州政府の独自取り組み、大手財閥の支援などに強み(インド)
ムンバイのスタートアップエコシステムの魅力(2)

2020年3月30日

金融業からハードウェアまで、幅広いムンバイのスタートアップだが、それを支える教育機関やマハーラーシュトラ(MH)州政府、企業などのエコシステムにも強みがある。インド工科大学ボンベイ校はコンピュータサイエンスのみならず、医療やバイオといったディープテックの支援に注力する。ムンバイには古くから有力な地場財閥が多く集積しており、そうした企業が支援する独自プログラムも多い。各所において、日本企業との連携に対する関心も高く、既に取り組みが開始されている。

IITボンベイ校、地場財閥、州政府などが活躍

当地エコシステムの立役者の代表例は、インド工科大学ボンベイ校(IIT-Bombay)である。1958年に創設されたインドで2番目に古いIITのキャンパスで、共同研究、リサーチパーク、人材採用、スタートアップのアクセラレーションなどで、民間企業と幅広い連携実績を持つ。2014年には社会課題解決を目的に、同校最初のインキュベーション機関Beticが創立され、その後は、MH州14カ所の拠点で、100人以上の医師や技術者がプロジェクトに関わっている。現在では、学内の研究者や学生による創業を支援するSINE(Society for Innovation and Entrepreneurship)を通じ、150社以上のスタートアップの輩出、450人の起業家の育成、約150億円の資金調達を実現している。インド工科大学といえば、コンピュータサイエンス学科が著名だが、同インキュベーターには、医療機器、バイオ、ロボティクス、遠隔医療、航空宇宙、新素材開発など、いわゆるディープテックを中心に、シード期(事業構築の初期段階)の企業が支援プログラムに登録されている。

MH州政府によるイニシアチブも独創的だ。MH州政府は2018年2月、州政府内にMaharashtra State Innovation Society (MSinS)を創設。州内のスタートアップの振興を目的とし、主に州政府へのロビイング、知財登録や会社登記などの法務支援、ピッチコンテスト開催、メンタリング、資金調達先の紹介などを実施している。州政府主催のイベント「Maharashtra Start-up Week(2019年1月)」では、インド全土から1,700社が応募し、上位500社を表彰、対価として州政府事業を受注させるなどのユニークな仕組みを構築している。インド国外との提携にも意欲的で、TechStarなどの海外アクセラレーターと連携し、インド発のグローバルなスタートアップ育成にも取り組んでいる。

民間企業によるアクセラレーションプログラムも、成長機会につながっている。代表的なインド上場企業で構成される株式指標「SENSEX」のトップ企業30社のうち20社がMH州に本拠を構え、これら大手企業が機関投資家やメンターとして、スタートアップの成長にも貢献している。大手財閥リライアンスの携帯通信事業会社であるリライアンス・ジオは、インド全土から起業家を募り、毎年30社近くをブートキャンプと呼ばれる4~12週間の事業構築スキルのコーチングで鍛え上げ、事業会社本体からの出資や、他社へのM&Aによる出口戦略を目指している。同様に、大手タタグループの自動車部門タタ・モーターズも、経営層向けのピッチ申し込みを受け付ける窓口「TACNET - Mumbai」を設け、オープンイノベーションを推進している。

ムンバイのアクセラレーター、日本との一層の連携を期待

これらのアクセラレーターの、日本企業への期待は大きい。IITボンベイはかねてより日本の18大学と覚書を締結しているほか、日系企業とは2019年1月から、NECとのスマートシティ―のためのビッグデータ分析・IoT(モノのインターネット)・AI(人工知能)共同研究を開始した。就職課では、フランス語、スペイン語と並んで、日本語のコースも開設された。今夏には、日本と共同での人工知能研究センターの開設も検討しているという。同校のスバシス・チョウドリー学長は「今後1年間は日本企業との連携促進に注力し、インパクトのある事業を手掛けていきたい。当校のリサーチパークは特徴があり、日本を含む様々な国からの学生や企業を招いて研究開発を行いたい」と語っている。なお、AIを使った店舗マーケティングパッケージを提供するAWL社(本社・北海道)は同校と連携し、インターンシップや採用活動の実施、AIの研究室との共同開発などを実施しており、今後は同学長のサポートのもと、新たなプロジェクトも協議中だ。日本のスタートアップとの連携の呼び水として、同学も高い期待を寄せる。

MH州政府側も、日本との連携強化に熱心だ。前述のMSinSは、2019年8月にジェトロと覚書を締結し、日本のスタートアップへのメンタリング、日印間のマッチングのほか、進出日系企業向けの情報提供などの活動を始めている。シャープ、興和など日系企業での勤務経験もある、MSinS共同経営責任者のジョン・ミトゥン氏は「今後、ジェトロとの連携を通じて、多くの日系企業のイノベーションの創出に関わりたい」と意気込む。


IITボンベイ校と連携するスタートアップも
増えてきている(AWL社提供)

MH州政府と日系企業のラウンドテーブルも開催された(ジェトロ撮影)

連携への高い関心見せる、在ムンバイ・スタートアップ

2020年1月には、ジェトロが日本ベンチャーキャピタル協会、東京証券取引所、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を招き、日本との連携を通じたスケールアップをテーマとする対日投資セミナーをデリーとムンバイで開催した。そこには約300人のインドの起業家が出席し、日本企業との連携への関心の高さがうかがえた。一方、参加者からは「インド国内の進出日系企業とどうつながればよいか」「日本から投資を受ける際、経営者はIITのような高学歴でないと駄目なのか」といった初歩的な質問も多く、両者の連携はまだ道半ばのようだ。

ベンガルールを中心とするインドのスタートアップへの注目度は日々高まっているが、ムンバイにも日系企業との連携に意欲的な優れたスタートアップが数多くあることは、まだまだ知られていない。こうした起業家をいかに日本企業、日本市場の成長に取り込むか。アプローチを心待ちにするムンバイカー(ムンバイ人)の期待に応えるべきタイミングは、今かもしれない。

ムンバイのスタートアップエコシステムの魅力

  1. 金融から電気自動車まで、躍進する起業家たち(インド)
  2. 州政府の独自取り組み、大手財閥の支援などに強み(インド)
執筆者紹介
ジェトロ・ムンバイ事務所
反町 絵理(そりまち えり)
2009年、ジェトロ入構。貿易投資相談センター、対日投資部、大阪本部などの勤務を経て、2019年3月から現職。