スタートアップ投資額、過去最高を記録(スイス)

2020年9月28日

スイスのスタートアップは、優秀なスピンオフや人材が豊富なこと、ヘルステックや情報通信技術(ICT)、フードテックなど幅広い分野が存在することが特徴だ。その背景には、連邦工科大学チューリッヒ校(ETH)とローザンヌ校(EPFL)という世界レベルの工科大学の技術力がある。スイスのスタートアップに対する注目は高まっており、2019年の投資額は過去最高を記録した。そのうち、国外資本からの投資が増加している。

本レポートでは、2019年のスイスのスタートアップへの投資と、スタートアップが参画する欧州ワイドのプログラムについて紹介する。

ライフサイエンスとICTが双璧をなす状態に

スタートアップティッカー(注)が発行した「スイスベンチャーキャピタルレポート2020」によると、ベンチャーキャピタルによる2019年のスタートアップへの投資額は22億9,400万スイス・フラン(約2,638億1,000万円、CHF、1CHF=約115円)。前年比で約2倍に当たり、過去最高を記録した(図1参照)。投資ラウンド数も右肩上がりで、266件を記録した。

図1:スタートアップの資金調達額の推移
2013年は4億1530万CHF。2014年は4億5700万CHF。2015年は6億7600万CHF。2016年は9億900万CHF。2017年は9億3800万CHF。2018年は12億3600万CHF。2019年は22億9400万CHF。

出所:スイスベンチャーキャピタルレポート2020を基にジェトロ作成

スイスは、伝統的に医薬品分野が強い。この傾向は、スタートアップにも反映されている。2017年までは、ライフサイエンス分野(バイオテック、メドテックなど)のスタートアップへの投資が最大だった。2017年のライフサイエンス分野への投資は5億9,500万CHFで、投資額全体の64%を占めていた。しかし、近年はICT分野への投資も増加。ライフサイエンスとICTが双璧をなす状態になっている。2018年のICTへの投資額は4億9,700万CHF、フィンテックへの投資額は1億8,800万CHFだった。フィンテックを含めるとICTが投資全体の55%を占め、最大の投資分野になったことになる。この傾向は2019年も続き、同年のICTへの投資額は8億4,000万CHF(前年比69%増)、フィンテックへの投資額は3億6,000万CHF(前年比91.8%増)だった。同様にバイオテックへの投資も拡大。2019年の投資額は、前年比2.5倍の6億2,400万CHFだった。

特にICTとフィンテックが強い地域は、ETHが所在するチューリッヒ州だ。2019年に資金調達に成功した同2分野のスタートアップの87%が、チューリッヒに所在する。2019年のスタートアップへの投資額を地域別にみると、チューリッヒ州が11億6,970万CHFを獲得して最大だった。チューリッヒ州のスタートアップへの投資割合は年々増加してきた。2017年は30%以下に過ぎなかったのが、2018年は42%、2019年は51%を占めた。次いで投資額が大きい地域は、EPFLが所在するボー州だ。同州のスタートアップは前年比70%増の4億5,570万CHFを獲得した。ボー州のスタートアップは、チューリッヒ州に比べて分野のバラエティーに富んでいるのが特徴だ。ICTのほか、バイオテックやヘルスケアITなどのスタートアップが所在する。図2は、毎年9月に行われるスイスの優秀なスタートアップ100社を選出するイベント「トップ100スイススタートアップ」(2019年9月17日付ビジネス短信参照)で表彰された上位100社のスタートアップの所在地の分布を示している。100社のうち47社がチューリッヒ州、19社がボー州に所在する。ここからも、特にこの2州に注目度の高いスタートアップが集中していることがわかる。

図2:2019年「トップ100スイススタートアップ」で表彰された
スタートアップ分布図
チューリッヒ州が最多で47社。次いでボー州が19社。その他は、ジュネーブ州が4社、ヌーシャテル州が1社、ベルン州が2社、バーゼル=シュタット州が7社、バーゼル=ラント州が2社、アールガウ州が1社、シュビーツ州が2社、グラウビュンデン州が1社、ティチーノ州が1社、ツーク州が6社、ルツェルン州が3社、バレー州が4社。

出所:startup20/19を基にジェトロ作成

大規模投資と国外資本からの投資が増加

2019年の投資で注目されるのは、1億CHF以上の資金調達(メガラウンド)が複数あったことだ。2018年のメガラウンドは1社だけだった。しかし、2019年はソフトバンクビジョンファンドからの投資を受けた「ゲットユアガイド」(4億8,890万CHF)や、保険関連のアプリを開発する「ファイナンスアップ」(2億3,350万CHF)をはじめ5社が2億CHF以上の資金調達を果たした。これはスイスでは初めてのことだ。また、総投資額に占める上位20社の投資額の割合は69%で、2018年の数値より低かった。このことは、多種多様なスタートアップが誕生し、それぞれ資金調達に奮闘していることを表している。

もう1点特徴的なのは、スイスのみならず、国外のベンチャーキャピタルによる投資が加速していることだ。資金調達元を国別に見ると、スイス資本の投資額は9位だった(2018年は7位)。次の表は2019年の資金調達額が最も大きかったスタートアップ上位10社を掲載している。特に、大規模な資金調達を果たしたスタートアップは国外からの投資を多く受けていることが分かる。

表:2019年の資金調達額上位10社の投資状況
企業名 資金調達額
(100万CHF)
投資家、企業概要
ゲットユアガイド 488.9 Investors SoftBank Vision Fund(日本)、Korelya Capital(フランス)、Temasek(シンガポール)、Lakestar、Heartcore Capital(デンマーク)、Swisscanto

(企業概要)
世界中の旅行ツアーやアクティビティチケットを予約できるオンラインプラットフォームを運営。
ファイナンスアップ 233.5 Mubadala Investment Company(英国)、Chrysalis(英国)、OMERS Ventures(カナダ)、Samsung Catalyst Fund(米国)、 Merian Chrysalis (英国)

(企業概要)
保険関連商品を効率的に管理できるアプリを開発。
アーベル セラピューティクス 208.9 NovaQuest Capital Management(米国)、BRV Capital Management, Andera Partners(米国)、Life Sciences Partners ((オランダ)、H.I.G. BioHealth Partners(米国)、F-Prime、, KB investment(米国)

(企業概要)
てんかんの治療薬の開発。
エナジーボルト 107.1 Softbank Vision Fund(日本)

(企業概要)
タワー上に積み上げられたブロックの移動により再生可能エネルギーを貯蔵するシステムの開発。
エーディーシーセラピューティクス 100.1 米国機関投資家

(企業概要)
がん治療に活用できる医薬品(抗体薬物複合体)を開発。
ソフィアジェネティクス 76 Generation Investment Management(英国)、Balderton Capital(英国)、Idinvest Partners(フランス)、Alychlo

(企業概要)
医療従事者を対象とした臨床用ゲノム解析ソフトウエアを開発。
カンドゥー 55.5 Bessemer Venture Partners(米国)、Fayerweather Capital Partners(米国)、Forestay Capital, Walden International(米国)、Columbia Lake Partners(英国)、Digital Transformation Fund、Swisscom Ventures

(企業概要)
エネルギー効率の高い電子チップの開発。
ビーキーパー 44.5 Samsung NEXT(米国)、Atomico((英国)、Edenred Capital Partners、Fyrfly(英国)、Keen Venture Partners(オランダ)、Thayer Ventures、
Zürcher Kantonalbank、Swisscanto Invest、Hammer Team,investiere、High Sage Ventures、Swiss Post、Swisscom Ventures、Alpana Ventures

(企業概要)
リモートワーク形態で働く雇用者と従業員、従業員同士が円滑にコミュニケーションを取れるアプリの開発。
アノキオン 39.6 Versant Ventures(米国)、Novo Ventures(デンマーク)、Novartis Venture Fund

(企業概要)
自己免疫疾患の治療薬の開発。
ナンバースパーソナルファイナンス 39.2 情報公開なし

(企業概要)
銀行口座やクレジットカード情報を集約し、効率的な財務運用を図れるアプリの開発

※太字はスイスの投資家。国名未記載は確認できなかったもの。
出所:スイスベンチャーキャピタルレポート2020を基にジェトロ作成

また、前述した、スタートアップが集積しているボー州については、資金調達元の4分の3が国外からとのデータがある。2019年11月にボー・イノーブ(注2)が行った調査によると、ボー州に所在するスタートアップの資金源は、23%がスイス国内、23.5%がスイス以外のヨーロッパ、41.8%が北米、11.6%がアジアからだった。

欧州ワイドの研究開発プログラムに積極的に参加

国外からの投資を受けるほかにも、スイスにとどまらない欧州ワイドの研究開発プログラムを積極的に活用し、研究開発のための資金援助などを得ていることもスイスのスタートアップの特徴だ。

欧州には、EUを中心として国境を越えた共同開発、欧州全体の技術の底上げを図るための助成プログラムが複数ある。スイスはEUには加盟していないが、各プログラムに参画している。このため、スイス国内のスタートアップもこれらのプログラムに参加することが可能なのだ。

例えば、次のようなプログラムがある(参考参照)。

参考:スイスのスタートアップが利用可能な欧州ワイドの研究開発プログラム(一例)

ホライズン2020
EUの研究開発支援の枠組みで2014~2020年の間に約800億ユーロが助成される。スイスはEU非加盟ながら、「アソシエート(関連国)」として、2017年1月1日以降、「ホライズン2020」の全てのプログラムに参画する。
欧州イノベーション会議(EIC)パイロット
欧州での革新的なベンチャー企業や中小企業への資金支援を目的に、「ホライズン2020」のプログラムの1つとして設立された。2017年から試験的に運用されている。「ホライズン2020」の後継となる「ホライズン・ヨーロッパ」において、2021年から本格始動予定。2018~2020年に30億ユーロが投入されている。初期段階もしくは新規のハイリスク・ハイリターンのアイディアを持つ中小企業、スタートアップ、大学機関などを支援する「パスファインダー」プログラムと、優れたアイディアを持つ中小企業とスタートアップに対する事業化支援、50万~250万ユーロの助成金、最大1,500万ユーロのブレンディッドファイナンス(注3)を提供する「アクセラレーター」プログラムなどがある。
ユーレカ(EUREKA)
1985年に設立。約45カ国によって構成され、市場ボトムアップ型のイノベーションプロジェクトを支援する。プロジェクトアイデアを持つ加盟国の企業や大学、研究機関が所属国の担当組織のコーディネートの下で、多国間のコンソーシアムを形成する。「ユーレカプロジェクト」として認定されると、各国の研究資金にアクセスできるようになる。設立以来、7,496件のプロジェクトに対し、約484億ユーロの支援をしている。
アクティブ・アンド・アシストティドリビング(AAL)
欧州では、高齢化の進展で、2070年までにEUの人口の半分以上が65歳を超えると予測される。こうした中、高齢者向けの製品やサービス開発に対して資金提供を行うプログラム。2008年の設立以来、220件以上のプロジェクトに資金を提供している。

出所:各プロジェクトウェブサイト等を基にジェトロ作成

「ホライズン2020」は、欧州の各種研究開発支援プログラムの基盤となる枠組みだ。欧州委員会によると、アソシエート(関連国)の16カ国・地域中、貢献度、受け取った資金額ともに、スイスが最大だ。

EICパイロットは、数回にわたって募集されている。2020年3月締め切りの募集では4,000社が応募し、そこから70社が採択された。そのうち5社がスイスのスタートアップだった。

ユーレカには、スイスは設立当初から加盟している。2014年から2019年の6年間で428社(大学なども含む)が309件のプロジェクトに参画し、2億1,210万ユーロを拠出している。中小企業が多く参加しているのも特徴で、参加企業のうち63%が中小企業だった。中でも、ユーレカが実施するプログラムのうち、中小企業を中心に研究開発費を補助する「ユーロスタープログラム」には、スイスのスタートアップが毎年参加する。スタートアップティッカーによると、2019年にスイス主導の20のプロジェクトが進められ、それを通して医療・製薬分野を中心に13のスイススタートアップがユーロスターの助成を受けた。

スイスの国内市場は、大きいとはいえない。しかし、スイスのスタートアップは国内外の多様な投資の機会や、欧州の研究開発プログラムへの参加を通して、積極的に資金調達してきた。欧州の中心に位置するスイスの立地と、高度な技術や語学力を強みとするスイスのスタートアップ。今後さらに資金調達を加速させ、ビジネス展開を図ることが期待される。


注1:
スイスのスタートアップ、投資家、起業に関する情報を提供するウェブプラットフォーム。
注2:
ボー州政府機関、商工会議所、州立銀行が運営するイノベーション関連の情報を提供するウェブプラットフォーム。
注3:
EICは、助成金と株式投資を組み合わせた財務支援手法と説明している。
執筆者紹介
ジェトロ・ジュネーブ事務所
城倉 ふみ(じょうくら ふみ)
2011年、ジェトロ入構。進出企業支援・知的財産部知的財産課、ジェトロ鹿児島の勤務を経て、2018年9月から現職。