州議会選挙で10年ぶりの政権交代となるか
新型コロナを経て変わるインド南部タミル・ナドゥ州(後編)

2020年12月1日

インド南部のタミル・ナドゥ(TN)州では7月下旬以降、新型コロナウイルスの新規感染者数の減少が続いているが、一時期は国内最大の感染者数を抱えるマハーラーシュトラ州に次いで、多くの感染者が確認されていた。2021年5月に予定される州議会選挙を控え、野党は現政権の新型コロナへの対応に攻勢を強めている。後編では、近年の州政治の動向を振り返りつつ、州議会選挙の行方を展望する。

中央と一線を画す独自の州政治

2019年5月の連邦下院選挙では、インド人民党(BJP)が全国的に圧勝し、国民会議派(INC)は惨敗したが連邦下院第2党となった。一方で、TN州では、その状況が大きく異なる。2020年11月中旬時点で、TN州議会の定数235議席のうち、INCの議席数は7にとどまり、BJPに至っては議席が0。与党の全インド・アンナ・ドラビダ進歩連盟(AIADMK)と最大野党のドラビダ進歩連盟(DMK)が議席数の約9割を占めている。

その背景には、南北インドの民族性の違いがある。一般的に、北インドではアーリヤ語族、南インドではドラビダ語族が人口で多数派を占め、TN州ではドラビダ主義の地域政党が、全国政党に代わり、州民の支持を集めている。DMKが1967年のTN州議会選挙でINCに勝利し第1党となって以来、DMKとそこから分離独立したAIADMKが交互に政権を担当。2011年以降は、AIADMKが2期連続で政権の座についている。


チェンナイ市内に掲示されているAIADMK(左)とDMK(右)のポスター(ジェトロ撮影)

州民から絶大な人気を誇った指導者の後継者争いが勃発

2016年5月の州議会選挙で単独過半数を確保し、2期連続の政権運営を担うこととなったAIADMKでは、タミル映画の元スター俳優で「アンマ(母)」の愛称で親しまれていた当時のJ・ジャヤラリータ州首相が、同年12月に急死した。これ以降、同氏の後継者をめぐり、AIADMK内で内紛がしばらく続くこととなった。

ジャヤラリータ氏の死後すぐに、O・パニールセルバン州財務相(当時)が州首相に就任するが、ジャヤラリータ元州首相の側近で、AIADMK内の支持を拡大してきたV・K・サシカラ氏と対立し、わずか2カ月で辞職。サシカラ氏が次期州首相に就任すると見られていたが、係争中だった不正蓄財案件で有罪判決を言い渡され、刑務所に収監された。これにより、サシカラ派のE・K・パラニスワミ氏が2017年2月、後任の州首相に就任した。

パラニスワミ州首相は当初、サシカラ氏への忠誠心が強いとされていたが、汚職イメージの強いサシカラ派を党要職から外すことを画策。同年8月にパラニスワミ派とパニールセルバン派の統合を発表し、翌月にはサシカラ派を党要職から追放。サシカラ派議員18人は議員資格を喪失した。一方で、同年12月に行われたジャヤラリータ元州首相の選挙区における州議会補欠選挙では、無所属で立候補したサシカラ氏のおいT・T・V・ディナカラン氏が当選。ディナカラン氏は、2018年3月に新党アンマ人民進歩連盟(AMMK)を立ち上げた。

最大野党DMKでは、計18年間TN州首相を務めたM・カルナニディ氏が2018年8月に死去。同氏の息子M・K・スターリン氏が党総裁に就任した。

こうして、州の2大政党がともに、中心的な指導者を失って初めて臨む選挙となった2019年5月の連邦下院選では、DMKを中心とする野党連合が、TN州全39議席のうち37議席を獲得(注)し圧勝。同時に行われた州議会補欠選挙でも、DMKが与党AIADMKの獲得議席数を上回る結果となった。

コロナ禍で対応が後手に回った現政権

与党AIADMKの内紛の中で誕生したパラニスワミ政権は、サシカラ派の追放や上述の連邦下院選および州議会補欠選挙での敗北といった困難を経験しながらも、現在に至るまで政権を維持している。

そこに今回、コロナ禍がTN州を襲った。TN州政府は当初、状況を楽観視している様子もあったが、その後、州内で感染が広がり始める。TN州政府は感染の拡大に伴い厳格なロックダウン措置を実施したが、ロックダウン中も閉鎖されなかったチェンナイの野菜卸売市場で、2020年4月末ごろにクラスター感染が発生。野党DMKはAIADMK政権の対応を厳しく非難した。足元では州の新規感染者数は減少しているが、11月16日時点で州内の累計感染者数は国内4位の75万9,916人となるまでに広がった。2021年5月に予定されている州議会選挙では、新型コロナへの対応が争点の1つになると考えられる。また、2016年州議会選挙では、2014年の連邦下院選で大勝したAIADMKがその勢いを維持し勝利したことを考えると、現時点ではDMKに有利な材料が多いとみられる。

TN州ではこれまで、AIADMKとDMKがおおむね交互に政権を担っており、かつ両党には今のところ政策面で大きな違いは見られないため、仮に政権が交代しても、大きな変化は起こらないとの見方もある。

 しかし、隣接するアンドラ・プラデシュ(AP)州では、2019年の州議会選挙で野党が大勝し政権交代が起こった結果、投資誘致や産業振興に力を入れてきた前政権に対し、農民や社会的弱者層に配慮する姿勢を鮮明に打ち出す新政権が誕生した例もある。同州では、企業に一定割合の現地雇用を義務付ける州法の制定や、新州都開発計画の修正など、前政権を否定する政策が次々と実施されている。これはかなり極端な例ではあるが、TN州でも同様の変化が起こらないとは限らない。

経済の発展には、政治の安定が欠かせない。次回のTN州議会選挙では、州民が現政権を支持するか、それとも10年ぶりの政権交代を選ぶか、州政治の先行きが注目される。


注:
連邦下院におけるTN州選挙区の議席数は全部で39となっているが、ベロール選挙区での選挙が中止され、当初38の小選挙区で投票が行われた。その後、ベロール選挙区でも2019年8月に投票が行われ、DMKの候補者が当選。2019年の連邦下院選では、TN州全39議席のうち、DMKを中心とする野党連合が38議席を獲得した。

新型コロナを経て変わるインド南部タミル・ナドゥ州

  1. 投資を呼び込み産業の多角化を目指す
  2. 州議会選挙で10年ぶりの政権交代となるか
執筆者紹介
ジェトロ・チェンナイ事務所
坂根 良平(さかね りょうへい)
2010年、財務省入省。近畿財務局、財務省、証券取引等監視委員会事務局、金融庁を経て、2017年6月からジェトロ・チェンナイ事務所勤務。