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認知症予防を香港から中国・世界へ
香港新規進出スタートアップに聞く

2021年8月20日

足元では新型コロナウイルス感染拡大の影響で出入国に際しての規制が続いているものの、中長期的な視点から海外での研究開発や事業展開に意欲を持つ企業は少なくない。2020年10月に香港へ進出した、東北大学加齢医学研究所を母体とするスタートアップCogSmart[本社:東京都港区、代表取締役:中村匠汰、瀧靖之(注1)]もその1社だ。日本で社会課題となっている認知症の予防に向けて、「生涯健康脳」の実現を目指す同社香港法人CogSmart Asiaの樋口彰取締役に、香港進出の理由や今後の展望について話を聞いた(2021年7月21日)。


CogSmart Asia樋口氏(ジェトロ撮影)
質問:
日本での事業概要は。
答え:
CogSmartは、脳医学研究で知られる東北大学加齢医学研究所発のスタートアップとして、2019年10月に設立された。「生涯健康脳」の実現に向けて積み重ねてきた研究結果を大学内にとどめず、社会実装することを目指している。事業の中心は「BrainSuite(ブレーンスイート)」という脳ドック用プログラムの展開である。従来のMRI検査へ簡単に追加できるプログラムで、MRI画像解析AI(人工知能)を用いて脳の健康状態を健常段階から可視化し、その状態を維持・改善するための個別アドバイスを提供。このプログラムを展開させることで、認知症にならない「生涯健康脳」が当然の社会を目指す。
認知症予防事業については、さまざまな会社がサービスを提供しているが、多くはリスクの見える化(スクリーニング)か、改善方法(ソリューション)の提供のいずれかに注力している。BrainSuiteは、この両者を一気通貫に提供するAIソフトウェアサービスであり、医療機関から好意的な反応を受け、また他の認知症予防事業者から提携の話もいただいている。
質問:
設立の1年後に香港進出を果たした。海外への進出理由、また進出先として香港を選択した理由は。
答え:
世界から見ても、認知症予防は新しい研究分野であり、実社会においてどのように取り入れるのかは普及・浸透の途上にある。日本で認知症は社会課題となっており、その予防に向けて、フィリップス・ジャパンと業務提携しBrainSuiteの販売拡大に取り組んでいる。一方、海外でもこうした課題に直面する状況は同じであることから、国内事業と並行して、海外でも事業を進めるべきではないかとの話になった。
なかでも香港は、世界でも有数の高齢社会であり、認知症予防に対する強い関心がある。当社としては、将来的に広東・香港・マカオグレーターベイエリア(粤港澳大湾区)(以下、ベイエリア)をはじめ中国本土への展開なども考えており、香港が進出先として適していると判断した。香港特別行政区政府(以下、香港政府)の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は、2020年12月の施政方針演説において、「ベイエリアを活用し、中国経済の成長を取り込むことが、香港の今後の基本的戦略である」とし、具体策の1つとして、香港で登録された医薬品や医療機器などが一定の要件のもと、広東省などでも利用可能とする取り決めを推進することなども言及された。
また、私自身が、もともと国際法律事務所の香港オフィスにおいて日本法・英国法弁護士として執務をしており、業務に関連して、香港にネットワークを有することも大きい。 香港は、世界有数の国際金融センターであり、金融システムの発展に不可欠なソフトウェアやデータサイエンスのレベルが高く、DX(デジタルトランスフォーメーション)化が進んでいる点も魅力である。

CogSmart Asiaが入居する香港サイエンスパーク(ジェトロ撮影)
質問:
今後の香港での事業展開は。
答え:
1つはDTx(Digital Therapeutics:デジタルセラピューティクス)のR&D(研究開発)である。DTxとは、疾病の治療、管理または予防のために、ソフトウェアプログラムを用いて、エビデンスに基づく介入を行うものであり、欧米では慢性疾患や精神疾患などの分野で研究開発や社会実装が先行している。香港を中心に取得する臨床試験結果は汎用性があるため、規制を十分に踏まえつつ香港を軸として研究開発を進め、将来的には医療機器の承認を得たい。
また、DTxのR&Dと同時に、BrainSuiteの展開も進める。香港でも脳ドックは行われており、頭部MRI検査もある。香港内の医療機関への導入を狙うとともに、香港を起点とし中東などの富裕層向け病院への展開も検討している。
認知症の予防という社会課題に国境はない。国ごとの規制や医療制度を踏まえて、その国に見合ったサービスを提供し、また相互に良いものを取り入れる関係になると素晴らしいと考えている。
質問:
中国市場に対する見方、および対応は。
答え:
中国では、インターネット医療が進展している。例えば、オンライン医療サービス大手の微医(WeDoctor)は、2021年4月時点で約30のオンライン対応可能な病院を運営している。同社は、2021年4月に香港証券取引所に上場申請を行い、実現すれば大型上場案件となることでも注目されている。
このように、慢性疾患管理(CDM:Chronic disease management)のデジタル化の流れや、医療のDX化は日本よりも中国の方が進んでいる。一方で、中国では認知症分野自体の臨床現場での取り組みは遅れている。中国市場は医療ソフトウェア事業を行う当社にとって親和性があり、分野としても参入余地も大きいと考えている。
また、研究開発や臨床試験実施の面で中国に期待している。医学部のある香港の2つの大学(香港大学および香港中文大学)は深セン市にも臨床試験が対応可能な病院がある。今後、それぞれの大学と連携し、香港側、大陸側双方で研究開発を進めたいと考えている。
質問:
スタートアップにとって、香港の魅力とは何か。
答え:
香港政府の支援が充実している。まず、政府系イノベーション促進機関である香港サイエンスパークの存在が大きい。企業ごとにメンターが付き、さまざまなアドバイスを得られる。同パーク内にはオフィスがあり、入居することで各界の関係者とつながることができる。当社の事業関連分野だけでなく、会社経営に必要なファイナンスや税の専門家なども紹介してもらえる。香港は国際金融センターであるが、香港政府の施政方針演説にも示されるように、世界的なビジネスハブとして、海外企業に対しても社会実装やベイエリアへの事業展開に向けた産業化支援を行っている。
補助金も手厚い(注2)。当社は2021年7月、バイオテクノロジー系スタートアップ向けの補助金プログラム「Incu-Bio」に日系企業として初めて採択された。助成期間は4年間で、研究開発関連費に対して最高600万香港ドル(約8,400万円、1香港ドル=約14円)の補助があり、サイエンスパーク内のオフィスも格安で利用できる(初年度無料、2年目以降は半額)。補助金の適用を受けるためには、香港で子会社を設立し、バイオテクノロジーのR&Dに適した2人のフルタイム従業員を確保するなどの要件が課せられており、外国のスタートアップにとってハードルは高いが、利用する価値は大いにある。補助金は返済不要で、香港サイドからは知財権や株式も求められていない。求められていることは、計画通りに事業化し、今後の新規産業推進の中核となって香港社会に還元することである。

樋口氏(右)と社員のChan氏(中)、Chiu氏(左)(ジェトロ撮影)
質問:
香港に対する期待や要望などはあるか。
答え:
この2年間、市民による抗議活動や国家安全維持法の施行などがあったが、ジェトロの調査(2021年7月調査レポート参照)にもあるとおり、ビジネス環境は大きく変わっていない。学術レベルを見ても、この狭い香港の中だけでも、香港大学、香港中文大学、香港科技大学など、日本のトップ大学と比較して国際的に同等かそれよりも評価の高い大学は多くある。香港外から見れば、ネガティブな情報が多く報道されることから、魅力が半減しているように見えることも理解はできる。ただし、弁護士の立場から見ても、通常の財産権や営業の自由などに関して法的安定性が担保されていることは疑いようがない。香港政府には、企業の経済活動や研究活動の自由が引き続き担保されていることを、対外的にも力強くアピールしてほしい。

注1:
瀧靖之氏は、東北大学加齢医学研究所教授および同学スマート・エイジング学際重点研究センター副センター長を務める。
注2:
香港のイノベーション・科学技術関連企業向け支援プログラムについては、添付資料PDFファイル(246.92KB)を参照のこと。

変更履歴
注2の添付資料を差し替えました。(2021年9月6日)
執筆者紹介
ジェトロ・香港事務所 次長
渕田 裕介(ふちた ゆうすけ)
2001年、ジェトロ入構。対日投資部、ジェトロ神戸、ジェトロ・大連事務所、農林水産・食品部勤務などを経て、2018年11月から現職。

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