金融から電気自動車まで、躍進する起業家たち(インド)
ムンバイのスタートアップエコシステムの魅力(1)

2020年3月30日

インド最大の商業都市、マハーラーシュトラ(MH)州のムンバイは、金融機関や証券取引所、地場財閥企業、ボリウッド(映画産業)が集積する大都市だ。昨今のインドにおけるスタートアップの躍進において、ムンバイが果たす役割も大きい。2014年以降に設立されたスタートアップ企業は、インド全土で約1万500社で、そのうち1,940社がMH州に立地しており、州内スタートアップ企業数は2014年時点と比較すると47%増加している。インド全体で23社あるユニコーン(注)のうち4社(Billdesk、Icertis、Druva、Dream 11)がMH州に立地している。ベンガルールやデリーに追随するムンバイのスタートアップのエコシステムと日系企業との連携における魅力を紹介する。

金融に強み、エンジェル投資家も多数

インドのスタートアップエコシステムといえば、南部カルナータカ州・ベンガルールの知名度が高いが、都市ごとにエコシステムの様相が異なるのがインドのユニークさといえるだろう。ベンガルールには、インドのスタートアップや多国籍企業の研究開発機関が集積しており、人工知能(AI)、IoT(モノのインターネット)、ブロックチェーンの技術者の強固なコミュニティーが特徴的で、デリーではインドで最も1人当たりの総収入額が大きいこともあり、外食デリバリーなどの消費者ビジネスに特化したスタートアップが多い。一方、ムンバイにおいては、金融業とのつながりが顕著だ。

ムンバイには、インド準備銀行(RBI)本部、ボンベイ証券取引所(BSE)のほか、多くの国営・民間銀行、証券会社が集積している。ベンチャーキャピタル(VC)も例外ではなく、インドのVC上位10社のうち、5社がムンバイに拠点を有する。グローバルに投資を展開する米国系VCのSequoia Capital、Matrix Partnersのほか、地場系最大VCであるBlume Ventureは、Grey Orange(ニトリと提携、工場自動化開発)、Jai Kisan(農家向けファンディング、生産性支援)、Tricog(日系VCのDI、UTECが出資、心電図診断)などに投資し、その運用総額は100億ルピー(約150億円、1ルピー=約1.5円)を超えている。エンジェル投資家も多く、個人投資家のコミュニティーであるインディア・エンジェル・ネットワーク〔地場IT関連企業HCL創業者の1人であるアジャイ・チョウドリー氏、インド工科大学(IIT)ボンベイ校などが加盟〕は、インキュベーション施設や、スタートアップからのビジネス提案を受け付ける窓口を設けている。こうした背景により、過去3年間にMH州全体では約400社が総額18億5,000万ドルを調達したとされ、インド全土におけるMH州の州別資金調達実績シェアは、2017年の2%から2019年には7%にまで上昇している。

IoTやEVも、工業生産州ならではの成長機会

MH州のスタートアップの業種別内訳は、法人向けのソリューションサービスが14%を占め、小売り(11%)、金融・保険(10%)、医療(10%)のほか、消費者向けサービス、教育、飲食、メディア、物流という産業分布になっており、インド全体と同様の傾向が見られる。ビジネスモデルの4割はBtoBで、インド国内での事業展開が主だ。法人向けのビジネスソリューションは多岐にわたるが、労働人口が多いインドにおいても、工場の省力化、経理・総務の管理業務の見える化、対人セールスの効率化が課題になっており、インドの大手企業も経営課題のために、スタートアップのサービスを利用するようになってきている。

中間財の法人向け調達プラットフォームを提供するBulK MRO(本社ムンバイ)も、こうしたインド大手企業の経営課題に対応するため、財閥系企業が最も集積しているムンバイを拠点に、500種類のブランド、150万品目の調達業務を、タタ、リライアンス、マヒンドラなどの国内200社に提供している。同社によれば、大手企業のコンプライアンス意識の高まりを受けて、業者との癒着や模倣品の排除の観点から、可視化された調達サービスに関心が高まっているという。サプライヤーからの仲介料や掲載手数料などの費用が不要なことも、多くの調達先の確保を可能としている。同社のビジネスモデルは、資金調達成果にもつながっており、米国のY Combinatorや日系VCなど、国外の投資家から6億円近くの調達に成功している。

MH州に集積する、自動車サプライチェーンを生かしたハードウェアのスタートアップも台頭しつつある。2011年に創業したStorm Motor(本社ムンバイ)は、タタ、フォルクスワーゲンなどが立地するムンバイ郊外の商業都市・プネの自動車部品の供給網を生かして、少人数乗りの商用EV(電気自動車)三輪車の研究開発に取り組んでいる。米国のNASA(米航空宇宙局)や国防省の元研究者で、IITボンベイ校出身である創業者のプラティク・グプタ氏は「豊富なサプライチェーンが、低価格かつ高品質のものづくりを支えている」と話す。また、「都市を走る乗用車の乗客は、9割以上が1~2人」だとし、大都市ムンバイが同社製品のテスト市場に適していることも強調する。既にインド当局の走行試験も合格しており、国内外の物流会社やタクシー会社へのOEM供給が目下のビジネスモデルとなりそうだ。


注:
評価額10億ドル以上かつ未上場のスタートアップ。

ムンバイのスタートアップエコシステムの魅力

  1. 金融から電気自動車まで、躍進する起業家たち(インド)
  2. 州政府の独自取り組み、大手財閥の支援などに強み(インド)
執筆者紹介
ジェトロ・ムンバイ事務所
反町 絵理(そりまち えり)
2009年、ジェトロ入構。貿易投資相談センター、対日投資部、大阪本部などの勤務を経て、2019年3月から現職。