収益増大をもたらす知的財産権とは(日本)
知財価値評価とスタートアップ企業の知財戦略(2)

2020年5月15日

大企業の知財戦略では一般論として、多数の知的財産権を網羅的に取得することにより、自社事業の優位性を維持しようしている。これに対し、中小企業・スタートアップ企業は、資金力や人材が十分ではないことが多く、その事業の全てを網羅する多数の知的財産権を取得することには、相応の困難が伴うものと理解される。このため必然的に、知的財産権の数以上に、質に焦点を当てた知財戦略を立案する必要性が、大企業と比べて相対的に高いと考えられる。

スタートアップ企業が、知的財産権を資金調達のための武器として使用した事例は多く知られている。一方で、より経済的価値の高い知的財産権、つまり、事業価値を高めることができる知的財産権を所有している方が、資金調達を成功させやすい傾向がある。

この報告の第1回では、(1) 知的財産権の価値評価は昨今、収益還元法が主流となってきたこと、(2) 将来、事業価値の増大〔すなわち、当該事業の収益(キャッシュフロー、営業利益)の増大〕をもたらしやすい知的財産権であれば、より高い経済的価値を有すると評価され、資金調達が成功しやすいこと、を説明した。これを受け、第2回では、どのような知的財産権であれば収益を増大させやすいかについて、いくつかの具体例を参考に一般論を論じる。

総資産利益率(ROA)から事業の収益性を考える

先述したとおり、知的財産権の価値評価において、現在、最も主流とされる価値評価手法は、収益還元法による価値評価手法だ。収益還元法では、知的財産権を利用した事業によりもたらされる収益が大きければ大きいほど、定性的に知的財産権の価値が高いと判断される傾向にある。では、具体的にどのような知的財産権であれば、事業の営業利益を増大させ、当該知的財産権の価値が高いと判断されることになるのか、いくつかの事例も参考に検討してみたい。

会計上、事業の収益性の良しあしを図る指標は複数知られているが、そのような事業の収益性の指標として最も代表的な指標の1つが、総資産(営業)利益率(ROA)といわれている。これは所与の資産規模の企業または事業がどの程度の利益を上げているかを表し、資産規模が一定であれば、営業利益が大きいほど率が高くなる。総資産利益率は当期営業利益を総資産で除算して算出されるが、より分析的に数式で表すと次のとおりになる。

(総資産利益率)=(当期営業利益)÷(当期売上高)×(当期売上高)÷(総資産)

ここで当期営業利益を当期売上高で除算したものは、売上高利益率といわれて利幅の大きさを示す。また、当期売上高を総資産で除算したものは総資産回転率といわれ、総資産がどれだけ活用されて売上高に結び付いたのか(総資産が何回回転して売上高をもたらしたのか)を示す。つまり、総資産利益率は、売上高利益率と総資産回転率の積ともいえる。

(総資産利益率)=(売上高利益率)×(総資産回転率)

実際は、売上高利益率と総資産回転率は相互にトレードオフの関係にある。いずれにせよ、一般論として売上高利益率や総資産回転率を高めるような知的財産権であれば、当該事業の総資産利益率を高めることができると考えてよい。例えば、飲食店の経営において、利幅を増やせば客は長居をする傾向にあり回転率は低下するが、利幅が低ければ客は長居をしづらいので(内装などへの設備投資額を抑えると、客が長居しやすい店舗設計をしづらいので)回転率は高まる。実際のビジネスモデルでは、両者のバランスを考慮して利幅と回転率を設定していくが、売上高利益率(利幅)や総資産回転率(回転率)それぞれの改善を目指していくことが、総資産利益率の改善につながっていくことも確かだろう。

1.売上高利益率を高める知的財産権

売上高利益率を高める知的財産権(つまり利幅を高める知的財産権)とは何か。単純化して考えれば、費用はそのままで単価を高めるような付加価値創出型の知的財産権や、単価はそのままで費用を圧縮するような費用効率化型の知的財産権を挙げることができる。

付加価値創出型の知的財産権の具体的な事例としては、例えば、医薬品特許のように、一定以上の市場規模が存在する製品で、その特許権の存在自体が価格(薬価)の上昇に寄与するような知的財産権がある。2018年のノーベル医学生理学賞を受賞した京都大学の本庶佑特別教授が膨大な医薬品売上額に対応したライセンス料の差額154億円を求めたという報道も記憶に新しい(注1)。医薬品の薬価は、当該医薬品をカバーする特許権が存在することにより高めに設定され、当該特許権の存続期間が満了すると薬価が切り下げられることも広く知られているところだ。創薬ベンチャー企業において、上市予定の製品をカバーする特許権を取得したことにより、株価が大きく上昇したとの報道をたびたび耳にするし、実際に承認を取得して製造・販売が開始されると、収益性が大きく向上し、企業価値が爆発的に増大することも広く知られている。

また、2011年に始まったアップルとサムスン(Samsung)との知財訴訟において、米国連邦地裁がサムスンに合計10億ドル以上の損害賠償を命じた事案では、アップルの複数の意匠特許権が重要な役割を果たしていたとも言われている(注2)。米国での知的財産権侵害訴訟における損害賠償額については、原告の逸失利益が損害額として認定される場合があるが、この訴訟で非常に高額の損害賠償額が認められた背景には、原告製品の利幅が大きかったのも一因だろう。後述するように、製品デザインは製造費用の効率化にも寄与するが、この事例では、問題となったアップルの複数の意匠特許権に係る製品デザインが高い付加価値を生み出していたと推察される。

さらに、費用効率化型としての側面も有する知的財産権の具体的な事例として、例えば、効率化された製造方法に関する特許権や、B2C製品の製品外観に関する優良なデザインについての意匠権を挙げることができる。

前者について、一定規模の市場に投入する商品を製造するにあたって、既存商品と同等の品質・性能を維持したまま、原材料、製造プロセス、製造条件などの諸般の要素を検討した結果として製造コストを大幅に圧縮できれば、価格を維持しながら利幅の増大を期待できることになる。これによって、収益性を高めることができるし、最終的には価格競争力の向上にもつながっていく。後者だが、特許発明の製品への実装にあたっては一般論として高価な材料や部品などを利用する必要もあるため、製造コストを高める要因にもなる。一方、製品デザインについては、高価な材料を使用しなくても工夫次第で高級感のある洗練された製品外観を生み出すこともできるため、製造コストをかけずに製品に対する需要を喚起し、販売数を増加させる効果を生じさせることがあるし、実装される機能に比較して高めの価格設定が可能ですらある。実際のところ、サムスン電子は、新興国市場を含む世界各国におけるスマートフォンの販売戦略において、各市場における消費者のニーズに応じた機能と、高級感を付与するデザインを実装した製品を上市することにより売り上げを伸ばしてきたことは広く知られている(注3)。価格の高い高機能製品は一般的に、名目賃金の低い新興国市場では売り上げが伸びにくい一方で、製品のデザインを工夫することで製品に高級感を付与できれば、低コストで製品の付加価値を高めることができ、新興国市場においても売り上げを伸ばしやすい低価格の商品であっても、その利幅を一定以上に維持できる。例えば、サムスン電子が2011年からロシア市場に投入した、「アクアスリムフォン(SGH-E570)」は、若い女性に好まれる洗練されたデザインやカラーを採用し、多くの女性消費者から支持を受けて販売台数を伸ばした、と言われている(注3)。

これまで述べたとおり製造コストの圧縮は、利幅の増大に加えて廉価な価格設定で需要喚起を可能にし、製品デザインは費用を効率化する一面がある。同時に、「優れたデザイン」によって付加価値を高めるという側面もある。実際の商品開発においては、各社が参入する市場の特性と消費者のニーズに応じ、付与すべき付加価値と効率化すべき費用(この2者はトレードオフの関係に立つ)とのバランスを取りながら、各商品の規格を決めていくことになると考えられる。

また、利幅の増大については、単に技術・デザイン面に依拠するだけではなく、生産規模との関連性も高い。このため、スタートアップ企業については、たとえ技術・デザイン面で優れた製品を開発したとしても、事業の具体化の段階で、製品開発・知的財産権取得の局面以外での努力が必要とされることは言うまでもない。しかし収益性の高いビジネスモデルを構築して、知的財産権によって保護していくことにより、資金調達や他の企業との協業が実現可能となっていくことも事実であろう。

2.総資産回転率を高める知的財産権

次に、総資産回転率を高める知的財産権(つまり、一定期間における製品の販売数量を増大させる知的財産権)について検討する。例えば、顧客の購買欲を惹起(じゃっき)しつつ、製造・販売プロセスに要する時間を短縮できるような知的財産権を挙げることができる。最も典型的な事例としては、アマゾンのワンクリック(One Click)特許がある。周知のように、ワンクリック特許では、クレジットカード情報と住所をあらかじめアマゾンのサイト上に登録し、会員である顧客が商品を選んだ後、クレジットカード情報や住所を入力せずにワンクリックだけで商品の注文を完了できるのを特徴としている。ちまたでは、ワンクリック特許がアマゾンに巨額の利益をもたらしたとも言われている。注文のたびに決済情報や住所の入力をしなくても商品の注文を完了できるシステムは、注文の際の利便性を向上させ顧客を繰り返し吸引する力を発揮するとともに、1回の決済に要する時間も短縮されるので販売プロセスが簡略化して、販売の回転率をも向上させている、と考えられる。

アマゾンでは、昨今、多額の費用を投資して、商品の翌日配送実現のためのシステム整備を行ったといわれる(注4)。このため、配送プロセス効率化のための具体策をカバーした知的財産権も多数出願している模様だ。こういった知的財産権についても、総資産回転率を高めることによって、今後、同社の利益を押し上げる要因として働いていくものと推測される。

有効なビジネスモデルを知財で保護する取り組みを

企業が知的財産権を取得、保護、活用していくにあたり、当該企業のおかれた状況に応じた戦略を立案し、事業を展開していくことは、事業を成功に導くうえで必要不可欠と言っても過言でない。大企業と比べて、中小企業やスタートアップ企業は、経営資源が十分でないため、そのような状況を十分に念頭に置いたうえで事業戦略・知財戦略を立案していくことが極めて重要だ。

知的財産権の質に着眼して各事業の知財戦略を立案する場合、当該事業の営業利益の増大をもたらすような知的財産権を取得していくことが重要で、売上高利益率(利幅)や総資産回転率(回転率)を増大させるようなビジネスモデルを構築し、これを知的財産権で保護していく取り組みが必要になるだろう。


注1:
本庶氏が小野薬品を提訴へ オプジーボ特許料巡り外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」(日本経済新聞、2019年7月27日)を参照。
注2:
Apple Inc. v. Samsung Electronics Co., 920 F. Supp. 2d 1079, 1089 (N.D. Cal. 2013)
注3:
「先進国市場と新興国市場におけるサムスン電子の躍進要因に関する研究-デザイン力、グローバル・マーケティング力、グローバル・ブランド力の革新期に着目して-」(徐誠敏・著、富士ゼロックス小林節太郎記念基金編集・発行、2012年)を参照。
注4:
Amazon.com Announces Third Quarter Sales up 24% to $70.0 Billion外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」(アマゾンのニュースリリース、2019年10月24日)を参照

なお、このレポートは、日本弁理士会発行「月刊パテント2020年4月号」に掲載された論文の内容を改変して作成したものです。

知財価値評価とスタートアップ企業の知財戦略

  1. 知的財産の価値評価手法とは(日本)
  2. 収益増大をもたらす知的財産権とは(日本)
執筆者紹介
ジェトロイノベーション・知的財産部知的財産課
渡辺 浩司(わたなべ こうじ)
2006年弁理士登録、2018年特定侵害訴訟代理業務付記。特許法律事務所勤務などを経て、2019年からジェトロイノベーション・知的財産部へ出向。