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起業家を引きつけるエストニアのエコシステム
エストニア・スタートアップの今(1)

2020年10月9日

バルト海の東岸に位置するバルト3国のうち、最も北にあるエストニア。1991年に旧ソビエト連邦から独立した比較的若い国であり、独立から30年も経っていないものの、今や世界中の外国人起業家を引きつけてやまないスタートアップの集積地にまで成長した。本稿では、エストニアのスタートアップ環境について、さまざまな視点から分析していく。連載の前編。

政府の各種政策で魅力的なスタートアップハブの地位確立

エストニアは2014年、世界で初めて非居住者にデジタル空間で居住権を与える「Eレジデンシー(E-residency)」を導入し、世界中から注目を浴びた。これを利用すれば、非居住者でもエストニアの行政サービスを利用でき、オンラインでエストニアでの法人設立ができる。また、行政サービスの99%がオンラインで完結し、法人税(20%)が利益ではなく配当金に課税され、配当を行わない限り課税されない。こうした環境が設立当初の資金繰りが苦しい多くのスタートアップにとっては魅力的になっている(2018年6月15日付地域・分析レポート参照)。さらに、「スタートアップビザプログラム(スタートアップ設立のための短期滞在許可)」が2017年に開始されたことで、エストニアは小国ながらも多くの外国人起業家や人材を引きつけるスタートアップハブとしての地位を確立した。

起業が非常に簡便なのが魅力

エストニアでは、起業家が法人登記を行う際、登記手数料190ユーロを収めれば、会社設立後は法人住民税などの維持費用がかからない。また、資本金は最低2,500ユーロと定められているが、設立時に拠出する必要はない(注1)。法人登記もオンラインで可能な上、所要時間も平均3時間だという。実際、エストニアでは98%の新規法人登記がオンラインで行われている。

さらに、既述したとおり、法人税20%は配当金に課税されるため、配当金を出さない限りは法人税を払う必要がない。法人に課される義務としては年次決算報告書の提出があるが、こちらもオンラインで申告可能で、会社の規模が小さければ個人でも簡単にでき、このような環境が個人の起業を後押ししている。スウェーデンの大手銀行スウェドバンク(Swedbank)の2017年8月の調査によると、エストニアでは42%の人が何らかの副収入を得ており、5人に1人が起業した経験があるという。プロジェクト感覚で会社を設立することも多く、1人の起業家が複数のスタートアップ事業に従事していることも珍しくない。

1人当たりのユニコーン企業数は世界一

エストニアがスタートアップの集積地として知られるようになって久しい。そのエコシステムはさらなる成長を見せている。スカイプ(Skype、現在はマイクロソフト傘下)が2003年にエストニアで誕生し、これによってエストニアは正式に世界のスタートアップ業界地図に加わった。同社は後にユニコーン企業(企業評価額10億ドル以上のスタートアップ企業)となっており、現在、本社は移転したものの、エストニアには開発拠点が残っている。ほかにも、オンラインカジノのソフト開発などを行うプレイテック(Playtech)、配車アプリのボルト(Bolt)、送金アプリのトランスファーワイズ(TransferWise)が新たにユニコーン企業となり、エストニアから現時点で4つのユニコーン企業が輩出された(注2)。エストニアは、人口1人当たりのユニコーン企業数が世界で1番多い〔エストニア公共放送(ERR)2018年7月28日〕。

エストニアでは、成功を手に入れた起業家が次の世代のスタートアップに対して資金とノウハウの両方で再投資を行う段階までスタートアップ環境が成熟している。スカイプ(Skype)はこれまで多くの起業家を輩出してきた。スカイプ出身者が立ち上げ、大きな成功を収めたスタートアップは40社以上だという。事実、エストニアの2つのユニコーン企業のトランスファーワイズとボルトも元スカイプ社員によって設立された。トランスファーワイズの創業者、ターベット・ヘンリクス氏はトランスファーワイズの成功後、その知識と経験だけでなく、資金もエストニアのスタートアップに提供している。投資先にはボルトやオンラインの個人認証ソリューションで成長を遂げたベリフ(Veriff)を含む。このようなサイクルにより、起業分野における成功者と新規参入者というスタートアップ別世代にまたがるスタートアップエコシステムが形成されており、これはラトビアやリトアニアではまだ実現されていないものだ。

ブレグジットも好機と捉える

こうした魅力的な環境を背景に、エストニアは英国のEU離脱(ブレグジット)も好機と捉え、英国の起業家や高度人材をエストニアに誘致する政策を行っている。エストニア経済通信省管轄の貿易・投資促進機関であるエンタープライズ・エストニアが実施しているプログラム「Work in Estonia」もその1つで、英国人を対象に誘致プログラムを実施してきた。また、Eレジデンシーのチームはロンドンの地下鉄などにも広告を掲載するなどしたほか、Eレジデンシーの公式サイトにも「Start and run an EU company without leaving the UK」という特設ページを設けて、英国人の企業家や高度人材の誘致を行っている。


ロンドンの地下鉄構内に掲示された広告(Eレジデンシー提供)

ロンドン市内に掲示されているEレジデンシーの広告(Eレジデンシー提供)

現在、英国人の電子居住者数は約3,300人、また、電子居住者となった英国人が設立した企業数は500社を超えている。2020年1月にEUを離脱し、同年12月に移行期間を終えようという英国の起業家のエストニアへの関心は今後も高まると見込まれている。

エストニアのスタートアップ投資における日系企業

エストニアのスタートアップシーンにおいて、日系企業の存在感もまた大きい。多くの日系企業がエストニアのスタートアップに投資を行ってきており、エンタープライズ・エストニアのライド・レンバー投資部門長によると、日本は有望な連携先であり、エンタープライズ・エストニアは少なくても年に2回は日本を訪問しているとのこと。現地のスタートアップと話してみても、日本企業との面談を希望するスタートアップは多く、過去にジェトロが主催したイベントでも多くのスタートアップが参加している。

表:日系企業が関わったエストニアのスタートアップへの投資
企業名 業種 投資額(注) 日系投資家
2015年 Lingvist 外国語学習プラットフォーム 800万ドル 楽天
Fits.Me バーチャル試着サービス 非公開 楽天
2017年 Jobbatical 移住求職サービス 400万ドル Mistletoe
Funderbeam スタートアップの資金調達プラットフォーム 200万ユーロ Mistletoe
Xolo フリーランサー用経理アプリ 130万ユーロ Mistletoe
TransferWise 送金サービス 2,800万ドル 三井物産、World Innovation Lab
2018年 Lift99 技能共有プラットフォーム 230万ドル Mistletoe
BitOfProperty 不動産投資プラットフォーム 非公開 LIFULL
2019年 Bolt 配車アプリ 6,700万ドル Nordic Ninja VC
Starship Technologies 自律走行型配達ロボット 4,000万ドル TDK Ventures、リクルート
Realeyes 表情認識ソリューション 1,240万ドル NTT Docomo Ventures
Clanbeat 教育現場向けアプリ 100万ユーロ Mistletoe

注:投資額の全額を出資しているとは限らない。
出所:各社プレスリリース、報道を基にジェトロ作成

エストニアのエコシステムが直面する課題

エストニアの魅力的なビジネス環境はスタートアップの苗床となり、バルト3国のみならず、米国や西欧諸国、ひいては日本からの投資家も引きつけてきた。エストニアのスタートアップへの投資には大規模な取引のものも既に多く、エコシステムが成熟してきていることを示唆している。

一方、大規模な投資案件が増えた弊害も出始めている。一部のスタートアップが資金調達ラウンドで何度も投資を受けている一方で、新たなスタートアップにとっては起業初期段階での資金調達が難しいという課題が生じている。世界のスタートアップエコシステムを調査する機関StartupBlinkが発表した2019年のエコシステム・ランキング・レポートは、スカイプの成功が同国のスタートアップエコシステムに大きく貢献していると述べる一方で、コストの上昇により第三国からの開発センターを受け入れるのが難しくなりつつあるとの見解を示している。エストニア統計局のデータによると、スカイプが誕生した2003年当時の平均月額給与は500ユーロに満たなかったが、2019年は1,300ユーロを超えた。また、消費者物価指数は同期間で70%上昇している。この状況が変化しなければ、近い将来にエストニアのスタートアップの成長が停滞するリスクがある。


注1:
資本金の拠出については、配当金を出す際に拠出している必要がある。
注2:
エストニア人が設立した企業とエストニアで設立された企業を含む。

エストニア・スタートアップの今

  1. 起業家を引きつけるエストニアのエコシステム
  2. スタートアップ向けのビザ制度緩和でイノベーション取り込み目指す
執筆者紹介
ジェトロ・ワルシャワ事務所(在エストニア)
吉戸 翼(よしと つばさ)
2018年からエストニアでジェトロのコレスポンデントとしての業務に従事。

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