IoTで酪農家の生活を改善するステラアップス
インドで注目集める「社会的インパクト投資」(後編)

2021年8月6日

社会課題の解決と経済的リターン、双方の実現を目指す「インパクト投資」。前編では、インパクト投資を手がける日本の認定NPO法人アルンシード(以下、アルン)の取り組みを紹介した。後編では、その投資先の声を紹介する。

インドのスタートアップ企業、ステラアップス(Stellapps外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)は、アルンが2016年に実施した投資先を決めるためのビジネスコンペティション「CSIチャレンジ」の第1回で優勝。アルンがインパクト投資を実行している。

インドの酪農セクターは、世界最大規模のマーケットを持ちながら、低生産性や脆弱(ぜいじゃく)なサプライチェーンといった課題を抱える。その結果、多くの酪農家は厳しい生活を強いられてきた。ステラアップスは酪農セクターに対し、 IoT (モノのインターネット)技術を用いた生産性向上や品質改善などのソリューションを提供。農家の収入向上に貢献し、酪農セクター全体に大きなインパクトをもらしている。

同社の最高経営責任者(CEO)ムクンダン氏に、課題解決手法や今後の展望などについて聞いた(2021年6月17日)。その内容を以下に紹介したい。

大規模ながら課題が山積みのインド酪農業

インド酪農業の課題

ステラアップスが向き合うインドの酪農業。その課題は山積みだ。まず、インドの乳製品市場が非常に大きい点に注目したい。GDPの約6.5%、市場規模約2,250億ドルと言われている。農業全体のうち約3分の1を占めるのだ。消費者にとって乳製品はタンパク質接種源としても重要で、日常的に広く消費されている。インドは世界最大の牛乳生産国でもある。

しかし、乳製品の供給は、乳牛2~3頭しか飼育しない7,000万 ~8,000万もの小規模酪農家に支えられている。酪農家の低生産性や、牛乳を集約してから消費者に届くまでのサプライチェーンの脆弱性は、大きな課題だ。

これに対して、ステラアップスは酪農家の生産性向上や品質維持、安定的な供給を実現するべく、デジタル技術を用いたサプライチェーン効率化を行い、生産性向上と生乳の品質保証を実現し、小規模酪農家の所得向上にもつなげている。現在、国内の17州、約3万5,000の村落にサービスを展開し、全牛乳生産量の約7%が同社サービスを活用した流通に乗っている。

サプライチェーンの各段階でのサービス

ステラアップスは、酪農家にだけといった一面のみではなく、サプライチェーンの各段階にサービスを提供している。では、具体的にはどのような事業、サービスを提供し、全体最適化を実現しているのだろうか。

まず生産面については、酪農家向けに乳牛に取り付け可能なウェアラブルセンサー「ムーン(mooOn」)を提供している。これによって酪農家は自分の乳牛の健康状態を多数のパラメーターで客観的に把握することができる。このセンサーは、乳牛の幸福度をモニタリングすることも可能になっている。実は乳牛の幸福度は、搾った牛乳の品質に大きな影響を与える。そのため、幸福度の管理は重要だ。


「mooOn」を装着した乳牛(牛の左足にセンサーが取り付けられている、ステラアップス提供)

「スマートAMCU」の一式、生乳の品質を判断するセンサー(右から2番目)、品質を表示するモニター(左上)、買取価格を表示する画面(中央)など(ステラアップス提供)

次に、集荷所では「スマートAMCU」を提供している。この装置を用いて卸売業者などがセンサー機器で牛乳の品質を判断、それを基に買取価格を決定し、即座に酪農家の口座に入金することができる。これまで小規模な酪農家は中間業者を通していることが多く、安く買いたたかれてしまうことも多かった。(この問題が改善されるので)農家にとって大きなメリットだ。品質が価格に正当に反映されるようになったことにより、高品質の牛乳を生産するインセンティブにもつながる。

さらに、流通段階ではコールドチェーン(低温物流)がカギとなる。その対策として、同社は温度管理用のシステム機器「コントラック(ConTrak)」を提供している。センサーを用いたモニタリングを通じてサプライチェーン上の全ての過程を低温に保ち、乳製品の品質を維持する。

主な顧客企業について

ステラアップスの顧客は主に乳製品販売の自社ブランドを持つ日用消費財(FMCG)企業などだ。こうした企業は、小さな村を回って小規模酪農家から牛乳を集めるのは困難だ。すなわち、調達面の課題を抱えていたことになる。しかし、ステラアップスは生産から流通というサプライチェーン全体を管理し、高品質の牛乳の安定供給を可能にした。ステラアップスを調達先パートナーとすることで調達や流通の課題解決を同社に任せ、販売に向けたマーケティングや自社製品開発により専念できるとも感じてもらっている、という。

課題解決に大きな評価、ゲイツ財団のインド初の案件に

ステラアップスが生み出す社会的インパクト

これまでステラアップスの提供するサービスについて紹介してきた。こうしたサービスは、どのように社会課題解決につながっているのか。

まず、酪農家と卸売業者、乳製品メーカーをつなぐことで、一連のサプライチェーンの効率化を実現し、生産性と品質の向上、価格の透明性につながっている。さらに、社会的弱者である小規模酪農家の所得の向上に貢献してきた。「mooOn」によって品質維持や高価格での買い取りを実現していることは話したとおりだ。加えて、小口融資や保険サービスを提供する電子決済アプリ「ムーペイ(mooPay)」で、生活の安定にも貢献している。

これまで小規模酪農家は、不安定な収入が理由で金融機関から融資を受けるのが困難。そのせいで生乳の品質も保てないといった悪循環があった。同社システム内でのモニタリングデータに基づいた信用情報の蓄積が酪農家に対する融資や保険サービスの提供を可能にしている。


借り入れに電子決済アプリ「mooPay」を活用する酪農家(ステラアップス提供)

ほかにも、温度管理の最適化は環境負荷軽減にも貢献している。例えば、農場の集荷所では、低温を保つためにディーゼルなどの燃料を利用して発電せざるを得ない。その使用量の最適化が、二酸化炭素の削減につながっている。

ステラアップスを取り巻く多くの投資・支援機関

このように社会課題解決に貢献してきたステラアップスは、前編で紹介したアルンをはじめとした投資・支援機関など、多方面から評価されている。実は、ビル&メリンダ・ゲイツ財団など、米国の著名な投資家からも資金を得ている。搾乳従事者の約8割を占める女性に貢献している点が、農村での男女平等促進の観点で評価につながった。本件は、ゲイツ財団にとって初のインドでの投資案件にもなった。

技術面からも評価されている。インド工科大学(IIT)マドラス校のインキュベーション施設から支援を受けている。このほか、米クアルコム・ベンチャーズや、スイスのABBテクノロジーベンチャーズからも投資を受けた。

日系企業・機関からは、アルンに加えて、ビーネクストからも投資を得ている。アルンとは、2017年に投資を受けて以来の関係だ。投資後も、コミュニケーションを特に密に取っている投資機関の1つでもある。隔週でオンラインミーティングを行うほか、日系企業の潜在的な協業先の紹介を受ける。このように、良好な関係を築いている。

現地投資促進機関の支援を受け、フランスで実証実験中

新型コロナウイルス感染拡大によるビジネスへの影響

足元での新型コロナウイルス感染拡大はやはり懸念点に挙がりやすいが、同社事業に悪影響を及ぼしていないのか。

ムクンダン氏は、感染拡大の中、消費者は新型コロナに対する免疫力向上などを求め、牛乳消費が以前よりも増加したと感じている、と話す。また、子供や高齢者が飲むことを考え、消費者がより高い品質を求める動きも強まっている。こうした消費者動向を踏まえると、販売を担うFMCG系ブランドにとって、品質保証やトレーサビリティーの確保はより重要になるだろう。顧客のFMCGブランドにその強みをアピールできるため、新型コロナ禍はステラアップスにとってむしろ追い風に働いている部分も大きい。

今後の事業展望

さらに、今後の事業展開にあたっては、さまざまな分野の企業と協業していきたい、という。具体的には、調達先パートナーとして、インド市場に参入したり乳製品輸出を検討したりしているFMCG系企業と連携したい、と話す。乳牛一頭一頭のセンサーからたどったトレーサビリティーを確保できることが、欧州や日本など乳製品の輸入規制が厳しい地域に向けたインド産乳製品の輸出の可能性につながると考えているためだ。

ほかには、ステラアップスの提供する小口融資や保険サービスで連携できる銀行・保険会社とも連携を進めたい。さらに、技術面の協業パートナーとして、温度管理などのセンサー技術を持つ企業などにも注目している。日本企業との協業も目指している。

国外展開については、特に現在唯一の海外拠点であるフランスでの事業拡大を考えている。現在は、ビジネスフランス(フランス貿易投資庁の投資促進機関)の援助を得て、実証実験を実施している。欧州の酪農産業はデジタル化の余地が大きいと感じている。今後、良いパートナーが見つかれば、ぜひ日本への進出も検討したい、と語った。

インドで注目集める「社会的インパクト投資」

  1. 社会課題解決と経済的リターンの両立目指すアルンシード
  2. IoTで酪農家の生活を改善するステラアップス
執筆者紹介
ジェトロ企画部企画課
遠藤 壮一郎(えんどう そういちろう)
2014年、ジェトロ入構。機械・環境産業部、日本食品海外プロモーションセンター(JFOODO)、ジェトロ・ベンガルール事務所などの勤務を経て、2020年6月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課
坂本 純一(さかもと じゅんいち)
2018年4月、ジェトロ入構。企画部海外事務所運営課を経て、2020年12月から現職。