中国の技術移転関連の法令、政策、慣行を問題視(米国)
1974年通商法301条のUSTR調査報告書

2018年6月14日

トランプ政権は、1974年通商法301条(以下、301条)に基づき、中国からの輸入500億ドル相当に関税を賦課すると発表している。この制裁措置の発動目的は、中国の技術移転に関する法令や慣行の是正だ。3月末に公表された米通商代表部(USTR)による301条の調査報告書には、発動の根拠となった中国政府の法令・政策・慣行が明記されている。本稿では、その調査報告書を基に、米国政府が問題視する内容を紹介する。

産業政策に基づき海外技術の獲得を支援

USTRの調査報告書PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(2.2MB) は、301条の対中制裁措置発動の発表に併せて3月22日に公表された(2018年3月23日記事参照)。報告書は冒頭でまず、海外企業の技術を獲得することにより中国政府が自国産業の高度化を図ろうとしていると指摘している。中国政府の製造業高度化政策「中国製造2025」(注1)は、ハイテク産業分野での国内および世界市場における中国企業が占めるべきシェアの目標値を定めている。報告書は、中国政府が資金援助を含む政策や制度面での権限を用いながら、この目標達成に向けて中国企業による海外技術の獲得を支援しているとした。

その上で、調査報告書は以下の4点を検証し、それぞれについて中国政府が米国企業に対して不合理または差別的な慣行を行っていると認定している。

  1. 米国企業の技術や知的財産を中国企業に移転させることを目的に、米国企業の中国事業を規制・干渉する中国政府の慣行(外資資本比率の制限や調達に係る差別、不透明で裁量的な許認可の行政プロセスや合弁事業の強制などを含む)。
  2. 市場原理にのっとったライセンスや技術契約を、米国企業が中国企業と結ぶことを妨げる中国政府の慣行(技術輸出入管理令により義務付けられている補償や改良技術の帰属に関する条件などを含む)。
  3. 中国の産業政策に合致した先端技術や知的財産権を取得することを目的に、中国企業による米国企業の組織的買収や投資に対して中国政府が行う指示や不当な支援。
  4. 米国の商業コンピュータ・ネットワークへの違法侵入、知的財産・営業秘密・ビジネス関連の機密情報を電子上で盗む行為への中国政府の関与または支援。

市場アクセスと引き換えに技術移転を強制

1に関して調査報告書は、国内市場へのアクセスと引き換えにして、中国政府が直接的、または合弁相手の中国企業からの要求というかたちを取った間接的な方法で、海外企業に技術移転を迫っていると指摘した(注2)。

海外企業が中国に投資する際には「外商投資産業指導目録」(注3)に基づく出資制限に従う必要がある。自動車、船舶、航空機製造など中国政府が高度化を目指す分野は制限業種に指定されており、海外企業が中国市場で事業を行うためには中国企業との合弁を組むことが義務付けられている。調査報告書が引用した米中ビジネス評議会(USCBC)のアンケート調査(2017年12月6日)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(477KB) では、19%の米国企業が中国事業で技術移転を要求されたと回答しており、その67%が提携相手の中国企業から、33%が中央政府機関、25%が地方政府機関からの要求だったとしている(複数回答可)。

報告書はまた、出資規制のほかにも、事業活動に関するさまざまな許認可などを利用して中国政府が技術移転や重要な技術情報の開示を米国企業に強制していると批判した。

ちなみに、中国政府は4月17日、自動車、航空機、船舶などの外資出資比率制限を段階的に撤廃すると発表している(2018年4月19日記事参照)。

海外企業に不利なライセンス規制

2に関しては、中国の技術ラインセス規則が国内企業に比べて米国企業を差別的に扱っているとした。中国の「技術輸出入管理条例」(注4)には、第三者から権利侵害の訴訟が起こされた場合に技術の供与側が責任を負うとの規定や、供与された技術を技術受け入れ側が改良した場合はその改良技術は技術受け入れ側に属するとの規定がある。また、中国のジョイントベンチャー規則は、技術輸入の契約の期間を一般的に最長10年間としているが、技術契約の失効後でも対価を払わずに技術受け入れ側が当該技術を使い続けられる内容になっている。

米国政府は5月23日、前述のライセンス規則がWTOの知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)に違反するとして、WTO提訴に向けた中国との協議を要請外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます している。

中国企業による米国企業の買収を後押し

3に関しては、中国政府が産業政策に基づき、中国企業による米国技術の獲得や米国企業の買収を支援しているとした。報告書によれば、中国政府は対外投資の許認可・報告義務や外貨規制などを利用して中国企業の投資を産業政策に沿った分野に誘導するほか、資金供与の優遇によりハイテク分野の中国企業の対外投資や企業買収を後押ししているという。

報告書は、a.航空、b.半導体、c.情報技術、d.バイオテクノロジー、e.産業機械、f.再生エネルギー、g.自動車の分野における、中国企業の米国企業買収事例を分析している。これらの事例では、中国国家開発銀行(CDB)や中国輸出入銀行などの資金供与を通して、非国営企業の投資にも中国政府が強く関与していることが示されている。

報告書はまた、米国のスタートアップ企業に対する中国企業の投資が増加していることを指摘、米国のベンチャーキャピタル投資の約1割を中国企業による投資が占めているとした。

なお、トランプ大統領は301条に基づき中国企業による対米投資の規制強化案を検討するようスティーブ・ムニューシン財務長官に指示しており、この強化案は6月30日までに公表される見込みになっている(2018年5月30日記事参照)。また、議会では外国貿易投資委員会(CFIUS)の強化法案「2017年外国投資リスク審査現代化法案」の審議が行われている(2018年5月24日地域・分析レポート参照)。

サイバー攻撃により得たビジネス情報を国有企業に提供

4に関しては、中国人民解放軍の諜報(ちょうほう)部門が米国企業のコンピュータ・ネットワークに不正に侵入し、企業秘密や技術・ビジネス情報を盗み出していると結論付けた。ソーラーワールド、USスチール、ウェスティングハウスなどの米国企業に対して中国政府がサイバー攻撃を行い、産業政策に基づき高度化を図る産業分野の国有企業にこれら米国企業の技術・ビジネス情報を提供したと批判している。


注1:
2015年3月に発表された中国の産業政策。建国100周年に当たる2049年までに、世界トップレベルの製造強国(manufacturing power)に中国を引き上げることを目的としており、以下の10の産業分野の強化を掲げている。a.次世代情報通信技術、b.高性能数値制御装置・ロボット、c.航空宇宙機器、d.海洋エンジニアリング設備・高性能船舶、e.高性能鉄道輸送機器、f.省エネルギー・新エネルギー車、g.電気機器、h.農業機械、i.新素材(ポリマーなど)、j.バイオ医薬品・高性能医療機器。
注2:
WTO加盟時に中国は技術移転を投資の条件としないことを約束している。報告書は、中国政府が口頭や非公式の行政指導により技術移転を迫っているとしている。
注3:
最新の2017年版外商投資産業指導目録の内容については調査レポート「中国「外商投資産業指導目録(2017年改訂)」の概要と特徴(2017年7月)」の資料参照。
注4:
技術輸出入管理条例の内容については「中国技術輸出入管理条例に関する技術供与者のリスク低減のための契約条項案と契約スキームの検討」PDFファイル(1.7MB) 参照。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所
鈴木 敦(すずき あつし)
2006年、ジェトロ入構。対日投資部にて外国企業誘致に向けた地方自治体の支援や、日本の投資環境のPR業務を担当。その後、海外調査部国際経済研究課にて、国際貿易や世界の通商動向などに関する調査業務に従事。2014年9月から現職。米国の通商政策などに関する調査・情報提供を行っている。