中国事業の再編進める韓国企業

2021年10月11日

韓国企業の中国ビジネスが曲がり角を迎えている。2000年代以降、韓国企業は積極的に対中投資を行ってきたが、近年、在中韓国系企業の売上高の伸び悩みと収益性の悪化が顕著になっている。韓国輸出入銀行によると、在中韓国系企業の売上高の合計は2013年2,417億ドルから2019年には1,475億ドルに減少している。売上高当期純利益率も2013年3.5%から2019年には0.8%に低下している(表1参照)。売上高減少・収益性低下の大きな要因として、中国市場の伸びが鈍化していることと、地場企業の競争力向上や生産能力拡大により企業間競争が激化していることが挙げられる。

韓国5大グループも中国事業再編

さらに、韓国への高高度防衛ミサイル(THAAD)配置を契機に悪化に向かった中韓関係の影響も無視できない。そのため、韓国企業は、中国市場での売り上げ規模拡大が容易でない中で、まずは収益性を回復すべく、おしなべて中国事業の再編を行っている。実際、韓国で「5大グループ」とも呼ばれるサムスン、現代自動車、SK、LG、ロッテの各大手企業グループとも、中国事業の縮小・撤退を行っている(表2参照)。ちなみに、5大グループの中国事業の傾向をあえてキーワードで示すと、サムスン、ロッテは「脱中国」、現代自動車は「縮小均衡」、SK、LGは「選択と集中」となろう。

表1:在中韓国系企業の売上高と売上高当期純利益率の推移(単位:億ドル、%)
売上高 売上高当期
純利益率
2013 2,417 3.5
2014 2,336 3.6
2015 2,080 2.7
2016 1,870 4.0
2017 1,758 2.9
2018 1,420 2.3
2019 1,475 0.8

注1:本調査は外国為替取引法第9-9条第1項に依拠して実施されている。対象は投資残高200万ドル超の現地法人(金融・保険を除く)。
注2:売上高当期純利益率は、原資料の売上高と当期純利益から算出。
出所:韓国輸出入銀行「2018年度版 海外直接投資経営分析」、同「2019年度版 海外直接投資経営分析」を基に作成

表2:近年の韓国5大グループの主な中国事業縮小・撤退事例
グループ名 企業名 縮小・撤退事例
サムスン サムスン電子 2018年 広東省深セン市の通信設備工場を閉鎖
天津市の携帯電話工場を閉鎖
2019年 広東省恵州市の携帯電話工場を閉鎖
2020年 天津市の携帯電話研究の現地法人を清算
江蘇省蘇州市のパソコン組み立て工場を閉鎖
天津市のテレビ工場を閉鎖
サムスンディスプレー 2021年 江蘇省蘇州市の液晶ディスプレー工場をTCLの子会社に売却
サムスン重工業 2021年 浙江省寧波市の生産法人の稼働終了を発表
現代自動車 現代自動車 2019年 北京第1工場の稼働を停止
2021年 北京第1工場の売却を決定
北京第2工場、河北省滄州市の第4工場の賃貸または売却を検討
起亜 2019年 江蘇省塩城市の第1工場の稼働を停止
SK SKチャイナ(中国持ち株会社) 2021年 北京市のSKタワーを和諧健康保険に売却
自動車リース事業をトヨタファイナンスサービスの現地法人に売却
SKエナジー 2021年 アスファルト生産4法人のうち3法人を売却
LG LG電子 2019年 浙江省泰州市の米国向け冷蔵庫生産施設を閉鎖、韓国に移転
2021年 江蘇省蘇州市の車載インフォテインメント部品工場を閉鎖、ベトナムに移転
LG電子・LG商事・LG化学 2020年 LG北京ツインタワーをシンガポール政府投資公社傘下の現地法人に売却
ロッテ ロッテショッピング 2018年 ロッテマート撤退
2019年 ロッテ百貨店撤退
ロッテ製菓 2019年 一部の工場の売却を決定
ロッテ七星飲料 2019年 一部の工場の売却を決定

出所:各種韓国メディアなどから作成

中国事業を最も早く見直したのがサムスン・グループだ。グループ中核のサムスン電子は2000年代半ば時点では、中国と韓国を中心に携帯電話を生産していた。当時、世界の携帯電話市場の拡大に対応すべく、生産拠点を増強する必要性に迫られたが、その際、中国での生産拡大ではなく、ベトナムでの工場新設を選択した。中国生産比率が高まり過ぎるリスクを回避する狙いだった。その後、中国では人件費など生産コストが上昇し、輸出向け生産拠点としての中国の役割は終わりつつあったが、内需市場での販売のため中国生産を続けてきた。しかし、中国企業の追い上げにより、中国携帯電話市場でのサムスン電子のシェアは1%以下に低下、もはや中国に携帯電話生産拠点を維持する意義がなくなり、工場を順次閉鎖した。パソコンやテレビなども同様だ。その結果、中国に現在残っているサムスン電子の主な生産拠点は、陝西省西安市の半導体工場と、江蘇省蘇州市の家電工場・半導体後工程工場にすぎない。

ロッテ・グループは中韓関係に最も翻弄(ほんろう)されたグループだ。2016年にTHAAD配備が正式決定したことに対して、中国は自国の安全保障を脅かすとして強く反発し、中韓関係が一気に悪化した。特に、韓国でTHAAD配備用地を提供したロッテ・グループに対し、中国政府は事実上の制裁を科し、中国国内のロッテ百貨店やロッテマートの店舗は閉店に追い込まれた。結局、ロッテ・グループは中国の小売り事業を売却して撤退した。さらに、それによって重要な販路を失ったロッテ製菓やロッテ七星飲料が中国の生産拠点の縮小を決定するなど、グループ全体に影響が波及した。

現代自動車グループはグループ傘下の現代自動車、起亜ともに近年、中国市場での販売がさえない。そもそも同グループは世界の主要自動車メーカーの中で最後発に近いタイミングで中国に合弁会社を設立し、中国市場に参入した。当初は洗練されたモデルを値ごろ感のある価格で投入し、タクシー需要にも焦点を合わせるなどして、販売実績を伸ばした。そこで、生産能力・拠点数を徐々に増やし、最終的に両社の中国合弁企業の年間生産能力は、現代自動車が乗用車165万台、商用車16万台、起亜が乗用車89万台となった。しかし、生産能力拡張を終える少し前から販売が徐々に失速し、大幅な過剰設備を抱えることとなってしまった。販売不振には、ロッテ同様にTHAAD配備問題の影響もあるが、根本的には中国の地場メーカーの競争力向上や中国市場のスポーツ用多目的車(SUV)化に対する対応の遅れによるところが大きい。過剰設備の解消のため、現代自動車は5工場、起亜は3工場にまで増やした中国の乗用車生産拠点の縮小に動いている。

SKグループは、中国で稼いだ利益は中国に再投資することを意味する「チャイナ・インサイダー戦略」で、中国事業を積極的に展開し、市場への食い込みを図ってきた。しかし、ここにきて、北京市の「SKタワー」やレンタカー事業を売却するなど、拡大一辺倒の戦略を見直している。同グループが中国事業の縮小に転じたのではないかとの観測も出ているが、それに対し、同グループは「レンタカー事業と北京の建物の売却で確保した資金は中国の有望スタートアップ投資などに使用する予定」(「聯合ニュース」2021年9月7日付)とし、中国事業のポートフォリオの見直しの一環にすぎないとしている。

LGグループは、LG電子の浙江省の冷蔵庫生産施設の閉鎖、LG電子などの北京市の「LG北京ツインタワー」の売却が中国事業見直しの代表例だ。特に後者は、北京市の目抜き通りに建設されたグループを象徴するオフィスビル(2005年竣工)だったが、80億元(約1,360億円、1元=約17円)で売却された。ただし、これは同グループの中国事業縮小の一環というよりも、資産効率の向上やリスク対応を狙ったものとみられている。ちなみに、オンライン経済メディアの「ニュースウエー」(2021年2月7日付)はLG電子関係者の話として「世界経済の不確実性に対する流動性確保、将来の成長のための投資、株主価値の向上のための決定」と報じている。

半導体、車載電池を中心に中国で追加投資

韓国の多くの大手グループは、中国事業の再編を行うのと並行して、中国事業の拡大にも注力している。その分野が半導体と車載電池に集中しているのが特徴だ。これらの中国市場が今後さらに拡大することが予想され、成長する巨大市場でのシェア確保を目指している。際立った積極策があまりみられない現代自動車グループとロッテ・グループを除くと、各大手グループの動きは以下のとおりだ。

サムスン・グループは全ての事業が「脱中国」を図っているわけではない。例えば、サムスン電子は携帯電話などとは対照的に、半導体では中国で巨額の投資を続けている。同社は陝西省西安市にNAND型フラッシュメモリー工場を有している。そもそも同工場は70億ドルの巨額を投じて2012年に建設を開始したもので、2014年に完成し、本格的な生産に入っている。建設当時、同社では「中国は世界のNAND型フラッシュメモリー需要の50%を占めている。中国でこの製品を直接生産し供給することで、市場と顧客にさらに効率的に対応できる」「中国と韓国の2大生産体制を構築し、生産規模を拡大し、顧客により安定的に製品を供給できる」(2014年5月9日、同社発表)と述べ、西安工場の建設理由として中国市場の確保と供給安定性の確保の2点を挙げていた。同社はその後も同工場への追加投資を続けてきた。最近では、NAND型フラッシュメモリーの需要増加に対応すべく、80億ドルを投じ、西安第2工場を建設している。同工場は2018年に工事を開始、2020年に第1段階の工事が終了して製品出荷を開始しており、第2段階の工事も完成間近と報道されている。

SKグループでは、車載電池、半導体、石油化学の3事業で積極的な取り組みを行っている。SKイノベーション(現・SKオン。2021年10月1日にSKイノベーション車載電池部門が分社)は2013年、北京汽車集団、北京電控とともに車載電池生産の合弁会社を設立した。現在3工場を運営しているが、2021年9月、4番目の工場を江蘇省塩城市に新設するために現地法人に10億6,000万ドルを追加出資することを発表した。生産能力は4つの工場の中で最大となる見通しで、既存の3工場とは異なり、独資で運営する予定だ。確実に拡大が見込まれる中国の車載電池市場でシェアを一気に高めていく狙いだ。次いで、SKハイニックスは重慶市に2億5,000万ドルを投じ、半導体後工程工場を建設、2014年に工場の稼働を開始している。これとは別に同社は2020年10月、約90億ドルでインテルのNAND型フラッシュメモリー部門の買収を発表したが、その中にインテル大連工場が含まれている。報道によると、買収完了後もSKハイニックスは大連工場への追加投資を行っていく方針だ。SK総合化学は2013年、中国石油化工集団(シノペック)と合弁でエチレンなどを生産する中韓石化を湖北省武漢市に設立、14年に稼働を開始した。稼働開始後の業績は堅調で、SKグループの「チャイナ・インサイダー」戦略の代表的な成功事例ともいわれている。2017年にはエチレン生産設備増強を決定した。7,400億ウォン(約666億円、1ウォン=約0.09円)を投じた設備増強は2020年12月に完了した。さらに、中韓石化は2019年、128億4,000万元を投じ、シノペック傘下の武漢分公司を買収している。

LGグループの近年の大型の投資としては、LGディスプレーによる有機ELパネル工場の建設と、LGエナジーソリューション(2020年12月にLG化学から分社、本稿では分社前についても「LGエナジーソリューション」で記述)の車載電池工場の建設が挙げられる。前者の有機ELパネル工場の件は同社が2017年に計画を発表したもので、広東省広州市に合弁会社を設立し(資本金2兆6,000億ウォン、LGディスプレー出資比率70%)、テレビ用大型有機ELパネル工場を建設するというものだった。同社にとっては韓国に次ぐ2番目の大型有機ELパネル生産拠点、中国にとっては初の大型有機ELパネル工場で、拡大が見込まれる中国の有機ELテレビ市場の獲得を狙ったものだ。同工場は2020年7月に量産を開始している。他方、後者の車載電池工場については、LGエナジーソリューションは従来、江蘇省南京市に車載電池工場を有していたが、同じ南京市に13億ドルを投じ、第2工場を建設した(2018年に建設開始、2021年5月に完工)。第1工場が中国国内の自動車メーカー向け拠点だったのに対し、第2工場は欧州向け輸出拠点と位置付けてられている。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 主査
百本 和弘(もももと かずひろ)
2003年、民間企業勤務を経てジェトロ入構。2007年7月~2011年3月、ジェトロ・ソウル事務所次長。現在ジェトロ海外調査部主査として韓国経済・通商政策・企業動向などをウォッチ。