中国との軍事衝突が物流、貿易にも打撃(インド)
在ムンバイ日系企業へのヒアリングから(2)

2020年8月13日

インド北部ラダック地方で6月中旬、インドと中国両軍の衝突が発生した。インド軍側は、この衝突で20人の兵士が死亡したと発表し、それ以降、インドにおける中国製品の不買運動や中国からの輸入貨物検査など、両国間の貿易に大きな影響が生じている(2020年6月27日付ビジネス短信参照)。

インドでは、新型コロナウイルス感染拡大に伴うロックダウンが物流に大きな影響を与えていた(2020年8月13日付地域・分析レポート参照)。そこにこの衝突事案が発生したことで、物流面、貿易面の混乱にさらなる拍車がかけられたことが日系企業のヒアリング結果から明らかになった。なお、本稿は7月上旬時点での聴取結果を反映している。最新の状況と異なる可能性があることに、注意が必要だ。

中国貨物への検査厳格化に対する物流遅延

物流分野において、インド政府は中国からの貨物の取り扱いについて正式な発表はしていないが、実態上、中国からの貨物への検査が厳格化され、その余波が、日系企業にも及んでいる。問題の発生した当初、一部の税関では中国からの貨物の受け入れそのものを停止したようだ。日系企業へのヒアリングによると、中国から輸入される貨物に対し空港と港湾双方で全量検査が実施されているということだった。これは大幅な貨物の滞留につながる。最初に物流会社が大きな影響を受けた。しかし、この遅延について政府は何らの救済措置をとらなかった(注1)。結果的に、物流会社は、それらの遅延コストを負担せざるを得なくなった。また、中国からの貨物について、それまで求められなかった資料提出が急きょ求められるなど、特別な対応も生じた。さらに、中国製品であれば第三国からの貨物も、全量検査の対象となった。そのため、引き取りに過大な時間を要しているとの報告もある。

在インド日系企業の多くは、中国から原材料や部品を輸入する。このため、中国からの商品を多く取り扱う商社は、本問題の影響拡大と中国側の対抗措置に懸念を持つ。「この状況が続くようなら、別の商流を検討する必要がある」とした商社もあった。また、インド・中国間のプロジェクトを進めてきた別の商社は、「中国からのサンプル送付が不可能となった」とし、計画停止を余儀なくされた。

製造業でも影響は顕在化している。「中国企業と連携したプロジェクトの停止を余儀なくされている」「取引先から『原材料や部品に中国製は含まれていないか』との問い合わせを受けた」などのコメントがあった。公共事業においても中国排除の流れが強まっている現状があり、一部の入札案件では、既に中国製品排除が条件に盛り込まれ始めているという(注2)。他方、別の製造業は、「インド国内での調達を推進してきたため、影響はあまりない」と述べた。

貿易赤字構造を背景に、脱中国の流れが続けば事業再構築も選択肢に

インドは恒常的な貿易赤字国だ(2020年4月27日付ビジネス短信参照)。その中でも、中国はインドの最大輸入相手国である。例えば、スマートフォン市場のシェア(2019年)をみると、2位のサムスン(韓国)を除いて、1位のシャオミを筆頭にビーボ、リアルミー、オッポと、中国系ブランドが上位を独占する。モディ政権はこの状況を打破するため、国内製造業振興「メーク・イン・インディア」政策を推進。各種の施策を展開している。例えば「インド電子・医療機器・医薬品製造に関するインセンティブ制度」を導入してまで、安価な自国製品普及と輸入の削減を志向している(2020年6月25日付ジェトロ調査レポート参照)。

新型コロナウイルスの影響で産業が停滞する中、インド・中国両国の衝突事案を契機に、インドが「脱中国」を進め、「メーク・イン・インディア」を促進することで貿易赤字を改善し、国内の雇用を安定させ、国民の支持を得ようと考えるのは自然な流れと考えられる。国民、民間レベルでも中国製品排除の潮流が大きくなり、インド消費財ブランドの多くが「脱中国」にかじを切っているとの報道も目立ち始めている(注3)。このまま「脱中国」の流れが続く場合は、物流や貿易の現場でいま起きている問題と似たような問題が引き続き発生する可能性も考えられる。日系企業は自社のビジネスを再構築することも選択肢に、対応を考える必要があるかもしれない。


注1:
港湾での貨物滞留は、新型コロナウイルス感染防止に伴うロックダウンの際にも発生した。しかし、その期間中に発生した遅滞費用については一部免除する旨の通達が、船舶省から出されていた。対して、今回の中国との国境紛争関連に伴う物流遅延については、政府は特に支援策を打ち出してはいない。
注2:
例えば、中国系企業が落札したインフラ整備事業が見送られている。また、西部マハーラーシュトラ州政府は7月中旬、国内外12社と締結した投資覚書(MoU)のうち中国系企業の案件を凍結すると発表した。
注3:
6月末には、日本でも人気が高いTikTokなどを含む59種類の中国製モバイルアプリを使用禁止とした。中国製スマートフォンの販売店ではデモなどを恐れ、商品の看板を通りから見えないようにするなどの対策を取っている。オッポの工場前では、デモも発生した。

在ムンバイ日系企業へのヒアリングから

  1. インド、ロックダウン下の物流の課題
  2. 中国との軍事衝突が物流、貿易にも打撃(インド)
執筆者紹介
ジェトロ・ムンバイ事務所
比佐 建二郎(ひさ けんじろう)
住宅メーカー勤務を経て、大学院で国際関係論を専攻。修了後、2017年10月より現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ムンバイ事務所
尾川 哲男(おがわ てつお)
総合商社に27年、大手電機メーカーに13年勤務。イラン、UAE、インドなどでの駐在を経て、2019年からジェトロ・ムンバイ事務所で海外投資アドバイザー。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課 リサーチ・マネージャー
古屋 礼子(ふるや れいこ)
2009年、ジェトロ入構。在外企業支援課、ジェトロ・ニューデリー事務所実務研修(2012~2013年)、海外調査部アジア大洋州課、 ジェトロ・ニューデリー事務所(2015~2019年)を経て、2019年11月から現職。