最新設備を導入した病院の開業続く、見逃せない医療機器市場に(ミャンマー)
ミャンマーの医療事情

2019年10月8日

ミャンマーの医療施設や医療技術は他のASEAN諸国と比べても十分とは言えず、多くの富裕層は高度医療を受けるためにタイやシンガポールへ渡航している。医療ツアー専門誌International Medical Travel Journalによれば、ミャンマー国内の約15万人の患者が海外で治療を受けている。しかし、近年はタイなどの外資系企業やミャンマーの財閥企業が、最新の設備を導入した富裕層向けの私立病院を相次いで開院し、今後の医療水準の向上が期待される。高度な医療設備へのニーズも高まっていることから、日本企業にとっても見逃せないマーケットになりつつある。

外資系や地場財閥による病院が続々と開院

ミャンマー国内の財閥企業であるユザナグループが2019年7月7日、最新の医療設備を備えた700の病床数を有する「グランド・ハンザ国際病院」を開院した。開院式に出席したミン・トゥエ健康・スポーツ相は「ミャンマーの医療施設はまだまだ十分とは言えない。しかし、このような病院ができることでミャンマー医療の改善が見込まれ、海外へ行かなくとも最新の医療を受けることが可能となる」と述べた。

グランド・ハンザ病院では、海外病院にも籍を置くミャンマー人医師や外国人医師がローテーションで勤務しており、脳外科や心臓外科の治療を受けることが可能だ。ミャンマー高血圧学会によると、ミャンマーでは18歳以上の成人のうち3割以上が高血圧であり、高血圧に起因する脳血管疾患、虚血性心疾患が死因の上位を占める。ミャンマーの食生活はコメを中心とした食事で、1人当たりのコメ消費量は日本の約4倍であり、副食に油を大量に使用した濃い味付けの料理を食べるため、これが高血圧を引き起こす要因の1つと考えられている。同病院では、高血圧を原因とする疾患にも対応が可能となっている。

また同病院では、最新の医療設備や医療技術にたけた医師を有していることから、今後、公立病院や他の私立病院の医師を集めた研修も行う予定であり、ミャンマーの医療技術向上が期待される。


一般病棟(ジェトロ撮影)

Siemens製のCTスキャン(ジェトロ撮影)

2019年2月には、神奈川県内で病院・介護施設などを手掛ける社会医療法人社団三思会が、日本法人として初めてミャンマー投資委員会(MIC)の認可を受け、ヤンゴン市内に「ヤンゴン・ジャパン・メディカルセンター」を開所した。同病院では、主に外来診療や健康診断を行っており、内視鏡や心電図、呼吸機能や眼底の検査など、日本と同水準の診断が行える。同病院は日本人向けに医師の業務を行えるライセンスも取得しており、日本人医師常駐のクリニックとなる。


ヤンゴン・ジャパン・メディカルセンターの開所式(ジェトロ撮影)

施設は増加するも人材難が課題に

ミャンマー政府によると、同国内の病院数(2019年4月時点)は、公立病院が1,144施設、私立病院が239 施設ある。2014年時点では公立病院が969施設、私立病院が175施設であったため、純増分で考えると5年間で239 施設が増えた(図1参照)。2015~2016年度は地方部で相次いで新規開院したため、病院数は増加したが、小規模医院が中心であり、100床以上の病院はまだまだ少ない(図2参照)私立病院では、200床規模の病院がヤンゴン、マンダレーなどの都市部を中心に開院している。私立病院は富裕層患者の囲い込みを目的としているケースが多く、日本人駐在員向けにジャパンデスクを設置した病院もある。

2019年度(2018年10月~2019年9月)の保健・スポーツ省の予算は、2016年度(2015年4月~2016年3月)に比べ約1.5倍の1兆1,318億チャット(約792億円、1チャット=約0.07円)となっており、同省の予算は25ある省のうち6番目の予算規模になっている。2019年5月には、国際協力機構(JICA)の支援の下、心臓・脳専門の新病院を設立するという政府発表もあり(2021年完成予定)、総事業費は121億円(医療機器を含む、総事業費のうち建設費86億円はJICAの無償資金協力)に上る。今後も、医療向け予算は拡充となる見通しである。

図1:新規開院した病院施設数(年度別)
ミャンマー政府によると、同国内の病院数(2019年4月時点)は、公立病院が1,144施設、私立病院が239 施設ある。2014年時点では公立病院が969施設、私立病院が175施設であったため、純増分で考えると5年間で239 施設が増えた。

注:年度は前年4月~3月(2019年度から前年10月~9月に変更)
出所:Myanmar Statistical Yearbook 2018

図2:病床数別公立病院の内訳(2019年4月時点)
公共病院は2015~2016年度は地方部で相次いで新規開院したため、病院数は増加したが、小規模医院が中心であり、100床以上の病院はまだまだ少ない。

出所:Myanmar Statistical Yearbook 2018

ただ、ミャンマーでは医師や看護師の数が不足しているという課題もある。日本と医療従事者数を比較すると、日本では医師が約31万人(歯科医師を除く)、看護師が約114万人であるのに対し、ミャンマーでは医師、看護師とも3万2,000人強となっている(2015年時点、図3参照)。隣国タイと2015年時点で比較すると、タイでは医師の数はミャンマーと同程度であるものの、看護師は15万人とミャンマーに比べて圧倒的に多い。現在、ミャンマーには国営の看護学校が50校、看護大学が2校あるが、十分な数の看護師を輩出できていない。近く、4校の民間看護学校が開校予定、と現地新聞が報じているが、人手不足の改善が急務となっている。

図3:医療従事者数(単位:人)
日本と医療従事者数を比較すると、日本では医師が約31万人(歯科医師の除く)、看護師が約114万人であるのに対し、ミャンマーでは医師、看護士とも3万2,000人強となっている。

出所:Myanmar Statistical Yearbook 2018

日本に求められる認知度向上とメンテナンスサービス

高度医療に対応できる私立病院や公立病院の新規開業を背景に、今後、高品質な医療機器のニーズが高まり、医療機器市場も拡大する見込みである。ミャンマーでは地場の医療機器メーカーがなく、消耗品なども含め、ほぼ全ての医療製品を外国から輸入している。現在、ミャンマーでは中国製の医療機器が多く出回っているが、今後、市場拡大を見越した欧米メーカーの参入も予想されており、医療機器市場で競争が激化していく可能性が高い。

ジェトロがミャンマー国内で日本製の医療機器を取り扱う販売代理店に聞いたところ、日本人が代表を務めるMyanmar Yutani社は、日本の医療機器を普及させるためには、以下の2点が重要であると述べた。

1点目は、日本製医療機器の認知度の向上だ。公立病院の場合、医療機器の入札はキー・オピニオン・リーダーと呼ばれる一部の医師が取り仕切っており、そうした上層部のミャンマー人医師は欧米諸国での研修・勤務経験があることが多い。そのため、欧米メーカーの医療機器にはなじみがあるが、日本の医療機器はあまり知らないといったケースも少なくない。従って、販売代理店とメーカーが一緒になって、医師を対象としたトレーニングやセミナーの機会を提供し、実際に日本製の医療機器を使用してもらい、認知してもらう取り組みが必要である。

2点目は、補修・点検等のメンテナンスサービスの重要性だ。ミャンマーにはまだ臨床工学技士が育っておらず、医療機器に問題が発生した場合、医療機器に関する専門知識に乏しい現場担当者が対応しているのが実態だ。また、英語の操作マニュアルがない、英語のマニュアルがあっても現場担当者が理解できないなど、言語の面での課題もある。そこで重要になるのが代理店のメンテナンスサービスだ。メンテナンスサービスを充実させることで、病院側も安心して製品を使用できるため、価格が多少高くても購入につながるケースも多い。

信頼性と統一されたシステムが好評

主に日本や欧米メーカーの医療機器を取り扱う現地バイヤーAmtt社は、医療機器のメンテナンスサービスを充実させており、自社エンジニアをメーカーの研修に参加させるなど、サービス向上策に力を入れている。同社の担当者に対して、日本の医療機器と他国の医療機器の違いについて聞いたところ、「まず日本製品は中国製品に比べて壊れにくい」という。中国製品の仕様は向上しているものの、やはり日本製に比べると故障などが起きやすく、メンテナンスを行う立場からすれば「価格が高くても、壊れずに長持ちするメリットは大きい」と述べた。

そのほか、ミャンマーでは医療機器販売のために、保健省保健局食品・医薬品管理部(FDA)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます の認可取得が必須となり、その申請書類準備にメーカーの協力が必要となる。「一部の中国メーカーからは、不正確なデータが提供されることがあり、日本製の機器を取り扱う方が安全である」と担当者は言う。

日本製と欧米製の医療機器を比較すると、「価格やスペックなどでは優劣がつけがたいが、医療機器システムにおいて違いがある」と述べた。日本製の医療機器システムの場合、周辺機器を含めた一式の機器が同じメーカーか、または日本製であり、機器同士の接続や連携が円滑である。一方、欧米メーカーの場合、メイン機器は欧米製だが、周辺機器は他国・地域製であるなど、異なった規格の医療機器でシステムを構築しており、接続・連携が容易でない。「臨床工学技士が少ないミャンマーでは医療システムの相互連携は重要であり、そういった点から日本製品が選ばれるケースがある」と担当者は述べる。

日本側は現場事情への理解と代理店への協力を

しかし、2社に対するインタビューの中で、日本企業に対する要望も聞かれた。ミャンマーでは医療機器の輸入販売のためにFDA申請、商業省からの輸入ライセンス取得などの手続きが必要であり、メーカーから機器に関する詳細な資料提供が求められる。また、ミャンマーのFDA認可ではCEマークや他国のFDAの取得状況は加味されておらず、世界中で使われている製品であっても、予想以上に時間を要するケースがある。そのため、日本企業にはミャンマーのFDA取得の煩雑さや取得時間の長さについて理解してもらい、代理店任せにせず、メーカー側でも最大限協力してほしいという声があった。

医療水準や医師、看護師の数など、ミャンマーには医療分野において多くの課題が残っているが、ミャンマーは官民ともに医療への投資を拡充している。医療市場は今後の発展が期待され、日本企業にとっても見逃せないマーケットになりつつある。

執筆者紹介
ジェトロ・ヤンゴン事務所
松田 孝順(まつだ たかのぶ)
2011年、南都銀行入行。
2018年、ジェトロ大阪本部。
2019年4月から、ジェトロヤンゴン事務所勤務(出向)。