米国・欧州・中国企業が三つどもえの特許出願(香港)
医薬・バイオ、通信・半導体、インターネット・金融ですみ分けも

2020年9月16日

新型コロナウイルスの流行や社会情勢の混乱などにより、アジアのビジネス拠点としての価値が問われている香港。近い将来の事業展開動向を反映する特許出願件数では、世界の知的財産当局のうち16位に位置し(表1参照)、2020年上半期も増加傾向にある(2020年7月22日付ビジネス短信参照)。本稿では、香港の特許出願(注1)について、出願企業の国籍、出願分野、主要出願企業などを紹介する。

表1:各国・地域の知財当局が受理した特許出願受理件数(2018年)
順位 出願先国・地域 出願件数
1 中国 1,542,002
2 米国 597,141
3 日本 313,567
4 韓国 209,992
5 欧州(注) 174,397
6 ドイツ 67,898
7 インド 50,055
8 台湾 47,429
9 ロシア 37,957
10 カナダ 36,161
11 オーストラリア 29,957
12 ブラジル 24,857
13 英国 20,941
14 メキシコ 16,424
15 フランス 16,222
16 香港 15,986
17 イラン 12,823
18 シンガポール 11,845
19 イタリア 9,821
20 インドネシア 9,754

注:「欧州」は、欧州特許庁の受理件数。
出所:WIPO IP Statisticsと台湾経済部智慧財産局の公表値を基にジェトロ作成

中国籍企業の出願が急増

香港の特許出願は、ほとんどが香港以外からの出願で占められる。2019年の最多出願人は米国籍だった。次いで、欧州籍、中国籍、日本籍と続く(図1参照)。欧州籍の内訳では、スイス、ドイツ、英国の3カ国で約6割を占める。

2019年の出願件数は、2009年比で1.4倍に伸びた。近年は、とくに中国籍およびケイマン籍(注2)による出願が急増したのが特徴だ。中国とケイマンをあわせて、5倍を超える伸びとなった。米国籍、欧州籍による出願件数も増加傾向にある。香港籍も倍増した(ただし、出願はまだ少数にとどまる)。一方、日本籍による出願件数とシェアは減少傾向にある。

図1:出願人国籍別の特許出願件数

2009年
2009年の出願件数は合計11857件、国籍別では香港149件、1%、米国4764件、40%、欧州3624件、31%、中国411件、4%、ケイマン104件、1%、日本1652件、14%、韓国154件、1%、カナダ278件、2%、その他721件、6%。
2019年
2019年の出願件数は合計16521件、国籍別では香港341件、2%、米国6160件、37%、欧州4277件、26%、中国1740件、10%、ケイマン923件、6%、日本1433件、9%、韓国298件、2%、カナダ272件、2%、その他1077件、6%。

注:欧州籍は欧州特許条約(EPC)加盟国の出願人を合計したもの。
出所:香港知識産権署の公表値を基にジェトロ作成

また、中国籍出願人による国外への出願(2018年)の中で香港の順位は、6位。これは、米国、欧州、日本、韓国、インドに次ぐ。なお、米国籍出願人については11位、スイス籍10位、ドイツ籍11位、英国籍9位だった。一方、日本籍出願人では16位にとどまる。日本籍出願人は他の主要国の出願人と比較して、香港よりもASEAN地域への出願を重視する傾向がみられる。

高い医薬・バイオ系のシェア

香港での特許出願を技術分野別にみると、医薬・バイオ系が約30%を占める。次いで、通信・コンピュータ・半導体系、化学・素材・食品・環境系が続く(図2参照)。日本や中国、米国と比較すると、医薬・バイオ系の割合が大きく、機械・装置や輸送系が少ない。この傾向は経済規模や構造が類似するシンガポールに近い。

図2:主要国・地域の技術分野別特許出願件数割合(2016年)
香港では、医薬・バイオは30.4%、通信・コンピュータ・半導体は17.7%、化学・素材・食品・環境は17.5%、電機・音響・映像・光学・測定は14.7%、機械・装置は9.7%、輸送・エンジンは2.6%、インフラは2.1%、家具・玩具・その他日用品は5.3%、不明は0.0%。日本では、医薬・バイオは9.0%、通信・コンピュータ・半導体は17.5%、化学・素材・食品・環境は13.5%、電機・音響・映像・光学・測定は24.9%、機械・装置は15.5%、輸送・エンジンは8.2%、インフラは3.0%、家具・玩具・その他日用品は8.4%、不明は0.0%。中国では、医薬・バイオは9.3%、通信・コンピュータ・半導体は15.9%、化学・素材・食品・環境は23.7%、電機・音響・映像・光学・測定は19.3%、機械・装置は18.4%、輸送・エンジンは5.0%、インフラは3.0%、家具・玩具・その他日用品は8.4%、不明は0.4%。米国では、医薬・バイオは12.4%、通信・コンピュータ・半導体は34.4%、化学・素材・食品・環境は10.1%、電機・音響・映像・光学・測定は20.5%、機械・装置は10.0%、輸送・エンジンは6.3%、インフラは2.3%、家具・玩具・その他日用品は3.8%、不明は0.1%。シンガポールでは医薬・バイオは18.7%、通信・コンピュータ・半導体は13.9%、化学・素材・食品・環境は17.6%、電機・音響・映像・光学・測定は8.1%、機械・装置は6.9%、輸送・エンジンは2.2%、インフラは3.3%、家具・玩具・その他日用品は2.3%、不明は27.0%。

注:技術分野はWIPO分類に従う。
出所:WIPO IP Statisticsを基にジェトロ作成

中国企業が台頭するも、技術分野ではすみ分け傾向

香港での特許出願企業(2015~2019年)は、米国系、欧州系、中国系が多く占める。5年間の上位20位ランキングでは、2015~2016年に約半数を占めていた米国企業が減少し、中国企業が増加する傾向が見られた(表2参照)。また、欧州企業は安定して6~7社ある。日本企業ではニコン、三菱電機がランクインした。

特に近年は、EコマースやQRコード決済、ゲームなど幅広いウェブプラットフォームサービスを提供するアリババ(国籍はケイマン籍)が急速に件数を伸ばし、他を圧倒する。また、アリババと競合するテンセントや京東、保険やフィンテックを手掛ける平安科技やワンコネクト(いずれも平安集団子会社)など、中国企業はインターネットサービス系を中心にランクインした。通信系では、2018年からオッポが出願を急増させ、PCT出願(注3)上位常連の華為技術(ファーウェイ)や中興通訊(ZTE)を上回っている。2019年には人工知能(AI)・顔認証系の香港発ユニコーン・スタートアップのセンスタイムがランクインした。

米国企業では、通信や半導体チップ、情報処理系の企業(クアルコムやインテル、ドルビー、アップル、ブラックベリーなど)が上位にランクインし、欧州企業では、医薬・バイオ系企業(ロシュ、サノフィ、バイエル、ヤンセン、ノバルティスなど)が多くを占める。

表2:香港の特許出願件数(各年)における出願企業ランキング上位20位

2015年
順位 企業名 国籍 件数
1 La Roche 298
2 アリババ 257
3 Sanofi 152
4 J&J Vision Care 129
5 テンセント 99
6 BAYER 95
7 Qualcomm 92
8 Omnivision 83
9 DOLBY 74
10 Dow Agro 70
11 KONE 69
12 Janssen 67
13 ニコン 63
14 Gilead 58
15 BlackBerry 56
16 Novartis 56
17 三菱電機 55
18 Apple 54
19 W. L. Gore 54
20 ZTE 54
2016年
順位 企業名 国籍 件数
1 アリババ 468
2 La Roche 271
3 Intel 239
4 Sanofi 190
5 DOLBY 140
6 BAYER 104
7 Gilead 104
8 Apple 102
9 Broadcom 96
10 Omnivision 93
11 Fraunhofer 84
12 ニコン 84
13 Qualcomm 82
14 KONE 75
15 Janssen 70
16 WesternDigital 70
17 Skyworks 67
18 Interdigital 61
19 三菱電機 60
20 Teva 58
2017年
順位 企業名 国籍 件数
1 アリババ 804
2 La Roche 206
3 Intel 200
4 DOLBY 143
5 Sanofi 101
6 Gilead 86
7 昶洧新能源汽車 76
8 BAYER 72
9 Fraunhofer 68
10 ニコン 68
11 Qualcomm 67
12 Ericsson 66
13 Philip Morris 65
14 W. L. Gore 60
15 華大基因(BGI) 53
16 Novartis 53
17 KONE 52
18 三菱電機 52
19 芋頭科技 52
20 京東 50
2018年
順位 企業名 国籍 件数
1 アリババ 1085
2 オッポ 270
3 La Roche 249
4 Intel 247
5 ワンコネクト 119
6 DOLBY 111
7 平安科技 107
8 Sanofi 105
9 ニコン 94
10 Janssen 87
11 ファーウェイ 81
12 BAYER 67
13 Gilead 67
14 Qualcomm 63
15 SWATCH 63
16 AMOREPACIFIC 61
17 Ericsson 59
18 Apple 58
19 INVENTIO 58
20 GE Video 52
2019年
順位 企業名 国籍 件数
1 アリババ 847
2 オッポ 378
3 La Roche 231
4 Qualcomm 167
5 ワンコネクト 128
6 DOLBY 97
7 Intel 85
8 テンセント 85
9 Ericsson 84
10 Janssen 83
11 Sanofi 76
12 Regeneron 69
13 センスタイム 68
14 Fraunhofer 64
15 ILLUMINA 62
16 BlackBerry 60
17 Novartis 60
18 Philip Morris 60
19 SWATCH 58
20 三菱電機 58

注:アリババはケイマン籍だが、中国籍として表記。
出願人名は表記のゆらぎや多国籍企業の各国法人名義の出願などについて名寄せ作業を行っている。また、共同出願の場合は筆頭出願人のみを対象としている。
国籍のうち、芬はフィンランド、白ベルギー、以イスラエル、典スウェーデン、瑞スイス。
出所:香港知識産権署Online Search System(2020年8月25日取得)を基にジェトロ作成

2015~2019年の累計特許出願件数上位100位の企業を業種別にみると、医薬・バイオ系が最も多く34社。次いで、通信・半導体・端末・情報処理系が17社、インターネット・金融系、電機・光学・測定系が10社と続いた(表3参照)。また、エレベーター、時計、電子たばこ関係が比較的目立つ一方、自動車関連の出願企業は非常に少ない。

医薬・バイオ系では、上位に欧州企業がランクインする。しかし、全体としては、米国企業が最も多い。日本企業は4社、中国企業は新型コロナウイルス検査キットの提供で話題になったゲノム解析企業である華大基因(BGI)がランクインした。

通信・半導体系では、米国企業が多くを占める中、欧州企業として通信系の標準必須特許を多く有するエリクソンとノキアがランクインした。また、日本企業としては、半導体企業としてルネサスがある。

インターネット・金融系では、中国企業と米国企業が上位を独占している。

表3:香港の特許出願件数(2015~2019年累計)における出願人ランキング上位100位(業種別)

医薬・バイオ系
順位 出願人名 件数 国籍
2 La Roche 1255
5 Sanofi 624
8 BAYER 392
9 Gilead 357
11 Janssen 346
14 J&J VisionCare 278
17 Novartis 275
19 Regeneron 259
27 ABBVIE 197
33 Pfizer 184
34 華大基因(BGI) 182
35 Genentech 179
36 Medimmune 177
39 ILLUMINA 162
44 AMGEN 143
47 Abbott 140
50 ALLERGAN 129
53 Teva Pharma 128
59 Eli Lilly 113
68 Vertex Pharma 102
72 GlaxoSmithKline 96
73 J&J Consumer 96
80 AstraZeneca 91
85 Celgene 87
86 Merial 87
88 武田藥品 87
89 GENZYME 86
90 BIOGEN 85
92 中外製薬 84
93 Bristol-Myers 83
94 MERCK 83
96 マサチューセッツ総合病院 83
98 第一三共 82
100 大塚製藥 81
通信・半導体・端末・情報処理
順位 出願人名 件数 国籍
3 Intel 810
4 オッポ 684
6 DOLBY 565
7 Qualcomm 471
13 Apple 279
15 Ericsson 277
24 BlackBerry 223
28 ファーウェイ 195
29 Skyworks 195
32 Omnivision 189
43 Interdigital 147
45 Broadcom 141
56 NOKIA 122
60 ルネサス 113
69 GE Video 100
75 WesternDigital 96
81 ZTE 91
インターネット・金融系
順位 出願人名 件数 国籍
1 アリババ 3461
22 ワンコネクト 247
25 テンセント 209
42 平安科技 150
48 中国銀聯 132
51 京東 128
52 Microsoft 128
55 Google 122
76 Level3 Com 95
78 VISA 93
大学・研究機関
順位 出願人名 件数 国籍
18 Fraunhofer 270
30 California大学 193
62 Harvard大学 109
66 Texas大学 105
83 DanaFarberがん研 88
95 香港中文大学 83
電機・光学・測定など
順位 出願人名 件数 国籍
10 ニコン 354
12 三菱電機/ビルテクノ 280
16 KONE 277
31 INVENTIO 190
46 カスコ信号 141
57 パナソニック 121
63 E INK 108
67 Snap-on 104
70 Viavi Solution 99
74 Micro Motion 96
99 東芝/東芝エレベータ 82
食品・たばこ
順位 出願人名 件数 国籍
21 Philip Morris 250
41 BritishAmericanTobacco 151
49 明治 131
64 RAI Strategic 107
82 日本たばこ 89
87 Nicoventures 87
91 MJN U.S. 84
化学・化粧品・繊維・アパレル
順位 出願人名 件数 国籍
20 W. L. Gore 255
26 AMOREPACIFIC 203
37 NIKE 172
38 デクセリアルズ 165
54 資生堂 125
65 Dow Agro 105
79 PPG 92
時計・玩具
順位 出願人名 件数 国籍
23 SWATCH 246
40 ETA 161
71 NIVAROX 97
77 M.BREGUET 95
97 エンゼルプレイングカード 82
輸送機械・エンジン
順位 出願人名 件数 国籍
58 昶洧新能源汽車 118
61 廣州市無級制動科技 113
84 MTU Friedrichshafen 88

注:順位は総合順位。
出所:香港知識産権署Online Search System(2020年8月25日取得)を基にジェトロ作成

新制度の利用者に、香港以外企業も

新制度である原授標準専利制度(2019年12月23日付ビジネス短信参照)に基づく出願は、2020年7月31日時点で累計156件出願されている。これらの出願は、原則として優先日から1年半で公開されることになる。香港知識産権署Online Search Systemによると、2020年9月8日時点で36件が公開済みだ。

内訳は、香港籍出願人によるものが15件、韓国籍10件、中国籍5件、米国籍3件、ロシア籍2件、オーストラリア籍1件だった。香港籍以外は全て優先基礎出願を有している。複数出願している出願人は、生物醫學科技(香港、7件)、クーパン(韓国、10件)、センスタイム(中国、4件)、BIOCAD(ロシア、2件)、分野では医薬・バイオ系、インターネット系が比較的多い。

欧米企業は、中国での特許紛争を見越して出願

香港は、中国全体と比較すると、その市場は必ずしも大きくない。また、中国からの中継貿易や見本市での知財権侵害品の摘発を行うことを目的として香港を利用しているのだとしても、特許権は香港税関による取り締まり対象ではないため、商標権と比較して権利取得のインセンティブが高くないようにも思えてくる。

にもかかわらず、欧米企業が多数の特許出願を行っているのは何故だろうか。複数の知財専門家にヒアリングしたところ、中国での知財訴訟を見越したクロスボーダー戦略が浮かび上がってきた。中国での知財保護を図るためには、香港と中国内地で並行して知財訴訟を提起すると紛争解決が有利に運ぶことがある。香港では、証拠収集などで権利者側に有利とされるためだ。この戦略を展開するには、香港での特許権が必要になるという。今回の調査で、通信や半導体、データ圧縮などの情報処理に関する出願企業が上位にランクインした理由は、グローバルな紛争になりがちな標準必須特許に関する交渉や紛争を念頭に置いている可能性がある。

上記は、医薬・バイオ関連の出願人にも共通すると考えられる。加えて、平均寿命が男女ともに世界一で健康意識の高い香港は、高度な医療サービスが提供される市場として重要だ。また、この分野の特許権1件当たりの価値は高い。そのため、権利取得費用に対する対象地域拡大による価値向上が他の分野よりも見込めることも一因だろう。

一方、インターネットや金融関連で出願が増加してきたのは、アリババやテンセント、京東、平安保険系インターネット銀行による香港市場へのサービス拡大(香港版Alipayやタオバオ)に伴うものと考えられる。また近年は、新興企業が中国の上海科創板や深圳創業板、香港で上場する際、知財紛争に巻き込まれる事例が増加したといわれる。このことから、上場を念頭に置いた知財面の強化の一環として、香港での特許権確保を図っている可能性がある。

原授標準専利制度については、中国籍出願人が従来の中国での審査結果に基づく権利取得ではなく、新制度の利用によりあえて中国と香港双方で実体審査を受けようとしている意図を見極めるのが大切だ(明確でないが、例えば、香港での早期権利取得などが考えられる)。あわせて、新制度の利用価値について、引き続き注視していく必要があるだろう。


注1:
本稿では、特記しない限り、2019年12月に開始された原授標準専利制度に基づく出願件数は含まず、標準専利制度に基づく出願件数を取り上げる。
注2:
2019年のケイマン籍出願の多くはアリババによる(表2参照)。
注3:
特許協力条約(PCT:Patent Cooperation Treaty)に基づく国際出願。日本の特許庁などの指定官庁に対して出願手続きを行うことにより、条約加盟国全てに同時に出願をしたのと同じ効果が得られる。
執筆者紹介
ジェトロ・香港事務所
松本 要(まつもと かなめ)
経済産業省 特許庁で特許審査/審判、国際政策および知財・イノベーション政策を担当後、2019年9月ジェトロに出向、同月から現職。