イノベーション施策を通じ、スタートアップとダイムラーなど州内大企業が協業(スペイン)
ものづくりの集積地バスク州で進むインダストリー4.0とオープンイノベーション(2)
2019年4月19日
スペイン屈指の製造業地域であるバスク州が2016年から開始した、州内大企業と国内外スタートアップを出会わせるオープンイノベーション・プログラム「バインド4.0(BIND4.0)」。過去3年間で100件のマッチング・プロジェクトを実現し、年々規模を拡大させている。プログラム担当者と参加スタートアップに、成功のカギについて聞いた(3月20日)。
「小さなドイツ」が舞台のアクセラレータープログラム
スペインにおいて第1次産業革命を経験した数少ない地域であるバスク州は、製造業部門が州GDPの23.3%(2017年、スペイン全体では12.8%)と群を抜く「モノづくり」地域だ。「小さなドイツ」とも呼ばれる同州の高い競争力を維持するため、州の産官学が一体となって「インダストリー4.0」(注1)の導入を進めている。
その取り組みの一環として、2016年から世界中からスタートアップを公募し、製造業を中心とする州内大企業とのマッチングでオープンイノベーションを推進するアクセラレータープログラム「バインド4.0(BIND 4.0) 」が実施されている。
BIND4.0は2019年で3年目を迎え、大企業側の参加は40社と当初から倍増した。スペインの大手企業であるイベルドローラ(電力)、シーメンス・ガメサ(風力発電機器)、ゲスタンプ(自動車部品)、レプソル(エネルギー)、アエルノバ(航空)、CAF(鉄道車両)、またドイツのダイムラーやスイス重電のABBグループ、日系企業ではブリジストンなど、州内に拠点を持つ大手外資系も参画し、一地方のプログラムとは思えない層の厚さが目玉だ。
公募するスタートアップには、バスク州の重点産業分野である先進製造技術、エネルギー、医療技術の3分野のデジタル化に資する技術を持ち、製品・サービスのプロトタイプが完成段階にあるか、既に市場に投入済みなことなど、ある程度の成熟度が求められる。
BIND4.0担当者のマリアン・ガビロンド氏は「多くの企業がオープンイノベーションに求めるのは研究開発(R&D)や実証ではなく、即戦力だ」と強調する。BIND4.0は、大企業に対しては質の高いスタートアップをマッチングしてデジタル化の加速する機会、有望スタートアップには世界的大企業というクライアントを通じたビジネスの機会を提供する、ウィンウィン(win-win)のプログラムだという。
直近のプログラムでは、欧州や米州、アジアなどの64カ国から前年比36%増の524社が応募し、国内および欧州、インド、トルコの32社が2019年1月に選抜された。これらのスタートアップは、2019年前半の24週間にわたりパートナーとなる大企業と協業している。
「BIND4.0では、協業プロジェクトそのものに補助金は提供されない。スタートアップへの対価はパートナーとなる大企業が支払う。これは、大企業が本気で欲しいと思うイノベーションでないと意味がないからだ」とガビロンド氏は指摘する。提供される公的支援は、ワーキングスペースや設備の提供、研修、有名起業家によるアドバイスやコンサルテーションの提供、州内の企業や研究機関、投資家、他のスタートアップとのネットワークづくり、そして滞在費や査証取得などの移住支援に限られる。協業による大企業からスタートアップへの、これまでの平均報酬実績額は1契約当たり5万ユーロだという。
大企業側に求められる懐の深さ
本プログラムの初年度に参加した「ビグダ・ソリューションズ(BIGDA Solutions) 」は2015年に創業し、工場の製造プロセスやエネルギー消費を最適化するビッグデータ解析・機械学習(マシンラーニング)に特化したスタートアップだ。BIND4.0でのパートナー企業は、メルセデス・ベンツの商用車「ヴィート(Vito)」やミニバン乗用車「V」クラスの欧州向け製造拠点であるビトリア工場(アラバ県)。ビグダ・ソリューションズは、製造ラインのエネルギー消費をモニタリングし、データ解析により各組み立て区画の電力・水消費を予測して最も効率的な製造プロセスを導き出し、エネルギーコストの節減や製造プロセスの改善に役立てるサービスを提供した。
同社R&Dマネジャーのイボン・ベニャト氏は「当初、ダイムラー側には既存のシステムの根本的刷新を迫られるのではないかとの不安もみえた」と話す。
そこで、AIやビッグデータ解析のシステム構築の一般的な手順として、まずは施設内の電気メーター5台のみを使った実証作業(PoC、注2)を成功させることにより、ダイムラー側の不安を払拭(ふっしょく)し、その後、塗装ラインの電力消費最適化を任されるに至ったという。BIND4.0プログラムが終わってからも契約が延長され、現在は工場全体にサービスを提供している。
ガビロンド氏はBIND4.0におけるオープンイノベーションの教訓として、「大企業は余所(よそ)者に懐に入られることに警戒感があり、スタートアップに問題や課題を正直に教えることに消極的な場合もある」とする。そのため、BIND4.0では大企業に対し、自前では実現し得ないスピードでデジタル化ができるというメリットを啓発しており、徐々にその理解が定着しつつあるという。また、満足の行く結果を得るためには、大企業側にリソースが少ないスタートアップの業務をフォローアップする担当チームが必要であり、スタートアップとの協業に社内資源を割けないなど、腰を据えた対応ができない場合はうまく行かないこともある、と指摘する。
多国籍企業に牽引される海外進出も視野に
ビグダ・ソリューションズは、2018年にはEUの研究・イノベーション枠組み計画「ホライズン2020」の下で実施される補助金支援プログラム「ヨーロピアン・データ・インキュベーター(EDI) 」で、フォルクスワーゲン(VW)ナバラ工場とのボイラー稼働(熱消費量)の予測プロジェクトも獲得した。
「バスク州を中心として集積する製造業内のネットワークの中で、メルセデス・ベンツとのプロジェクト成功が知れわたり、それがVWからの受注につながった」と、ベニャト氏は分析する。多国籍企業は世界中に拠点があり、スペイン拠点での契約を他国拠点にも拡大できる可能性も多いにある、と期待をのぞかせる。
「マッチングプログラムを通じて協業した多国籍企業に牽引されるかたちでの海外展開も、スタートアップにとって重要な成長手段といえる」とベニャト氏。BIND4.0ではその期待も込めて、パートナー企業のことを「牽引企業(Driving force companies)」とも呼ぶ。
ガビロンド氏は「モノづくりにこだわる一方、内向きな気質という点で、日本人とバスク人は似ているかもしれない。日本のスタートアップも、大企業をテコに成長できるBIND4.0に是非応募してほしい」と語った。
- 注1:
- バスク州は、特に「バスク・インダストリー4.0(Basque Industry 4.0)」として自州の取り組みをブランド化。付加製造技術(AM)、協働ロボット、モノのインターネット(IoT)、仮想現実・拡張現実(VR/AR)、人工知能(AI)、ビッグデータ、人工視覚、サイバーセキュリティの製造業への導入を推進している。
- 注2:
- 概念実証(PoC:Proof of Concept)とは、ITなどの分野で新しい概念に基づくサービスの実現可能性を示すために行う小規模な実証作業。
ものづくりの集積地バスク州で進むインダストリー4.0とオープンイノベーション
- 自動車部品クラスターの次世代車開発拠点「AIC」が進める競争力強化(スペイン)
- イノベーション施策を通じ、スタートアップとダイムラーなど州内大企業が協業(スペイン)
- 執筆者紹介
-
ジェトロ・マドリード事務所
伊藤 裕規子(いとう ゆきこ) - 2007年よりジェトロ・マドリード事務所勤務。