5Gの商用化が加速(中国)

2020年11月18日

2019年11月の商用サービス開始から1年。中国は、官民挙げて第5世代移動通信システム(5G)の推進に取り組んでいる(2020年7月13日付地域・分析レポート参照)。本稿では、関連政策を概観し、最新のネットワーク整備状況とユースケースを紹介する。

具体的かつ強力な5G普及政策

中国での5Gの推進は、2013年に工業情報化部、国家発展改革委員会、科学技術部が合同で、業界関係者と専門家を交えて「IMT-2020(5G)推進組」(以下、IMT-2020 )を立ち上げたのが始まりだ。2014年には、重要な科学技術計画の「国家ハイテク研究発展計画(863計画)」に、5Gの開発を支援し3億元(約48億円、1元=約16円)を投入すると明記された。その後、2015年に発表された「中国製造2025」で10大分野の1つに位置付けられたほか、2016年には第13次5カ年規画期間(2016~2020年)の目標として、「『十三五』国家戦略的新興産業発展計画通知」に5Gの技術開発と発展促進が盛り込まれた。2020年5月に開催された全国人民代表大会では、李克強首相が「政府活動報告」で、5Gの応用、次世代情報ネットワーク、充電設備建設などを「新型インフラ建設」と位置付けた。あわせて首相は、該当分野の投資・建設を推進すると表明している。

中国では、2019年11月に5Gの商用化がスタートした。しかし、そのカバーエリアは当初限定的だった。その後、全国への普及を促進するため、政策もより具体的になってきた。特に、2020年3月に工業情報化部が発表した「5Gの加速的発展を推進する通知」では、ネットワーク整備と応用シーンについてさまざまな方針が打ち出された(表1参照)。

例えば、急ピッチで進む基地局建設については、地方政府に対して基地局建設地を国土空間計画に取り入れることを推奨。政府の強力な後押しにより、建設スピードアップにつながっている。また、応用シーンでは、医療健康、インダストリアルインターネット(注1)、コネクテッドカーを重点分野として挙げた。中でも、インダストリアルインターネットについては、2019年11月に工業情報化部が同分野だけを対象とした「『5G+インダストリアルインターネット』512工程推進方案」を発表。2022年までに必要な技術を確立し、応用標準を定めるとした。

表1:「5Gの加速的発展を推進する通知」の主な内容
項目 内容
ネットワークの建設を加速
5Gネットワークの建設を加速
通信企業のスタンドアローン(SA)でのネットワーク建設を支援する。
基地局建設を支援
地方政府に対して、基地局建設地を国土空間計画に取り入れ、公共交通機関等の建設の際には基地局建設地を考慮して計画することを推奨。
電力と周波数帯の確保
建設済みの基地局に速やかに電力が供給されるよう、電力会社と通信会社の協力を支援。
700MHz帯の使用規則の策定。その他の衛星基地局等が5G基地局と干渉しないよう調整。
5G応用シーンの多様化
新型消費スタイルの育成
通信企業に対し、セットプランを打ち出すなどしてユーザーの5Gへの移行を促進することを奨励。
5G+医療健康の発展を促進
5Gスマート医療システムを推進し、遠距離診断や画像診断のほか、新型コロナ対応としての遠隔医療等への応用を促進。
「5G+インダストリアルインターネット」512工程推進方案を実施
2022年までにインダストリアルインターネットに必要な5Gの技術を確立し、5つの産業について、10業種、20のモデル応用シーンを含む公共プラットフォームを立ち上げる。
5G+コネクテッドカーの発展を促進
国家級コネクテッドカーモデル区を建設し、5Gをスマートシティ、スマート交通の重要通信手段と位置付ける。
5G応用エコシステムの発展
5Gの活用およびイノベーション促進のため第3回ブルーミングカップを開催。

深圳と北京は既にスタンドアローン(SA)方式で主要エリアをカバー

基地局の最新状況はどうか。工業情報化部運行監測協調局の黄利斌局長は10月22日、第3四半期工業通信業発展状況についての記者発表で、「9月末までにネットワークの基地局は69万カ所、5G接続端末数は1億6,000万を超えた」と述べた。6月末時点の基地局数は40万強、接続端末数は8,800万だった。わずか3カ月で、いずれも2倍に迫る勢いとなっていることになる。

各省市も、それぞれ5G基地局の整備計画を打ち出す。工業情報化部傘下の研究機関、中国信息通信院(CAICT)によれば、2020年9月までに、行動計画や指導意見などの5G関連政策文書が460件発表されている。

中でも最もネットワーク整備が進んでいるのが、深圳市と北京市だ。深圳市は8月17日、4万6,000カ所を超える基地局を設置し、深圳市全域をカバーしたと発表した。9月9日には北京市通信管理局も、4万4,000カ所の基地局を設置し中心部から10キロメートルほどを通る五環路内および五環路外の重点地域のカバーが完了したと発表。両市ともに、基地局は5Gの性能をより発揮できるスタンドアローン(SA)方式で設置されている。

一方、日本では、4Gの設備を活用するノンスタンドアローン(NSA)方式での導入が進む。NSA方式では、より早期にかつ低コストでネットワークを構築できる。一方、4Gがボトルネックになり、低遅延などの5Gの特性が十分に発揮できない。このため、SA方式への移行の途中段階と位置付けられる。日本でのSAの本格的な導入は2022年ごろになる見込みだ。

初期投資を回収する応用シーンを生み出せるか

5G関連の設備投資が盛り上がる中、中国内では投資の過熱を懸念する声も上がっている。楼継偉前財政部長は、中国国内の著名なエコノミストが集まる「中国経済50人フォーラム」(9月15日開催)において、習近平国家主席が提唱する「国内大循環論」(注2)の障害として、5G投資を挙げて次のように述べた。「公共インフラのユーザーコストを下げる必要がある。設備投資が先行するのは必要なことだ。しかし、一部では過剰に先行している。(中略)現在中央政府は、5Gを含む新インフラ建設を提唱している。5G技術は未成熟だが、既に数千億元の投資が行われ、このため運用コストが高額に上る。しかし、応用シーンが見つからず、今後はコストの回収が課題になる」

この発言は大きく取り上げられ、前述の10月22日の工業情報化部の会見でも、5G投資の過熱について記者から質問があった。これに対し黄利斌局長は、(1) 公共ネットワーク投資は常に投資先行で、3Gや4Gでも同様だった、(2) コロナ禍でインターネットの重要性を痛感した各地方政府がネットワーク建設に非常に力を入れている、(3) コストは規模の経済が働く、(4) 5Gは4Gの延長線上にあるのではなく、応用範囲が非常に広いブルーオーシャン、とコメント。引き続き、全面的に5Gの普及を加速していく方針を示した。

商業化が進むユースケース

急務とされる応用シーンの開拓に向け重要な役割を担うのが、IMT-2020 が開催する「ブルーミングカップ(綻放杯)」というユースケースコンテストだ。2018年に第1回を開催し、2020年で3回目となる。第1回のユースケースは400件だった。しかし、第3回となる2020年は4,289件のユースケースが集まった。

2020年の特徴は、商業化の進展とインダストリアルインターネット関連の増加だ。

応募ケースを成熟度別にみると、2018年と2019年は研究開発中やサンプルモデルが完成したケースだけだったが、2020年には商業化されたケースが31%を占めた(図参照)。既に1,300件超が商業化されている計算になる。

また、最も件数の多い分野が、インダストリアルインターネットだった。2位が医療健康、3位スマート交通と続く。インダストリアルインターネットは、2019年はシェア11%と分野別で4位だった。2020年は、これが28%に急増した。その要因としては、中央政府が前述の「『5G+インダストリアルインターネット』512工程推進方案」といった政策を打ち出し、積極的に後押ししていることが大きい。

図:ブルーミングカップ応募ケースの成熟度別シェア
2018年、初期(研究開発、設計中)67%、中期(初期設計済、サンプルモデルの完成)33%、商業化済0%、2019年、初期(研究開発、設計中)43%、中期(初期設計済、サンプルモデルの完成)57%、商業化済0%、2020年、初期(研究開発、設計中)16%、中期(初期設計済、サンプルモデルの完成)53%、商業化済31%。

出所:「5G応用創新発展白皮書」よりジェトロ作成

実際、2020年のブルーミングカップで1等に選出された10件のユースケースのうち、半数以上がインダストリアルインターネット関連だった(表2参照)(注3)。特に、工場での検査プロセスの自動化や炭鉱、鉱山、港での危険な作業の遠隔操作を可能にしたケースが多い。工場や炭坑などのスマート化は5Gのユースケースとして以前から想定されていた。メリットも見えやすいため、今後一層の増加が見込まれる。

ほかにも医療や小売りで、ユニークなユースケースが選出されている。医療分野のユースケース「5Gおよび人工知能(AI)を活用したリハビリロボットポートの建設」では、高齢化が進みリハビリの専門家が不足する中、専門医の監修するリハビリロボットがリハビリ動作の力加減など、高度なリハビリ指導を遠距離で行うことを可能にした。上海から2,800キロメートル離れた甘粛省を含め、既に全国7カ所の病院がカバーされている。

小売りのユースケース「クラウドXRデジタルツインを活用した商業総合プラットフォーム」では、拡張現実(AR)空間やAIバーチャルヒューマンを商業施設に導入し、新たな消費体験を提供した。ARは、ショッピングセンターの空中に表示されたAR紅包を消費者がタッチすると消費券がもらえる、バーチャル看板により海の景色が見えるスポットを設置する、などの活用法が紹介された。このように、アイデア次第でさまざまな用途が想定される。

表2:2020年ブルーミングカップ1等に選出されたユースケース10件(順不同)
No ケース名 ケースの所在地 参加者 概要
1 5G+スマート工場 江蘇省 常州移動
精研科技
電子精密部品の検査工程にAI画像判定を導入し、300名超の従業員を代替。
2 炭坑内5Gネットワーク 山西省 山西移動
陽煤集団
炭坑内の巡視ロボットや掘削機を炭鉱外から操作可能になり炭坑内作業員を削減。
3 クラウドXRデジタルツイン(注1)を活用した商業総合プラットフォーム 中国各地 中国電信
号百控股
AR等のXR技術をリアルの商業施設と融合。
4 安全・自主制御可能な5Gスマートグリッドの普及 深圳 中国移動
南方電網
ネットワークスライシング(注2)を活用し、サービス要件に応じてカスタマイズされたスマートグリッドを実現。
5 5GおよびAIを活用したリハビリロボットポートの建設 上海 上海交通大学医学院附属瑞金医院
中国聯通
上海傅利叶智能科技
瑞金医院が監修するリハビリロボットが遠隔で高度なリハビリ指導を実施。
6 5Gスマート鋼鉄工場 広東省 湛江鉄鋼
聯通広東
高炉や港での輸送など全ての設備の運行状況を管理センターにて遠隔一元管理。
7 5Gスマートアルミニウム工場 雲南省 雲南神火鋁業
中国移動
MEC(マルチアクセスエッジコンピューティング)(注3)を活用し工場内カメラ、指揮監督、会議システムを全てネットワークに接続。
8 5Gスマート港湾 広東省 招商局港口集団
中国移動
コンテナの積み下ろしをするガントリークレーンの遠隔操縦システムを構築。
9 5Gグリーン無人鉱山 河南省 焦煤集団千業水泥
河南移動
鉱山の発破、掘削、運搬、観測等を遠隔操縦で実施。
10 5G MECマシンビジョンプラットフォーム 江蘇省
湖南省
ZTE(中興通訊)
中国電信
MECを活用したマシンビジョン(注4)による検査システムを構築。

注1:IoTなどを活用して、仮想空間に物理空間の環境を再現すること。
注2:要求条件に応じた仮想ネットワークをソフトウエアで柔軟に構築する技術。
注3:サーバーを端末の近くに分散配置するすることで、今までクラウドで行っていた処理(の一部)を超低遅延で使えるようにする。
注4:部品や製品の画像をパターン認識などで処理する技術。
出所:各種報道からジェトロ作成

入賞したユースケースをモデルに、今後は中国全土で実装が進む。基地局建設の速さから考えれば、商用化されたユースケースの普及は予想を上回るスピードで実現する可能性が高い。また、5Gの先行投資回収は中国政府にとって重要課題だ。今後も政策的な支援の下、先進的なユースケースの発掘が続くだろう。


注1:
産業機器のIoT(モノのインターネット)化を進めて物・データ・人を結び付け、生産効率や品質管理の向上を目指すこと。
注2:
7月30日の中国共産党中央政治局会議で、習近平国家主席が「国内の大循環を主として、内外の2つの循環による新しい発展構造の形成を加速させる」と述べた。内需主導の発展計画が次期五カ年規画の方針になるとして注目されている。
注3:
第3回ブルーミングカップでは、応募総数4,280件から、1等10件、2等20件、3等30件、優秀賞120件のケースが選出された。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部中国北アジア課
江田 真由美(えだ まゆみ)
2005年、ジェトロ入構。海外調査部中国北アジア課、企画部企画課海外地域戦略班、イノベーション・知的財産部知的財産課を経て、2020年4月から現職。