鎮痛剤オピオイド問題、経済や産業へも大きな影響(米国)

2019年9月17日

米保健福祉省(HHS)の調べ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます によると、2017年に米国では1日当たり平均約130人が、鎮痛剤「オピオイド」の依存症で死亡した。流行の引き金は医療機関による過剰な処方にあるといわれており、米国での処方量の水準は世界的にみても際立って高い。オピオイド被害が経済、産業に与える影響も大きく、官民レベルでさまざまな取り組みがなされている。本稿では、米国のオピオイド問題の現状を概観する。

過剰な処方が流行の引き金に

オピオイド(opioid)とは、芥子(けし)の実からから採取される天然由来の有機化合物と、そこから生成される化合物の総称。化合の方法により、モルヒネなどの天然オピオイドのほか、オキシコドンやヘロインなどの半合成オピオイド(semi-synthetic opioid)、フェンタニルなどの合成オピオイド(synthetic opioid)に分類される。いずれも鎮痛や陶酔作用があり、米国では違法薬物であるヘロインなどを除き、一定以上の疼痛(とうつう)を伴う疾患に対し、医療機関で処方される処方薬である。しかし、同時に常習性が高く、長期の服用や多量摂取で依存症を引き起こし、最悪のケースでは死に至るといった深刻な副作用を伴う。

米国でのオピオイドの流行は、製薬会社の販売促進と医療機関による過剰な処方が引き金となったとみられている〔経済協力開発機構(OECD)〕。オピオイドは1990年代前半まで、主にがんなどによる重篤な痛みに対し限定的に処方されてきた。しかし、1995年に前出のオキシコドン系の鎮痛剤が米国食品医薬品局(FDA)の承認を受けると、製薬会社により、依存性の低さや安全性をうたった積極的な販売活動が展開され、一般患者向けに鎮痛剤として処方されるようになっていった。HHSの研究機関である米国疾病管理予防センター(CDC)の報告によると、1999年以降5年間で、医療機関での疼痛件数に変化はなかったものの、オピオイドの処方量は約4倍と大幅に伸びている。こうしたことから、2017年の1年間で、少なくとも1度はオピオイドを処方されたという患者数は5,700万人、処方件数は合計で1億9,112万件に上った(CDC外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )。また、世界的にみても米国の処方量は際立って多く、OECDの調査外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます では2014年から2016年にかけての1人当たりの処方量の平均は、2位のドイツの約1.5倍にのぼった(図1参照)。

図1:国別医療用オピオイド処方量と死亡者数
100万人に対する1日あたりの処方量(2014~2016年の平均、単位:100S-DDD)については、米国が382.2、ドイツが263.5、カナダが242.8、オーストリアが204.7、ベルギーが169.4、デンマークが123.2、オランダが122.1、オーストラリアが119.7、ノルウェイが98.2、スェーデンが91.7、英国が87.7、OECD平均が82.8、フランスが68.8、フィンランド56.6、アイルランドが55.7、スロべキアが53.1、ギリシャが52.6である。2016年の100万人あたりの死亡数については、米国が131.0人、ドイツが9.5人、カナダが84.6人、オーストリアが14.9人、ベルギーが2.4人、デンマークが25.9人、オランダが4.4人、オーストラリアが15.0人、ノルウェイが49.0人、スェーデンが55.0人、英国が40.9人、OECD平均が25.8人、フランスが2.8人、フィンランドが25.5人、アイルランドが43.5人、スロべキアが3.1人、ギリシャが4.9人である。

注1:S-DDD: Defined daily doses for statistical purposes :統計用に算出した1日当たりの処方量の単位。
注2: 「2016年の100万人当たりの死亡数」について、OECDはデータの取れる25カ国の平均データ、英国はイングランドおよびウェールズのデータ。
出所:OECD

交通事故よりも多いオピオイド被害

オピオイドは、処方箋通りに摂取しても依存症に陥る可能性があり、長期間の使用でさらにそのリスクは高くなる。CDCによると、2カ月分以上処方された患者のうち、約4分の1が依存症に陥ったことが分かった。また、処方をきっかけとした乱用、依存のケースも多く、患者自身あるいは家族に処方されたオピオイドを悪用して過剰摂取したり、効果を高めるため違法薬物のヘロインと併用したりするなどした乱用者は少なくとも約1,140万人に上り、うち210万人が依存症に陥ったという(薬物乱用・精神衛生管理庁(SAMHSA)報告書PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(2.7MB) )。

こうした被害をももたらすオピオイドの中でも、最近では合成オピオイドの一種であるフェンタニルの流行が問題となっている。フェンタニルは、鎮痛効果がモルヒネの約100倍と強力で、医療機関での疼痛治療法のうち、最も高い痛みのレベルで使用される処方薬である。強力ゆえに少量でも即効性、常習性が高く、また、非合法に生成された安価な粗悪品や、ヘロインなど違法薬物と混合したさらに強力なものが、闇市場で出回っていることもあって、処方箋を入手できない依存者などが乱用して中毒に陥るといったケースが多く聞かれる。

以上のような背景から、1990年代後半からオピオイド被害は増加を続け、2017年の依存症による死亡者数は4万7,600人に上った(図2参照)。その数は交通事故よりも多く、死亡要因としては心臓病、がん、慢性的下気道疾患、自殺に次いで5番目となった(全国安全協議会(NSC)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )。特に、フェンタニルがその大半を占める合成オピオイドの死亡者数は1999年比で39倍に伸びており、オピオイド全体の約6割に当たる2万8,466人となった。

図2:オピオイドによる死亡者数の推移
オピオイド全体の死亡者数は1999年に8,050人であったが、2009年に2万人を超えた後、2012年以降急激に伸び、2017年には4万7,000人に達した。ヘロインの死亡者数は、1999年から2010年まで2,000~3,000人前後で推移した後、増加の一途をたどり、2017年には1万5,000人に達した。天然および半合成オピオイドの死亡者数は、1999年に3,000人に満たなかったが、緩やかに増加を続け、2017年に1万4,000人に達した。合成オピオイド(メタドン)の死亡者数は、1999年の784人から2007年に5,518人まで増加した後、緩やかに下降し2017年に約3,200人となっている。

出所:米国疾病管理予防センター(CDC)

経済コストはGDPの2.8%相当

オピオイドによる被害が、米国経済に与える影響は大きい。米大統領経済諮問委員会(CEA)の報告外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます によると、依存による生産性の低下や医療費などの経済的コストは、2015年時点で同年のGDPの2.8%に相当する5,040億ドルに上った。2013年について試算した過去の調査と比べると、6倍以上となっている。オピオイドの依存者に、低所得者用の公的健康保険であるメディケイドの利用者が多いことも影響したとみられる(カイザー財団)。

また、生産活動への影響も甚大だ。NSCの調査PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.0MB) によると、2017年の時点で米国の雇用者の7割以上が、オピオイドが従業員の業務に何らかの支障を来していると感じていることが分かった。産業別では、炭鉱、建設、農業など身体的な作業が伴う現場での処方が多く、また被害も集中する。2017年時点で建設業、農業ともに従事者の約15%が依存状態にあり、農業に関してはその21%に家族にも依存者がいることが分かっている(中西部経済政策研究所外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます米国農業連合PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(7.2MB) )。また、ある鉱山では、全従業員が薬物検査に合格せずに解雇された、などといったエピソードは枚挙にいとまがない。

地域別にはこうした産業の集積地での被害が目立つ。依存症による死亡者数をみると、炭鉱が盛んなウェストバージニア州が全米で最も多い57.8人(人口10万人当たり)、続いて、オハイオ州が46.3人、ペンシルバニア州が44.3人、ケンタッキー州が37.2人、デラウェア州とニューハンプシャー州がそれぞれ37.0人となっている(表1、図3参照)。

表1:オピオイドによる州別死亡者数
(人口10万人あたり)
州名 死亡者数
ウェストバージニア 57.8
オハイオ 46.3
ペンシルベニア 44.3
ケンタッキー 37.2
デラウェア 37.0
ニューハンプシャー 37.0
メリーランド 36.3
メイン 34.4
マサチューセッツ 31.8
ロードアイランド 31.0
コネチカット 30.9
ニュージャージー 30.0
インディアナ 29.4
ミシガン 27.8
テネシー 26.6
フロリダ 25.1
ニューメキシコ 24.8
ルイジアナ 24.5
ノースカロライナ 24.1
ミズーリ 23.4
バーモント 23.2
ユタ 22.3
アリゾナ 22.2
イリノイ 21.6
ネバダ 21.6
ウィスコンシン 21.2
サウスカロライナ 20.5
アラスカ 20.2
オクラホマ 20.1
ニューヨーク 19.4
アラバマ 18.0
バージニア 17.9
コロラド 17.6
アーカンソー 15.5
ワシントン 15.2
ジョージア 14.7
アイダホ 14.4
ハワイ 13.8
ミネソタ 13.3
オレゴン 12.4
ミシシッピ 12.2
ワイオミング 12.2
カンザス 11.8
カリフォルニア 11.7
モンタナ 11.7
アイオワ 11.5
テキサス 10.5
ノースダコタ 9.2
サウスダコタ 8.5
ネブラスカ 8.1

出所:米国疾病管理予防センター(CDC)

求められる「病気」としての対応策

こうした現状に対して、行政の積極的な取り組みも始まっている。トランプ大統領は2017年10月に「公衆衛生上の非常事態」を宣言し、全省庁に対して対策を速めるよう指示した。その後、2018年10月には公的医療保険制度での対応や代替薬の開発などで、オピオイド患者と地域を支援する「SUPPPORT法PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(455KB) 」(注)を成立させたほか、医療機関に対しては2021年までにオピオイド処方量を3分の1まで減少させるよう働きかけている。また、違法オピオイドに関しては、中国で生産された非合法薬が米国に流入しているとして、中国に対しフェンタニル類物質の規制を強化するよう要請し、いったんは合意に達している(2019年4月5日付ビジネス短信参照)。

各地方自治体でも、例えば表2にあるような支援策などがとられている。加えて、オクラホマ州をはじめ約1,600の州政府・自治体が、オピオイド被害による社会的コストの返還を求めて、製薬会社を相手取り訴訟を起こしているところだ(「ウォールストリート・ジャーナル」紙電子版8月6日)。

表2:州政府による取り組みなど
州名 10万人当たりの死亡者数(米国平均14.9人) 最近の取り組み オピオイド対策を担当する州政府機関
ウェストバージニア州 57.8人
  • 医療機関での処方量の制限などを盛り込んだ「オピオイド削減法」が成立(2018年6月7日)。被害の予防、対策のためにBHHFによるアウトリーチプログラムなど複数の取り組みが行われている。
オハイオ州 46.3人
  • 州政府はオピオイド依存経験者の職場復帰に際し、企業での雇用、コミュニティカレッジでの教育などに対する補助金として800万ドルを拠出(2018年11月2日発表)
ペンシルバニア州 44.3人
  • 知事が第6回目となる「オピオイド被害に対する緊急宣言」を発表(2019年1月)
  • オピオイド依存症患者の支援プログラムなどへの1,500万ドルの拠出を決定(2018年10月)
ケンタッキー州 37.2人
  • オピオイド被害に関し、予防、治療、回復に向けた「Kentucky Opiod Response Efforts (KORE)」 プログラムが2019年4月から開始。予算は不明だが、州内の地域によっては患者1人当たり月額500ドルを提供。
デラウェア州 37.0人
  • 製薬会社に対し、州内で販売されるオピオイドへの課税を決定。全米で初。(2019年6月)

出所:各州政府ウェブサイトなど

生産現場では、全米自動車労働組合(UAW)が、現在行われている労使交渉での要求事項として、オピオイド依存の従業員への理解と具体的な支援を盛り込んだ(オートモーティブニュース7月8日)。UAWの職業安全衛生コンサルタントのジョナサン・ローゼン氏は「オピオイド依存症は病気であって、倫理の欠如や意志が弱いことによるものでない」「解雇などの恐れから治療を受けるのは約10%に過ぎず、職場文化の見直しが急務だ」と、雇用者側の対応改善を訴えている外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 。メーカーでも、例えばフォードが、依存症を患う200人以上の社員とその家族のため、大学やUAWと協働して回復期を支援する医療機器の開発に取り掛かかっている。

CDCが2019年7月17日に発表した、2018年のオピオイドによる死亡数(速報値)は1990年以来の減少となった。今後も各州や企業の努力が継続されることが期待される。


注:
Substance Use-Disorder Prevention that Promotes Opioid Recovery and Treatment for Patients and Communities Actの略。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所 リサーチャー
大原 典子(おおはら のりこ)
民間企業勤務を経て2013年よりジェトロ・ニューヨーク勤務。自動車産業を柱に米国の産業調査を担当。