社会課題解決と経済的リターンの両立目指すアルンシード
インドで注目集める「社会的インパクト投資」(前編)

2021年8月6日

インドで「インパクト投資」が広がっている。インパクト投資(または、社会的インパクト投資)とは、社会的インパクトと経済的リターン、両方の実現を目指す投資のこと。最近は、インドでもSDGs(持続可能な開発目標)や、ESG投資(注1)といった言葉を耳にすることが増えた。社会課題への意識が高まる中、注目が高まりつつある。日本の認定NPO法人アルンシード(ARUN Seed)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますは、ステラアップス(Stellapps)に対してインパクト投資を実施している。ステラアップスは、IoT(モノのインターネット)によって酪農業のサプライチェーン改善に取り組むインド企業だ。この両社にインタビューした内容を基に、投資側と企業側双方の観点からインパクト投資の実態に迫りたい。本稿では前編として、インパクト投資のインドでの広まりと、投資側視点から取り組みを紹介する。

「インパクト投資」とは

インパクト投資では、貧困、医療や教育の格差、環境問題などさまざまな社会課題の解決を目指す企業や組織への投資を通じて、「社会をよくすること」(社会的インパクト)と「収益の確保」(経済的リターン)の両立を支援する。ESG投資(注1)の一種と認識されることも多い。ただし、社会課題の解決がより重視されるのがその特徴だ。ESG投資が環境・社会・企業統治といった要素のリスクへの配慮という「守り」の側面を見ているとすれば、インパクト投資は社会や環境を良くするという「攻め」の側面により注目する。SDGs達成の手段としても期待される。

インドでも、インパクト投資が広がりを見せている。投資額は、2010年の3億ドルから2019年には27億ドルと、年平均成長率26%で増加してきた。近年の案件数は横ばいながら、1件当たりの投資規模は拡大している(図参照)。

図:インドの年間インパクト投資額推移
投資額は年々増加。2010年に3億ドルだったが、2015年には10億ドル、2018年に23億ドル、2019年に27億ドル、となっている。案件数については、2010年に62件だったが、2015年には174件と増加。しかし、それ以降は横ばいで2017年に165件、2019年に152件など、となっている。

出所:The Global Steering Group for Impact Investment(GSG)

社会課題解決はもちろん、経済的リターンも大切

こうしたインパクト投資に取り組む認定NPO法人アルンシード(ARUN Seed、以下、アルン)の功能聡子代表と池島利裕氏に、実際の取り組みについて聞いた(2021年6月10日)。その内容を以下に紹介したい。

これまでの沿革と事業概要

アルンは、2009年に東京で法人設立。当時は、今ほどインパクト投資やESG投資が知られていなかった。そのような状況下、社会的投資を普及していくというミッションで活動してきた。

事業内容は、投資と投資を広める普及啓発活動だ。非営利型のインパクト投資を担っている。寄付を原資に投資し、リターンがあった時はそれを再投資に回す。寄付は、クラウドファンディングなどを通じた個人寄付が中心だ。同時に、財団や企業からも支援を受け、今後、増やしたいと考えている。活動自体も、国際協力機構(JICA)や笹川平和財団の後援を受けている。

出資企業について

出資企業については、「クラウド・ソーシャル・インベストメント(CSI)チャレンジ」というビジネスコンペティションのかたちで募集。そこから、企業を選定している。これまでにアジアを中心に3回開催し、中東やアフリカにも募集を広げてきた。

スタートアップ企業の数が多いこととも相まって、インドからの応募が他国と比べて非常に多い。インドで実際に投資を行っている例は、以下の通りだ。

  • ステラアップス(Stellapps外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(ベンガルール):IoT技術で酪農のサプライチェーンを改善し、零細農家の所得安定などに貢献。CSIチャレンジ第1回の優勝企業。
  • ブックマイベイ(bookmybai.com外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(ムンバイ):不利な立場に置かれやすい女性の人権を重視し、ネット上で家政婦の登録と雇用ができるマッチングサービスを運営。

また投資は行っていないものの、以下2社は昨年のビジネスコンペの最終選考に残った。

  • シロナ ハイジーン(Sirona Hygiene Private Limited外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(ニューデリー):女性が直面する衛生問題に取り組む。立ったまま排泄できるトイレや月経カップなどを商品展開。また投資は行っていないものの、以下2社は昨年のビジネスコンペの最終選考に残った。
  • ジャニトリ・イノベーション(Janitri Innovations Private Limited外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(ベンガルール):妊婦の健康状態を遠隔診療するプロダクトを医療機関向けに展開。

投資先を決定する審査基準について

経済的リターンと社会的リターンは一見相反する。その中で、アルンはどこに価値基準を置いて投資を行っているのだろうか。

アルンが投資先を決定する際には、課題認識や顧客認識、商品の定義、ビジネスの持続性をベースに見ているという。また、社会的なインパクト、イノベーション、チーム構成も考慮。子供や女性、難民への貢献、新型コロナ禍への対応、CSIチャレンジの各回のテーマに合っているかも重視している。

その際、社会的リターンだけでなく、経済的リターンも重要だ。例えば、寄付で運営されるような事業は選定対象とはならない。投資金額としては2万5,000~5万ドル、エンジェル投資(注2)の次の段階などといった初期段階で投資を行うことも多い。中でも、ビジネスモデルが構築できており、今後の成長可能性が高い事業を投資先として選んでいる。

インドでのインパクト投資の広がり

統計上のインパクト投資額はたしかに伸びている。しかし、現場の感覚として、インドでのインパクト投資の広がりについては、どのように感じられているのだろうか。

功能代表によると、インパクト投資への注目度にはますますの高まりを感じる、という。例えば、取り巻く環境だ。資金提供元としては、最初は開発金融機関や欧州の政府系金融機関が多かった。しかしその後、企業系の年金基金や地場投資家が参入。今ではタタグループといった地場財閥系や、事業に成功した投資家が加わるといった変遷をたどっている。金融アクセシビリティーの向上、貧困といった課題への解決意識が大きいこともあり、インド政府も積極的だ。

実際、地場のインパクト投資機関も増加している印象がある、と話す。もともとマイクロファイナンス事業を手がけていた企業がインパクト企業への投資を開始するケースが多く、人材面も充実しつつある。例えば、外資系金融機関に勤務していた人材がインパクト投資機関に入って指揮を取る例も見られる。さらには、インパクト投資機関がインドからアフリカに進出する例もある。もともと欧米の投資機関が付いており、アフリカ展開を支援している場合が多い。

インドでインパクト投資を行うアルンにとって、そういった他のインパクト投資機関の動向や、投資先であるステラアップスなどへの他機関の投資動向を見て、欧米のインパクト投資やCSRに関する現場の情報を入手できることも大きなメリットとなっている。

投資先のステラアップスとのコミュニケーション

アルンがステラアップスに投資を決めてから既に約4年が経過している。現在は、投資先のステラアップスとはどのように連携しているのだろうか。

アルンは、ステラアップスとのオンラインミーティングを隔週で行っている。ステラアップスからは実際にどのように事業を進めているのか、アルン側でサポートできることはないかといった内容について、頻繁にアップデートを受けるようにしている。アルンからは、目的の社会的インパクト実現のために事業をこのように進めたら良いのではないかといった事業展開のアドバイスも提供する。

インドでのサポートを行うため、地場のインパクト投資機関やインキュベーター、アクセラレーターとパートナーシップを結んで連携している。

ステラアップスからの期待

一方、投資の受け手企業の視点として、ステラアップスは日本の投資機関との連携に何を期待しているのか。ステラアップスからアルンに期待されているのは、資金調達に加え、日本企業とのつながりだ。

期待されるつながりの1つ目は、日本を含めた国外に向け、酪農業のサプライチェーンに関わる企業にステラアップスのシステムを売り込むことだ。2つ目に、日本企業との技術連携。ステラアップスは牛の個体識別を強化すべく、現在のタグ管理に変わり得る牛の顔画像認識のシステムを開発している。しかし、機能面より低価格重視の端末になっている。こうしたシステムを補完できるより精緻なウェアラブル端末の技術を日本企業から提供してもらうことへも期待を受けている。3つ目に、在インド日系企業への売り込みだ。ステラアップスは自ら生乳のサプライチェーンに入り込んでいる。そのため、日本のメーカーも納入先パートナーになり得るだろう。

より正面から社会課題の解決へ

今後の展望

今後の展望については、投資と普及啓発活動の両輪を回すことを継続したい、と語る。最近はSDGsやESGといった言葉を耳にすることが増えてきた。だからこそ、単に経済的リターンも社会的リターンも得られるというだけでなく、両者とも今までよりもさらに長期目線で成果を求めることが重要だ。

日本では、今なお経済的リターンを重視する傾向が強い。しかし、社会課題解決への興味・関心が高まり、より正面から取り組みやすい環境になってきている。例えば、SDGsでいう平等性(equality)の観点や、ますます広がっていく格差に対してどう切り込んでいくのか、解決策が出せるかという問いに対して、アルンは今後もより正面から課題解決にしっかりと取り組んでいくことを目指している。

後編では、ステラアップスへのインタビューを基に、インドの社会課題解決企業の実態に迫る。


注1:
ESG投資とは、環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)の要素を考慮した投資。
注2:
エンジェル投資とは、創業して間もない企業を対象にした投資手法。

インドで注目集める「社会的インパクト投資」

  1. 社会課題解決と経済的リターンの両立目指すアルンシード
  2. IoTで酪農家の生活を改善するステラアップス
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課
坂本 純一(さかもと じゅんいち)
2018年4月、ジェトロ入構。企画部海外事務所運営課を経て、2020年12月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ企画部企画課
遠藤 壮一郎(えんどう そういちろう)
2014年、ジェトロ入構。機械・環境産業部、日本食品海外プロモーションセンター(JFOODO)、ジェトロ・ベンガルール事務所などの勤務を経て、2020年6月から現職。