日系含め多くの企業が国軍の権力掌握後も撤退の計画はなく、情勢見極めの姿勢(ミャンマー)
在ミャンマー外国商工会議所合同調査で明らかに

2021年5月26日

2020年の新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)の感染拡大、2021年2月1日に起きた国軍による権力掌握(以下、政治危機)は、地場、外資にかかわらず、在ミャンマーの企業に大きな影響を与えた。そうした状況下、2021年4月に在ミャンマー外国商工会議所が合同でアンケート調査を実施。同報告書によると、新型コロナの影響により、接客・観光業をはじめ、多くの企業が負の影響を受けたものの、政治危機までは、多くの業種で雇用契約を維持し、減給も最小限に抑え、事業を維持していたこと、また、さらなる投資を計画している企業も一定数あったことがわかった。また、政治危機後は、日系企業を含む外資系企業に関して、ミャンマーからの撤退を計画している企業は少なく、今後の状況がどうなるのかを見守っている企業が多いという調査結果が明らかになった。本稿では同調査結果をもとに、新型コロナと、政治危機が企業に与えた影響と今後の見通しについて解説する。

在ミャンマーの外国商工会議所が合同で調査を実施

2020年の新型コロナと2021年2月の政治危機がミャンマーの地場企業や同国で活動する外国企業に与える影響を評価する目的で、在ミャンマー外国商工会議所が合同でアンケート調査を実施。4月6日に同報告書が発表された。同調査はデータの機密性を確保し、企業が誠実に回答できるよう、匿名で行われた。

同アンケート調査には、合計372社が回答。うち、日系企業182社、欧米系企業115社、ミャンマー地場企業54社、ASEAN企業17社、その他4社であった。ASEAN企業は参加企業数が17社と少ないため、この調査結果をもってASEAN企業の代表的なものとみなすことはできないと述べられており、本稿でもASEAN企業というくくりでの分析は行わない。回答企業については、国籍、従業員数、業種、ミャンマーでの事業年数ごとの区分が公開されている。

新型コロナから2月の政治危機までは事業維持、追加投資計画も

調査によると、新型コロナの影響により多くの業種が影響を受けた。とりわけ接客・観光関連の企業の収益が大きく減少し、従業員の解雇・減給を行った企業の割合が他の業種より高かった(図1、2、3参照)。ただし、2月の政治危機が起こるまで、多くの業種では雇用契約を維持し、減給も最小限に抑え、事業を維持し、さらなる投資を計画している企業も一定数あるという状況であった(図4参照)。

図1:2020年に新型コロナの影響で収益が25%以上減少した割合(業種別)
農業41.2%、サービス・銀行・法務44.4%、インフラ・建設54.1%、医療33.3%、輸入・流通51.2%、接客・観光84.2%、メディア・通信43.8%、運輸43.8%

出所:Joint Survey On The Impact On Business Operating In Myanmarを基に作成

図2:2020年に新型コロナの影響で給与を25%以上削減した割合(業種別)
農業24%、サービス・銀行・法務21%、インフラ・建設16%、医療25%、輸入・流通17%、接客・観光68%、メディア・通信13%、運輸16%

出所:図1に同じ

図3:2020年に新型コロナの影響で従業員を25%以上解雇した割合(業種別)
農業18%、サービス・銀行・法務5%、インフラ・建設6%、医療8%、輸入・流通7%、接客・観光47%、メディア・通信0%、運輸3%

出所:図1に同じ

図4:政治危機以前の事業計画
投資を増額の産業別割合は農業44.0%、サービス・銀行・法務51.0%、インフラ・建設56.0%、医療75.0%、輸入・流通66.0%、接客・観光29.0%、メディア・通信57.0%、運輸41.0%。追加投資はせず現状維持では、農業50.0%、サービス・銀行・法務41.0%、インフラ・建設32.0%、医療25.0%、輸入・流通23.0%、接客・観光65.0%、メディア・通信29.0%、運輸45.0%

出所:図1に同じ

政治危機で、事業活動も収入も大きく減少

政治危機後は、日系企業を含め、どの国籍の企業、業種においても事業活動や収入を大きく減少させている企業の割合が高かった(図5~8参照)。

図5:事業活動が25%以上減少した割合(国籍別)
2020年(新型コロナ)、ミャンマー地場企業60.0%、日系企業60.2%、欧米系企業50.9%。2021年(政治危機)、ミャンマー地場企業87.2%、日系企業79.7%、欧米系企業79.2%。

注:2020年の新型コロナによる影響を「2020年(新型コロナ)」、2021年2月以降の政治危機の影響を「2021年(政治危機)」と表記。以下、同様。
出所:図1に同じ

図6:事業活動が25%以上減少した割合(業種別)
2020年(新型コロナ)の産業別割合は、農業41.2%、サービス・銀行・法務52.8%、インフラ・建設66.3%、医療50.0%、輸入・流通56.1%、接客・観光84.2%、メディア・通信50.0%、運輸53.1%。2021年(政治危機)では、農業93.8%、サービス・銀行・法務81.4%、インフラ・建設83.7%、医療83.3%、輸入・流通68.3%、接客・観光77.8%、メディア・通信68.8%、運輸90.3%。

出所:図1に同じ

図7:収益が25%以上減少した割合(国籍別)
2020年(新型コロナ)では、ミャンマー地場企業54%、日系企業50%、欧米系企業45%。2021年(政治危機)では、ミャンマー地場企業83%、日系企業70%、欧米系企業74%。

出所:図1に同じ

図8:収益が25%以上減少した割合(業種別)
2020年(新型コロナ)では、農業41%、サービス・銀行・法務44%、インフラ・建設54%、医療33%、輸入・流通51%、接客・観光63%、メディア・通信44%、運輸44%。2021年(政治危機)では、農業81%、サービス・銀行・法務74%、インフラ・建設75%、医療92%、輸入・流通63%、接客・観光83%、メディア・通信56%、運輸77%。

出所:図1に同じ

従業員への影響という観点でみると、図9、10のとおり、国別ではミャンマー地場企業が、業種別では接客・観光事業で影響が大きい。日系企業についても、給与を25%以上減少させるという割合が政治危機後は新型コロナの影響と比較し、約4倍になっている。

図9:給与を25%以上削減した割合(国籍別)
2020年(新型コロナ)では、ミャンマー地場企業32.0%、日系企業3.6%、欧米系企業11.1%。2021年(政治危機)では、ミャンマー地場企業42.6%、日系企業15.2%、欧米系企業23.6%。

出所:図1に同じ

図10:給与を25%以上削減した割合(業種別)
2020年(新型コロナ)では、農業17.6%、サービス・銀行・法務12.0%、インフラ・建設5.1%、医療16.7%、輸入・流通2.4%、接客・観光68.4%、メディア・通信12.5%、運輸3.1%。2021年(政治危機)では、農業18.8%、サービス・銀行・法務26.5%、インフラ・建設22.8%、医療16.7%、輸入・流通14.6%、接客・観光55.6%、メディア・通信18.8%、運輸6.5%。

出所:図1に同じ

また、事業活動に影響を与えた要因を聞いた質問については、図11のとおり、インターネットの遮断、従業員の職場への移動・安全、銀行業務・キャッシュフローの停滞、今後の計画が見通せないことと回答した企業が、全ての国籍において高い割合となっている。

図11:事業活動に影響を与えた要因
以下の4項目の回答割合が高い。 インターネットの遮断では、ミャンマー地場76.6%、日系企業63.9%、欧米系企業80.0%。 従業員の職場への移動・安全では、ミャンマー地場76.6%、日系企業59.5%、欧米系企業67.6%。 銀行業務・キャッシュフローの停滞では、ミャンマー地場83.0%、日系企業77.9%、欧米系企業78.1%。 今後の計画が見通せないことと回答した企業ではミャンマー地場61.7%、日系企業49.4%、欧米系企業67.6%。

出所:図1に同じ

今後の対応、4月時点では様子見が大勢

政治危機を踏まえ、日系企業が2021年末までの投資計画に関してどう考えているかについては、「わからない」が38%と最も高く、「追加投資はせず現状維持(34%)」や「徐々に事業を減少(18%)」が続いた(図12参照)。ただし、「完全に事業を終了」と回答した企業は1%と、4月時点において撤退を計画している企業は少ないことがわかった。この傾向は、基本的にミャンマー地場企業も欧米系企業も同様だ。情勢が不透明な中で、一部の企業は事業を縮小させつつも、ミャンマーの状況がどのように進展するかを見守っている企業が多いことがわかる。

図12:2021年末までの会社計画
ミャンマー地場企業、投資を増額7%、追加投資はせず現状維持38%、徐々に事業を縮小7%、事業は維持し、拠点を他国へ移転2%、完全に事業を終了5%、わからない40%。日系企業、投資を増額5%、追加投資はせず現状維持34%、徐々に事業を縮小18%、事業は維持し、拠点を他国へ移転3%、完全に事業を終了1%、わからない38%。欧米系企業、投資を増額5%、追加投資はせず現状維持32%、徐々に事業を縮小16%、事業は維持し、拠点を他国へ移転7%、完全に事業を終了3%、わからない36%。

出所:図1に同じ

今後6カ月の従業員への影響に関しては、日系企業では「影響なし」との回答が27%あったものの、「新規採用をしない」とした企業が43%、「給与の減額」や「賞与の不支給」が25%、また、「解雇」も20%と厳しい状況であることがわかった(図13参照)。一方、ミャンマー地場企業や欧米系企業の回答をみると、「影響なし」「新規採用」以外は、ほぼすべての項目で日系企業を上回り、さらに厳しい結果となった。特に、ミャンマー地場企業では「給与の減額(51%)」「賞与の不支給(54%)」がおおよそ日系企業の2倍の回答となった。また、欧米系企業では「給与の凍結」をするとの回答が29%で、日系企業(12%)の2倍以上になった。

図13:今後6カ月で起こる従業員への影響
今後6カ月の従業員への影響に関しては、日系企業では「影響なし」との回答も27%ある一方、「新規採用をしない」とした企業が43%、「給与の減額」や「賞与の不支給」が25%、「解雇」も20%となっている。ミャンマー地場企業では「給与の減額(51%)」「賞与の不支給(54%)」がおおよそ日系企業の倍の回答となっている。また欧米系企業では「給与の凍結」をするとの回答が29%で、日系企業(12%)の倍以上になっている。

出所:図1に同じ

現地からの情報によると、2021年2月に政治危機に陥ってから、一時、情勢が悪化したものの、5月に入ってからヤンゴンを中心に徐々に落ち着きを取り戻しつつある。銀行業務の停滞、キャッシュフロー不足などビジネス上の懸念は続いているものの、製造業の稼働率は上昇し、物流も徐々に回復しているようだ。

4月のASEAN首脳級会議で合意された5項目(2021年4月27日付ビジネス短信参照)が、国軍によって適切に履行されるかなど懸念はあるものの、アンケート調査結果によれば、現時点においてミャンマーからの撤退を考えている企業は少なく、情勢の推移を見守っている企業が日系企業を含めて多い。欧米系企業の撤退という報道がされる中、日系企業などと対応に大きな違いはないようだ。しかし、ビジネス環境が悪化した状態が続けば、事業をさらに縮小、撤退を考えざるを得ない企業も出てくる可能性は高まるだろう。早期の事態の改善が望まれる。

執筆者紹介
ジェトロビジネス展開・人材支援部 海外投資アドバイザー
田原 隆秀(たはら たかひで)
国内の監査法人で7年間勤務後、バンコクとヤンゴンに駐在。その後2014年~2020年までジェトロの海外投資アドバイザーとして、ミャンマー投資企業管理局ジャパンデスクでの日系企業進出支援業務に従事。2021年4月から現職。