日系企業業況感トップ3の南米太平洋側諸国
在チリ、コロンビア、ペルー日系企業のビジネス環境と今後のポイント

2020年3月30日

2019年度 中南米進出日系企業実態調査」において、2019年の営業利益見込みのDI値(注1)トップ3は南米太平洋側3カ国(1位ペルー、2位コロンビア、3位チリ)であった。本調査の結果について、現地日系企業や政府機関からのヒアリング内容を含めて解説するとともに、同3カ国の日系企業を取り巻くビジネス環境で今後注目すべき点について触れていく。

チリ:日系企業の関心事項は今後のチリ政府の方針

「2019年度 中南米進出日系企業実態調査」のチリに関する結果において、最も注目すべきポイントは、2019年10月18日に勃発した反政府デモが、在チリ日系企業の企業活動にどのような影響を及ぼしたかという点であった。本調査は2019年10月1日~11月15日に実施され、回答企業の約半数は反政府デモ勃発後に回答した。まず、2019年の営業利益見込みは63.6%が黒字見込みと回答しており、2018年の黒字見込みの65.7%からは微減となっているが、前年比で赤字見込みが増加したわけではなく、均衡が増加した(11.4%→24.2%)ためである(図1参照)。

図1(a):2018年の営業利益見込み
(2018年度調査)
2018年の在チリ日系企業の営業利益見込みを示す帯グラフ。65.7%が黒字、11.4%が均衡、22.9%が赤字と回答。
図1(b):2019年の営業利益見込み
(2019年度調査)
2019年の営業利益見込みを示す帯グラフ。63.6%が黒字、24.2%が均衡、12.1%が赤字と回答。

出所:2019年度中南米進出日系企業実態調査

2019年のDI値についても同様で、前年比減(17.1%→12.1%)も、「横ばい」が増加した(31.4%→45.5%)ため、DI値の減少につながった。

景況感についてのアンケート項目について、デモ前後で回答社数の変化を見てみる。表1のように、デモ勃発前(10月17日以前)とデモ勃発後(10月18日以後)を比較してみても、「赤字」や「悪化」は微増で、著しい景況感の後退は見られない状況になっている。

表1:2019年の営業利益見込み
(社)
項目 デモ勃発前 デモ勃発後
黒字 11 10
均衡 3 5
赤字 1 3
表2:前年と比べた2019年の営業利益見込み(社)
項目 デモ勃発前 デモ勃発後
改善 6 5
横ばい 6 9
悪化 3 4

出所:2019年度中南米進出日系企業実態調査

要件の1つとして、在チリ日系企業の中には、BtoCのビジネスを行っている企業がそれほど多くないため、反政府デモで大きな問題となった小売店舗への略奪行為などの被害を直接的に受けた企業がそれほど多くなかったことが挙げられる。ただし、家電や自動車などの消費財メーカーにとっては、反政府デモの影響は大きく、略奪行為などで商品に直接ダメージが及ばなくても、店舗の営業時間が短縮せざるを得なかったことによる売り上げ減少の影響も大きかったという。

また、「安定した政治・社会情勢」をメリットとして考える割合は、前年比減も依然として他国よりも高く、中南米の調査対象国の中では唯一、5割以上がメリットとして選択していた。筆者が2020年2月に現地を訪れた際も、多くの日系企業が位置するサンティアゴの新市街については落書きや器物損壊など暴徒化したデモの傷跡がほとんどなく、引き続き「安定した政治・社会情勢」はチリのメリットと言える(図2参照)。

図2:投資環境面でのメリットとしての
「安定した政治・社会情勢」を挙げる企業の割合
投資環境面でのメリットとしての「安定した政治・社会情勢」を挙げる企業の割合を各国ごとに示した棒グラフ。2018年の中南米全体は20.2%で2019年は12.5%。2018年のメキシコは11.7%で2019年は9.7%。2018年のブラジルは7.2%で2019年は7.8%。2018年のアルゼンチンは2.5%で2019年は0.0%。2018年のチリは85.4%で2019年は54.5%。2018年のコロンビアは36.8%で2019年は36.0%。2018年のペルーは20.0%で2019年は13.9%。ベネズエラは2018年も2019年も0.0%

出所:2019年度中南米進出日系企業実態調査

また、対内投資促進庁(InvestChile)をはじめとするチリ政府当局は、外資系企業へのケアを重視している。2019年11月にはInvestChileの呼び掛けで、在チリの各国の商工会議所などが集まり、反政府デモがどのように各国の企業に影響を与えたかについてヒアリングするとともに、各国が抱えている不安解消のためのチリ政府のサポートについて情報提供した。また、米智商工会議所が中心となり、特にチリへの投資額の大きい国7カ国(日本を含む)の商工会議所が集まり、チリ当局との対話の場も設けられている。そのほか、3月に入ってからもInvestChileのメールマガジン購読者に個別にメールし、チリでのビジネスに関して何かサポートが必要であればコンタクトしてもらいたい旨の連絡をしている。

しかし、反政府デモ勃発から5カ月が経過してもなお、デモは完全には収まらず、長期化の様相を呈している。今後、国内産業保護など外資系企業に不利な政策がとられるのではないかとの懸念は日系企業の間にも強くあり、チリ政府の政策が今後どのように変わっていくか注視していく必要がある。

コロンビア:評価高い「従業員の質」

「2019年度 中南米進出日系企業実態調査」における、コロンビアの2019年の営業利益見込みは6割が黒字見込みと回答しており、前年比10ポイント増という結果になった(図3参照)。また、赤字見込みの回答は2018年の33.3%から16.0%、と半減している。

図3(a):2018年の営業利益見込み
(2018年度調査)
2018年の在コロンビア日系企業の営業利益見込みを示す帯グラフ。50.0%が黒字、16.7%が均衡、33.3%が赤字と回答。
図3(b):2019年の営業利益見込み
(2019年度調査)
2019年の営業利益見込みを示す帯グラフ。60.0%が黒字、24.0%が均衡、16.0%が赤字と回答。

出所:2019年度中南米進出日系企業実態調査

DI値については、2018年の38.9%から、16.0%に下がったものの、「横ばい」が増加していることが主因のため、景況感の悪化を表してはいない。2020年についてはさらに良い見通しになっており、DI値は48.0%と回復が見込まれている。

日系企業の景況感が良好な要因の1つとして、コロンビアの安定して好調な経済成長が挙げられる。2019年の実質GDP成長率は3.3%と中南米主要国(注2)の中では最も高く、唯一3%を超えた。コロンビアのGDP構成の中で7割近くを民間最終消費支出が占めており、2019年のGDP成長率への寄与度も3.2%であったが、人口5,000万を有するコロンビアの市場の大きさを評価する日系企業は多く、本調査においても2019年の営業利益見込み改善の理由として、6割以上が「現地市場での売り上げ増加」を挙げている。

しかし、昨今の新型コロナウィルス感染拡大により、好調に成長を続けていたコロンビア経済にも影響が出る可能性は大いにある。コロンビアの輸出額の約6割を占める石油価格は下落を続け、それに伴い2020年3月は歴史的な通貨ペソ安も記録している。長年の課題となっている石油依存の産業構造から脱却が、さらに喫緊の課題となっていく中、イバン・ドゥケ大統領が今後どのような経済政策を取っていくか注視していく必要がある。

景況感以外の点で、コロンビアのビジネス環境において特筆すべき点は、従業員の質の高さである。本調査においても「雇用・労働面の問題点」に関する項目では「従業員の質」を問題と考えている回答割合が中南米で最も低く、また「投資環境面のメリット」として「従業員の質の高さ」を挙げる割合は中南米で最も高かった(図4参照)。実際、在コロンビアの日系企業の声としても、従業員に遅刻や無断欠勤など問題のある行動はあまり見受けられないというコメントも多く、日系企業からもコロンビア人の勤勉さは評価されている。

図4:投資環境面でのメリットとしての「従業員の質の高さ」を挙げる企業の割合
投資環境面でのメリットとしての「従業員の質の高さ」を挙げる企業の割合を示す棒グラフ。中南米全体、メキシコ、ベネズエラ、コロンビア、ペルー、チリ、ブラジル、アルゼンチンの各国で一般ワーカー、専門職・技術職、中間管理職のそれぞれについて「従業員の質の高さ」を挙げる企業の割合を示す。コロンビアは一般ワーカーについては36.0%が、専門職・技術職については20.0%が、中間管理職については24.0%が質の高さをメリットとして挙げており、他国に比べ高い割合である。

出所:2019年度中南米進出日系企業実態調査

ペルー:政局混乱も日系企業への影響は軽微

ペルーについても、コロンビアと同様に、景況感に関する調査結果は全体的に良い結果であった。2019年の営業利益見込みは7割弱が黒字見込みと回答しており、DI値も19.4%で、両方とも中南米の中で最も高かった。2020年についても、DI値は19.5%と他国と比べてそれほど高い数値ではないものの、安定している。

ペルーについても、営業利益見込み改善の理由として「現地市場での売り上げ増加」を挙げる企業が多く(2019年は66.7%、2020年は70.0%)、特にBtoCのビジネスを行う企業からは中間層の拡大を感じるというコメントもあり、中間層向けの新規ビジネスを計画している日系企業もある。

また、ペルーのビジネス環境として注目すべき点は、為替の安定性である。本調査においても、「財務・金融・為替面の問題点」に関する項目では「現地通貨の対ドル為替レートの変動」を問題と考えている回答割合が中南米で最も低く、また「投資環境面のメリット」として「安定した為替」を挙げる割合は中南米で最も高かった(図5参照)。中南米に広く展開する、カナダの大手銀行スコシアバンクのアナリストは「米中貿易摩擦、ブレグジット(英国のEU離脱)、中南米各国で勃発した反政府デモやペルーの政局混乱にもかかわらず、ソルは2019年中南米で最も安定した通貨だった」と評している。ソルの安定性は多くの日系企業にとって重要なポイントとなっているため、適切なタイミングでの為替介入などを長年続け、為替の安定性をもたらすペルー中央銀行の政策の優秀さを評価する日系企業も多い。

図5:投資環境面でのメリットとして「為替の安定性」を挙げる企業の割合
投資環境面でのメリットとしての「為替の安定性」を挙げる企業の割合を各国ごとに示した棒グラフ。中南米全体は6.1%、メキシコは3.6%、ブラジルは3.5%、アルゼンチンは0.0%、チリは3.0%、コロンビアは4.0%、ペルーは47.2%、ベネズエラは0.0%  

出所:2019年度中南米進出日系企業実態調査

「投資環境面のリスク」としては、大統領と議会の対立に起因し、2019年9月に突然議会が解散され、議会周辺では騒動も巻き起こった。しかし、日系企業のビジネスには直接的に大きな影響が及んだわけではないようだ。ペルーの政局の混乱は過去にも起こっているが、政治は経済にそれほど影響しないことが多く、今回も日系企業への影響もあまり大きくはなかった。2020年1月末の選挙で議員が刷新され、新議会で政治の安定を取り戻せるかがポイントになってくる。

3カ国共通の課題、FTA進捗状況

3カ国共通の日系企業の関心の高い項目かつ課題として、日本が絡むFTA(自由貿易協定)がペンディングの状態になってしまっているということがある。チリとペルーについては、環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP、いわゆるTPP11)、コロンビアについては、日・コロンビアEPA(経済連携協定)である。

チリのCPTPPは、いまだ上院での採決待ちという状態が続いている。2019年の4月にはすでに上院に送られていたが、反政府デモの勃発で国民の訴えに応えるため、他の審議すべき法案が優先され、いまだ採決できておらず見通しも立っていない。

ペルーについては、米国離脱前のTPPの時点では議会で可決されているものの、CPTPPについてどのような手続きを踏むべきかをペルー政府内で確認中という状況で、こちらも不透明である。

日・コロンビアEPAについては、2015年以降、交渉が止まってしまっている状況であるが、2019年6月の日・コロンビア経済委員会でドゥケ大統領から、早期締結を目指すという発言がされている。在コロンビア日系企業にとっては、日本からの輸入での利用が想定されるが、日本からの輸入時の関税の高さを指摘する声は多く、早期EPAの締結が望まれている。

新型コロナウィルス感染拡大の影響

すでに何度か触れているが、前述3カ国においても、今後は日系企業のビジネスにも新型コロナウィルス感染拡大の影響が懸念されている。3月初旬の時点ですでに中国からの着荷遅れが生じている日系企業は各国あったが、3月第3週からは外出禁止令などの行動制限が出始め、日系企業の操業にも影響が出ることが予想される。すでに各国経済対策のための政策も発表されているが、今後どのような施策が講じられていくか注目していきたい。


注1:
営業利益見込みが「改善」と答えた比率から、「悪化」と答えた比率を引いた数値。
注2:
中南米進出日系企業調査実施対象国(メキシコ、ブラジル、アルゼンチン、チリ、ペルー、コロンビア、ベネズエラ)で比較。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部米州課中南米班
佐藤 輝美(さとう てるみ)
2012年、ジェトロ入構。進出企業支援・知的財産部知的財産課、ジェトロ・サンティアゴ事務所海外実習などを経て現職。