物流、人材、労賃で企業立地に三位一体の優位性(ロシア)
古代からの物流の要衝・ノブゴロド州に再び脚光

2020年8月19日

ロシア北西部に位置するノブゴロド州。人口は約60万人(2020年1月現在)と、市場としては必ずしも大きくない。しかし、首都モスクワとロシア第2の都市サンクトペテルブルクを結ぶ幹線道路や鉄道にも近い交通の要衝だ。州都の大ノブゴロド市が物流で大きな役割を果たすのは、今も昔も変わらない。中世後期に、バルト海沿岸地域の都市同盟(ハンザ同盟)に加盟していたことでも有名だ。さらに古くは、ノルマン人(バイキング)がギリシャとの通商路を求めて北欧から南下する通り道でもあった。

近年は積極的な外資誘致を行い、再び脚光を浴びている。2016年9月に、世界的な家具製造・販売チェーンのイケアがロシア最大規模の工場を設立した。2019年には、戦略イニシアチブ庁(ASI)(注1)が毎年発表する投資環境ランキングで、初のトップ20入りを果たした。2020年は、トップ10入り間近に迫った(2020年7月15日付ビジネス短信参照)。

日本との関係では、静岡県との交流を進めている。この交流は、伊豆半島の下田で結ばれた日魯通好条約(日露和親条約)に由来する。条約のロシア側署名者はエフィム・プチャーチン提督だった。提督の家系がノブゴロドにルーツを持つゆかりで、2019年から経済面を含めた本格的な交流が始まった。


大ノブゴロド市のシンボルの建都1000年記念碑(ジェトロ撮影)

主力は製造業、地場企業の国際展開進む

ノブゴロド州の主要産業は、地域総生産の約40%を占める製造業だ。2019年の同州の鉱工業生産の伸びは3.4%。ロシア全体の平均(2.3%)を上回った。製造業は輸出志向だ。同州で加工された製品の40%は国外に輸出されている。化学や木材加工、機械製造修理、食品加工など産業分野は幅広い。州政府によると、州内には以下のような企業が立地する。

地場企業の国際化も進む。アクロンは、ロシアのほかカナダでも原材料となる鉱物の採掘を行う。米国やブラジル、アルゼンチン、スイス、フランスに独自の販売網を持つなど、国際展開を積極的に進めている。オーガニック・ファーマシューティカルズの製品は、SPLASTブランドでCIS諸国のほか英国など欧州諸国で販売される。また、中国や日本、韓国などアジア諸国や欧州の23カ国で製品特許を取得済みだ。外資系企業では、イケアが製造部門のイケア・インダストリー・ノブゴロド外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を設置している(後述)。

ノブゴロド州政府は、投資誘致を狙って柔軟な施策を講じている。ロシアでは、投資誘致に当たって各地方が税制面をはじめとする各種優遇措置を打ち出すことが多い。ノブゴロド州の場合は、それを社会政策と連動させているのが特徴だ。デニス・ノサチョフ投資政策相(注2)はジェトロのインタビュー(2020年1月)に対し、優先的経済発展区域(TOR)(注3)を念頭に、「人口が少ない地域や単一産業都市(モノゴロド)への投資に対しては、より大きな優遇策を提供している。また、小規模案件にも融資や(通常大規模投資でないと得にくい)各種税制優遇(資産税、土地税、車両税など)を付与する」と語った。

2大都市を結ぶ幹線上にあるロジスティクス面での優位性

ノブゴロド州でのビジネス上の優位性として、州政府関係者は以下を指摘する。

  1. 外資を含む加工業・製造業の立地に裏打ちされた質の高い労働力がある。
  2. サンクトペテルブルクなどの近隣大都市に比べ、高質の人材を低廉に確保できる。
  3. 大消費地の首都モスクワとサンクトペテルブルクを結ぶ幹線近くに所在する。

このため、加工の品質と人件費を総合的に勘案し、原材料の輸送コストをかけてでもあえて内陸部のノブゴロド州で生産する企業もある。

自動化ノウハウの共有を通じ、地元産業の高度化に取り組むイケア

前述の優位性を活用し、ノブゴロド州を生産基地として活用する外資系企業がある。その1つがイケアだ。同社は2016年、ノブゴロド市近郊にロシア最大の工場「イケア・インダストリー・ノブゴロド」を設立した。以下、同社のワジム・ベズボロドフ社長にインタビューした内容を紹介する(インタビューは2020年1月28日)。


イケア・インダストリーの工場(ジェトロ撮影)
質問:
イケア・インダストリー・ノブゴロドの概要は。
答え:
ノブゴロド工場は2016年7月にオープン。建設開始は2014年の6月。テスト生産開始は2016年4月で、完工までに約1年半強と速いスピードで建設できた。他の地方と総合的に比較した上で、投資環境整備に注力していたノブゴロド州への投資を決めた。良い決断だった。
イケア・グループとしての地域別投資額で、ノブゴロド州はモスクワ州、サンクトペテルブルク市に次いで第3位だ。工場の面積は5万1,000平方メートル。従業員数は事務系を含め400人。ラインは工程によって異なるが、2交代または3交代で操業している。 当工場の製品には2種類ある。パーティクルボード(注4)とそれを元にした完成品(一部製品の天板および側面部分の完成品)だ。前者は50%がロシア国内向け。残りの50%を欧州や中南米、中国、中近東に向けて輸出する。ロシアの製品が十分な競争力がある証明でもある。
質問:
ノブゴロド州に立地した理由は。
答え:
投資決定の最大の理由は、物流面と人件費を含む総合的な「コストパフォーマンス」が高かったことだ。物流面については、「M-11」(注5)を経由すれば、サンクトペテルブルクまで2時間、モスクワも5時間で到達する。ロシア国内のイケアの販売店舗へも、物流センターを経由せずにノブゴロドの工場から直接輸送が可能だ。
質問:
現地企業との協業についてはどうか。
答え:
地場企業からの調達を積極的に進めている。当社の現地調達率は約60%。当工場は、ロシア国内のイケアのリテール部門向けの最大の地場供給者だ。イケアは、ロシア進出当初から現地調達の拡大に取り組んできた。現地サプライヤー向けの長期協力プログラムを導入し、地場サプライヤーの育成と強化を図ってきた。イケアが地場サプライヤーに投資するケースもある。
ロシア政府が進める「国家プロジェクト」(注6)に、当工場も協力している。現時点でも労働集約型ではなく装置産業の色彩が強いが、今後、自動化を一層推進していく。ノブゴロド州政府を通じて、それらのノウハウを地元企業と共有していく(注7)。
質問:
工場運営の方向性について
答え:
人材育成が重要な課題だ。ノブゴロド州にはもともと製造業の素地がある。そのため、ものづくりの現場で働こうという人材も多い。その意欲を伸ばす方向の教育に注力する。それに加え、今後はイノベーション、デジタル化、自動化を推進することで一層の生産性向上を目指す。

静岡県との交流では医療、農業などの分野に期待

ノブゴロド州政府は現在、静岡県と交流を進めている。ベロニカ・ミニナ副知事は交流について、(1) 医療分野(健康長寿対策)のノウハウ共有、(2) 農業分野(日本の技術を導入したての共同生産、農地改良など)の経験の共有、(3) 耐震技術を含む建築、情報通信技術(ICT)、農業・食品分野での大学間交流、などに期待していると語っている(2020年2月)。


注1:
ロシアの政府関係機関。各地方の投資環境改善の提案とモニタリングを行う。
注2:
日本では、都道府県の部長職に相当。
注3:
入居企業に対し、法人税と資産税、土地税、社会保険料率(雇用主負担分)などに優遇措置を与える制度。当初は、産業振興の起爆剤として極東地域限定で導入された。しかし2016年以降は、ウラル山脈以西の欧州部にも拡大している。
注4:
木材の小片を接着剤などで固めた木質ボード。
注5:
モスクワとサンクトペテルブルクをつなぐ高規格有料高速道路。2019年12月に全面開通(2019年12月3日付ビジネス短信参照)。
注6:
2019年2月に公表した2024年までの13分野にわたる国家発展戦略。経済面では中小企業活動、デジタル経済、労働生産性・雇用確保などを列挙している。
注7:
州政府産業商務省担当者によると、イケア・インダストリーの視察や有償のコンサルティングなどの機会を地元企業に提供し、ノウハウ伝授とそれを通じた州内企業全体の生産性向上に取り組んでいる。
執筆者紹介
ジェトロ・モスクワ事務所長
梅津 哲也(うめつ てつや)
1991年、ジェトロ入構。ジェトロ・モスクワ事務所、サンクトペテルブルク事務所勤務などを経て現職。主な著書は「ロシア 工場設立の手引き」「新市場ロシア-その現状とリスクマネジメント」(いずれもジェトロ)。