米ボストン最大規模のアクセラレーター
「マスチャレンジ」海外事業担当者に聞く、ボストンで起業する魅力

2020年4月7日

世界最大規模のバイオテック・クラスターとして成長を続ける米国ボストンは、アクセラレーターなどスタートアップを支援するエコシステムが充実している(注)。その中でも、マスチャレンジ(MassChallenge、本社:マサチューセッツ州ボストン市)はアーリーステージのスタートアップを育成する団体として、同地の代表的存在だ。

2010年創業のマスチャレンジは、支援するスタートアップから株式の提供を受けない非営利団体のアクセラレーターだ。共同創業者のジョン・ハーソーン氏とアキル・ニガム氏は、2008年の金融危機に端を発した景気後退の影響を受けたボストン地域の経済活性化に貢献したいという思いから、マスチャレンジを立ち上げた。ボストンには、マサチューセッツ工科大学(MIT)やハーバード大学など世界トップクラスの大学・研究機関が集積している。これらの研究施設で生み出される革新的な技術やアイデアを用いて、起業家がビジネスを立ち上げやすい環境を整えることを目的にしている。現在はイスラエルやスイス、メキシコなど、世界各地にネットワークを有するボストン最大規模のアクセラレーターとなり、これまで2,458社の卒業企業が62億ドルを超える資金を調達し、30億ドルの収益を生み出している。

マスチャレンジの海外事業担当であるスナンダ・ナラヤン氏に、プログラムの内容やボストンのエコシステムの特徴などについて、インタビューを行った(1月30日)。


アクセラレーションプログラムで指導を受けるスタートアップ企業の様子(マスチャレンジ提供)

企業関係者が支え合うボストン

質問:
シリコンバレーやニューヨークと比較して、ボストンのエコシステムの特徴は。
答え:
ボストンの特徴を一言で表現すると「連携」であり、業界関係者は互いに支え合っている。イノベーションの聖地として知られる西海岸のシリコンバレーのように競争的ではなく、助け合う文化がある。大学や企業、ベンチャーキャピタルなどのプレーヤーが協力しながら支援しており、この密接したコミュニティーに入れば、一度にあらゆる関係者とつながれるのが特徴的だ。シリコンバレーやニューヨークのように多様な企業が大量に集中して立地しているわけではないので、有望な企業が目立ちやすいという利点もある。また、外国企業にとって、ボストンの雰囲気は非常にオープンで、外国人も起業しやすい。例えば、外国からの起業家の定着を促進する大学のプログラムもあり、マサチューセッツ州立大学アムハースト校では、外国から来てボストンで起業しようという創業者を対象に、留学生の就労ビザ(H-1B)の取得を支援するプログラムを提供している。
質問:
現在提供しているサービス内容は。
答え:
アクセラレーションプログラムでは、毎年約1,500社から選定した100社に対して、4カ月間のプログラムを実施している。プログラム最終日のピッチイベントでは、優秀受賞者には10万ドルの資金が提供される。支援する企業の分野は特定していないが、ライフサイエンスや情報技術関連などのハイテク分野や、社会・環境問題解決型のスタートアップが多くみられる。
質問:
大企業とスタートアップをつなぐプログラムも実施されているようだが。
答え:
アクセラレーションプログラムを開始して数年後には、スタートアップを大企業につなぐ支援も始めた。このプログラムでは、ミドルステージのスタートアップを対象に6カ月間のプログラムを実施する。大企業が自社で抱える課題を提示し、スタートアップはその解決に向けたソリューションを提案した上で、マッチングが成立すれば、相互に緊密に連携しながら成果物を作り上げる。スタートアップにとっては、大企業との連携が新たな価値につながり、大企業にとっても、スタートアップとの連携が新たなリソースや技術の獲得につながり、両者にとってプラスとなる。開始当初は、ヘルスケア分野に特化したプログラムで日本の大手製薬企業も参加したことがある。非常に好評なプログラムだったので、フィンテック分野の企業にも対象を広げた。

ビジネスモデル、良き指導者、強いチーム力が成功のカギ

質問:
アーリーステージのスタートアップにとって最も重要な支援サービスは。
答え:
アーリーステージの企業は、ビジネスモデルやコンセプトは決まっているものの、まだ具体的な製品やサービスが実現できていない。そのため、当社のネットワークを通じて、早い段階から良き指導者となるメンターに巡り合い、ビジネスモデルを磨き上げるための指導を受けることが重要だ。上質なメンターがいる場合とそうでない場合の差は歴然としている。スタートアップにとって、メンターの価値は非常に高いといえる。
質問:
スタートアップが米国で成功するための秘訣(ひけつ)は。
答え:
当社のアクセラレーションプログラムを利用する89%の企業が卒業後もビジネスを継続、もしくは買収されている実績がある。これらの企業に共通する点として、各社のビジネスモデルが高い成長性(スケーラビリティー)を持っていることが挙げられる。プログラム卒業後も成果を生み出すだけでなく、指数関数的に事業を成長させなければならない。また、この目標を達成するためには強いチーム力が必要であるとともに、ビジネスを成功させるために適切な指導をしてくれるメンターやアドバイザーの存在が極めて重要だ。

ヘルスケアに加えて、ハイテクやスポーツ分野にも可能性

質問:
今後の展望と、日本のスタートアップにとってどのようなビジネスの機会が見込めるか。
答え:
ボストンには多数の著名な大企業が集まっており、これらの企業は新たな事業や技術を開発・発掘するためにも、有望なスタートアップと連携したいと考えているので、今後も大企業とスタートアップによるパートナーシップには大きな可能性があると考える。業種の点では、ボストンが強みとするヘルスケアやサイバーセキュリティー、情報技術やバイオ技術、半導体技術といったハイテク分野のスタートアップにとっては特に需要が大きいだろう。
あまり広く知られていないが、テクノロジーをスポーツに生かした「スポーツテック」も有望分野だ。ボストンには「スポーツの街」という顔もあり、ボストン市を中心としたマサチューセッツ州には米国4大スポーツ(アメリカンフットボール、野球、バスケットボール、アイスホッケー)の全てのチームがあり、1年を通してスポーツの話題は欠かせない。また、リーボックやコンバース、ニューバランスといったスポーツ用品ブランドの本社があることに加え、ヘルスケア産業のメッカであることから、純粋なスポーツのみならず、スポーツとヘルスケアを組み合わせた他産業との連携やイノベーション創出の可能性も期待できる。

注:
ボストンのスタートアップ・エコシステムについては、2019年11月22日付地域・分析レポートも参照。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所 調査部
樫葉 さくら(かしば さくら)
2014年、英翻訳会社勤務を経てジェトロ入構。現在はニューヨークでのスタートアップ動向や米国の小売市場などをウォッチ。