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知的財産の価値評価手法とは(日本)
知財価値評価とスタートアップ企業の知財戦略(1)

2020年5月15日

フェイスブック、アマゾン、ネットフリックス、グーグルといった1990年代中盤から2000年代初頭にかけて創業されたスタートアップ企業は、FANGと呼ばれる巨大企業群へと急成長し、約20年を経た今、米国経済の持続的な成長を牽引する一役を担っている。また、2018年6月に発表された日本政府の未来投資戦略2018でも、KPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)の1つとして、2023年までにユニコーン企業または上場ベンチャー企業20社を創出することを掲げ、今や、スタートアップ支援は日本政府の経済政策における最重要部を構成するに至っている(注1)。スタートアップ企業がその事業を展開するにあたり、知的財産権の取得、保護、活用が重要なことは誰もが認めるところだ。また、知的財産権を武器の1つとして、スタートアップ企業が資金調達を成功させた事例も多数報告されている(注2)。

ところで、特許権、実用新案権、意匠権、商標権などの知的財産権は、法令・判例から、権利範囲が明確化されている。裏を返せば、所与の知的財産権を回避するには、製品・商標にどのような変更を施すべきかがおおむね明確であることを意味し、企業の市場シェア拡大のための知財戦略に基づきより多くの知的財産権を網羅的に取得することが重要であるとの結論につながっていく。

しかし、中小企業・スタートアップ企業は、資金力や人材が十分ではないことが多い。このため、事業の全てを網羅する多数の知的財産権を取得することには、相応の困難を伴うと理解されている。このため、知的財産権の数だけではなく、質に焦点を当てた知財戦略を立案する必要性が、大企業と比べて必然的に高くなるだろう。

先述のとおり、スタートアップ企業が知的財産権を資金調達のための武器として使用した事例は、数多く知られている。そのような場合に、担保権設定の観点から、知的財産権を利用した当該スタートアップ企業の事業がどの程度の価値を有するのか、が問題になる。資金力が十分ではない多くのスタートアップ企業にとって、資金調達の成否は事業の成否に直結しやすい問題といえるが、知的財産権の有する付加価値の評価、ひいては知的財産権を利用した事業の価値評価は、資金調達の成否やその調達額に大きく影響を与える。

このような状況を踏まえ、この報告では、2回に分けて、スタートアップ企業の知財戦略について考察する。1回目は、スタートアップ企業の知財戦略を立案するにあたり参考にするため、知的財産権の価値評価の基本的な考え方について紹介する。

知財価値評価の具体的手法

資産価値の評価においては、課税・会計、資産譲渡、融資、企業買収などのさまざまな経済活動の局面で、その目的に応じたさまざまな手法が採用されている。このため、対象となる資産が同じであっても、例えば、課税、譲渡、損害額算定など局面に応じて、具体的評価方法や評価額が異なるものになる。一般に、資産価値の評価にあたっては、当該資産の性質と価値評価の目的に合わせて、原価法(コストアプローチ)、取引事例比較法(マーケットアプローチ)、収益還元法(インカムアプローチ)、という3つの異なる手法が採用されており、それぞれの長所・短所が理解された上で使い分けられている(表参照)。

表:各種資産価値評価手法の内容とその長所・短所
手法 内容 知財価値評価における長所・短所
原価法
(コストアプローチ)
再構築にかかるコストから価値算定
  • 算定基準が分かりやすい
  • 売買価格に見合う利益が得られるか不明
取引事例比較法
(マーケットアプローチ)
取引市場における一般的な取引価格から価値算定
  • 価格決定手法として信頼性が高い
  • 先行する取引事例が不足
収益還元法
(インカムアプローチ)
その資産から将来得られるキャッシュフローから価値算定
  • 評価手法として経済的に合理的
  • 将来の予測に基づく評価

出所:「知的財産の価値評価について」(特許庁、発明協会アジア太平洋工業所有権センター編、2017年)を基にジェトロ作成

1.原価法

原価法とは、対象となる資産を再構築すると仮定し、それに要する費用の積算額から資産の価値を決定するものだ。原価法の算定根拠は資産の再構築に要する費用であるため、算定根拠が明確で、評価額を客観的に決定しやすいという利点がある。一方で、資産譲渡などの局面での利用においては、対象資産について、将来、評価額と同等の利益を生み出すことができるのかが明らかでなく、契約当事者、特に譲受人の納得感が得られにくい場合があるという欠点もある。

例えば、原価法で特許権の価値を算出する場合、特許印紙代(特許庁手数料)に加え、各種代理人費用(弁理士手数料)を積算した額となり、知的財産権の種類が同じであれば、おおむね一定の範囲の評価額に落ち着くこととなる。しかし、例えば、特許権といっても、発明の内容に応じて経済的に高く評価されるものと、経済的な評価の低いものが存在していることも広く知られる。原価法をすべての知的財産権の評価に適応することが問題をはらんでいることは、明らかだろう。

2.取引事例比較法

取引事例比較法は、その資産の取引市場において一般的に成立する価格をもって、資産価値を評価する手法である。取引事例比較法による価値評価は、価格決定手法として信頼性が高いと言えるものの、知財価値評価の場合など、一定の規模の取引市場が存在していない場合には、先行する取引事例の不足から価値評価を行うことが困難になる。

3.収益還元法

収益還元法では、その資産から将来得られる収益(一般的にはキャッシュフローを採用)を基に、資産価値を評価する。収益還元法は、知的財産権の評価手法として経済的に合理的という長所があるものの、あくまでも将来予測される収益に基づく評価のため、正確な価値の算出に相応の困難を伴う。

収益還元法による知的財産権の価値評価においては、その知的財産権を用いて実施される事業の価値評価を、その事業から得られる収益を基に行う。例えば、事業の評価額から、金融資産価値や、有形資産価値を控除し、技術の寄与分を積算したり(例えば、資産控除法)、総資産に占める、一般に言われている無形資産の割合から無形資産の価値を算出したり(例えば、利益三分法、ルール・オブ・サム法)することが多い。いずれにせよ、知的財産権の譲渡や、知的財産権を対象とする担保権の設定については、あくまで、当該知的財産権を利用した事業とともになされることも多いため、個別の知的財産権の価値を評価する側面はあまり一般的ではなく、かつ個別の知的財産権の評価に特段大きな意味がないケースもある。とはいえ、知的財産権を利用した事業の価値が高く評価されるのなら、必然的にその事業で利用する知的財産権の評価も高くなると推認されるため、収益還元法で定性的に知的財産権の価値を検討することに有用性がありそうだ。

なお、当期中のキャッシュフローは一般的に、以下の数式を基に算出される。

(キャッシュフロー)=(税引き後営業利益額)+(減価償却費)-(固定資産投資額)-(正味運転資金の増加額)

「正味運転資金の増加額」とは、売掛金債権・買掛金債務や、棚卸資産を通算した額の増加額を意味する。「減価償却額」「固定資産投資額」「正味運転資金の増加額」は、いずれも、利益の増減があったとしても当期においては現金の流入・流出を伴わずに繰り越される費用や、現金の流出があったとしても会計上は当期における利益額から控除されない出費項目などを、営業利益に加算・減算したものだ。このため、キャッシュフローを長期で通算すれば、必然的に営業利益の額に収束していくと理解される。そのような意味において、収益還元法において高い評価を受ける知的財産権とは、当該知的財産権を利用した事業において、将来、より大きな営業利益をもたらす知的財産権とほぼ同義となる。

知的財産権への担保権設定における価値評価

特定の資産を担保とした資金調達(例えば、銀行からの資金の借り入れ)の局面において、担保権者(金融機関など)は一般に、債務者(各事業者)が資金の返済不能に陥った場合に対象資産を処分することで資金を回収するために、担保権を設定する。このため、提供する資金の額は当然、対象資産の譲渡の際の売買価格(あるいは、そこから譲渡などに必要な諸費用を控除した価格)に応じた額になるだろう。

知的財産権の譲渡の局面では、収益還元法による価値評価を基に譲渡価格を決定する局面が多いようで、実際は、事業の実施のための設備に付随する形で知的財産権の譲渡がなされる場面も多いといわれる。しかし、知的財産権単独での譲渡の局面を想定する場合、譲受人に事業の実施のための設備が手元になければ、譲受人が譲り受けた知的財産権から利益を得ていくために、事業の実施のための設備を設けるために投資しなくてはならない。このため、収益還元法による知的財産権の評価額から初期投資に必要な費用を控除して、譲渡価格とする場合も多いようだ(注2)。いずれにせよ、収益還元法を基礎としてより多くの営業利益をもたらす知的財産権であればより高く評価される傾向があり、より多くの資金の調達が可能になると考えられる。

収益増をもたらす知財戦略の検討が大切

知的財産権の価値評価手法としては、現在は、収益還元法が主流であるといわれ、収益還元法では、収益(キャッシュフロー、営業利益)の増大をもたらす知的財産権が高い経済的価値を有すると評価される傾向にある。このため、中小企業・スタートアップ企業の知財戦略を立案する場合でも、当該知財戦略が収益の増大をもたらすものなのかを検討することが重要だ。報告の第2回では、どのような戦略に基づいてビジネスモデルを構築すれば、収益や企業価値が増大しやすいかについて、具体例を挙げて紹介する。


注1:
「未来投資戦略2018-『Society 5.0』『データ駆動型社会』への変革-」(日本経済再生本部、2018年)を参照。
注2:
「知的財産の価値評価について」(特許庁、発明協会アジア太平洋工業所有権センター編、2017年)を参照。

なお、このレポートは、日本弁理士会発行「月刊パテント2020年4月号」に掲載された論文の内容を改変して作成したものです。

知財価値評価とスタートアップ企業の知財戦略

  1. 知的財産の価値評価手法とは(日本)
  2. 収益増大をもたらす知的財産権とは(日本)
執筆者紹介
ジェトロイノベーション・知的財産部知的財産課
渡辺 浩司(わたなべ こうじ)
2006年弁理士登録、2018年特定侵害訴訟代理業務付記。特許法律事務所勤務などを経て、2019年からジェトロイノベーション・知的財産部へ出向。

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