大統領選後の対中政策の行方(米国)
新政権、同盟国との連携を強化しつつ対中強硬姿勢は継続か

2020年11月20日


2020年大統領選挙は接戦の末、民主党のバイデン候補(前副大統領)が勝利を収めたと報じられている。一方で、トランプ候補(現大統領は)敗北を認めておらず、いくつかの激戦州で票の数え直しを要求し、集計手続きなどについての訴訟を起こした(ただし、選挙結果が覆る可能性は低いとみられている)。

この状況下、ビジネス界の関心は、バイデン新政権に移行しての具体的な政策やその影響に移ってきている。とりわけ、深刻化している米中対立が、新政権の下でどのように展開されていくのかが注目される。本稿では、現在の米国の対中政策をレビューした上で、新政権による政策の行方を展望したい。

エスカレートする対中強硬姿勢

トランプ政権が発足(2017年1月)して以来、米中対立は深刻の度合いを増してきた。トランプ政権による対中強硬策は、1974年通商法301条による調査に始まる。2018年3月に発表された同調査報告書では、市場アクセスと引き換えに技術移転を強制されることや市場原理にのっとったライセンス・技術契約を妨げる中国政府の慣行、中国政府が中国企業による米国企業の買収を支援していること、サイバー攻撃による米国企業の技術の窃盗など、米国企業の中国事業を規制・干渉する中国政府の慣行を批判した(2018年6月14日付地域・分析レポート参照)。

その対抗措置として、2018年7月から2019年9月までの間に4回にわたり、対中追加関税が発動された。この結果、現在でも対中輸入の約7割が追加関税の対象とされる状況になっている。さらに、2018年8月に成立した2019年度国防授権法には、輸出管理改革法(ECRA)、外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)、政府調達の制限強化が盛り込まれた。これらの法律・規制は必ずしも中国のみを対象としたものではない。しかし、中国との競争を意識した米国の安全保障の確保、技術覇権の維持が念頭にあるといえる。

さらに、米国商務省は2019年10月以降、中国の新疆ウイグル自治区での人権侵害に関与しているとして、中国の自治体公安当局や中国の監視カメラ大手のハイクビジョンなど民間企業を数度にわたり、輸出管理規則(EAR)に基づくエンティティー・リスト(EL)に追加。2020年7月には、新疆ウイグル自治区が関係するサプライチェーンが強制労働や人権侵害を伴うものかを精査する諮問機関を立ち上げている(2020年7月9日付ビジネス短信参照)。

また、2020年5月には、トランプ大統領が中国政府が香港国家安全法を導入したことを受けて、香港に与えている優遇措置の見直しや中国人留学生・研究者などへの米国入国制限などの制裁措置を発表した(2020年6月1日付ビジネス短信参照)。さらに、香港の自治侵害に関与した人物とそれら人物と取引のある金融機関に制裁を加えることを目的とした香港自治法が、上下両院において全会一致で可決。香港の自由主義体制を擁護する姿勢を鮮明に打ち出した(2020年7月16日付ビジネス短信参照)。また、ヒューストンの中国領事館の閉鎖命令(20年7月)、動画共有アプリTikTokを提供する中国企業バイトダンス(ByteDance)、SNSアプリ微信(WeChat)を提供するテンセントとの取引を禁止する大統領令に署名した(2020年8月)(注1)。そのほか、スパイ活動の取り締まり強化、中国政府との関係を持つ大学・研究機関への規制強化も進められている。さらに、新型コロナウイルスの感染が拡大してからは、トランプ大統領は新型コロナウイルスを「中国ウイルス」と呼び、繰り返し「感染拡大の責任は中国にある」との主張を展開。中国との対決姿勢を強めてきた。

トランプ政権が2020年5月に発表した「中国に対する米国の戦略的アプローチ」では、米中関係は異なるシステム間での長期的な戦略競争、と位置付けられている(2020年5月29日付ビジネス短信参照)。こうしたスタンスに立ち、2020年6~7月に、オブライエン国家安全保障担当大統領補佐官、レイFBI長官、バー司法長官、ポンぺオ国務長官の政府高官4人が連続して演説。この演説では、中国共産党のイデオロギーとの対立やスパイ活動などが米国安全保障に及ぼす脅威などについて警告を発し、国民、産業界、学術界など対して、中国にくみしないように訴えて注目を集めた。

大統領選キャンペーン中の有権者へのアピールという要素も加わり、米国の対中強硬姿勢は激しさを増してきた。それとともに、貿易赤字や不公正な貿易慣行の是正から、国家安全保障、技術覇権の争い、さらに人権問題、自由主義と共産主義のイデオロギーの対決にまで領域が拡大・深化してきているといえるだろう。

対中強硬策は超党派のコンセンサス

エスカレートしてきた対中強硬策は、バイデン新政権の下でどうなるのか。まず指摘できるのが、対中強硬策はトランプ政権単独によるものではなく、議会でも党派を超えて、対中強硬姿勢が年々強まっていることだ。米国シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)のレポートによると、2019年1月から始まった第116回議会では、2020年8月までに366件に上る中国関連の法案が議会に提出されたという。法案提出数は共和党議員によるものが民主党議員によるものより多いものの、大きな差はない。また、超党派による法案も少なくない(注2)。今期の議会(注3)で可決に至った中国関連法案12件には、ほぼ全会一致の形で可決されているものも多い。

むしろ、民主党側が中国との交渉で安易に妥協しないように、成果を急ぐトランプ大統領を牽制(けんせい)する場面もみられる。2020年1月、米中経済・貿易協定の第1段階の合意直前、議会民主党幹部のシューマー上院院内総務はトランプ大統領に宛てた公開書簡で、産業補助金、強制的な技術移転などの中国の構造的な課題是正に対する具体的なコミットがなしでの合意には断固反対する、と警告を発した(注4)。こうしたことから、政権が交代しても、議会の対中強硬姿勢は継続されることが見込まれる。

米国民の対中感情も近年、大きく変化している。世論調査で定評のある米国ピューリサーチセンターによると、中国を好ましくないとみる米国民の割合は特にここ数年で大きく増加した。具体的には、2018年4月の47%から2019年には60%、2020年3月には66%。さらに同年7月の調査では、73%まで急上昇した(図参照)。特に2020年に入ってからは、新型コロナウイルスの発生源となり、中国政府の感染抑制への対応が十分でなかったと評価していることが影響しているとみられる。

図:米国民の対中感情にかかる世論調査結果の推移
中国を好ましくないと回答した割合は、2005年35%、 2006年29%、2007年39%、2008年42%、2009年38%、 2010年36%、2011年36%、2012年40%、2013年52%、 2014年55%、2015年54%、2016年55%、2017年47%、 2018年47%、2019年60%、2020年3月66%、2020年7月73%。 中国を好ましいと回答した割合は、2005年43%、 2006年52%、2007年42%、2008年39%、2009年50%、 2010年49%、2011年51%、2012年40%、2013年37%、 2014年35%、2015年38%、2016年37%、2017年44%、 2018年38%、2019年26%、2020年3月26%、2020年7月22%。

出所:ピューリサーチセンター

同世論調査を政党別みると、共和党支持者が、民主党支持者に比べて厳しい見方する傾向がある。直近の2020年7月では、83%と8割以上が中国は好ましくない、と回答した。一方、同じ調査での民主党支持者の割合も68%に達している。政党にかかわらず、中国への見方が厳しくなっていることがわかる(注5)。バイデン新政権の対中政策も、こうした世論の動きを充分に意識したものとなるだろう。

新政権は同盟国との連携、人権への対応を重視へ

大統領選キャンペーン中、バイデン氏は、有権者へのアピールとして、新型コロナウイルスへの対応、人種差別や所得格差の是正など内政にフォーカスしていた。このため、外交政策、特に対中政策については、あまり多く発言しておらず、今後、政権発足後に発表されるであろう政策を待つ必要がある。主要閣僚やブレーンに誰が就任するかによって、対中アプローチに違いが出てくる可能性もある。

しかし、これまでのバイデン氏の限定された発言や選挙キャンペーンウェブサイトなどから、一定の方向性はみることができる。バイデン氏のウェブサイトで中国に関する記述をみると、「中国との未来に向けた競争に打ち勝つために、世界の民主国家の経済力を結集する」「中国政府が国際貿易ルールに従うように、同盟国と連携して圧力をかける」などと書かれている。トランプ政権の対外交渉は、2国間での交渉に重点を置いてきた。これがバイデン政権になることで、日本や欧州などの同盟国と連携して中国に圧力をかける、というアプローチに変わっていくことが予想される。

また、民主党は伝統的に人権保護を重視していることから、新政権は新疆ウイグル自治区での人権侵害や香港の自治権侵害について、より厳しいスタンスで中国に対処することが考えられる。さらに、2020年11月16日の経済政策に関する記者会見では、バイデン氏は通商政策の基本方針の1つとして、「通商交渉には労働組合、環境団体の代表者を同席させる」と発言。対中政策でも、労働者保護や環境保護の要素がより前面に出てくる可能性がある(2020年11月17日付ビジネス短信参照)。中国は世界最大の二酸化炭素の排出国だ。特に、環境分野で中国に対してどのようなアプローチを取るのか注目される。

一方、対中輸入の約7割に賦課されている追加関税の取り扱いについては、明らかにされていない。ただしバイデン氏のキャンペーンウェブサイトでは、「トランプ大統領による中国との貿易戦争は、労働者、農家に最大の痛みをもたらす一方で、中国の不公正な貿易慣行の抑制には役立たなかった」として、追加関税によるアプローチに対しては否定的な見方を示している。このため、中国に対して、今以上に追加関税を賦課していくことはなさそうだ。ただ、何も見返りのない状態で現状賦課されている関税を即座に撤廃することも考えにくい。対中追加関税の扱いについては、引き続き状況を見守る必要があるだろう。


注1:
ただし、その後、ペンシルベニア連邦地裁がTikTokの禁止措置にかかわる大統領令の差し止め判決を行い、米商務省は11 月 12 日、同判決に従う旨を官報で表明。一方で、米政府は同日、地裁の判決を不服として連邦控訴裁に上訴した(2020年11月16日付ビジネス短信参照)。
注2:
Scott Kennedy, Senior Adviser and Trustee Chair in Chinese Business and Economics,CSIS ”Thunder Out of Congress on China外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます ”,2020年9月11日 。
注3:
2020年8月までの件数。
注4:
公開書簡外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます は上院民主党のウェブサイトで参照が可能。なお、2019年12月にも同様の内容の書簡外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます が出されている。
注5:
ピューリサーチセンターは2005年から、対中感情に関する世論調査を定期的に実施している。直近の調査外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます は20年6月16日~7月14日の期間、1,003人に電話インタビューを通じて実施。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 上席主任調査研究員
若松 勇(わかまつ いさむ)
1989年、ジェトロ入構。ジェトロ・バンコク事務所、アジア大洋州課長、海外調査計画課長、ジェトロ・ニューヨーク事務所次長などを経て、2020年10月から現職。