紀文食品、水産練り製品の欧州向け輸出への挑戦(EU)
EU規制の対応や高付加価値製品の販促に取り組む

2020年3月27日

紀文食品(本社:東京都中央区)は、1938年の創業以来、水産練り製品を主体とした総合加工食品の製造・販売を中核に幅広い事業を展開している。同社は1980年代から断続的に欧州事業に挑戦してきたが、欧州ビジネス3度目の挑戦として、2018年4月に紀文ヨーロッパをオランダ・アムステルダムに設立、高級カニカマなど水産食品の販路開拓に取り組んでいる。紀文食品が扱う練り製品を含む水産食品は、EUへの輸出に当たりHACCP(ハサップ、注1)認定施設での加工が義務付けられているなど、特に参入のハードルの高い分野と言える。ジェトロは2月13日、紀文ヨーロッパの石井健久取締役に欧州ビジネスや今後の展望について聞いた。

水産練り製品の欧州市場に挑む

紀文食品の水産練り製品は現在、米国や欧州、東南アジアなど世界各地で販売されている。うち米国、欧州で販売される商品の大部分は、HACCP認定のタイ工場で生産して輸出したものだ。同社は欧州のほか、米国、シンガポール、香港に販売拠点を有する。さらに、台湾と韓国では、地元企業との合弁工場で商品を生産、それぞれの国内市場で販売している。同社の海外での売り上げを国別に見ると、米国、タイが圧倒的で、欧州市場の開拓はこれからという段階だ。

欧州事業については、同社は1980年代に英国へ進出、スコットランドに生産拠点を設立した。しかし、1999年に火災に見舞われて工場を閉鎖。その後、1980年代後半にオランダで設立した、日本や中国向け輸出を目的とした水産物の仕入れ会社を通じて欧州販売事業を継続していたものの、日本の水産物需要の落ち込みを受け、国内での販売強化に集中するため、オランダの拠点も2005年に一度撤退した。2018年4月に「紀文ヨーロッパ」をオランダ・アムステルダムに設立、欧州向け商品をロッテルダム港で輸入し、主に英国やドイツ、フランス、スペイン、イタリア、スウェーデン、オーストリア向けに販売している。

厳しいEU規制にも地道に対処

紀文食品では、日本国内の工場のうち東京工場、岡山工場、横浜工場でEU向け輸出水産取扱認定施設(HACCP)の認定を取得し、千葉にある東京工場から欧州向けに出荷している。前述のとおり、タイ工場でも欧州向け製品を生産しているが、類似する商品でも原料の違いなどから、日本工場で生産された商品の方が高品質になる。日本産の商品は高付加価値商品として、主に高級レストランに販売しているという。EUはHACCP認定の要件として、生産から加工、保管に至るまで、フードチェーンの各工程が登録施設や認定施設で行われることを課している。HACCPの認定は工場単位でなく生産ラインごとに、厚生労働省または水産庁の認定を取る必要があるため、多くの商品について認定を取得しようとすると、それだけコストがかかる。また、実際にEU向けに水産食品を出荷する際には、認定施設で加工されたことを証明する衛生証明書の提出が求められることから、出荷ごとに認定施設での監査員の立ち合い検査を受けて証明書の発行を受ける必要がある。

さらに、EUでは衛生証明書のみならず、違法・無報告・無規制漁業を起源とする水産物の入域を防止するためのIUU漁業規制外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますに対応するため、漁獲証明書や加工証明書などの提出も求められることから、原料の調達、加工が行われた国の当局に申請し、証明書を取得する必要がある。日本からハマチ、ホタテなどの水産品を出荷する場合には水産庁の漁獲証明書を提出するが、紀文食品のようなすり身を主原料とする水産加工品の場合には、日本に漁獲証明書のあるすり身原料がないため、米国などすり身の生産国の漁獲証明書と、日本の水産庁の加工証明書の取得が必要となり、ハードルがさらに高くなる。

水産練り製品は原料に卵白を使用するものが多いが、EUでは動物起源食品である卵の輸入にも厳しい規制がある。日本は2019年2月にEU向け輸出が可能な国として認定された(2019年2月26日付ビジネス短信参照)が、実際にEUに輸出することのできる「輸入許可施設」リストに記載された施設が日本国内にまだ存在しないため、日本産の卵を一定割合以上使用した食品をEUへ輸出することができない。紀文食品では、EU産の乾燥卵を日本へ輸入して原料に使用することで対応している。輸入卵の使用でコストが大幅に上昇することはないが、例えば「伊達巻」は乾燥卵で作ると食感が変わってしまうなどの課題もあり、現在は試行錯誤の段階だという。

ほかにも、EU向けの食品輸出にはEUのラベル表示規制PDFファイル(578KB)への対応も求められる。仕向け地に応じて欧州の多様な言語での表記が必要になることから、ラベルを貼り分ける対応を行っている。なお、日本からの輸送期間が長くかかる欧州向けの食品輸出では、賞味期限も課題と捉えられることが多いが、石井取締役によると、近年の冷凍技術の進化に伴い、組織の変化が起きにくい急速凍結で品質を維持した輸出が可能になり、クリアできているという。

安価な欧州産カニカマとの差別化を図り、高級カニカマ市場を創出

現在、欧州における水産練り製品市場の大部分を占めるのは、カニカマだ。カニカマの需要は日本よりEUの方が大きく、世界最大のカニカマメーカーはリトアニア企業だ(2006年10月10日付Food&Agriculture記事参照)。

同社調べによると、2016年時点での欧州の水産練り製品の消費は約17万トンに及ぶが、うち約14.8万トンはリトアニアなど欧州の大手数社で生産され、約2万トンがインド、タイからの輸入品だという。これら欧州外からの輸入品と欧州産の練り物のほとんどはフランス、スペインで消費されており、域内のカニカマ需要が圧倒的だ。石井取締役によると、例えばフランスの郊外では、同国産の20~30種類のカニカマがスーパーに陳列されているのが日常の光景だという。日本のカニカマは、本物のカニに似せた「ほどける」食感を追求したものが多いが、EUでは特にこうしたニーズはないようで、欧州産のカニカマは切れ込みが入っているだけなのが特徴だ。欧州の水産練り製品市場の大部分を占める低価格帯のカニカマ市場は、欧州産商品が圧倒的優勢だが、石井取締役は高級カニカマの需要も少しずつ伸びてきているという手応えを感じており、紀文食品では、欧州産の安価なカニカマと差別化した業務用の高級ラインのカニカマの販路開拓に取り組む。

カニカマ以外の販路開拓も積極的に

紀文食品の欧州地域の主な販路は日系の卸売りだ。欧州での日本食全体の需要はまだまだ増えると見込む一方、欧州では水産練り製品のイメージはカニカマが強く、今後どのようにカニカマ以外の商品を展開していくかが課題だという。欧州では日本食の小売店が少ないため、主に日本食を扱うレストランがターゲットとなる。ただ、例えばフランスでこうしたレストランの約9割は中国人が経営しており、日本食を知らない場合も多いという。石井取締役は、売り込みには、主に中国人経営の日本食を扱うレストランでおでんなどの商材をデモンストレーションしながら、実際に日本人以外の経営者に食べてもらうような取り組みが必要と語る。中国や韓国、ベトナムなど「オリエンタル系」と言われる卸売りへの売り込みも重要で、そのため同社はベルギーで開催される水産品見本市「シーフード・エキスポ・グローバル(SEG)」のジェトロ・パビリオンにも2014年から毎年出展しており、この4月も7回目となる出展を予定している(注2)。

欧州市場でのブランド力アップを目指し試行錯誤

紀文ヨーロッパでは、欧州でのブランド認知度向上のための取り組みとして、日本でも販売されている、おからやこんにゃくなどを使った「糖質0g麺」の欧州向け販売なども計画しているという。「糖質0g麺外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」は海外では「ヘルシーヌードル」という名称でビーガン向けに販売しており、米国では大手スーパーでの販売が非常に好調だという。ほかにも、卸売りからは、例えばはんぺんは、フランス、スペインの一部で似た食材が身近にあり、こうした現地市場になじみやすい商品の潜在力を期待されているという。


注1:
国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)の合同機関である食品規格 (コーデックス) 委員会が発表し,各国にその採用を推奨している国際的に認められた衛生管理手法
注2:
2020年4月に開催予定だったSEGは、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて、3月10日に開催延期が決定された。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課
宮口 祐貴(みやぐち ゆうき)
2012年東北電力入社。2019年7月からジェトロに出向し、海外調査部欧州ロシアCIS課勤務。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課
根津 奈緒美(ねづ なおみ)
2007年、ジェトロ入構。2007年4月~2012年6月、産業技術部(当時)地域産業連携課、先端技術交流課などで製造業、バイオ産業分野の地域間交流事業や展示会出展を支援。2012年6月~2013年5月、アジア経済研究所研究人材課。2013年5月~2015年7月、経済産業省通商政策局経済連携課にて関税担当としてFTA交渉に従事。2015年7月より海外調査部欧州ロシアCIS課にてEUなど地域を担当。