新体制となったEU 、変革の時を迎えた欧州が向かう先
最新動向をジェトロ現地所長が解説(1)

2020年1月14日

ジェトロは2019年12月6日、「現地所長が語る転機を迎える欧州―ビジネスを取り巻く最新状況と将来像―」セミナーを東京で開催し、西欧7事務所の所長が新動向を報告した。本稿では、セッション1「EU新体制と重点政策」、セッション2「ブレグジットの見通しと影響」の概要を報告する。セッション3「欧州イノベーションの将来」については1月14日付地域・分析レポート参照

EU:新体制へ移行したEU、6つの政策軸で環境保護と経済成長を図る

まず、ブリュッセル事務所の井上博雄所長がEUの新体制や対外政策を解説した。2019年12月に欧州理事会常任議長が交代し、また、新委員長を含めた欧州委員会の新体制が発足、EUの主要課題を扱う「上級副委員長」ポストが新設され、3人が就任した。


講演するブリュッセル事務所の井上博雄所長(ジェトロ撮影)

欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン新委員長は9月以降、新欧州委員会を「持続可能な政策を打ち出す地政学的欧州委員会」とし、米国とのパートナーシップの構築や、中国との関係を再定義する方針を示している。また、地政学的状況と関連する主要課題も含む6つの政策軸を掲げている(欧州グリーンディール、経済政策、欧州デジタル化対応、欧州生活様式保全、世界におけるより強い欧州、欧州民主主義のさらなる促進)。最重要課題は「欧州グリーンディール」と題する環境政策で、就任後100日以内に2050年の気候中立目標を明記した欧州気候法を含む提案を行うと公約しているが、これは成長戦略であって、環境保護を経済に優先させるものではないと説明した。さらに、EUはデジタルの重要分野で米中への依存を避けるべく、世界的な欧州企業の創出やEUルールの国際標準化に努めているとした。

井上所長は、国際関係でカギとなるEUの相手国として、ルールに基づく多国主義の維持を左右する米国、「システミック・ライバル」である中国、エネルギー安全保障の観点からロシアを挙げ、日本の重要性は米国との貿易摩擦や中国への警戒感が高まる中で増しているとした。日EU経済連携協定(EPA)を例に挙げ、EUは日本とともにグローバルなルール作りを主導することに意欲的だとした。

フランス:EU人事で存在感、デジタル分野でチャンピオン企業の創出目指す

続いて、「EU統合深化への取り組み~フランス」と題して、パリ事務所の片岡進所長が講演した。就任直後からEU改革を提言してきたエマニュエル・マクロン大統領だが、2019年4月には早期の英国のEU離脱(ブレグジット)を強硬に主張し、10月には北マケドニアとアルバニアのEU新規加盟に反対するなど、欧州内でたびたび孤立。一方で、同氏はシャルル・ミシェル欧州理事会常任議長と同じ政治会派(Renew Europe)に属して極めて親密と言われるほか、推薦したフォン・デア・ライエン氏が欧州委員会委員長に就任し、重要な委員ポストである域内市場・産業・デジタル単一市場担当をフランス枠として確保するなど、地歩固めにも余念がないとした。


講演するパリ事務所の片岡進所長(ジェトロ撮影)

片岡所長は、マクロン大統領が提唱するEU改革と国内改革の内容は高水準でシンクロしていると指摘した。「航空分野のエアバスをモデルに他の戦略分野でも世界をリードするチャンピオン企業創出を目指す」という政策はその代表格だ。フランスが2月にドイツと欧州産業協力のための共同マニフェストを出し、バッテリー産業や人工知能(AI)、クラウド分野に注力する姿勢を示したことは、米国と中国の大手プラットフォーマーが席巻する現状への危機感の表れだとした。また、欧州委員会が2月、アルストムとシーメンスの鉄道事業統合計画をEU競争法違反として承認しなかったことを受けて、フランスとドイツは欧州競争政策の見直しの必要性を提言していると述べた。

さらに、マクロン氏の直近のEU戦略に盛り込まれている「欧州市民社会との対話」は、国内で1~3月に実施した「国民協議」を経て、国内の不満解消に一定程度成功した体験を受けて、欧州ワイドでもこれを展開し、EUと市民の乖離の解消を図りEUの民主主義を強化しようとする意図があるもので、現下のポピュリズムの伸長への対応策として興味深く今後の推移を見守る必要があると締めくくった。

英国:1月末にEU離脱の場合も残る「第2のノー・ディール」リスク

セッション2では、ロンドン事務所の藤野琢巳所長がブレグジットの最新動向と企業への影響について講演した。英国議会で離脱協定案の可決を阻害していた北アイルランド・アイルランド国境管理「バックストップ」の代替案となる新たな離脱協定案と政治宣言案を欧州理事会(EU首脳会議)が2019年10月17日に承認したことにより、ブレグジット後の英国とEUの通商関係は自由貿易協定(FTA)が想定され、関税同盟を想定していた旧バックストップ上の関係より距離が広がった、と藤野所長は説明した。


講演するロンドン事務所の藤野琢巳所長(ジェトロ撮影)

ブレグジットの行方は12月12日の総選挙結果次第だが、保守党が大勝すれば、EUとの通商協定案が相応なEU規制の受け入れを伴うものでも、党内のEU離脱強硬派の造反を押し切って議会通過が可能になりうるとした(本講演は投票前に行われたもので、選挙結果は2019年12月13日付ビジネス短信参照)。また、2020年1月末に円滑に離脱した場合も、移行期間が終了する同年12月31日までに英国EU間で通商協定が批准されないと、WTOルールでの通商関係に戻るが、英国のボリス・ジョンソン首相は移行期間の延期を要請しないと公言しており、離脱後わずか11カ月でEPA交渉をまとめるのは難しいとして、合意なき離脱(ノー・ディール)に似た状況に陥ることへの懸念を示した。日EU・EPAについても、移行期間終了時までに内容をEUから英国に置き換えることに日英間で合意できなければ不適用となる。

英国経済の不透明感や在欧日系企業へのマイナスの影響を認めつつも、藤野所長は、英国のファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)は健在で経済は成長を維持しており、外資によるM&Aは活発、日本企業による投資も続いていると強調、政治経済社会を揺さぶるブレグジットが新たな成長機会となり得るとした。

オランダ:企業の新たなEU拠点として脚光

ブレグジットをめぐるオランダでの企業動向について、アムステルダム事務所の高橋由篤所長が講演した。オランダ経済・気候政策省企業誘致局(NFIA)の2019年8月の発表によると、英国のEU離脱を問う国民投票以来、ブレグジットの影響で金融ライセンス・放送権などの問題が発生する企業など約100社がオランダに拠点を開設済みだ。また、325社がオランダ進出に関心を寄せており、今後さらに増加する見込みだと紹介した。日系現地法人数も2017年以降増加が目立ち、これまで経済好調な欧州でのビジネス拡大に合わせて販売拠点をオランダに置く動きがあるが、中には、欧州事業見直しや拠点新設に当たりブレグジットを考慮した日系企業も含まれたという。ジェトロのアンケート調査結果PDFファイル(KB)でも、ブレグジットに備えて在英日系企業3社が統括拠点を英国からオランダへ一部移転済みと明かした。


講演するアムステルダム事務所の高橋由篤所長(ジェトロ撮影)

投資先としてのオランダの魅力について、(1)物流、運輸のハブとしての優位性、(2)競争力ある税制(優遇税制を組み合わせて活用可能、25%の法人税は2021年度以降21.7%へ引き下げ)、(3)通商国家としての伝統(90%が英語話者、多様性など)を挙げた。一方、信用供与の確保が困難なことや、労働者に有利な法制度(病欠期間中2年間給与の支払い義務が雇用者に課せられる、解雇の難しさ)など、ビジネス環境上の課題についても指摘した。

オランダの経済は、実質GDP成長率の堅調な推移や失業率の低下、賃金上昇率の向上など、好調を維持しているとした。

ドイツ:ブレグジットにより対英貿易に打撃の懸念、AI分野に活路

ドイツの製造業へのブレグジットによる影響については、デュッセルドルフ事務所の渡邊全佳所長が講演した。ドイツの2019年第3四半期(7~9月)のGDP成長率(前期比)はかろうじてプラス成長となり、リセッションを回避したが、ブレグジットや米中貿易摩擦の激化など不安定な外的環境が続く中、情勢は不透明。一方、個人消費や政府支出が堅調で、国内経済を下支えしていると説明した。


講演するデュッセルドルフ事務所の渡邊全佳所長(ジェトロ撮影)

また、輸出が経済を牽引するドイツにとって、ブレグジットの影響は大きいとした。英国はドイツの主力産業である自動車や機械を中心に主要な輸出先であり、米国に続く第2位の貿易黒字相手国だ。しかし、ドイツ商工会議所連合会が在独企業に実施したアンケートによると、今後12カ月の対英ビジネス見通しについて、71%が「悪くなる」と悲観し、88%が「ブレグジットの影響を受ける」と回答。さらに、ブレグジット後に想定されるリスク要因として、税関での対応が最も多く挙げられ、特に製造業者は納品の遅れや輸送でのボトルネックの発生に大きな危機感を示したという。また、渡邊所長は、自動車部品メーカーが完成車メーカーの生産減速による影響を警戒する動きが強まっていると分析した。

最後に、ドイツが「国家産業戦略2030」で、デジタル化やAIの活用、蓄電池生産など次世代技術の開発・普及に注力し、企業の大規模化を重視することで、自国産業の競争力を高めようとしていることを紹介した。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課
尾崎 翔太(おざき しょうた)
2013年七十七銀行入行。2019年11月からジェトロに出向し、現職。

最新動向をジェトロ現地所長が解説

  1. 新体制となったEU 、変革の時を迎えた欧州が向かう先
  2. 急速な発展により注目を集める欧州エコシステム