外国企業の進出をサポートするフランスの地方自治体
オクシタニー地域圏を実例に

2020年3月17日

フランスの地域圏(注)は、圏内経済の活性化や雇用創出の観点から、いずれも外国企業を含む圏外企業の誘致に積極的だ。日本とフランス間の経済交流に特に力を入れる地域圏もある(2020年2月3日付ビジネス短信参照)。地域圏による進出支援策の活用は、フランスとのビジネスを促進しようとする日本企業にとっても有意義だ。本稿ではその一例として、航空機・宇宙産業が集積する南西部オクシタニー地域圏による、企業の成長段階に沿う充実した支援策を紹介する。

フランス貿易投資庁-ビジネスフランスによると、フランスに投資する日系企業は2017年末時点で510社、合計で8万2,174人を雇用する。このうち、パリを中心としたイル・ド・フランス地域圏が雇用全体の約45%(3万7,363人)を占める一方、トヨタ自動車が生産拠点を置く北部オー・ド・フランス地域圏(9,945人、構成比約11%)、自動車用ステアリング製造のジェイテクトやベアリング製造NTNなど機械関連メーカーが生産拠点を構える南東部オーベルニュ・ローヌ・アルプ地域圏(7,930人、約10%)のほか、西部ヌーベル・アキテーヌ地域圏(4,072人、約5%)などに多くの日系企業が投資し、雇用を生み出している。

フランスの地方行政は13の地域圏(本土のみ)、101の県、3万5,357の市町村(コミューン)、複数の市町村からなる市町村行政連合体(intercommunalité)から構成され、複雑でわかりづらいとの印象が強い。市町村広域連合体は行政組織として「コミューン間協力公施設法人(Etablissement public de cooperation intercommunale、以下「EPCI」)」という形態を取る。このうち、固有財源を持つEPCIはさらに、人口要件や権限などが異なる「メトロポール(métropole、人口60万人以上)」と「大都市共同体(communauté urbaine、25万人以上)」「都市圏共同体(communautés d’agglomération、5万人以上)」「コミューン共同体(communautés de communes、1万5,000人以上)」に分かれる。

地方自治体の多重構造や自治体間の交差した権限などが地方行政の効率性に悪影響を与えてきたとの反省から、2015年の地方行政組織に関わる法律外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますにより、治安や保健、教育、都市整備など各分野における自治体ごとの権限区分の見直しが行われた。経済開発分野、とりわけ企業支援に関わる権限については以下のように規定された。

  • 企業の創設あるいは事業拡張に対する支援:
    地域圏のみが支援政策の策定のほか、圏内企業への補助金支給を担う。市町村や固有財源を持つEPCIは、地域圏が定めた支援制度に資金を拠出することができる。また、地域圏は援助の一部または全額に関わる付与権を市町村や固有財源を持つEPCIに委任することができる。
  • 企業の創設あるいは買収に参画する組織への支援:
    地域圏とメトロポールは企業の創設あるいは買収に参加する組織に補助金を付与することができる。市町村や固有財源を持つEPCIは、地域圏との合意済みの枠組内で補助金付与が可能。
  • 企業の不動産投資等に対する支援:
    企業による不動産投資や用地・建物の賃貸に関する支援制度の策定と援助の付与は、市町村や固有財源を持つEPCIのみが管轄するが、援助の一部あるいは全体の付与権を県に委任することができる。地域圏は、市町村や固有財源を持つEPCIが定めた企業の不動産投資に関する支援に資金を拠出することができる。

オクシタニー地域圏の企業支援政策

トゥールーズを中心に航空機・宇宙産業の一大集積地を擁する南西部オクシタニー地域圏(人口約580万人)を例にとると、圏内での起業や立地、イノベーション促進、事業拡大、輸出促進などを目的に、以下のような企業支援措置を実施している(表参照)。

表:オクシタニー地域圏の企業支援政策

スタートアップ支援
支援策名 概要
スタートオック・プロジェ
( START’OC PROjet)
スタートアップ(シード期)の起業支援を目的に、プロジェクトのフィージビリティースタディーを支援する。5,000万ユーロを上限に関連支出の50%に相当する補助金を支給する。優先分野は航空・宇宙、医療・デジタル、再生可能エネルギー、自動車、鉄道、バイオテクノロジー、ロボティック、生化学、木材、繊維、陶磁器、コスメティックなど。
スタートオック(START’OC) スタートアップ(アーリーステージ)の事業を軌道に乗せることを目的に、市場参入とビジネスモデルの確立をサポートする。関連支出の50%に相当する補助金と貸し付けを提供する。支援額の上限は補助金が5万ユーロ、貸し付けが20万ユーロ。
企業の事業拡大支援
支援策名 概要
専門的助言契約(Contrat Expertises) 中小企業(従業員250人未満)の事業拡大やイノベーションプロジェクトのフィージビリティースタディーを支援する。外部専門家への委託費の50%に相当する補助金を支給する(上限は5万ユーロ)。
成長契約(Contrat Croissance) 新会社の設立、事業の拡張、省エネ投資などのプロジェクトについて、企業規模に応じて関連支出の10%または20%に相当する資金援助が支給される上限は補助金が100万ユーロ、貸し付けが200万ユーロ(ただし、投資額1,000万ユーロ以上/雇用創出50人以上の大規模産業プロジェクトの場合はそれぞれ400万ユーロと600万ユーロ)。なお、障害者を80%以上雇用する場合と省エネ投資の場合は、それぞれ異なる条件が設定されている。
輸出支援
支援策名 概要
輸出パス/輸出契約
(Pass Export / Contrat Export
単一企業あるいは複数の企業・研究機関によるイノベーションプロジェクトを支援する。従業員250人未満の中小企業は投資額2万ユーロ以上、従業員5,000人以上の中堅・大企業は投資額20万ユーロ以上のプロジェクトが対象となる。関連支出の25~45% に相当する資金援助が支給される。補助金と貸し付けの上限は投資額に応じ定められる。投資額1,000万ユーロ以上かつ雇用創出50人以上の大規模プロジェクトの場合、補助金の上限は400万ユーロ、貸し付けの上限は600万ユーロとなる。複数の企業や研究機関による合同プロジェクトの場合、参加企業1社当たりの投資額は2万ユーロ以上でなければならない。1社当たりの補助金の上限は100万ユーロ、貸し付けは200万ユーロ。
イノベーション支援
支援策名 概要
イノベ―ション契約
(Contrat Innovation)
単一企業あるいは複数の企業・研究機関によるイノベーション・プロジェクトを支援する。従業員250人未満の中小企業は投資額2万ユーロ以上、従業員5,000人以上の中堅・大企業は投資額20万ユーロ以上のプロジェクトが対象となる。関連支出の25~45% に相当する資金援助が支給される。補助金と貸し付けの上限は投資額に応じ定められる。投資額1,000万ユーロ以上かつ雇用創出50人以上の大規模プロジェクトの場合、補助金の上限は400万ユーロ、貸し付けの上限は600万ユーロとなる。複数の企業や研究機関による合同プロジェクトの場合、参加企業1社当たりの投資額は2万ユーロ以上でなければならない。1社当たりの補助金の上限は100万ユーロ、貸し付けは200万ユーロ。

出所:オクシタニー地域圏ウェブサイト(最終アクセス日2020年2月28日)を基にジェトロ作成

オクシタニー地域圏は13の県、4,488の市町村、2つのメトロポール(トゥールーズとモンペリエ)、1つの大都市共同体(ペルピニャン)、20の都市圏共同体、138のコミューン共同体を含む161の市町村広域連合体で構成される。地方自治体が経済開発や企業支援に向けた政策措置を実施する目的で設立する経済開発公社の数は、県レベルの誘致機関を含めて8公社と、他の地域圏に比べ多いほうだ(経済開発機関連合CNERウェブサイト、最終アクセス日2月28日)。

オクシタニー地域圏が運営する経済開発公社アドック外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(AD’OCC)は同地域圏内での起業や事業拡大をはじめ、国内外企業の誘致やパートナーシップを支援する。エンジニアをはじめ、イノベーションマネジメント、輸出支援、マーケティングやファイナンス、市場調査など専門的な知識を持つ職員ら計170人態勢で、オクシタニー地域圏への進出を希望する企業のニーズに応え、無料で以下のような支援を行っている。

  1. 資金調達および公的援助に関する情報提供と申請サポート
    アドック は、EUやフランス、オクシタニー地域圏による企業向け資金援助についての情報を提供し、申請手続きをサポートする。また、企業の資金調達を目的とする投資フォーラム「オクシタニー・インベスト(Occitanie Invest)」を開催するほか、革新的なプロジェクトを持った設立3年未満の圏内のスタートアップに最大で10万ユーロの無利子融資を提供する起業支援プラットフォーム「クレアリア(Créalia外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を運営する。
    前者のオクシタニー・インベストは2020年に16回目の開催を迎える投資フォーラムで、2019年11月に開催された前回には企業196社、エンジェル投資家(スタートアップへ投資する個人投資家)や投資ファンドなど92個人・社の投資家が参加し、事前選考で選ばれた企業21社が投資家との個別ミーティング(207件)に臨んだ。オクシタニー・インベストを通じて2007年以来、延べ156社が総額7,000万ユーロの資金調達を行った。
  2. 土地、工場、産業用建物、オフィス探しのサポート
    オクシタニー地域圏内には、進出企業の活動拠点として、同地域圏認定の経済開発地域OZE(Occitanie Zones Economiques外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますやインキュベーターのほか、国の認定を向けた6つの産業クラスター外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますがあり、アドックは県や市町村のほか不動産業者などと提携し用地・建物探しのサービスを提供する。
  3. その他、企業のニーズに応じた仲介サービス
    企業進出が成功するためには地域圏内のエコシステムとの融合が必要不可欠との考えから、アドックは進出企業のニーズに応じて下請け企業や産業クラスター、官民の研究機関、金融機関や会計・法律事務所などを紹介する。候補となった企業や各機関への個別見学を仲介する。

他方、アドックはニューヨークと上海、カサブランカ、ロンドンの4ヶ所の海外事務所を通じ、オクシタニー地域圏の企業の海外進出を支援するほか、政府の対フランス投資支援機関のフランス貿易投資庁-ビジネスフランスの海外事務所ネットワークなども利用し、外国企業の誘致にも積極的に取り組む。同地域圏における日系企業の雇用者数は3,028人(全体の4%)で、今のところ他の地域圏に比べ目立って大きくはないが、トゥールーズを中心に航空・宇宙関連のイノベーション・エコシステムが充実しており、人工の流れ星を生み出す衛生を開発する日本のスタートアップ企業エール(ALE)が2019年12月、トゥールーズ・メトロポールが運営するインキュベーション施設内に欧州のデータサービス事業の活動拠点を設けた。

オクシタニー地域圏にはアドックのほか、トゥールーズ・メトロポールが運営するトゥールーズ投資公社外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます、ニームを中心とする都市圏共同体が運営するニーム・メトロポール経済開発公社、ペルピニャンを中心とした大都市共同体が運営するピレネー地中海投資公社、スイヤックを中心としたコミューン共同体が運営するコバルドール経済開発公社があり、それぞれ用地・事務所の物件探し、資金調達に関わるコンサルティング、パートナー企業の紹介、求人など企業のニーズに合わせたサービスを提供する。

他の地域圏もそれぞれの特徴や注力分野を活かした独自の投資誘致支援を打ち出し、地域圏・自治体間で競争も行われている。地域圏や市町村が実施するさまざまな支援やネットワークをうまく活用することは、フランスへの輸出の拡大、市場参入に向けた現地でのパートナー探しのほか、地方拠点の設置や地方のクラスターが実施するR&Dプロジェクトへの参画など、フランスでのビジネス拡大に向けて大きな手助けとなろう。


注:
地域圏(région):フランスの地方行政の4段階(大きい順に、地域圏、県、市町村広域連合体、市町村)のうち最も広域な単位。2015年の改革で、その数は海外領土を含めて22から13へ削減された。「州」と訳す場合もある。直接選挙(選挙区と比例代表制の組み合わせ)で選出される議員からなる地域圏議会が主要な地域政策の方向性を決定する。地域圏議会議員が選出する地域圏議会議長は、地域政策の優先順位を設定するとともに、地域の予算を管轄する。議長には大臣経験者など政界の重鎮が就任する場合がある。
執筆者紹介
ジェトロ・パリ事務所
山﨑 あき(やまさき あき)
2000年よりジェトロ・パリ事務所勤務。
フランスの政治・経済・産業動向に関する調査を担当。