コロナ禍による業績不振で昇給率は大幅低下(インド)
第14回賃金実態調査の結果から

2020年10月27日

インド日本商工会(JCCII)とジェトロは共同で、「第14回賃金実態調査」PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(431.80KB)の結果を2020年9月に発表した。本調査は7月にインド各地の商工会会員企業を対象に実施されたもので、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、昇給率が大きく減少したことなどがわかった。本稿では、賃金調査の結果を中心に、日本人駐在員の動向、現地人材の採用手段、組合問題など、労務に関わる在インド日系企業の戦略・取り組みを紹介する。

新型コロナの影響受け、昇給率は大幅に低下

日系企業に勤務するインド人従業員の2019年の全国平均昇給率はスタッフが8.9%、ワーカーが5.6%で、2020年見込みはスタッフが5.6%、ワーカーが3.7%と、例年の昇給率水準である10%前後を大きく下回った(表1参照)。

表1:昇給率(全国平均)(単位:%、件)
項目 前回調査 今回調査
2018年
実績
2019年
見込み
2019年
実績
有効
回答数
2020年
見込み
有効
回答数
スタッフ 10.2 9.9 8.9 373 5.6 362
ワーカー 10.7 11.1 5.6 149 3.7 144

出所:JCCII・ジェトロ「第13回賃金実態調査」、「第14回賃金実態調査」

これは、新型コロナウイルスの感染拡大による厳格なロックダウンや、それに伴う各種規制の影響で生産や販売に大きな打撃を受けた企業の多くが、昇給率を「0%」としたためだ。実際、賃金水準の決定に新型コロナウイルスの影響があったかを聞いた設問では、8割弱の企業が、影響が「あった」と回答した(図1参照)。影響を与えた項目では、「昇給額」が62.9%と最も多く、次いで「賞与」が29.2%、「ベア」が26.8%となった(図2参照)。また、「その他」を選択した企業からは、「昇給時期の延期」「採用人員の減少」のほか、「昇給交渉ができていない」との回答が散見された。

図1:賃金水準の決定への新型コロナウイルスの影響の有無
影響があったとする回答は77%に上った。

出所:JCCII・ジェトロ「第14回賃金実態調査」

図2:新型コロナウイルスが影響を与えた項目(単位:%)
「昇給額」が62.9%と最も多く、次いで「賞与」が29.2%、「ベア」が26.8%となった。

出所:JCCII・ジェトロ「第14回賃金実態調査」

ジェトロが、2020年4月24~28日に進出日系企業1,441社を対象に行ったアンケート調査(回答数558社)によれば、2020年度第1四半期(4~6月)の売り上げは72.7%の企業が減少見込みで、売り上げの見込みが全く立っていないという回答も約20%あった。新型コロナウイルス禍を受けた業績不透明感が、賃金水準の決定にもダイレクトに影響を与えたことがわかる。

日本人駐在員を減少させるとの回答が増加

新型コロナウイルスの感染拡大は、日本人駐在員の配置方針にも大きな変化をもたらした。2019年末時点での各社の従業員に占める日本人駐在員の割合は、業種によってかなりばらつきはあるものの、全体としては8.4%で、従業員10人につき日本人が1人程度の割合となっている(表2参照)。しかし、2020年の方針については、前年と比べて日本人駐在員を「減少」させると回答した企業が91件(23.9%)と、前年調査の回答率6.3%から急増した(表3参照)。「減少」の理由をみると、「経費削減」や「(これまで日本人駐在員が関わってきた)技術移転終了」を挙げている企業が多い。これは、日系企業による「経費削減による財務基盤強化」や「生産の現地化によるコスト競争力強化」に向けた取り組みが、着実に実を結びつつあるともいえる。そのため、これらを理由とする企業は、必ずしも日本人駐在員の減少をマイナスの話ととらえているわけではない。しかし、減少の理由を「その他」とした企業も多い。「その他」を理由とする企業には、新型コロナ感染拡大や医療体制への不安など安全面の配慮から、日本人をインドから退避させざるを得なくなり、駐在員を減少させている企業も含んでいるとみられる。

表2:2019年末時点での日本人駐在員率(単位:%、件)
項目 業種 駐在員
有効
回答数
現地法人・支店 階層レベル2の項目自動車・同部品 2.4 54
階層レベル2の項目電気・電子・同部品 5.4 7
階層レベル2の項目機械・同部品 3.7 17
階層レベル2の項目その他製品 6.3 32
製造小計 4.4 110
階層レベル2の項目自動車・同部品 7.0 15
階層レベル2の項目電気・電子・同部品 4.9 16
階層レベル2の項目機械・同部品 7.8 20
階層レベル2の項目その他製品 16.6 15
販売小計 9.1 66
貿易 14.3 40
建設・エンジニアリング 8.5 21
運輸・流通 8.9 22
情報通信技術サービス 2.9 11
金融サービス 5.3 10
その他サービス 12.3 19
その他 8.9 6
駐在員事務所 18.5 28
全体 8.4 333

出所:JCCII・ジェトロ「第14回賃金実態調査」

表3:日本人駐在員数方針(前年比) (単位:件、%)

増加
理由 前回調査(n=430) 今回調査(n=380)
2019年 2020年
事業拡張 82 19.1 21 5.5
その他 8 1.9 10 2.6
無回答 0 0.0 0 0.0
合計 90 20.9 31 8.2
減少
理由 前回調査(n=430) 今回調査(n=380)
2019年 2020年
経費節減 13 3.0 43 11.3
事業縮小 5 1.2 6 1.6
技術移転終了 5 1.2 17 4.5
その他 4 0.9 23 6.1
無回答 0 0.0 2 0.5
合計 27 6.3 91 23.9
変更無し
理由 前回調査(n=430) 今回調査(n=380)
2019年 2020年
事業拡張 25 5.8 15 3.9
経費節減 79 18.4 74 19.5
技術移転終了 25 5.8 12 3.2
その他 127 29.5 123 32.4
無回答 57 13.3 34 8.9
合計 313 72.8 258 67.9

出所:JCCII・ジェトロ「第13回賃金実態調査」、「第14回賃金実態調査」

製造業では全職種で賃金水準が上昇

2019年の職種別の賃金水準(全業種共通)は、役員などの管理職クラスで大幅に平均賃金が上昇した(表4参照)。例えば、2019年の課長級の平均月給は18万1,223ルピー(約26万円、1ルピー1.45円)と前年比24.4%増加した。インドは企業の意思決定がトップダウンでなされることが主流のため、高額な給与を支払ってでも優秀な管理職人材を確保したい、という日系企業の意欲が、高い賃金水準に反映されたようだ。一方、秘書や受付など一部の非管理職クラスでは、賃金水準の低下がみられた。ただし、専門性の求められる法定秘書や、セールス担当職は、非管理職クラスの中では昇給幅が大きかった。特に、セールス担当職は、ほかの職種に比べて離職率が高く、優秀な人材を獲得するには、高い給与で処遇せざるを得ないことが背景にある。製造業を取り出してみると、管理職・非管理職ともに賃金水準の低下はみられず、全職種で賃金水準が上昇した。この背景には、労働争議に発展するリスクを低減させるために、非管理職クラスの労働組合員の昇給を一定程度確保していることがある。

表4:職種別賃金水準(平均月給、諸手当込み) (単位:ルピー)

全業種共通
職種 2018年実績
(前回調査)
2019年実績
(今回調査)
役員 563,896 952,978上昇
部長級 320,346 401,665上昇
課長級 145,721 181,223上昇
課長級 78,860 90,907上昇
一般事務職 47,803 51,049上昇
セールス担当職 60,947 69,448上昇
サービスエンジニア 47,070 47,352上昇
秘書(法定) 78,189 102,938上昇
秘書 67,495 66,098下降
受付 24,642 22,331下降
オフィスボーイ 20,039 24,281上昇
運転手 24,194 27,116上昇
製造業
職種 2018年実績
(前回調査)
2019年実績
(今回調査)
工場長級 227,846 298,137上昇
ライン管理者 54,648 87,803上昇
エンジニア(上級職) 42,585 60,175上昇
エンジニア(一般職) 35,990 42,264上昇
ラインワーカー 23,112 25,760上昇

出所:JCCII・ジェトロ「第14回賃金実態調査」

労働市場は流動的で優秀な人材の確保が課題に

勤続年数は実績、見込みともに5年程度と短く、従業員の平均年齢は30代前半で働き盛りの若手が多い(表5参照)。勤続年数の短さには短期間での転職の繰り返し(ジョブホッピング)がインドでは一般的なこと、従業員の若さには若年層の人数が多い完全なピラミッド型になっていること、などの要因が挙げられる。

表5:従業員の勤続年数、平均年齢(単位:年、歳)
項目 前回調査 今回調査
2018年
実績
2019年
実績
有効
回答数
2020年
見込み
有効
回答数
勤続年数 5.2 5.2 349 5.7 336
平均年齢 33.9 34.3 348 34.6 337

出所:JCCII・ジェトロ「第14回賃金実態調査」

転職者が多いインドだけに、企業は中途採用者を採用する機会を多々持つことになる。中途採用者の昇給率を前職比で10%超とした企業の割合が8割を超えている。裏を返せば、経験のある人材の流出を防ぐには、高い昇給率で応える必要があるとも言えよう(表6参照)。

表6:中途採用者の採用時給与(単位:件)
項目 業種 前職の基本給から昇給率

5%

10%

20%

30%

40%

50%
51%
現地法人・支店 階層レベル2の項目自動車 5 7 25 18 0 0 0
階層レベル2の項目電気・電子 0 0 6 1 0 0 0
階層レベル2の項目機械 1 4 6 4 1 0 0
階層レベル2の項目その他製品 0 6 12 12 0 0 1
製造小計 6 17 49 35 1 0 1
階層レベル2の項目自動車 1 2 6 4 0 0 1
階層レベル2の項目電気・電子 0 2 9 16 0 0 1
階層レベル2の項目機械 1 3 12 13 0 0 0
階層レベル2の項目その他製品 1 3 5 4 0 0 0
販売小計 3 10 32 37 0 0 2
貿易 2 2 29 12 0 0 1
建設・エンジニアリング 0 2 16 3 0 0 0
運輸・流通 3 6 7 5 1 0 0
情報通信技術サービス 1 1 0 7 1 0 0
金融サービス 0 1 1 7 0 0 0
その他サービス 5 6 5 3 2 0 0
その他 0 0 1 4 0 0 1
駐在員事務所 1 4 9 9 0 1 0
全体(有効回答数352件) 21 49 149 122 5 1 5

出所:JCCII・ジェトロ「第14回賃金実態調査」

2019年の離職率(各役職レベルにおける過去1年以内に離職した割合)は、トップマネジメント層を除く全ての職位で低下し(表7参照)、転職の動きは比較的落ち着いた。企業へのヒアリングなどから、その背景には、2つの要因があると考えられる。プラスの側面は、業績連動給の導入や各種手当の支給をはじめとした福利厚生制度の充実化などの企業の積極的な措置が従業員のモチベーションを向上させ、転職防止に向けた取り組みが奏功しつつあると考えられることだ。一方、マイナスの側面は、景気低迷による雇用環境の悪化が、そもそも従業員の転職意欲を減退させたという消極的理由が考えられる。

表7:職種別離職率
職種 2018年実績
(前回調査)
2019年実績
(今回調査)
有効回答数
トップマネジメント(部長級以上) 3.7 4.8上昇 93
管理職(課長、係長級) 7.0 6.7下降 323
スタッフ(セールス担当者、秘書、受付、事務職) 7.8 7.1下降 385
エンジニア 7.4 5.2下降 83
ワーカー 9.4 6.7下降 131

注:離職率は、各役職レベルにおける過去1年以内に離職した割合。実績は有効回答の平均値。
出所:JCCII・ジェトロ「第14回賃金実態調査」

こうした流動的な労働市場に対処するため、日系企業が取り組んでいる離職防止策の1つが、採用チャンネルの多様化である。採用手段は、いずれの職位においても、「地場の人材紹介会社」を活用している割合が最多となっている。エンジニアについては、「大学・高専など」の高等教育機関と連携して採用活動に取り組む企業も多く、「職業訓練校」を活用したワーカーの採用も浸透しつつある(表8参照)。トップマネジメント、管理職、スタッフの採用については、「日系の人材紹介会社」が多く活用されている。当地で日系企業向けに人材紹介事業を展開するRGF HR Agentインド(リクルートグループのインド法人)の森土卓磨ヴァイスプレジデントは、日系と地場の人材紹介会社の違いについて、「日系は日本人コンサルタントが在籍しており、日本人のスピード感や期待感にあったサービスの提供が可能。また、日系企業が陥りがちな諸問題への適切な対応も期待できる。地場は紹介手数料が日系に比べ安価なので、大量採用に適している」とコメントした。また、森土氏は信頼できる従業員などからの紹介、いわゆる「口コミ」ルートからの採用について、「採用コストが安く、紹介した従業員の信用問題にもなるだけに、信頼性が高い。また、候補者を比較的容易に集めることができ、インドでは有効な採用手段として機能している」と指摘した。

表8:採用手段(複数回答可)(単位:%、件)
職位 人材紹介日系 人材紹介地場 人材紹介それ以外 大学・高専など 職業訓練校 求人広告 インターネット 口コミ その他 回答
トップマネジメント 35.1 36.7 7.3 0.4 1.2 1.5 6.2 14.3 3.1 259
管理職 50.8 69.5 10.3 2.5 2.5 8.1 36.1 38.6 4.0 321
スタッフ 42.1 71.3 9.7 12.9 3.2 10.3 39.8 41.3 6.0 349
エンジニア 25.1 65.1 5.6 33.0 13.5 14.9 40.5 40.9 5.1 215
ワーカー 3.7 45.6 1.5 26.5 39.0 9.6 16.2 28.7 5.9 136

出所:JCCII・ジェトロ「第14回賃金実態調査」

労務管理への対応は喫緊の課題

経営上の問題点として、賃金水準や福利厚生などの労務問題に頭を悩ませる企業は少なくない。項目別にみると、「賃金」で45.5%、「採用」で32.4%、「解雇」で19.1%の企業が、経営上「大いに問題がある」と回答している(表9参照)。特に賃金については、高い経済成長を背景に、基本的には毎年のようにベースアップを求められている。例えば、給与水準が低いラインワーカークラスになると、毎年10%を超える賃上げが基本になることもあって、こうしたワーカーを多く抱える製造業などを中心に、賃金は重要な経営課題となっている。採用については、「大いに問題」と考える企業の割合は前回調査より低下したものの、日系企業のニーズに応えられる優秀な人材の確保は、依然として容易ではない。解雇が「大いに問題」と考える企業の割合は20%以下と、経営に与えるインパクトは相対的に低いものの、前回よりわずかに上昇している。インドの労働法の枠組みは労働者保護に偏っており、解雇は容易ではないことが背景にあるとみられる。解雇訴訟については「現在も過去も事例なし」と回答した企業が約7割と大半を占めるが、残りの約3割は「現在係争中か過去係争になったことがある」と回答している。

表9:労務に係る経営上の問題点
項目 大いに問題 さほど問題
ではない
どちらとも
いえない
有効回答数
賃金 45.5(45.1) 33.3(32.8) 21.2(22.1) 378(421)
採用 32.4(36.2) 42.1(39.6) 25.5(24.2) 373(414)
解雇 19.1(17.9) 38.4(43.9) 42.5(38.1) 372(396)

注:()内は前回調査の値。
出所:JCCII・ジェトロ「第14回賃金実態調査」

最後に、組合問題について触れておきたい。日系企業における労働組合の組織率は、12.6%と例年同様の低水準にとどまった。インド人は元来、はっきり自己主張する国民性のため、組合が組織されると収拾がつかなくなるのでは、と懸念する日系企業は多い。敵対的な労働組合を組成させないための手段としては、「コミュニケーションの円滑化」が230件(62.5%)で最多だった(図3参照)。時に寝食を共にするなど、従業員一人一人と密にコミュニケーションを図ることで、従業員のフラストレーションの種を未然に摘む狙いがある。

図3:敵対的な労働組合を組成させないための方法(単位:%)
「コミュニケーションの円滑化」が62.5%で 最も多く、「賃金上昇」59.5%、「レクリエーション」58.4%、「福利厚生」57.3%などが続いた。

出所:JCCII・ジェトロ「第14回賃金実態調査」

そのほか、賃金上昇や福利厚生などコミュニケーション以外の方法で従業員のモチベーションを上げる取り組みや、レクリエーションを通じて組織の一体感を醸成する試みも、それぞれ約6割の日系企業で導入され、これらが低い組合組織率に貢献しているとみられる。

執筆者紹介
ジェトロ・ニューデリー事務所
宇都宮 秀夫(うつのみや ひでお)
2010年、日本政策金融公庫入庫。日本経済研究センター出向などを経て、2018年10月にジェトロ出向(ビジネス展開支援部新興国進出支援課)。2019年4月から現職。