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ブロックチェーン活用分野が拡大、今後の課題とは
スイスのクリプト・バレーは成功するか(後編)

2020年11月17日

スイスのチューリッヒやその近郊にあるツークには、ブロックチェーン技術(注1)を用いた関連企業が800社以上集積。この地域は「クリプトバレー」としても知られる。

新型コロナ禍で取引のデジタル化が進む中、いったんは下落したビットコインなどの暗号資産(注2)の取引価格も持ち直し、ブロックチェーンの活用事例も増えつつある。連載第2回となる本稿では、ブロックチェーン技術の金融以外の活用、各国のブロックチェーンの標準化、戦略、今後のスイスにおけるブロックチェーンビジネスの方向性について紹介する。

金融分野以外にもブロックチェーン活用例

ブロックチェーン技術は、資産管理、証明書発行、登記など幅広い分野で活用される可能性があり、暗号資産取引に限られない。ブロックチェーン上に記録された情報が外部から検証可能という性質を利用して、特定の条件を満たした場合にプログラムとして自動実行される契約(スマート・コントラクト)を当事者間で交わすことや、プログラムへのアクセス権やゲームにおける電子アイテムなどをユーザー間で確実に取引することもできる。アクセス権や電子アイテムの交換を利用したブロックチェーン上のアプリケーションは、分散型アプリケーション(DApps)と呼ばれる。DAppsのゲームは、いまやイーサリアム外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます の一大利用分野だ(注3)。ただし、現在のアプリ提供事業者には消費者向けにゲームを製作してきたエンターテイメント企業は少なく、他分野からの新規参入が先行している。

これらの分野のブロックチェーンの利用は、アプリケーションを展開できるインフラが重要になる。しかし、これまでのところ一般に利用できるものはイーサリアムやハイパーレッジャーに限られていた。

現在は、複数のブロックチェーンの相乗りや、複数の国をつないだサービスを行おうとするプロジェクトも増えてきた。例えば中国では、2020年4月より、国内外から参加できるブロックチェーンサービス・ネットワーク(BSN)の商用サービスを開始している。

スイスでも、チューリッヒ証券取引所を運営するSIXが2019年9月に、ブロックチェーン技術を用いたSIXデジタル証券取引所(SDX)のプロトタイプを立ち上げたことを発表した。報道によると、SDXの本格稼働は当初予定より少し遅れ、2021年第1四半期に金融免許の取得を目指しているとのこと。

クリプトバレーでブロックチェーン企業への投資や調査を行うクリプトバレー・ベンチャーキャピタル(CVVC)とPwC、業界誌コインテレグラフが発表した「CVVC 2020年上半期グローバルレポート」によると、クリプトバレーに所在する企業の大半は、暗号資産(特に仮想通貨)の取引所や暗号資産を管理するウォレットの形で取引に携わるか、マイニングやセキュリティーなどブロックチェーンを構築するインフラ関連のビジネスを展開している。金融業界は、マネーロンダリングなどの懸念から、ブロックチェーン技術を用いたサービス展開に慎重だ。そのような中、その他の新分野も並行していかに成長させることができるかが、当面のスイスのブロックチェーンビジネスの動向を定めることになる。クリプトバレーの企業の中では、割合こそ高くないものの、複数の企業が新分野でのビジネスを展開している。具体的には、芸術品の証券化を手掛ける4Art、音楽コンテンツのユートピア・ミュージック(Utopia Music)、再生可能エネルギーの需給管理を行うWPPなどだ。

一層の活用に向け、課題は標準化

国際標準化機構(ISO)では、ブロックチェーン技術に関する標準化のため、2016年9月にブロックチェーンおよび分散型台帳技術委員会(ISO/TC307)を設置した。ISO/TC307には、現在50カ国以上が参加している。ここで最初に議論されているのがタクソノミー(スコープと用語の定義)で、2021年12月に新たな標準が発行される予定とされる。このほか、リファレンスアーキテクチャー、プライバシー、セキュリティーの分野でも標準化に向けた作業が進行中だ(表1参照)。

表1:ISO/TC307傘下のワーキンググループなどの構成
名称 タイトル
WG1 基礎
WG2 セキュリティー、プライバシー、アイデンティティ
WG3 スマートコントラクトとその適用
WG5 ガバナンス
WG6 適用事例
SG7 ブロックチェーンと電子分散型台帳技術の相互運用性
AHG2 DLTシステムを監査するためのガイダンス
CAG1 コンビナー調整グループ
JWG4 ISO/TC 307 - ISO/IEC JTC 1/SC 27共同WG ブロックチェーンおよび電子分散型台帳技術とITセキュリティー技術

出所:ISO/TC307(ブロックチェーンおよび分散型台帳技術委員会)サイト

もう1つの重要な国際標準化団体は、国際電気通信連合(ITU)だ。ITUの中の標準化部門ITU-Tは2017年、DLT(分散型台帳技術)の活用に関するフォーカスグループ〔Focus Group on Application of Distributed Ledger Technology (FG DLT)〕を設立。2019年8月に報告書を作成している。

また、ワールド・ワイド・ウェブ(WWW)で用いられる各種技術の標準化を進めるW3Cでは、クラウド上での分散型データ間のコミュニケーション・仕様の策定や分散型ID(DID)の標準化が進められている。DIDについては、本体部分の標準第1版(DID ver1.0)の策定作業が進む。2021年8月には、最終稿が完成する見込みだ。

これらの標準化動向は、重複している部分もあり、その全体が分かりにくくなっている。そのような状況で、EUが2020年6月17日に開催した「ブロックチェーンの標準化に向けた協力(Joining Forces for Block Chain Standardisation)」外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます は、本分野を俯瞰(ふかん)するための貴重なイベントだった。ISO、米国電気電子学会(IEEE)、欧州(電気)標準化委員会(CEN/CENLEC)、ブロックチェーンの国際標準化団体(INATBA)(後述)などが参加し、ブロックチェーンに関する標準化活動の最新動向が紹介された。IEEE代表のラマドス氏は、プレゼンテーションの中で、語彙(ごい)、相互運用性、ガバナンス、リファレンスアーキテクチャーなどについては各標準化団体での重複が見られ、整合性を保つことが重要と指摘した(表2参照)。

表2:各標準化団体の活動状況(―は値なし)
分野 ISO/TC307 IEEE ITU-T FG DLT INATBA
語彙 DIS 22739
TS 23258
D1.1
相互運用性 SG7 P2418.2 相互運用性WG
ガバナンス TS 23635 P2145 ガバナンスWG
リファレンスアーキテクチャー CD 23257.2 D3.1
ユースケース TR 3242 D2.1

出所:「ブロックチェーンの標準化に向けた協力」イベント報告書からジェトロ作成

産業界サイドでは、オープンソース手法を基本とするコミュニティや、その中のコアディベロッパーによる標準化が進められている。

例えば、イーサリアムではブロックチェーン上に置くトークンの規格が、ERC(Ethereum Request for Comment)として制定された。同時にERCは、コミュニティ内での実装が進んでいる。なお、イーサリアムの場合、ブロックチェーン上にプログラムを置くことができる。このことから、ERCの定義範囲はプログラム上の仕様とはいえ、スマート・コントラクトで用いられるコマンドの種類などがかなり広い。そのほか、システム全体の改善提案にかかわるプロセスについては、EIP(Ethereum Improvement Proposal)という形式で提案がなされている。

表3:イーサリアム上の代表的な技術規格(ERC)
番号 内容
ERC20 ほとんどのトークンに適用可能。トークンに対するインターフェースを定める
ERC223 ERC20を補完しトークンの移転失敗における暴走を防ぐ
ERC721 世界に一つしかないデジタルアイテムを規定できる代替不可能(Non Fungible)トークンの仕様を定める
ERC777 ER20と互換性を保ちつつ運営者管理機能、トークン生成・廃棄などの機能を追加

出所:各種資料からジェトロ作成

これに関しては、ブロックチェーンインフラをオープンソースの言語やコミュニティで構築するのかという運用上の論点がある。知的所有権をコミュニティに帰してオープンライセンスとするのか、事業者に帰すのかというのも別の論点だ。

また、国際機関などをベースとして、関係機関の意見を集約し、ブロックチェーン技術の方向性に反映しようとする取り組みも見られる。

経済協力開発機構(OECD)は、2018年のブロックチェーン専門家政策諮問会議(BEPAB)を設立した(参加者リストPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(604.76KB) )。BEPABのOECD提言(2020年4月ドラフト)では、ブロックチェーンが満たすべき原則と政府に対する取り組み推奨事項が、それぞれ5項目でまとめられている。

欧州委員会の通信ネットワーク・コンテンツ・技術総局(DG CONNECT)は、2019年4月にブロックチェーンの国際標準化組織INATBA外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を創設した。14の作業部会に34カ国が参加し、標準化活動に取り組む。日本からは富士通、コンサルのBUIDLとソーシャルメディアのALISが参加している。

さらには、官民での多様なステークホルダーが集まるガバナンスの会議体「ブロックチェーン・ガバナンス・イニシアティブ・ネットワーク」(BGIN)も活動を展開している。これは、日本経済新聞社が2020年3月に主催した「ブロックチェーン・グローバル・ガバナンス」会議で立ち上げが合意されたものだ。

ブロックチェーン国家戦略を策定する国が相次ぐ

ブロックチェーンは、金融分野にとどまらず広い分野への活用が見込まれるイノベーション技術だ。ビジネス振興を目的に、ブロックチェーン国家戦略を策定する国が相次いでいる(表4参照)。

表4:各国のブロックチェーン国家戦略策定等の取り組み
時期 名称
2019年3月 オーストラリア 国家ブロックチェーン・ロードマップ
2019年9月 ドイツ ブロックチェーン国家戦略
2020年1月 インド インドブロックチェーン戦略
2020年4月 中国 複数のパブリックチェーンが利用可能なブロックチェーンサービス基盤BSNの商用利用開始
2020年5月 米国 ブロックチェーンの国家戦略策定を求める法案(Advancing Blockchain Act)が下院に提出される
2020年6月 イタリア ブロックチェーン国家戦略策定のためのコンサルテーションを開始

出所:各国政府発表および報道よりジェトロ作成

スイスの業界に、コロナ禍による深刻な影響も

スイスではCVVCが、ブロックチェーン技術の実証を目指すラボをリヒテンシュタインやドバイまで拡大し、活動領域を「バレー」から急速に広げつつある。今や「クリプトバレー」は、スイス東部からリヒテンシュタインにかけたブロックチェーン技術企業の集積を指す場所とされる。2020年1月のCVVCの発表によると、クリプトバレーに所在する企業は842社、従業員数4,400人を数える。

ただし、新型コロナ禍によるビジネスの停滞は、スタートアップ業界にとっても深刻な問題だ。確かに、連邦政府によるスタートアップへの最大100万スイス・フラン(約1億1,500万円、CHF、1CHF=約115円)のつなぎ融資制度(申請期限:2020年8月末まで)や州のマッチング債務保証制度が設けられ、部分休業に対する給付金制度も整備されてはいる(2020年4月24日付ビジネス短信参照)。しかし、なおも苦しんでいるスタートアップは多い。2020年4月にチューリッヒ州とツーク州を中心に活動するスイスブロックチェーン連盟が会員を対象に行った調査外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます では、すでに雇用調整に踏み切った企業の割合は56.9%。半年以内に倒産する可能性があると回答した企業は79.8%に上る。

他方で、スタートアップ業界はぎりぎりのところで持ちこたえているといえる。連邦政府からベンチャー訓練等を受託しているベンチャーラボの調べによれば、2020年のスイスのスタートアップ投資額は、第1四半期こそ2億5,400万CHFに落ち込んだものの(2019年同期は6億5,900万CHF)、第2四半期には6億4,500万CHFまで回復した(2019年同期は6億8,300万CHF)。9月に発表されたスイススタートアップ100には、多数のスタートアップやベンチャーキャピタルの出席者を集めた(ただし、従来の表彰式はオンラインに移行した)。ブロックチェーン企業に対するベンチャー投資を行うCV VCも、前経済相のシュナイダー・アマン氏を理事に、ドイツ連邦経済技術相経験者のフィリップ・ロゼナー氏を評議員に迎えた。その背景には、コロナ禍の中で、暗号通貨ビジネスの影響を強めたいという意向がみえる。

「2020年上半期グローバルレポート」(前述)では、現在のブロックチェーンビジネスのグローバルな分布が紹介されている。スイスが大きな役割を果たしているのは、ブロックチェーンを用いた芸術品の所有権管理、暗号資産取引や、ブロックチェーン上にスマート・コントラクトなどのプログラムや資産価値を持った情報(トークン)を実装するプラットフォームなどの技術シーズ分野だ。片や、ブロックチェーンに特化したベンチャーキャピタルの活動は、むしろ米国で盛んだ。

スイスは人口870万人の小国だ。周辺地域から資金や人材を引き付けながらスタートアップエコシステムを成長させてきた(2020年9月28日付地域・分析レポート参照)。スイスでは、外部リソースを巧みに活用しつつ、独創的なブロックチェーン技術シーズの創出を目指している。


注1:
大量の電子データを、暗号技術により偽造や改ざんが困難な形でつなげていくことで、データの分散共有を効率的に行う技術のこと。
注2:
ブロックチェーン技術を活用して、ネットワーク上に電子的に記録された決済、債券、登録などの資産価値のある情報のこと。改ざんが困難な形で関係者に情報が共有されることから、信頼性が高く取引や登録への活用が期待される。
注3:
DAppsやスマート・コントラクトを構築するためのプラットフォームで、任意のプロジェクトを動作させることが可能になる

スイスのクリプト・バレーは成功するか

  1. ブロックチェーン技術、活用と規制のはざまで
  2. ブロックチェーン活用分野が拡大、今後の課題とは
執筆者紹介
ジェトロ・ジュネーブ事務所長
和田 恭(わだ たかし)
1993年通商産業省(現経済産業省)入省、情報プロジェクト室、製品安全課長などを経て、2018年6月より現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ジュネーブ事務所
マリオ・マルケジニ
ジュネーブ大学政策科学修士課程修了。スイス連邦経済省経済局(SECO)二国間協定担当部署での勤務を経て、2017年より現職。

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