ベトナムのキャッシュレス決済最前線
市場は急成長するも、普及には課題あり

2020年1月20日

ベトナムは、2020年末までに現金決済の割合を10%未満とし、キャッシュレス決済をスーパーマーケットなどで100%、都市部の個人店などで50%にする政府目標を設定、推進している(2019年7月2日付ビジネス短信参照)。実際に都市部の飲食店・小売店などでは電子ウォレットを通じた決済を宣伝する掲示を多く見かけるようになったが、普及に向けた課題も顕在化し、目標達成は厳しい状況だ。キャッシュレス決済市場の動向を概説し、今後の見通しを考察する。

成長するベトナムのキャッシュレス決済市場

ベトナムのキャッシュレス決済市場は急成長している。2019年第1四半期(1~3月)のインターネットバンキングとモバイルバンキングの取引件数は、ベトナム銀行協会(VNBA)によると、それぞれ1億100万件超(前年同期比65.8%増)と、7,600万件超(同97.7%増)だった。取引額は、インターネットバンキングが4兆5,810億ドン(約215億円、1ドン=約0.0047円、前年同期比13.4%増)、モバイルバンキングが9,240億ドン (同232.3%増)だった。2019年8月までに31の事業者がベトナム国家銀行から決済の仲介サービス許認可(注)を受け、40を超える商業銀行がこれら事業者と決済の連携をしている(9月9日付VNBAウェブサイト)。

モバイルバンキングの主要決済手段となるのが電子ウォレットアプリだ。経済誌「Nhip cau Dau tu」が開発者とユーザーを対象に実施したアンケートでは、MoMo、ZaloPay、ViettelPayがベトナムを代表する電子ウォレットトップ3に選ばれた。このほかにもVNPAYやVinID、Grabウォレット(moca)、SamsungPayなどがサービスを展開している。

業界最大手はアンケート1位に選出されたMoMoだ。国内企業オンラインモバイルサービス(M service)が運営する同電子ウォレットは、KPMGが発刊した「2018 フィンテック100」にもベトナムから唯一選ばれており、22の銀行を含む1万2,000の提携先、1,200万人のユーザーを有する(10月23日付「Nhip Cau Dau Tu」紙)。2019年11月1日には、国内の小売店やカフェ、映画館、ガソリンスタンドなど100を超えるチェーンで、会計が半額になる大規模なプロモーションを実施するなどし、新規ユーザーの取り込みを強化している。競合する他のサービスもさまざまな機関と連携を進め、小売・飲食店での支払いはもちろん、タクシーの乗車代、公共料金(水道・電気代)、携帯電話料金、鉄道・航空券代などがアプリ上で決済可能となっている。市場は成長しているが、一方で、多くのサービスやアプリの登場により、市場競争は激化してきている。


ハノイ市内のコンビニのレジ前でサービスの利用を促すMoMo(ジェトロ撮影)

キャッシュレス化の普及に向けたハードル

市場が成長する一方で、銀行口座保有率が高くないことや、露店や市場といった伝統的小売りがいまだに根強いことがキャッシュレス化推進の大きなハードルだ。2019年の国家銀行決済部の発表では、15歳以上のベトナム人の銀行口座保有者は4,000万人で、ほぼ2人に1人が口座を持っていることになる。都市部に限れば、大学生を含む若年層の多くが銀行口座を保有しており、銀行口座と電子ウォレット間の送金はスマートフォンで簡単に操作できる。しかし、地方や農村部では銀行の支店などの数が限られ、口座を保有する利点に乏しい。銀行口座やクレジットカードを持たない個人があえて電子決済を積極的に利用するシーンを想像するのは難しいだろう。そこで、一部のキャッシュレス決済サービスは銀行口座を介さずに電子ウォレットに入金できるよう、各機関・店舗との提携も進めている。例えば、MoMoは現在、全国4,000超の店舗などで電子ウォレットに現金の預け入れが可能だ。地方でも、口座保有の推進(金融サービスの拡充)と、キャッシュレス決済のサービス拡大を両輪で行う施策が必要と言えるだろう。

口座保有者が多数派の都市部でも、食品や日用品を市場で買う習慣は残っており、路上の屋台型飲食店(ストリートフード)で食事をするベトナム人の姿は多い。一方、近年のスーパーやコンビニチェーンの拡大により、消費行動は市場などの伝統的小売りから近代的小売りへと移行している。ニールセン社の調査によると、2010年から2018年の間にベトナム人が1カ月の間に市場を訪れる回数が25.2回から18.9回へと減少し、コンビニを訪れる回数は1.2回から4.5回へと増加した。朝夕のラッシュ時にバイクの大渋滞が発生する都市部では、食べる手間のかからないストリートフードの人気が高く、今のライフスタイルが短期間で大きく変わるとは考え難い。キャッシュレス決済普及のためにはこうした需要も踏まえ、ストリートフード事業者が導入しやすいような対策や補助も必要となるだろう。

消費者からはまだ「現金が便利」との声も

では、実際に電子ウォレットに触れる機会の多い都市部の消費者は、どのような評価をしているのだろうか。ハノイ在住のベトナム人の社会人や学生にインタビューしたところ、その大半が電子ウォレットアプリを認知しており、使用経験があることがわかった。次の参考にまとめたように、便利なツールと捉えている半面で、前述のストリートフードや市場など日常的な買い物では電子ウォレットが使えない、あるいは店により使えるアプリの種類が異なるため、やはり現金が便利と考える人が多いようだ。

参考:ベトナム人が考える電子ウォレットアプリのメリットとデメリット

メリット
プロモーションに魅力を感じる
公共料金の支払い、映画の座席・航空券などの購入に使うことが多い
デメリット
アプリの種類が多すぎる
個人情報の漏出が心配なため、登録するアプリを限定している
まだ電子ウォレットを使う場面が限られており、飲食などの日常的な場面では紙幣の方が便利と感じる

出所:ハノイ市内でのジェトロによるヒアリング

消費者も魅力と成長可能性を感じている半面、まだサービスが定着し切ってはいないのが現状といえる。商品やサービスの新規参入や認知度向上に当たっては、電子ウォレットを通じた決済で割引や還元を行うこともプロモーション手段となり得るが、それに加えて、消費者が利用できる機会を拡大させ、消費者が感じているデメリットを克服するようなサービスを提供することが展開のカギになりそうだ。


ハノイ市内のビンマートでVin ID Payを使うと
10万ドンをもらえるというプロモーションの案内
(ジェトロ撮影)

ハノイ市内の電子決済対応可能を示す店頭の
ステッカー(ジェトロ撮影)

注:
決済仲介サービスとは、ネットバンキングの基盤やそれを補助するサービスだが、事業実施に当たっては、 政府議定101/2012/NĐ-CPによりベトナム国家銀行からの許認可が必要と規定されている。
執筆者紹介
ジェトロ対日投資部対日投資課
萩原 遼太朗(はぎわら りょうたろう)
2012年、ジェトロ入構。サービス産業部サービス産業課、ジェトロ三重勤務などを経て、現職。執筆時には、ハノイで語学研修生。