スウェーデンで環境配慮ビジネスとして水素に注目

2020年1月17日

2019年12月に新体制が発足した欧州委員会は、2050年までに「気候中立」を目指す施政方針を発表、持続可能な社会の実現のための環境配慮型のビジネスが注目されている。その中でも、消費の過程において二酸化炭素(CO2)を排出しない水素を活用したビジネスは今後の発展が期待される。本稿では、スウェーデンですでに始まっている水素を活用した新しいビジネスや自治体の取り組み、また、水素を燃料として走行する燃料電池自動車(FCV)の普及に対する今後の課題について紹介する。

「気候中立」実現に向け、建設分野での水素技術活用に期待集まる

欧州委員会は2019年12月11日に、EUとして2050年までに「気候中立(温室効果ガスの排出=ゼロ)」を目指す「欧州グリーン・ディール」のためのコミュニケーション案を採択した(2019年12月12日付ビジネス短信参照)。この中では、クリーンで安定したエネルギーを安価で提供することが目標として掲げられており、この目標実現のため、スマートグリッド、二酸化炭素の貯留、蓄エネルギーなど、水素技術が大きな役割を果たす分野の技術開発とそれを支えるインフラ拡充に加えて、水素ネットワークの拡充などが必要項目として挙げられている。また、EU企業は「気候変動対策と資源分野の先駆者」であるべきとし、2030年までに商業化される課題解決の突破口となる技術として、水素が言及されている。

「欧州グリーン・ディール」では、「持続可能な製造業」「持続可能なモビリティー」と並び、「建設とリノベーション」が政策分野の1つの柱となっている。欧州委によると、エネルギー消費量の40%は建造物が占めており、エネルギー効率の良い建造物への改築を現在の2倍のスピードで行う必要があるとしている。

一方、スウェーデン政府は、EUより5年早い2045年までの「気候中立」実現のため、気候変動対策に関するアクションプランを、2019年12月17日に議会に提示した。2018年1月1日に施行された気候変動対策法(2017年2月14日付ビジネス短信参照)は、政権樹立後、新政権に気候変動対策に関するアクションプランを定めることを義務付けており、これに基づいて提示されたもの。今回、初めて制定された。同法で定められた 2045年までの「気候中立」実現のため132の対策が示されており、産業別の対策の中では建設分野が最初に言及されている。

太陽光発電の電力により水素を製造、電力網から自立した家・社会

建設分野では、二酸化炭素削減に向けて水素技術の活用が期待されている。ただ、一般的な水素の製造は、天然ガスの水蒸気改質によるもので、化石燃料である天然ガスを原料にし、その製造過程で二酸化炭素が発生してしまう。一方、水の電気分解による水素の製造では二酸化炭素は発生しないが、電気が必要となり、その発電を化石燃料で行っている場合は二酸化炭素を発生させている。スウェーデンでは、水の電気分解による水素の製造において、使用する電気を太陽光発電により賄うという、発電に対しても二酸化炭素を発生させないビジネスが注目されている。

元エンジニアのハンス=オルフ・ニルソン氏が設立したニルソン・エナジーは、住宅全面を太陽光発電パネルで覆い、生活で使用する電気はすべて自家発電した電気および、その余剰電力で製造した水素で賄う住宅を開発。夏季など日照時間が長い際に、太陽光発電による余剰電力を用いての水の電気分解で水素を製造・貯蔵し、日照時間が短くなる冬には、貯蔵している水素を燃料電池に使用し、電気と熱のエネルギーを得る。同社による住宅は2014年以降、4年以上連続して既存の電力網から電気の供給を受けることなく、自家発電によるエネルギーのみで電力を賄うことに成功し、持続可能な住宅モデルとして、スウェーデンの自治体から注目が集まる。


多くの太陽光パネルを設置し電力網から独立したニルソン・エナジーによる住宅
(ハイドロゲン・スウェーデン提供)

スウェーデン南西部の都市ボーゴーダは、ニルソン・エナジーのコンセプトを自治体レベルで取り入れ、マンション6棟172世帯が、既存の電力網から完全に切り離され、太陽光発電による電気と、それにより製造した水素のみのエネルギーで生活している。スウェーデンの水素関連事業の業界団体であるハイドロゲン・スウェーデンのビョルン・アロンソン代表によると、そのマンションは5カ月分の電気を賄う水素などのエネルギーを貯蔵できるとのことだ。また、同じくスウェーデン南西部の都市マリエスタードでは2018年、太陽光発電の電気を用いて製造した水素のみを貯蔵・充填(じゅうてん)する、オンサイトの水素ステーションを開設した。既存の電力網から独立し、再生可能エネルギーのみを利用、エネルギーの製造と使用において二酸化炭素を排出しないオンサイト・ステーションのモデルは世界で初であり、ボーゴーダと併せて、オーストラリアから視察が来るなど、世界的な注目を集めている。

ハイドロゲン・スウェーデンのアロンソン氏は、2019年8月に実施したジェトロのヒアリングで「北欧諸国で使われている水素はすべて(再生可能エネルギーにより製造した)グリーン水素だ。従って、水素製造においても二酸化炭素は生成されず、環境にやさしい」とコメントした。一方で、水素は貯蔵していると電池の放電のように時間とともに減少してしまう、といった間違った見識が広がるなど、水素に関する市民の理解はまだ十分でなく、水素の教育を広めていく必要性があるとした。それでも、水素が大きなビジネスとなるのは間違いなく、今後の水素ビジネスについて「水素の理解・教育」「社会への適用」「エネルギー輸送」「政治家の理解」「インセンティブ」の点が重要であると述べた。また、スウェーデンの水素関連企業は、ヨーテボリを中心とした国内西側に偏っている特徴がある。アロンソン氏は、同地域には、ガスに関する歴史的な背景と知識、水素に対する自治体の理解が深い、デンマークからノルウェーに伸びるパイプラインが近隣にある、などの理由を挙げ、ボーゴーダやマリエスタードでの自治体の取り組みとの関係性を示した。

FCV普及を目指すものの、商用化は遠い道のり

水素社会の実現において、モビリティーの分野では水素移行は大きな課題だ。燃料電池自動車(FCV)普及においてスウェーデンが直面する課題として、国土の広さ、人口密度の低さが挙げられる。スウェーデンのように人口密度が低い国では、生活に車が必須である一方、FCV普及に向けて広い範囲におよぶ水素インフラ整備が難しい。アロンソン氏は「商用化に必須となる自動車の大量生産が難しく、インフラ整備も進まない」と述べた。スウェーデン国内の産業で、水素インフラ整備から燃料電池自動車の製造までを賄うことはできず、スウェーデン企業は、各種部品などを作ることで、水素ビジネスに参画しているとのことだ。

新技術には、安全性の懸念が付きまとい、水素事業も例外ではない。2019年6月10日、Uno-Xが経営するノルウェーの首都オスロ近郊の水素ステーションで爆発事故が起こった。幸い死者はいなかったものの、2人が軽傷を負った。燃料電池や水素技術の研究開発を進める欧州の官民パートナーシップである欧州燃料電池水素共同実施機構(FCH JU)は、水素技術の安全性を確保するため、2017年に「欧州水素安全委員会(European Hydrogen Safety Panel)」のイニシアチブを発足させ、安全な水素利用のガイダンス「水素および燃料電池プロジェクトに関する安全計画PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.9MB)」(最新版は2019年7月の更新)を公開している。

執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
鵜澤 聡(うざわ さとし)
2013年、高圧ガス保安協会(KHK)入会。2016年10月よりジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課へ民間等研修生として出向、2017年10月より現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
岩井 晴美(いわい はるみ)
1984年、ジェトロ入構。海外調査部欧州課(1990年~1994年)、海外調査部 中東アフリカ課アドバイザー(2001年~2003年)、海外調査部 欧州ロシアCIS課アドバイザー(2003年~2015年)を経て、2015年よりジェトロ・ロンドン事務所勤務。著書は「スイスのイノベーション力の秘密」(共著)など。