選別が進む深センのスタートアップ(中国)

2021年3月29日

ここ数年、中国のスタートアップによるイノベーションが注目を集めている。中でも注目度が高いのが広東省深セン市だ。深セン市では、電子・電機産業の集積、ベンチャーキャピタルなどによる豊富な資金、深セン市政府の支援などを背景に、ハードウェア系スタートアップをはじめ、数多くのスタートアップが誕生した。

しかし、実際には2018年ごろから、深セン市での起業には大きなブレーキがかかっている。直近の数字をみると、深セン市の2020年の民営企業新規登録数は前年比77.2%減の6万7,327社、個体工商戸(注1)は80.7%減の3万9,423社、外資系企業は83.4%減の989社と、いずれも前年比で大幅に減少した。新型コロナウイルス感染拡大の影響もあるとみられるが、上海市では民営企業が14.5%増の40万909社、外資系企業が14.5%減の7,650社、個体工商戸が6.9%減の5万8,985社であることと比べ、深セン市の減少の大きさが際立つ。

11年ぶりに企業数が減少

近年の中国主要都市の民営企業新規登録数の推移をみても、深セン市の減速は明らかだ。深セン市の新規登録数は、2015年から2017年にかけて北京市、上海市、広州市といった他の主要都市を大幅に上回っていた。常住人口1,000人当たりの新規登録数でも、直近のピークとなった2016年には深セン市は31.86社と、その他3都市の3倍程度と大きな差があった。しかし、新規登録数は2018年には上海市、2019年には広州市が深セン市を上回った。2019年には、人口1,000人当たりでも深セン市は21.93社に低下し、広州市(19.81社)との差は2.12社にまで縮まっている(図1、2参照)。

図1:中国主要都市の民営企業新規登録数(件)
深セン市、上海市、広州市、北京市の民営企業新規登録数。深セン市は2015年、2016年、2017年は1位。2018年は2位。2019年は3位。

出所:北京市市場主体発展分析報告(北京)、上海市国民経済・社会発展統計公報、上海市市場監督管理局基本業務統計数据 (上海)、新登記私営企業・個体工商戸統計、2019年全市市場主体発展状況統計分析(広州)、商事主体統計報表(深セン)

図2:中国主要都市の常住人口1,000人あたり民営企業新規登録数(件)
深セン市、上海市、広州市、北京市の常住人口1,000人あたり民営企業新規登録数。深セン市は2015年から2019年まで1位。2019年は広州市との差が2.12社に縮小。

出所:北京市市場主体発展分析報告(北京)、上海市国民経済・社会発展統計公報、上海市市場監督管理局基本業務統計数据 (上海)、新登記私営企業・個体工商戸統計、2019年全市市場主体発展状況統計分析(広州)、商事主体統計報表(深セン)

新規登録数だけでなく、ストックの企業数にも変化が生じている。2019年の深セン市の企業登録数は前年比1.1%減の195万2,773社となり、世界金融危機の影響を受けた2008年以来の減少となった。企業形態別の内訳をみると、民営企業が0.6%減の189万58件、外資系企業が10.8%減の5万8,245件といずれも減少している。新たに生まれる企業が鈍化していると同時に、既存企業の経営も厳しくなっていることが分かる。民営企業はここ20年を見ても一貫して増加し続け、2008年を除いては2桁の伸びを維持していただけに、2019年の減少は大きな転換点であるといえる(表1参照)。

表1:深セン市の企業登録数の推移(△はマイナス値)
企業総数 伸び率 内資企業 伸び率 外資企業 伸び率 民間企業 伸び率
1999 101,942 10.0 47,100 4.6 17,997 11.4 36,845 16.9
2000 107,457 5.4 46,220 △ 1.9 18,151 0.9 43,086 16.9
2001 120,391 12.0 46,328 0.2 19,175 5.6 54,888 27.4
2002 123,923 2.9 37,519 △ 19.0 19,461 1.5 66,943 22.0
2003 151,036 21.9 39,316 4.8 21,883 12.4 89,837 34.2
2004 181,314 20.0 34,278 △ 12.8 22,728 3.9 124,308 38.4
2005 209,443 15.5 32,998 △ 3.7 24,252 6.7 152,193 22.4
2006 244,291 16.6 25,480 △ 22.8 27,055 11.6 191,756 26.0
2007 283,734 16.1 24,423 △ 4.1 32,248 19.2 227,063 18.4
2008 281,238 △ 0.9 18,473 △ 24.4 32,898 2.0 229,867 1.2
2009 307,242 9.2 16,793 △ 9.1 33,386 1.5 257,063 11.8
2010 360,912 17.5 16,087 △ 4.2 35,207 5.5 309,618 20.4
2011 417,531 15.4 14,278 △ 11.2 36,096 2.4 367,157 18.6
2012 481,030 15.5 12,584 △ 11.9 36,969 5.3 431,477 17.5
2013 630,060 31.0 10,004 △ 20.5 38,241 3.4 581,815 34.8
2014 843,977 34.0 8,250 △ 17.5 39,758 4.0 795,969 36.8
2015 1,133,953 34.4 7,873 △ 4.6 43,017 8.2 1,083,063 36.1
2016 1,504,255 32.7 8,685 10.3 42,621 △ 0.9 1,452,949 34.2
2017 1,769,876 17.7 8,602 △ 1.0 50,769 19.1 1,710,505 17.7
2018 1,974,650 11.6 8,370 △ 2.7 65,282 28.6 1,900,998 11.1
2019 1,952,723 △ 1.1 4,420 △ 47.2 58,245 △ 10.8 1,890,058 △ 0.6

出所:深セン統計年鑑2020

スタートアップバブルは終焉(しゅうえん)へ

新規登録企業数の伸び率鈍化や既存企業数の減少の要因として、1つ目は、製造業の景気減速による小規模企業の淘汰(とうた)が考えられる。ここ5年間の経済成長率をみると、深セン市は一貫して全国平均を上回ってきた。しかし、第二次産業の成長率の推移をみると、2018年までは全国平均を2~3ポイント上回ってきたが、2019年は0.8ポイント、2020年は0.7ポイント下回っている(表2参照)。深セン市では、人件費や不動産価格などのコスト上昇や各種規制強化などにより、製造業をめぐる経営環境が急速に悪化しており、大企業ですら工場を深セン市外へ移転させる動きが生じている。また、深セン市政府も産業構造の高付加価値化を目指しており、比較的付加価値の低い企業の移転を促すような動きもある。深セン市では企業の99%以上が中小企業とされており、電子・電機産業の発展も小規模な工場などの集積によるところが大きく、これらの企業が経営環境の変化に耐えられなくなっている可能性がある。深セン市の就業者数をみても、2019年末時点で前年比0.6%減の1,283万3,700人と、統計がさかのぼれる1979年以来初めて減少している。中でも、第二次産業は7.4%減の509万3,300人と、全体を上回る減少幅を示している。

小規模なものづくりの工場の集積がハードウェア系スタートアップの誕生を容易にしてきた面もあり、起業における優位性にも影響が生じている可能性がある。

表2:深セン市と中国の経済成長率の推移

深セン市の実質GRP成長率の推移(単位:%)(△はマイナス値)
全体 第一次
産業
第二次
産業
第三次
産業
2015 9.0 4.2 7.4 10.3
2016 9.3 △ 0.4 8.2 10.2
2017 8.8 26.4 9.0 8.7
2018 7.7 7.3 9.2 6.7
2019 6.7 5.2 4.9 8.1
2020 3.1 △ 3.1 1.9 3.9

出所:深セン統計年鑑、深セン市統計局

中国の実質GDP成長率の推移(単位:%)
全体 第一次
産業
第二次
産業
第三次
産業
2015 7.0 3.9 5.9 8.8
2016 6.8 3.3 6.0 8.1
2017 6.9 4.0 5.9 8.3
2018 6.7 3.5 5.8 8.0
2019 6.1 3.1 5.7 6.9
2020 2.3 3.0 2.6 2.1

出所:中国統計年鑑、中国統計局

2つ目は、ベンチャーキャピタルなどによる投資資金の減少が挙げられる。2017年ごろには、スタートアップ創業者から「資金調達で困ったことがない」との声を聞くほど、豊富な資金が深セン市で投資されていた。中国におけるVC(ベンチャーキャピタル)/PE(プライベートエクイティ)の投資額の推移をみると、2014年から急速に増加し、合計額がピークとなった2018年にはVCが1,164億ドル、PEが1,219億ドルと、2013年比でそれぞれ5.8倍、2.4倍に増加した。しかし、2019年にはVCによる投資がほぼ半減、2020年も横ばいの状況が続き、PEによる投資も伸び悩んでいる(図3参照)。実際、深セン市のスタートアップは新型コロナウイルスの影響もあり、キャッシュフロー確保が問題として浮上(ビジネス短信2021年2月20日記事参照)するなど、資金調達の面で大きな変化が生じている。

図3:中国のVC/PE投資額の推移
2012年はVCが218億ドル、PEが558億ドル、2013年はVCが207億ドル、PEが515億ドル、2014年はVCが347億ドル、PEが812億ドル、2015年はVCが814億ドル、PEが1,281億ドル、2016年はVCが903億ドル、PEが1,375億ドル、2017年はVCが783億ドル、PEが1,427億ドル、2018年はVCが1,164億ドル、PEが1,219億ドル、2019年はVCが618億ドル、PEが1,256億ドル、2020年はVCが616億ドル、PEが1,151億ドル。

出所:投中研究院「2020年中国VC/PE市場数据分析報告」CVSource投中数据

投資資金の減少により、VC/PEの投資先スタートアップに対する選別も進んでいると考えられる。深セン市では、真にイノベーティブな技術やアイデアを持つスタートアップが生まれる一方で、既存のスタートアップを模倣しただけのような、革新性が低い企業も多くあった。ピーク時には、そのような企業にも多額の投資がされており、いわば「スタートアップバブル」のような状況であったといえる。VC/PEの投資は、金額だけでなく件数も減少傾向にある。深セン市でスタートアップとの連携を進める日系企業からは「黒字になっているスタートアップは少なく、資金が尽きたらそれで終わりになる企業が多い」との指摘がある。今後はスタートアップの選別がさらに厳しくなり、優れたスタートアップにのみ金額の大きな投資がされることになるだろう。

3つ目は、米中摩擦による海外との人的・技術的往来の鈍化が挙げられる。深セン市のスタートアップは海外、特に米国での留学や勤務経験者が、現地で得た技術やノウハウを活用して起業することが多かった。深セン市はここ40年程度で小さな漁村から人口約1,400万人の大都市に成長したため、北京市、上海市、広州市など歴史ある大都市と比べ、新規に移住してきた住民がビジネスを行うにあたって障壁になるような、地元住民や大学卒業者のグループが形成されていなかった。そのため、中国のどの地域の出身者であっても比較的起業しやすい環境にあり、多くの人材を引き付ける要因になってきた。一方で、有名大学などの教育・研究機関や国の研究所などが少なく、他都市と比べて自前での人材育成の遅れも指摘されている。外部人材への依頼度が高い深セン市にとって、人的・技術的往来の鈍化が経済に与える影響も軽視できない。

米国における中国人留学生数の推移をみると、2019/2020年は前年比0.8%増の37万2,532人にとどまっている。ここ10年間の伸び率が鈍化傾向にあるなかで、米中貿易摩擦が本格化した2018年からはさらに鈍化が進んだ(図4参照)。多くの分野で中国の技術力は世界トップレベルに向上しているものの、先端分野では依然として米国などに後れをとっている部分もある。留学生を含む人的往来の鈍化は、深セン市のみならず、中国全体の将来的なイノベーション能力の向上に影響を及ぼす可能性もある。

図4:米国の中国人留学生数の推移
2010/2011は23.3%増の15万7,558人。2011/2012は23.1%増の19万4,029人。2012/2013は21.4%増の23万5,597人。2013/2014は16.5%増の27万4,439人。2014/2015は10.8%増の30万4,040人。2015/2016は8.1%増の32万8,547人。2016/2017は6.8%増の35万755人。2017/2018は3.6%増の36万3,341人。2018/2019は1.7%増の36万9,548人。2019/2020は0.8%増の37万2,532人。

出所:Open doors

その他、深セン市政府によるスタートアップ支援政策の優位性も、他都市の追い上げを受けているようだ。深セン市と蘇州市に拠点を持つロボット関連のスタートアップからは「蘇州市は深セン市と比較して支援が手厚く、ロボット関連企業を中心に集積ができつつある」との声もある。前述の日系企業は、深セン市政府の政策的後押しもあって増加したインキュベーターも「レベルアップがなく、場所貸しのみを行っているようなところが増えている」と指摘する。同社によれば、新型コロナウイルスの影響もあってか、スタートアップ自身の内向き傾向が強まっており、チャレンジする意欲の高い企業が減少している印象が強まっているという。以上のように、様々な要因もあって、深セン市での起業は減速している。しかし、無数に生まれたスタートアップの中からは、ハードウェア系だけでなく、AI(人工知能)、スマート物流、ヘルスケアなど幅広い分野でユニコーン企業(注2)が生まれるなど、着実に発展の裾野を広げている。現在の深セン市は、経営環境の面でも資金面でも、分野を問わずに本当に優れた技術やアイデアを持つスタートアップだけが生き残り、大きな成果を上げる局面になった、といえるだろう。

深セン以外でもスタートアップが活発化

深セン市では起業の勢いが衰えているものの、中国全体でみると、スタートアップ市場は沿岸部の大都市以外への広がりを見せている。

中国全体の2020年の市場主体(注3)新規登録数は前年比5.3%増の2,502万件と、新型コロナウイルスの影響下でも増勢を維持している。

投中研究院によれば、VC/PEの投資額は、深セン市、北京市、上海市、広州市の4都市合計では2019年の1,100億ドルから2020年には944億ドルに減少したが、4都市以外の合計額は775億ドルから823億ドルに増加している。また、コンサルタント会社の長城戦略諮詢によれば、全国のユニコーン企業に占める4都市合計の比率は、2018年の77.2%から2019年には71.6%に減少した一方、湖北省武漢市、四川省成都市といった内陸部の都市でもユニコーン企業が複数誕生し、スタートアップの活動が活発化している。

今後の中国のスタートアップの動向を把握するには、沿岸部の大都市以外にも目を向けていく必要がありそうだ。


注1:
企業資産が経営者の私的所有に属し、被雇用者が8人未満の私営企業。
注2:
未上場で市場価値が10億ドルを超えるスタートアップ。
注3:
企業、個体工商戸、農民専業合作社を合わせたもの。
執筆者紹介
ジェトロ企画部企画課課長代理
河野 円洋(かわの みつひろ)
2007年、ジェトロ入構。在外企業支援・知的財産部知的財産課、ジェトロ岐阜、海外調査部中国北アジア課、ジェトロ・広州事務所を経て2020年4月から現職。