実現の可能性を探るタイ運河計画
タイ湾とアンダマン海の連結を目指す南部のインフラ投資計画(2)

2019年4月12日

タイにおいて、東部経済回廊(EEC)に続く地域開発政策として、南部4県からの展開を図る南部経済回廊(SEC)。SECによる鉄道、港湾などのインフラ開発で、観光やBIMSTEC諸国向けの輸出の拡大が期待されている。シリーズ2回目の本稿では、SEC政策におけるインフラ開発計画についてラノーン県庁担当者へ、タイ運河構想についてタイ運河協会事務局長へのヒアリング結果と、実地調査の結果を報告する。

鉄道完成は2030年ごろを予定、新設バースは閣議了承が必要

ジェトロ・バンコク事務所は3月5日、SEC政策、および鉄道・深海港建設計画について、ラノーン県庁の担当者から話を聞いた。

まず、ラノーン港の開発について、現在は外部の専門家と協力して、「どのような製品をラノーン港から輸出し、どの製品をラノーン港に輸入するのが効率的なのかなど調査を始めている」という。その調査結果は、「4月にまとまる予定であり、当然公表する」と述べた。ただし、ラノーン港に接続する鉄道建設については「10年程度かかる見通しである」とし、鉄道完成は2030年ごろになる模様だ。この鉄道建設計画は運輸省交通政策計画室での手続きを終え、今後閣議などに諮られる予定であるが、鉄道を利用した輸送については想定以上に時間がかかるようだ。また、ラノーン港の既存バースの拡張工事については、予算措置ができているものの、新設する3つ目のバースについては、今後閣議了承が必要になるとのことだった。

開発がうわさされるタイ運河計画

タイ南部には、19世紀からタイ湾とアンダマン海を結ぶ運河計画があり、近年では中国企業が「一帯一路」構想の下、タイ政府や関連団体に対しロビー活動を行っているとも言われている。実際に同計画は、これまで何度となく議論されるものの、その度に立ち消えになるということを繰り返してきた。プラユット首相が率いる現政権下においても、2016年初めに話題に上がったが、同首相が「(タイ運河を)建設するかどうかの是非は次期政権に委ねる」と発言して以降、公に議論されていない。しかしながら、水面下では中国系企業によるロビー活動が続いているとされており、プラユット首相が国家経済社会開発委員会(NESDC)と国家安全保障会議(NSC)に対して、内々に事業可能性に関する調査を指示したとの現地報道が出るなど、政府内においても当該計画が完全に消えてはいないと思われる。

こういった状況の中、タイ運河計画の現状と今後の可能性を探るべく、本計画を推し進めているバンコク市内のタイ運河協会(Thai Canal Association :TCA)を訪問し、事務局長に同計画の現在の状況を聞いた。TCAは、主に退役軍人を中心に組織され、南部の住民に対してタイ運河に関する教育・啓発活動を行うとともに、政府に対してロビー活動を行っている、日本でいう一般社団法人のような組織だ。事務局長のポンテープ氏によると、「タイ運河計画に関心のある国は中国、日本、インド、シンガポールであり、それらの国のメディアや企業はわれわれを訪れている。特に中国からは、官民問わずさまざまな機関からの問い合わせを受けている」と語った。


TCAの入居するビル(ジェトロ撮影)

さらに、TCAは、検討している複数の運河経路のうち、「ソンクラー県、ナコン・シ・タマラート県からパッタルン県、トラン県を経由してクラビ県に抜ける「9A」といわれる経路が最も実現可能性が高い」と考えているようだ(図参照)。9A以外の経路も検討はされたが、TCAが実施した事業可能性調査に基づくと、タイ湾とアンダマン海では水位差や、中間地点に険しい山岳地帯を有することを踏まえると、他の経路では運河の建設が難しく、比較的平たんな土地が多い9Aルートが運河建設に最も適していると判断したとのことだった。

図:想定されるタイ運河の位置
地図で示しているのは、タイ湾とアンダマン海を結ぶ3つの運河計画の位置。 3つのうち、北のほうから、「2A」はチュンポーン~ラノーン間90キロメートル、「9A」はクラビ~ナコン・シ・タマラート・ソンクラー135キロメートル、「7A」はトラン~ソンクラー間110キロメートル。

出所:タイ運河協会資料を基にジェトロ作成

最も計画実現性が高い9Aルートの、タイ湾側のナコン・シ・タマラート県とソンクラー県の県境付近へ、実地調査に向かった。この辺りは、住宅地やエビの養殖池が点在することに加え、外資系企業が建設した風力発電用の大きなプロペラが並んでいた。また2019年1月にタイに上陸した台風1号(パブーク)により、タイ湾に面した住宅の一部は大きな被害を受けた生々しい家屋が残されていた。写真「タイ運河のタイ湾側建設予定地付近」にもあるよう、よどんだ水辺の周りにはマングローブ林が囲んでいた。TCAによれば、タイ運河の周りに経済特別区(SEZ)を建設し、運河と一体となって開発を行う計画となっている。さらにタイ湾側から内陸に入ると、原野と田園地帯といった平たんな土地が広がり、運河建設には支障になるような地形ではなかった。


タイ運河のタイ湾側建設予定地付近
(ジェトロ撮影)

山がちな地形のアンダマン海側
(ジェトロ撮影)

一方で、アンダマン海側になると、山がちな地形に入り江が入り込む、日本でいうリアス海岸のような地形となっている。建設予定地とされる入り江に出ると、静かな漁村になっており、入り江の幅はおおむね400メートル程度であった。この運河計画は、全長135キロメートルに及ぶ大規模な工事であり、土地収用や資金調達も含め、アンダマン海側の険しい地形にどのように運河を建設するかなど、今後の計画が現実化していく上で乗り越えなければならない課題が多くあると考えられる。


タイ運河のアンダマン海側の建設予定地近くの場所
(ジェトロ撮影)

タイでは数多くのインフラプロジェクトが進行中

現在のタイは、プラユット政権が計画した数多くの大規模インフラプロジェクトが進行中だ。EECでは高速鉄道計画、ウタパオ空港開発、レムチャバン港・マプタプット港の拡張が計画されているほか、東北部ではタイ‐中国高速鉄道建設のほか、鉄道複線化工事や高速道路整備、バンコク市内では多くのスカイトレイン建設計画など、インフラ投資プロジェクトが進行中である。これらの計画ではおおむね2024年以降に建設完了が見込まれており、今後5年にわたり、多くの大規模インフラプロジェクトが並行して建設されていく予定だ。

執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
阿部 桂三(あべ かつみ)
2016年より、ジェトロ・バンコク事務所勤務。