商業不動産市場に新たな風を呼ぶシカゴのスタートアップ(米国)

2019年7月16日

シカゴのスタートアップ企業「トラス(Truss)」は、中小企業が商業用不動産物件を検索し、見学し、賃貸契約を結ぶまでを支援するオンラインのマーケットプレイスだ。いわば、商業不動産版エアビーアンドビーのようなもので、実店舗に足を運ばなくても、一連の取引の流れ全てをオンラインで完結できる。ジェトロは2月27日、トラスの共同設立者であるトマス・スミス氏にインタビューを行った。

商業不動産取引の80%を占める中小企業

トラス誕生まで、米国の不動産業者は中小企業のニーズを満たすようなサービスを提供しておらず、財源に限りのある小規模企業は商業不動産の情報や案内を得ることがほとんどできなかったという。しかし、「商業不動産の取引相手は、実に80%が中小企業という状況だった」。そこで、スミス氏ら共同設立者4人が市場機会や競争環境を分析し、市場進出戦略を練り上げ、取引が1カ所で完結する世界初の商業不動産マーケットプレイスをつくり上げた。


トラスの共同設立者たち(左からトマス・スミス氏、マーシャル・ヒューデス氏、
ボビー・グッドマン氏、アンドルー・ボーカー氏)(トラス提供)

トラスは2016年初頭に150万ドルの資金を調達、2017年初頭にはシカゴで物件登録を開始した。ターゲットは不動産オーナーと大手賃貸仲介業者の両方だった。この新サービスへの反響は大きく、わずか90日でシカゴのダウンタウンのオフィススペースの80%を登録させることができたという。「新たな販路へのニーズは、不動産所有者にとっても賃貸仲介業者にとっても、とても大きいものだった。掲載は無料で、オープンなシステムであり、かつ、従来型賃貸オフィスの所有者に加えて、コワーキングスペースの供給業者も、物件をリストに掲載して新たな閲覧層を獲得できるという点がプラス要因となった」

トラスの当時の調査によると、中小企業の70%がネット検索からオフィスを探し始めるという結果が出ていた。しかし、当時の商業不動産には複数の不動産情報リストを一般公開するサービスがなく、中小企業の物件探しは「ループネット」という有料サービスに限定されていた。トラスのサービスによって、中小企業は無料で検索し、空き状況を確認しながら、家賃を比較したり値段交渉の支援を受けたり、さらには、オンライン契約書サービスで賃貸契約を結ぶことまで可能になった。現在はスタートアップから小売業者や政治家まで、幅広いユーザーに活用されているという。「トラスは賃貸取引が成立した物件の仲介手数料だけを受け取る。オーナーや仲介業者が物件を登録する際にも、物件を探す利用者にも、課金しない」

トラスはコワーキング型スペースの空き状況から従来型スペースまで、まとめて閲覧できる業界最大のマーケットプレイスといえる。「プラットフォーム上には200件近くのコワーキングスペースが掲載されており、業界最大手のウィーワーク(WeWork)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますもその1つ」。トラスはウィーワークが全米で運営するコワーキングスペースの空き状況をリアルタイムで更新する大型の契約をウィーワークとの間で結んでいるという。「私たちは、従来大企業だけが享受していた商業不動産の空き物件へのアクセスを一般に開放した。条件に合う市場の物件全てを誰もが検索でき、その場で契約手続きすることができ、その過程で十分な知識を得ることも、必要ならば専門家と話をすることも可能にした」とスミス氏は述べる。


トラスの不動産マーケットプレイス(トラス提供)

シカゴにおける資金集めと人材

シカゴはベイエリアに比べると、投資家がやや慎重で初期投資を受けにくいという意見もあるが、スミス氏は「トラスは投資が盛んなシカゴ社会の恩恵を受けている」と述べる。「ハイドパーク・ベンチャー・パートナーズ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますシカゴ・ベンチャーズ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますは、私たちが製品をつくる前の構想段階で投資を申し出てくれた。構想段階でかなりの額の資金を投じてくれたことには非常に感謝している。これらのベンチャーキャピタル(VC)がなかった5~10年前のシカゴならあり得なかった」。同社の総資本のうち大部分は、中西部から継続的に出資されたものだという。またスミス氏によると、シカゴの VCは他地域とは傾向が異なるという。「シカゴのVCは互いにそれほど競合しないため、スタートアップにとっては、複数のVCが喜んで出資してくれるという環境になる。投資家たちの間には、西海岸で目にするような熾烈(しれつ)な競争はない。複数の投資家が互いに協力し合って顧客数を増やす支援をしてくれる」。

投資家は単に資金面での支援だけでなく、ビジネスが成長できるよう支援を提供するとスミス氏は続ける。「投資家は人材採用にもサポートを申し出てくれ、彼らの中西部の人材ネットワークを活用し、その分野の思いも寄らない地元大学の人材につないでくれた」。中西部では、人材採用の環境も西海岸や東海岸ほど熾烈な争いはないとスミス氏は語る。「中西部で人材を募集して会社を設立する利点の1つは、中西部にはフォーチュン誌にランキングされる企業が数多く拠点を置いており、これらの企業に勤める専門的知識をもった素晴らしい人材が豊富な点だ。人材集めで競合できるほど潤沢な資金を持つスタートアップ企業は多くないが、中西部の大企業に勤める人の多くは地元にとどまりながら、テクノロジー関連のスタートアップ企業の一員となって起業家精神を発揮したいと考えている。よって、この地域のスタートアップ企業は、素晴らしいスキルを備えながらまだテクノロジー関連の好機を捉えられないでいる人材の宝庫を活用することができる。私たちはここでは、有能な人材を見つけ、理念で引き付けることができるという恵まれた場所にいる」

国際市場に向けて事業規模を拡大する

トラスは現在、中核部門をシカゴに置きつつ、オースティン、ボストン、シカゴ、ダラス、ヒューストン、ロサンゼルス、マイアミ、フィラデルフィア、サンアントニオ、ワシントンD.C. といった複数都市で事業を展開している。トラスが市場参入する際に直面する現地規制やカスタマーエクスペリエンス(顧客経験:商品・サービス提供時に心理的・感覚的付加価値も提供すること)などの問題に関しては、展開する全ての都市に現地オフィスと商業不動産に精通した現場チームを配備し対応しているという。

また、トラスは事業を通じて、展開している地域外からの入居希望者が大きな割合を占めることに気が付いたという。「おそらく、彼らには現地の仲介業者とのつながりがあまりなく、また時差の問題もあると思われる。さらに、決定権を持つ人々は、自身の不動産プロジェクトについては、複雑な契約手続きをスムーズにし、もっと効率よく処理したいと考えるものだ」

トラスのサービスは、米国外でも大きく受け入れられる可能性を有している。トラスはまず、米国の枠を出て北米に進出することを計画しているという。2020年に予定している次期の増資では、新たな資金を用いて新市場へと乗り出す。同社には日本、中国、韓国、西欧などから大量の引き合いがあり、オンラインで関心を寄せる見込みテナントが増加している。スミス氏によると、アジア諸国からの引き合いが非常に多く、トラスにとって北米の次のステップとなる可能性もあるという。

イノベーションへの鍵

イノベーションを培うのに最も重要な要素について、スミス氏は次のように語る。

  • ビジョン構築を支援してくれる人材、そのビジョンに磨きをかけ、それを目標として再設定するのを支援してくれる人材、そして、起業を支援してくれる人材を見つけること。チャンスは豊富にあるが、それを実行する能力がカギとなる。適切に実行することができるかどうかは、チームのスキルセットと意欲にかかっている。中西部には有名大学や多国籍企業があるため、人材探しには最適の拠点だ。
  • 起業家のビジョンを共有できる投資家を見つけること。投資家との間によい関係を築くことができ、経営哲学や戦略哲学が似通っていることを確認するのは大切だ。どのスタートアップ企業にとっても、投資家は大きな役割を占めるからだ。これは必ずしも、最良の評価をしてくれる投資家から出資を引き出すということではない。投資家は、ビジョンをうまく実行に移すためのパートナーでもある。起業家は資金が必要となるよりもずっと前の段階で、まずその分野を評価し、投資家たちと仕事上のよい関係を築くことができるかどうかを確かめるために、資金調達の作業には真正面から取り組むべきだ。

米国中西部のエコシステムについては、2019年6月4日付地域・分析レポート参照。

企業情報
企業名称 トラス・ホールディングス(Truss Holdings)
設立 2016年
設立者 トマス・スミス、アンドルー・ボーカー、ボビー・グッドマン、マーシャル・ヒューデス
事業内容 商業不動産を検索、内覧、契約するためのオンラインマーケットプレイス
執筆者紹介
ジェトロ・シカゴ事務所 ディレクター
河内 章(かわち あきら)
2006年、ジェトロ入構。デザイン産業課(2010年〜2014年)、ジェトロ仙台(2014年〜2016年)などを経て、2016年4月より現職。米国自動車メーカーと日系サプライヤーの商談支援や、米国企業による日本進出支援、米国・中西部のスタートアップ・イノベーションなどを主に担当している。