シンガポールで広まる職住一体型世帯
コ・リビング、という新しい暮らし方(前編)

2020年2月26日

近年のシェアリングエコノミーの拡大に伴い、世界各国・地域で職住一体型の「コ・リビング」という暮らし方が増えている。シンガポールでも、コ・リビング運営事業者「ハムレット(Hmlet)」に代表されるようなスタートアップをはじめ、大手サービスアパート事業者の「アスコット(ASCOTT)」などがコ・リビング市場に続々参入している。これら事業者は自国にとどまらず、世界へと展開を広げている。筆者も体験したシンガポール発のコ・リビングの実情を前後編で考察していく。

ミレニアル世代の間で普及する「コ・リビング」

「コ・リビング」とは、コ・ワーキングスペースの概念をシェアハウスに取り入れた居住施設で、多様な属性の居住者が仕事をしつつ、ともに生活できる職住一体型の住宅のことだ。近年、ミレニアル世代(注)を中心に、オフィスを持たないコ・ワーキングスペースでの就労、ユーチューバーなどのフリーランスといった、新しい働き方が増加している中、特定の地域に根差さず、居住地を流動的に変えるライフスタイルの浸透に伴って、コ・リビングという新たな暮らし方を選ぶ人がミレニアル世代を中心に増えている。

コ・リビングの建物内には、共用と個人用のスペースがあり、共用スペースのリビングルームやキッチンなどでは仕事、食事、だんらんと自由に過ごすことができる。コ・リビングの最大の特徴は、住人同士の独自のコミュニティーの形成、運営に力を入れているところだ。コ・リビング運営事業者や住人などが企画するパーティーや勉強会、イベントなど多様な催しが行われ、知らない土地でも簡単に友人ができ、仕事にもつながるネットワークづくりをできることがコ・リビングの最大の魅力といえる。ミレニアル世代である筆者も2019年4月から3カ月間をコ・リビング物件で暮らし、各種イベントに参加したが、同世代のメンバーが多く、容易に解け込める印象を受けた。

また、シンガポールでは、住宅として登録された民間のコンドミニアムは最低3カ月、HDB住宅(公営の集合住宅)は最低6カ月の賃貸期間が法律により定められている。慣習としては、コンドミニアムの賃貸の場合、通常1~2年の契約が多く、水道やガス、電気といった公共インフラ、インターネット環境は各転居先での手続きが必要となる。短期での賃貸が可能で、新しい働き方に合った住環境であることから、従来の住宅では満たせないニーズをこれらコ・リビングが対応しているといえる。

シンガポール最大のコ・リビング事業者ハムレット、コミュニティー活動を重視

シンガポールの「ストレーツ・タイムズ」紙(2019年10月11日付)によると、同国には少なくとも8つのコ・リビング事業者がいる。その中でも代表的な1つがシンガポール発のコ・リビング事業者「ハムレット」だ。2016年に同国で創立。2017年にシードラウンドで150万米ドルを調達したのを皮切りに、2018年11月にはシリーズAで650万米ドル、2019年7月には、シリーズBで4,000万米ドルを調達。シンガポールを拠点に香港やオーストラリア、日本でもコ・リビング事業を展開するなど、急成長している。2019年9月にはシンガポールに同社最大級のコ・リビング施設「ハムレット・カントンメン(Hmlet Cantonment)」を開業した。日本、オーストラリア・シドニーの物件などを含めると、全世界で運営するコ・リビング施設の規模は2019年末時点で2,400床以上ある。シンガポールの住人メンバーは約800人と、国内のコ・リビング事業者の中では最大だ。

ハムレットが特に力を入れているのは、住人メンバー同士のコミュニティー活動だ。国内メンバーを対象に、季節ごとのイベントやヨガ教室、映画の上映会などの企画を頻繁に開催している。近年では、芸術家の居住者が講師となって絵画教室が催されるなど、メンバーが主体となったイベントも開かれている。居住者へのサポートとしては、物件ごとにハムレットの社員がコミュニティーマネジャーとして、日常のケアなどを担当する。また、会員向けのスマートフォンアプリも導入しており、イベント情報の閲覧に加え、清掃の予約などもアプリを通して依頼することが可能だ。

前述のとおり、シンガポールでは住宅物件の最低賃貸期間が3カ月と制限がある。このため、より短期の用途を求める人のためにハムレットが2019年9月オープンしたのが、ハムレット・カントンメンだ。この物件はサービスアパートメントとしての認可を受けたことから、最低宿泊期間が6日間だ。施設代表のニコラス・ウェスタン氏は「顧客の平均宿泊日数は10日程度。30~40歳代の利用者が多いが、単身者から家族連れまでさまざまな利用者がいる」と話している。


ハムレット・カントンメンの共用スペース(左)とワンベッドルーム(同社提供)

大手サービスアパート事業者や外資もコ・リビング事業に参入

同国でコ・リビングという新しい暮らし方が広まる中で、大手企業による参入もみられる。シンガポール政府系の不動産開発会社キャピタランド傘下のホテル・サービスレジデンス運営大手アスコットは、コ・リビング・ブランド「ライフ (lyf)」を立ち上げ、2019年9月に新設した次世代型ショッピングモール「フナンモール」内に、同社としては初のコ・リビング施設「ライフ・フナン・シンガポール」をオープンした。

ライフ・フナンの共用スペースにも、コネクトと呼ばれるコワーキングや交流のためのスペース、宿泊者の個人利用はもちろん、料理教室も開催できる大型の共同キッチン、人間サイズのハムスターホイールを有するジムが設置され、内装もミレニアル世代を意識した明るい造りとなっている。また、コミュニティーマネジャーとして「ライフ(lyf)ガード」と呼ばれるミレニアル世代の考えを理解したスタッフが常駐。毎週開催しているコミュニティーイベントでは、人脈構築だけでなく、街歩きや伝統料理の体験など地域の文化を学べる内容となっているのも魅力だ。さらに、専用のスマートフォンアプリから宿泊の予約・支払い、チェックイン・アウトが可能で、アプリ内のモバイルキーによる部屋の開錠も可能だ。宿泊時のモバイルキーを、併設するフナンモールで掲示すると割引などのサービスも受けられるなど、ミレニアル世代に合ったコンテンツを積極的に採用している。

アスコット社、ライフの海外展開部門副部長のミンディ・テオ氏によると、同社の強みはホテル・サービスレジデンス業界で長年培った経験を通した「良質なサービス」だという。また、ライフ・フナン・シンガポールはホテル業のライセンスも取得していることから、「1日単位から数カ月にわたる長期の滞在が可能なこともメリット」としている。実際に、短期の旅行者から、オープン以来継続して入居する利用者まで多様な利用客を取り込めることにより、現時点で8割程度の稼働率を維持しているという。また、利用者の平均年齢も30歳前後のミレニアル世代だという。


ライフ・フナンの入り口(左)とジムエリア(ジェトロ撮影)

アスコットのほか、韓国の建設会社コロン・グローバル・コーポレーションも、傘下のリベトを通じて2019年4月、シンガポールにコ・リビング「コモンタウン」を開業した。現在では国内12カ所でコ・リビング物件を運営する。また、上海の中富投資集団も2018年3月、シンガポールにコ・リビング「ログイン・アパートメント」を開設するなど、外資も続々と参入している。

シンガポールを起点に周辺国・地域へ展開、日本へも

ハムレット、アスコットは、ともにシンガポールを皮切りに、周辺国・地域へも積極的な展開する計画だ。ハムレットは既に香港、オーストラリア、日本で展開しているが、今後も都市部を中心に物件を展開していく計画だ。また、アスコットも、ライフブランドの物件をタイ・バンコク、フィリピン・セブ、マレーシア・クアラルンプール、福岡、中国・上海などに続けてオープンする予定だ。福岡に開業予定の物件は、NTT都市開発が開発中の複合商業施設「福岡・今泉公園前プロジェクト」と運営委託契約を結び、コ・リビング・スタイルのホテル「ライフ天神福岡」を2020~2021年に開業する。両社は日本国内第1号の物件を足掛かりに、日本市場へのさらなる展開を計画している。


注:
「ミレニアル世代」にはさまざまな定義があるが、本稿では1981~96年生まれとした。

コ・リビング、という新しい暮らし方

  1. シンガポールで広まる職住一体型世帯
  2. シンガポール発コ・リビング事業者、日本展開へ
執筆者紹介
ジェトロ シンガポール事務所
南原 将志(なんばら しょうじ)
2014年、香川県庁入庁。2018年4月ジェトロ海外調査部アジア大洋州課。2019年4月より現職。