見直しも行っている。既に世界遺産にも登録済みのマダイン・サーレハや歴史地区ディルイーヤなどに加え、リジャール・アルマー村やジーアイン遺跡村、ヒジャーズ鉄道などの史跡の魅力の再発見やPR活動にも取り組む。また、フォーミュラE(電気自動車のF1)やラクダレースなど、多くの集客が見込めるイベントも開催している。


リジャール・アルマー村
(写真は調査会社DRCより提供。Arabsstock、
Shutterstockのウェブサイトより購入)

フォーミュラE
(写真は調査会社DRCより提供。Arabsstock、
Shutterstockのウェブサイトより購入)

さらに今後は、3年間でホテルの客室を15万室以上増加させる計画や、7つの新空港の開発など、各種のインフラ開発も予定している。既に発表されている3大ギガプロジェクト(注)も、引き続き完成に向けて推進中だ。

サウジアラビアでは従来、ビザ取得の条件などで厳しい入国規制を敷いてきた。観光客の多くがイスラム教の聖地メッカ・メディナの巡礼者に限られるなど、外国人観光客の受け入れという面では決してオープンとは言えなかった。そのため、現在の政府の観光推進計画は、過去の状況と比較すると、サウジアラビアの「改革・開放」路線の象徴ともいえる注目すべき政策転換と言える。

国内観光収入は近年増加も、新型コロナで大きな打撃

サウジ観光産業の変化を統計でみると、観光ビザが解禁された2019年のインバウンド観光収入は、5年前と比べて大きく拡大した。2014年と2019年を比較すると、543億サウジリヤル(約1兆5,747億円、1リヤル=約29円)から、995億リヤルと2倍弱も増えたことになる(図1参照)。

図1:サウジアラビアのインバウンド観光収入(2014~19年)
毎年右肩上がりという訳ではなく、2018年は減少しているが、2019年の収入は995億サウジリヤルとなり、2014年の543億サウジリヤルの2倍弱となっている。

出所:ユーロモニターインターナショナル(2019年9月)などより作成

しかし、2020年3月以降の新型コロナウイルス感染拡大は、サウジ観光産業にも大きな打撃を与えた。ジェトロの調査では、2020年の国際線乗客数が前年比約2,600万人の減少、観光分野で約20万人の雇用減少と、同年の観光市場は前年比35~45%の縮小と推定されている。

また、感染拡大防止の観点から、3月時点で日本を含む特定20カ国からの入国が一時的に停止されている。サウジ国民の出入国規制の完全解除も、3月末から5月17日に延期となった(2021年2月4日付ビジネス短信参照)。現在のところ、停止中の観光ビザの再開めども立っていない。一般観光客として入国できる手段すらない状況だ。政府の後押しはあるものの、日本企業の観光ビジネス参入については、長い目で事態を見守りながら進める必要がある。

宿泊サービスはじめ、AR/VRなどデジタル分野にも成長の可能性

このように新型コロナの打撃が大きいものの、今後も政府の投資や成長が期待できるサウジ観光産業では、どのような分野の参入に魅力があるのか。ジェトロの調査では、日本企業がサウジ観光産業に参入するに当たり、有望なセグメントについて、現地調査会社を通じて分析を行った(図2参照)。

一般的な観光セグメントとしては、宿泊、旅行代理店、文化・娯楽関連のそれぞれのサービス参入に魅力があるようだ。これらの分野は、政府投資が活発に行われている。そのため、プロジェクトが多様で、将来的な成長が見込めるとしている。ただし、食品・飲料サービスや輸送サービスなどをはじめとして、競合は厳しいとされる。

他方で、サウジアラビア現地の実情からは、企業の参入機会にもつながりそうなさまざまな「隙間」が見て取れる。例えば、ホテルは多いが手ごろな価格のビジネスホテルが少ない。また、特に地方の観光地では、交通機関や土産物屋などの整備が未発達だ。

図2:サウジアラビアの観光サービスセグメントの魅力分析
 宿泊、旅行代理店、文化・娯楽関連のそれぞれのサービスの参入の魅力が高い。これらの分野は、政府投資が活発に行われており、プロジェクトが多様で、将来的な成長が見込める。ただし、食品・飲料サービスや輸送サービスなどを始め、競合は厳しいとされる。

出所:ジェトロ「サウジアラビア投資環境・市場調査(観光産業)(2020年3月)

また近年、新型コロナの影響などもあり、現地でもデジタル化推進が大きくうたわれていることから、デジタル技術を活用した観光への参入可能性も考えられる(図3参照)。拡張現実(AR)や仮想現実(VR)技術(バーチャルツアーなど)、スマートツーリズムアプリや、ウェブデザイン、デジタルチケット販売、デジタル決済、人工知能(AI)やIoT(モノのインターネット)を活用した翻訳デバイス、デジタルサイネージ、などだ。この中で現地市場が急速に成長しており、魅力が高いとみられるのは、AR/VR技術、デジタルチケット販売、デジタル決済とされる。他方、ウェブデザインなどは困難という分析結果になった。市場が非常に細分化されており、インドやヨルダンの企業などとの競合が激しいためだ。

図3:サウジアラビアの観光分野のデジタル技術セグメントの魅力分析
現地市場が急速に成長しており、魅力が高いとみられるのは、AR/VR技術、デジタルチケット販売、デジタル決済。他方、webデザインなどは市場が非常に細分化されており、インドやヨルダン企業等との競合が激しいことから難しいという分析結果だった。

出所:ジェトロ「サウジアラビア投資環境・市場調査(観光産業)(2020年3月)

他方で、特に観光という現地事情に根差したビジネスに参入するためには、現地観光プロジェクトに強いネットワークを持つ組織と組む必要があるだろう。先述のウェビナーにも登壇したSeera Groupはその一例だ。日本側としても、同社のような企業に自社の売りとなる商品・サービス・技術(デジタル技術を含む)を売り込み、ともに歩みを進めていく必要があると思われる。現地の観光関連機関については、ジェトロの調査に掲載したパートナー候補企業リストPDFファイル(1.11MB)も参照してほしい。

長期的視野に基づいた参入戦略を

以上見てきたとおり、サウジの観光産業は、今後も政府の強力な後押しが期待できる。すなわち、引き続き成長が期待できることになる。とは言え、新型コロナ収束までの見通しが不透明なことを考えると、企業にとっては長い目で計画を立てるしかない状況といえる。

日本企業にとっても、ビジネスが軌道に乗るまでは、初期投資なども含めて、長期的な視野に基づく慎重な参入戦略が求められるだろう。


注:
(1)NEOM(巨大スマートシティー)、(2)Qiddiya(総合エンターテインメント都市)、(3)紅海沿岸都市を指す。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部中東アフリカ課課長代理
米倉 大輔(よねくら だいすけ)
2000年、ジェトロ入構。貿易開発部、経済分析部、ジェトロ盛岡、ジェトロ・リヤド事務所(サウジアラビア)等の勤務を経て、2014年7月より現職。現在は中東諸国のビジネス動向の調査・情報発信を担当。